第十一話 幼女の狂気
今回はシリアス方面で攻めます。次回は完全無シリアスになります。
俺の頭に電流が走った。
笑顔で差し出された箸には卵が絡められた肉が挟まれていた。しかし、今はそれよりもむしろこのシチュエーションが重要である。
これは噂に聞いた『はいあーん』の体勢であった。
俺は心が震える感覚を感じていた。今すぐこの差し出されているものをほおばりた、そんな欲求が爆発しそうになる。しかしそれは俺の先ほどの覚悟に反することだ。この子たちにたくさん食べてほしいから、俺はあえて肉をすべて手放したのである。それをはいあーんに目がくらんで食べてしまうのはどうだろうかと頭を抱えた。
「どうしたんですか? もしかして、……迷惑でしたか?」
「そんなことはない! 嬉しいぞ!」
急に悲しそうに目じりが下がったノアの反応につられて俺は慌てて差し出されたそれに食らいつく。
その瞬間、俺は理想郷に至った。
幾多の苦難があったこの人生が報われたような気がした。幸せだった。
肉のうまみ、ノアの表情の二つが俺に二重の意味で美味しいという感覚を脳内に分泌していた。これは、麻薬だ。人を簡単に酔わせる。
正直これが肉でなく、廃材であったとしても俺は美味いとそれを平らげただろう。それほどに、はいあーんの破壊力はすさまじかった。
「……ノア、救われたよ。俺の生には意味があったんだな」
俺は満足に満ち足りていた。ノアの手を握り、ありがとうの言葉を告げる。ノアもそんな俺を見てとびっきりの笑顔を見せてくれた。
そんな俺達を見ていたミシェルは納得いかないと言った表情をしていた。しかし、何かに気が付いたようで早速行動に移った。
そして………。
「ふー、ふー、はい、私のも食べて!」
ミシェルも同じ行動に出た。しかし、こっちはふーふーオプションが付属されている。破壊力は十分だ。
「新参のノアに浮気は許さんぞ!」
俺は苦笑いを浮かべながらも差し出された肉を口にした。こちらもまた美味かった。個人的にはミシェルにはもっと食べてほしいという願望があったが、こんな満面の笑みで差し出されては食べる以外に選択肢を失う。ミシェルはポニーテイルを左右に振りながら嬉しそうに俺の食べるさまを眺めていた。
「久しぶりかもしれない。お前が楽しそうに食事をとっているのを見るのはな」
「それは、どういうことだ?」
ミシェルは目を伏せた。俺には自覚がないが、彼女から見ると俺は食事をしばらく楽しんでいなかったらしい。
「コウタは、どこか私に遠慮してたから。だからいつも無表情で食事をとっていた。仲間がいなくなっていくとさらに無表情になって行ったし、だからこうして楽しんでくれるのは嬉しい」
あの頃に楽しむ余裕などなかったのは事実である。そう言えば自分がどんなものを食べていたかなど覚えてすらいない。俺にとっては漠然と栄養を取っているくらいの感覚であった。
だが今回は違う。両手に花、美食の数々、ほかにも挙げればきりがないほどの楽しむ要素がたくさんある。
いい時代になったものだと俺は思った。
しかし、それもメイドさんの表情を見るまでの事であった。
メイドさんは俺に殺意を向けていた。表現ではなく、本当に向けていた。全身から負のオーラが溢れかえっていた。
どんだけ羨ましいんだよと内心思ったが、立場が逆なら確かに俺も殺意を向けたかもしれないと思ったので口を噤む。
さらにいつの間にかミシェルとノアが俺の隣の席に移動してきており、メイドさんは一人寂しく座っているという状況になっていたのがさらにメイドさんの憎しみを駆り立てていた。
「め、メイドさん?」
「……私には、殺したい奴がいる」
物騒な言葉が飛び出す。割り箸をシナチクのようにぼりぼりと噛み砕いていた。自分も幼女に肉を献上していればという後悔や、自分とは違う道を進む同じロリコンに対する憎悪が哀れな割り箸君に向けられる。
「これが戦争の始まりか……」
「物騒なことを言うな、メイドさんよ」
その後俺はきゃっきゃと俺の隣で沸き立つ幼女にはさまれながらもしゃもしゃと野菜を食い、たまにあーんをされ、メイドさんに殺意を向けられるというデススパイラルに陥った。
~~
夕飯が終わり就寝の時間となった。部屋は一部屋しかとっていないのでみんな川の字になって寝ることになった。俺は一番端でいいと言ったのだが、幼女二人の抗議によって結局二人にはさまれて寝ることになった。自分でもびっくりの人気っぷりである。
「明日は山頂目指して登るから、早めに寝るぞ!」
山の上でどうやって電気を引っ張っているか分からないが、この山の家は電化製品が使える。そのため夜の明かりも蝋燭みたいなものではなく電球であった。そのため電気をつけて寝る派と消して寝る派のもみ合いになったが、消して寝る方に落ち着きやっと就寝できるくらいに落ち着いた。ちなみに、消す派はミシェルとノアでつける派が俺とメイドさんだった。
俺は電気を消して布団に潜り込んだ。今日は何かと疲れたということもありすぐに眠気が襲ってきた。
そして布団に入ること数分、ミシェルとメイドさんの方から寝息が聞こえてきた。
「ミツイさん、起きていますか?」
俺もそろそろ寝るかもしれないというとき、右隣のノアに話しかけられた。
「……ああ。どうした?」
