第十話 激動のすき焼き
にゃんにゃんに入りきれんかった!
俺達は宿にたどり着いた。ほぼ日が落ちかけたころである。
メイドさんは宿につくなりバッタリと倒れ込み、深く眠りについた。山の家はそういった客に対するバックアップ体制がきちんとしているため、倒れ込んだメイドさんをすぐに客室に担ぎ込んでしまった。そして、俺達はというと宿の名物の一つである温泉に早速入ることにした。無論、男女別である。
「……これは、すごいな……」
風呂は露天風呂と室内浴槽の二つに分かれており、俺は迷わず露店を選んだ。なぜならばもう暗くなり始めた空を眺めるには絶好の場所だからである。
そして、その予想通り俺は露天風呂で満天の星空を見ることが出来た。町で見るのとは違い星々は鮮明にその色を映す。そのまばゆさに目を奪われた。
「そうか、山で空を見上げることなんてなかったけどこんなにもきれいなのか」
俺は冬の凍てつく寒空と、どこにいるかもわからない敵に怯えながら山を過ごした。その時は空を見上げる余裕などあるわけもなく、こんなにもすぐそばに美しいものがあったことに驚かされた。
竹の仕切り越しには少女たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。恐らくあの子たちもこの空を見て何か思うところがあったのだろうと勝手に俺は想像した。しかし、そんな想像をしていると次第に星空よりも少女たちの話声が気になってくるのは悲しい定めである。つい最近までごく普通の性癖だと豪語していた面影はもうすでにない。俺は完全にそっち系の人間になっていた。
「……それだけ、心に余裕が出来たということだな……」
俺は無理やり納得することにした。このまま自分の性癖について自問していると何だか死にたくなりそうだったからである。かつては魔弾の指揮者などと中二病もいいところな別名を貰い、各方面から恐れられていたあの当時の面影はもはやなかった。
~~
面影がもはやないのであれば過去にこだわる必要もない。俺は自分の欲望に忠実になってみることにした。
取りあえず湯上りの幼女を拝むために牛乳片手に入り口近くの休憩所に陣取ることにした。そして待つこと数分、目的の二人が風呂と書かれた赤のれんをくぐった。
「あ、コウタ! 私ぎゅーにゅーが飲みたいぞ!」
「お待たせしました」
ホカホカと湯気の立つ二人を見て何だか俺も心がポカポカするようだった。メイドさんにも見せてあげたかった。湯上りの少女のうなじは最強だということを。
「二人で買ってきな」
俺はそう言って冷静にお金を手渡した。ミシェルはお金を受け取るとパタパタと売店に走って行った。ノアもその後ろをついていく。ミシェルは普段髪を束ねずに流しただけの髪型で過ごしているのだが、今回はうなじのまぶしいポニーテイルであった。ノアは癖のあるセミロングの髪を右の方だけ束ね、サイドポニーのスタイルである。どちらも素晴らしく、どちらも尊い。
「……いいな。いろんな髪型でいじってみたいな」
床屋なんかをやってみるのもいいなと漠然と思った。それとも刃物を握るのには生憎慣れているのでハサミよりもナイフのいかせる仕事の方がいいかなとも思った。どちらにしてもずっと軍や国の厄介になるつもりはなかった。いずれは自分の手であの子たちを育てられたらいいなと考えている。
……まあ、今はそんなことはどうでもいいのだが。話が逸れた。今重要なのはあの子たちの髪型である。ミシェルは長い銀髪を生かしたシンプルな髪形が一番映えると俺は考えた。逆にノアは癖が強い髪形なので大幅にいじってみても面白いかもしれない。
「……メイドさーん!」
俺は意見を求めるために今回寝泊まりする部屋に走った。
そして、爆睡しているメイドさんを叩き起こす。メイドさんはすごく不機嫌な表情を浮かべながら目を開けた。
「なんですか……。しょうもない事だったらぶっ飛ばしますよ……」
「ミシェルやノアにあう髪型を模索している。お前はどう考える?」
「当然、ミシェルリコットさんなら手をあまり加えずに元の良さを生かした自然体、表現するなら清流、春の雪解けからあふれる優しさの雫。逆にノアさんは大きく手を加えることで真価を発揮すると私は考える。表現するならオパール、一つの宝石の中に無数の色合いを秘める神秘の欠片」
