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第二十三話 弓の弦

なんか、大切な部分を端折りまくった間があるな……。

エタるよりはマシか。

「なるほどな。知っているわけだ。当事者なら当然知っているわけだ。私の事も、これからの未来の事も」


「勘違いしているようだが、俺は厳密にはこの世界の未来から来たわけではない。この世界とは違う歴史の世界から呼ばれた、ミツイコウタという名前の別人だ。あそこにいる男と共通しているのは遺伝子だけだよ」


 殺し屋と名乗った男、もう一人のミツイコウタは腰に手を当ててアドルフを見つめた。


「俺の世界にいたお前はこっちのアドルフよりもやんちゃでな、何度も対決しているうちに情報は大量に手に入った。たくさん死んだがな」


「そうかそうか……、もしもひっそりと死んでいたらどうしようかと思ったが、それを聞いて安心したぞ! で、何万人ほど死んだ?」


「……二億だ」


 俺とミシェルはその数を聞いて唖然とした。二億というのは現在のこの世界の人口に匹敵する数である。その数が死んだというのだ。


「アドルフを倒すことに人類側は成功したが、直後に赤化ボリシェと戦争になった。結果は世界大戦化して、人類は少数を残してほぼ絶滅した」


「……そう、か……。なんと、それは……、すばらしいことだろうか」


 アドルフは目を丸くして驚き、そして同時にまるで幸せをかみしめるかのような表情をしていた。が、すぐに表情は険しいものになった。


「だが、それは別世界の事だ。私はここにいる。その、君のいた世界などではない。私は、それほどの成果をここで出さねばいけない」


 悪意の固体が鋭さを増していく。アドルフはニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべ、手を振り上げた。

 そして、それを振り下ろす。すると同時に悪意の固体が殺し屋に襲い掛かった。

 が、殺し屋はそれを難なく回避すると拳銃を取り出して発砲した。それはアドルフの腕に命中した。しかしアドルフは何もないかのように再び能力を……、使うことはできなかった。


「お前の能力、粒子を固めて攻撃力を生み出しているが欠点がある。粒子を固めているところを攻撃されると修復するときに硬化を解除する必要がある」


 アドルフは銃弾の命中した腕を押さえて黙り込んでいた。腕はざらざらと変化し、粒子状になった後に再び腕の形に戻った。


「アドルフ、もしもお前が能力を持っていなければ、俺はお前を殺しきることはできなかっただろう。が、人間をやめたのならば、すぐにでも引導を渡すことが出来る。なぜならば俺は化け物専門の殺し屋だからな。お前の作ったすべての人間兵器を俺達殺し屋は殺しきった。ま、結局人類は滅んだからお前の勝ちだったがな」


 殺し屋は皮肉気味に笑い、アドルフは苦笑いを浮かべた。


「経験値が違いそうだな……。で? すべてという事は当然ミシェルリコットも……」


「……殺したよ。障害はすべて排除する……。――たとえかつての仲間であってもな」


「ハッハッハッ! 素晴らしい心構えだな! そうか、最愛の人を殺したか!」


「違う。あいつは悪魔だった。お前の言葉に踊らされて、人類に牙をむいたクズだよ」


 殺し屋は冷たく切り捨てた。

 俺は、ただ立ち尽くすしかなかった。

 ミシェルを殺した?

 どうして?

 なぜ?


「お、おい……。どういうことだ」


「作業に集中しろ」


「答えろ! どうして殺した! 納得でいるわけないだろ!」


「別世界の事だ、気にかける必要はない」


 殺し屋はそう言うと銃口をこちらに向けた。


「俺の生きた世界と、お前の生きた世界は違う。お前の尺度で俺を測るな」


 殺し屋と俺は互いに睨み合った。相容れない事は決定的だった。


「コウタ。作業に戻ろう」


「ミシェル……」


「私はお前が好きで、お前は私が好きだろう? それがこの世界の私たちだ」


 納得は行かない。しかし、確かに別の世界の事をとやかく言っても仕方がない。

 俺は割り切ってタンクの中身を湖にばらまき始めた。作業を完遂することの方が、今は大切だ。


「……なるほどな。私のエネルギー源を焼く気か」


「ああ、そうだ。あの湖に浮かぶ子供たちを焼けば、お前はその体を支えきれない」


 アドルフは動けずにいた。殺し屋と向かい合っている以上、下手に動けば先手を打たれるのだ。一対三というのは彼にとって分が悪い話であった。


「あっちの私はどうしていた?」


「人間兵器どもを大量にかき集めて、大勢が決するまで引きこもっていたよ。俺たちは貴重な時間を人間兵器を殺すことに費やすことになった。理想はこうやって一対一で対面できることだっただけになかなかつらかったな。お前があほで助かったよ」


 アドルフは追い込まれていた。確実に、着々と……。

 そして俺達が油を注ぎこんだ湖に火をつけるとそれは決定的なものになった。

 ゴウッ! と勢いよく炎が燃え始めると同時にアドルフの体は表面からボロ炭のように崩れ始めた。


「……よもや、乱入者のために負けるとはな……。私も詰めが甘いな……」


 アドルフはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「見事だ。褒美に、私を好きなだけ殺すといい!」


 アドルフはそう言い放ち、地面を蹴って跳躍した。

 が、殺し屋に蹴り飛ばされ銃弾を撃ち込まれて地面を転がる。しかしそれでも立ち上がり再び襲い掛かった。そして返り討ちにあった。何度も、何度も何度も繰り返される。

 死の行進だ。もはや勝ちなどは見えていない。あわよくば道連れに、そうでなくともただひたすらに勝てぬ相手に攻撃を続ける。

 腕は落ち、足は砕け、眼球は粉々に吹き飛んだ。すべて黒い物質へとなり果て、地を這うのがやっとになってもまだアドルフはズルズルと立ちはだかる敵を目指して前に進む。

 殺し屋はそれを淡々と撃ち、切り裂き、踏みつける。

 敗者は踏みにじられる。

 そして、やがて動くこともままならなくなるとアドルフは薄い笑みを浮かべた。


「時計盤に手を出し過ぎたか……。時計盤が狂い、君が呼ばれた。そして私は敗れて、時計盤はあるべき姿に戻る。まるで世界の自浄作用のようだな……」


「……」


「だが、な。お前も一つ見落としているぞ? 戻るというのはなかなか聞こえのいい言葉だが、弓の弦を引くと元の位置に戻るように反発があるように、時計盤においてもそれは同じ、君たちを道ずれにするだけの力はある」


「なに?」


 殺し屋は顔をしかめ、そして目を見開いた。

 その瞬間、大きく空いた湖の天井から何やら石のような物が落ちてきた。そして幼女二人の声が穴の入り口の方から響いてくる。

 ノアとラビーである。

 彼女たちがここにいない理由、それは時計盤を正常に動作させるための要石をこの湖に投げ入れさせる役目があったからである。要石は時計盤の乱れた波長を正常に変える、言って見ればメトロノームのような物である。それを入れることで時計盤は正常に戻る。


 ――それをやってはまずいと殺し屋が気が付いた時にはもう遅かった。


 引き絞られた弓の弦は弾かれた。

あと少しで終わりなんじゃ~。

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