「少しだけ、お話ししたいです」
「ああ、いいぞ。なんだ?」
俺は欠伸をした。ノアの方は少しだけ沈黙した後、思い切ったように俺にある質問を投げかけてきた。
「戦中に、ミツイさんは親殺し作戦に参加しましたか?」
俺はその作戦の名前を聞いて息がつまった。
ついに、この事を聞かれてしまったと俺は瞳を閉じた。出来れば、この子たちだけにはこの事は聞いてほしくはなかった。聞かれれば俺は答えるしかなくなる。そして、答えるということは俺が彼女たちの信頼に背くことになるのだ。
親殺し作戦とは特殊欠号作戦の別名である。内容はシンプルで人間兵器の親族や血族の殺害、抹殺する作戦である。
当時の軍部では人間兵器適性のある子供たちの情報が外部に漏れることを極端に恐れていた。そのため、その人間兵器となる人間の遺伝子を持つ血族すべてを殴殺することが軍で計画されたのである。
そして、その実行者の一人には俺の名前もある。俺は合計で五十人余りの人間を射殺、亡き者にした。その中にはミシェルの両親の名もあった。
「……俺は、実行者の一人だ。五十人ほど殺した。言い訳する気はない。すまないと思っている……」
俺は縮こまることしかできなかった。どんな罵声を浴びせられようとも、殺されかけようとも抵抗する気はない。すべてが事実なのだ。俺が殺したことも、彼女の血族が皆殺しにあったということも……。
ミシェルはこの事を知っている。この事で殺されかけもした。今こうしていられるのが奇跡なくらいだ。
「……やっぱり、そうだったんですね。では私を引き取ったのはその罪滅ぼしですか?」
「そうだ。同情もあった。でも、それ以上に力になりたいと思った」
本心だ。信じてもらえようともらえなかろうと、俺は力になりたかったのだ。殺す以外の方法を知らない俺が初めて人を生かす道を選択した。ミシェルが選択させてくれた。だから、この子の力になりたいと思ってノアを引き取った。
「ミツイさん、私はあなたを許す気はありません」
「ああ」
「でも、かといって謝罪してほしいわけでもありません」
「……では、俺はどうやって償えば……」
俺は布団をかぶりながらつぶやいた。どうすればいいか道が見えない。死んで償えるのならばこの命は惜しくない。しかし、そんなことは彼女たちが許しはしないだろう。
「私は、ミツイさん……、コウタさんには私のために自分の人生をかけてほしいです」
「……それは」
俺は布団から顔を出した。ノアは暗くてもよく分かるくらい顔が赤くなっていた。そう、これは脅しであり強迫であり、遠回しなプロポーズでもあり、そして戦争が作り上げた狂気そのものであった。
「……俺は、お前の両親を殺した人間だぞ?」
「死人は愛してくれませんよね?」
ノアはそう笑顔で言い放った。ミシェルの時と同じである。
この笑顔は、この戦争を経験した全ての人間兵器たちに出た症状である。この子たちは死んだ人間に対しては微塵も何も感じていない。ほしいのは今愛してくれる人。その隣に無数の血生臭い死体が転がっていようとも、親を殴殺した仇であろうとも、自分を愛してくれるのであればこの子たちは満足なのだ。
愛される経験が致命的にないのである。だから愛が恋しいのだ。
俺はぞっとした。自分の親を殺した相手に愛を求め、自分の肉親にはまるでガラクタを眺めるような視線を浴びせる。この子たちは、そうなるように作られたのだ。
「……俺はもとよりそのつもりだ。一生大事にするつもりだが、もしお前たちがいい人を見つけたら……」
「そう言うのはいいんです。コウタさんは、私を愛してくれますよね?」
愛らしい笑顔で、紅潮する乙女のような表情で、彼女は俺に呪いをかけた。俺に逃げることを許さない呪いを、かけたのだ。
しかし、今の俺にとっては、最低なロリコンになり果てた俺にとっては望むところであった。
「当然だろ? いやと言っても、俺はお前たちを捨てる気も見放す気もないよ」
「……うん!」
夜は深いまどろみの中に落ちていく。俺達も眠りに落ちていく。
~~
朝、俺は体にのしかかる重みで意識が覚醒した。と言ってもまぶたはまだ開かない。まだ眠いのだ。しかしあまりにもそれが特徴的な感触の重みなので俺は再び眠りにつかず目を徐々に開けていった。
そこで見えたのは俺にのしかかるように寝ているノアと俺に抱き付くように寝ているミシェル、そしてそのミシェルのお尻に顔を埋めるように寝ているメイドさんだった。
「ね、寝相悪ッ!」
こいつら寝相悪過ぎだろうと俺は朝早々顔を引きつらせた。
そして不味い。ノアの歳のわりに大きい胸の感触やミシェルの髪の匂い、そしてなぜか絡まっているメイドさんの足の素肌の感触が俺の朝の野獣を呼び覚まそうとしていた。
ミシェルと寝たときに俺の野獣が覚醒したときは酷い目にあったが、今回はそれが三人なのでもっとひどいことになることは容易に想像できた。昨日までのシリアスな雰囲気はどこへやら、完全にギャグみたいな展開がこの後起きると俺は予想した。
しかしこの肌触りの良さをすぐに引きはがすのは気が引けるので、結局俺は三人が起きるまでこの状況に甘んじることになるのであった。
狂気と美しさ、そして愛しさは近い位置にあるものなのよってばっちゃが言ってた!