俺は無理にたたき起こしただけあっていい意見を聞くことが出来たと満足した。大体俺と同じ意見だが、彼女なりの解釈を知ることが出来た。
「おう、ありがとな。後はゆっくりと寝てくれ」
俺は二人を待たせているのですぐに部屋を出た。
そして俺が戻ったころには二人は仲良く牛乳を飲んでいた。
「あ、戻ってきた。何やっていたんだ?」
「ちょっと部屋に戻ってた。……もう飲みきったのか。いや、こういうところで牛乳を一気飲みするのは俺の故郷の作法の一つだとは教えたけど、牛乳おいしかった?」
「うん! 美味しかったし久しぶりに飲んだし、それに私は早く大きくなってお前に追いつきたいからな」
そのまっすぐな視線に俺は自分の心の汚れを見るような気分になった。とてもうれしい事を言ってくれるのだが、今の卑しい俺にはまぶしすぎた。
「ミツイさん! 私も早く大きくなって、ミツイさんのお役に立てるように頑張ります!」
ノアもミシェルに負けじと俺に思いの丈をぶつける。
……昔、どうしてミシェルは俺を慕ってくれるのかと考えたことがある。俺はミシェルに対して取り返しのつかない事をしたにもかかわらず彼女は俺を許し、あろうことか愛の言葉を語るようになってくれた。それが俺に対する同情なのか、それとも親愛なのかその時の俺はミシェルの心を測りかねていた。
ノアもそうだ。彼女は会ってすぐに俺を慕うようになったように見えたが本来であれば殺されてもおかしくないほどの事を俺はやっている。それをどうして許せようか? しかし彼女は笑顔で俺の元に駆け寄ってくる。
「……どうしたコウタ?」
顔を覗きこまれてドキッとした。無論、このドキはときめきの方ではなく焦りや驚きの方である。今の自分の心を見透かされたのではないかと、そう感じてしまったのだ。ミシェルは時々鋭い。だから何かを考えるときは気を付けなければいけない。
……というか、なぜ俺は感傷的になっているのだろうか? この楽しい旅の時に。やめだやめ、こんな妄想は終わりである。
俺は楽しい妄想に戻るのだ。
幼女に囲まれた、な!
「コウタ、なんか急に顔がキモくなったぞ」
やはり考え事には気を付けなければいけないようであった。
~~
メイドさんは目を覚ました。とある魔力に引かれて、彼女は闇の淵から復活した。
「……飯の匂い」
起きがけとは言え、女性の一言とは思えない言葉がメイドさんの涎後つく口からこぼれた。服の方も乱れており、胸元がはだけていた。そこは意外に大きく、見ごたえのある迫力があった。
……もっとも、俺達はそもそもメイドさんには目もくれていないのであるが。
その原因は目の前に置かれたとある食材にあった。
「に、肉……、まさかこんなところで出会えるとは……」
俺は唾をのんだ。
二十年続いた中央協定・南部連合戦争は死傷者六千万人を超える甚大な被害をもたらした。終戦した今でも不発弾が各地に残り、田畑は枯れて農作物にも甚大な被害が出た。それを作る生産者も皆死んだ。その影響は各所に及び、この問題は今でも戦後復興の影の部分となっていいるところである。
なにが言いたいのかというと肉が手に入らないということである。現在も肉だけは配給制を維持している。牛乳は牛以外の家畜からとってくることで代用できたが、肉はそうはいかなかった。殺して肉にするほど家畜の数がいない。育てる人もいない。配給で肉が配られるのは人口百万人に付き一人の割合である。そんなのとてもとても、順番が来るわけがない。
現在はそこまで顕著ではないがそれでも食えない。それほどに、肉は貴重。
メイドさんも肉を見るなり固まっていた。
一人が食える肉の量は薄いぺらぺら六枚ですき焼き方式で食べる。肉は取り合いにならないようにご丁寧に皿分けされている。
少ないが肉があるだけでも素晴らしいと言える。大事に食わないとと俺は柄にもなく神に祈りを捧げる。
「は、はわぁぁ……、本当に食べてもいいんですか?」
「ノア、遠慮をしたら後三年は食えんぞ」
「こ、心して食べます」
ノアは口から歓声が思わず漏れ出すほどに興奮していた。
ミシェルは逆にだんまりだった。様子を見てみると口の先から涎が垂れていた。瞳もウルウルと今にも泣きそうになっていた。
「……さ、だんまりしていてもあれだし、食うか!」
俺の宣言に三人は一斉に動いた。ほかの野菜などには目もくれず、肉を汁の中に入れてじっと耐える、耐える、耐える!
そして出来上がった至福の塊を溶き卵に絡め、食べる。
その瞬間三人の表情は柔らかくとろけた。
「お、おいしい……」
「ミツイさん、おいしいでず……」
「コウタ、私は幸せなのかもしれない……」
メイドさんは驚いていただけだが、幼女二人は泣くほど感動していた。
それを見て俺も食欲を駆り立てられた。
「じゃ、じゃあ俺も……」
肉に目がくらみ、それ以外の世界が薄れていく。これをあの甘タレで煮込み、卵で絡めたらどれだけうまいだろうか? それだけが俺を支配しかけた。
しかし、その瞬間俺の頭に電流が走った。
俺は肉自体は何度か食っている。くず肉だったりあまりうまくない部位のミンチだったりしたが、軍にいた時に食ったことはあるのだ。
だがミシェルは? ノアは?
……俺はないと断言できる。それは人間兵器の待遇である。人間兵器と呼ばれた者たちは一日に決められたカロリーを摂取する義務があるが、味やバリエーションは考慮されていない。つまり毎日エネルギーを固めたような固形物が出されるような物である。そんなものが上手いわけもなく、まずいに決まっているのだ。
しかもそれ以外を摂取することは禁じられている。犯せば罰則で酷い拷問が課される。そのため俺もミシェルに自分の食べているものを上げることが出来なかったのだ。
彼女たちが今泣くほど喜んでいるのはそれが理由だろう。
……俺は。
…………俺はッ!
………………この肉を食うことはできない。
「……ミシェル、ノア、俺の分の肉も分けて食いなさい」
「「え?」」
二人はキョトンとした顔で俺を見た。それもそうだ。目の前にある金塊の山を他人に無償で譲るようなものだ。
実際、全て上げる必要があるのかというとその必要もないはずである。しかし俺はこれを食うわけにはいかないのだ。それは彼女たちへの償いもあり、無力だった自分へのせめてもの抵抗でもある。食べさせてあげられなかったあの頃の彼女たちに対しての、せめてもの償い……。
「さあ取れ! 俺の事は、気にすんな!」
ミシェルは困惑気味に俺の肉の乗った皿を受け取ったが、すぐに返そうとした。
「いや、でも、美味しいよ? もったいないよ」
そうだな。うまいのだろう。最高の肉に最高のたれ、そして最高の卵が生むすき焼きの魔力はそれはそれは甘美なのだろう……。
だが、冗談じゃない!
「いらん。俺は、肉は久しぶりではない」
俺は腕を組み断固として受け取らない構えを見せた。メイドさんもそんな俺の姿をいつものロリコンの変態を見る視線とは違った目線で見ていたように見えた。
少女たちは困惑の末、咀嚼を再開した。するとすぐに困惑の空気は食事の雰囲気に変わり、肉はどんどん数を減らしていく。
俺はその姿を、食べるときの笑顔に安堵した。大きなものを失ったのに、心は穏やかだった。泣きながら別の席で食事をとっていたあの時の人間兵器と呼ばれた子供たちが、こんなにも幸せそうなのだ。
俺は目を閉じてその幸せの事実をかみしめた。
すると、誰かに肩を叩かれる。
「ミツイさん、はい、あーん」
再び俺の中に、電流が走った。
次回こそは到達して見せる。




