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少女の隠蔽工作

作者: にがうり

6時50分、いつものように枕元のケータイが流行りのアイドルの曲をならした。

愛だの恋だのを叫ぶその音を緩慢とした動作で止める。

ぼんやりと意識が浮上し始めるが、あげかけた頭はそのまま柔らかい枕に受け止められた。

ほとんど間をおかず、意識は闇に落ちていった。


7時00分、いつものように二度目のアラームが鳴る。一昔前に流行ったアニメの曲だ。

今度こそゆっくりと意識が浮上し、そのまま体を起こす。夢の世界から強引に現実に意識を引き戻していった。

床に落ちた授業参観の案内、散らばった教科書、丸められた洋服。いつも通りの部屋だった。

いまだになり続けていたわざとらしいアニメ声を止め、欠伸をもらしながら立ち上がった。


7時30分、朝食。焦げて苦くなってしまったトーストとにらめっこ。一口食べて、本来の役目を舌が果たし、生物が食べられるものではない毒だと判断。

本能に従いトーストを廃棄。コーヒーだけ飲んで朝食とした。


8時00分、家をでる。いつもと同じ時刻。だいぶくたびれた制服を着て、自転車にまたがる。また近所の猫が自転車の前でくつろいでいる。追い払う。威嚇された。


8時13分、踏み切りに引っかかる。長い。通り過ぎる貨物列車のコンテナでも数えることにする。諦めた。私には動体視力がたりない。卓球でもして鍛えるか。いや、面倒だ。踏み切りが開いた。


8時25分、学校に到着。生徒指導の先生がスカートの短い女子を止めているのを横目に教室に向かう。いつまで経っても下駄箱の匂いには慣れない。臭い。


8時28分、教室に到着。真ん中近くのなんとも形容し難い位置の机に教科書を突っ込む。すでに入れすぎてて入らない。諦めて一部ロッカーにしまう。


8時30分、友人と歓談、本日の論点「ベンゼンと水素はどちらが形として完成され、美しさ、可愛さ、可憐さを感じるか」ベンゼン一択だろjk。水素派の友人と揉める。


8時35分、朝のSHR。今日も特に変わったことはないらしい。保護者会のプリントの締切。あ、プリント出し忘れてた。担任の気だるそうな声。タバコ臭い。


8時45分、1限目、数学。おやすみなさい。


9時35分、おはよう。


9時45分、2限目、英語。おやすみなさい。


10時35分、おはよう。


10時45分、3限目、化学。おやすみなさい。


11時5分、起こされる。問題を当てられた。解いた。眠い。また寝ると怒られそうだったのでノートの端に擬人化ベンゼンでも描いて気を紛らわす。可愛いよベンゼン。

11時35分、おはよう。結局また寝落ちた。


11時45分、4限目、体育。さすがに寝れない。ランニングがつらい。バドミントンをした。必殺すーぱーすぺしゃるショットを打つが難なく返される。今日はたまたま調子が悪いだけだ。


12時35分、やっと昼飯。友人と歓談しながら母の作った弁当を食べる。卵焼きに味付けがしてなかった。冷食のグラタンのカップの底の占いは大凶。うるせえ。グラタンに運命決められてたまるか。今日の昼の論題は「彼氏にするならどの細胞小器官か」ゴルジ体だろjk。ミトコンドリア派の友人と揉める。葉緑体派の友人が仲裁に入る。


13時20分、5限目、古典。嫌いじゃないが眠い。おやすみなさい。


14時10分、おはよう。


14時20分、6限目、地理。ようやく目が覚めてきた。トルコとヨーロッパの間の橋渡りに行きたい。絶対行かないけど。モンブランとか見たい、面倒だし見たくないけど。せめて富士山…もいいや、面倒だ。


15時10分、掃除、当番の友人にどうしてもと言われハーゲンダッツ1個という条件で代わってやった。感謝しろ。掃除は嫌いじゃない。男子が投げた雑巾が腕に当たった。前言撤回、掃除嫌い。


15時30分、部活に向かう友人達と別れて下校。帰宅部で悪かったな。自転車のカゴに入れておいた合羽が無くなっていた。盗む価値があるとは思えないけど、盗んだやつはシュークリームの皮だけ喉につまらせて死ね。


15時45分、駅に向かう。自転車は名前、学校名等のラベルを剥がして、車体番号を削っておく。お茶飲みたい。自販機でお茶系だけ売り切れ。仕方なく水を買う。


15時50分、駅のトイレで着替え。化粧、ウィッグも装着。制服はカバンに押し込む。顔は老けてると良く言われるから20代に見えるだろう。


16時00分、切符を買い普通電車へ。わざと、切符と反対方面のホームへゆき、来た普通電車のシートと、シートの間にスマホを隠す。あくまで、落としたようにかつわかりづらいように。


16時5分、次の駅で降り、反対方面の快速電車にのる。切符のぶんで行けるところまで行くことにする。手持ち無沙汰だ。スマホを捨てたことに後悔。本でも持ってくればよかった。


17時15分、そろそろ降りる。


17時20分、私鉄に乗り換え。


18時3 分、無人駅で降りる。


18時10分、人目につかないよう、隠れて移動しながら海を目指す。


19時30分、海が見えてきた。


20時12分、人気がなく、かつ、都合が良さそうな崖を発見。決めた。












海は穏やかだった。波が打ち寄せては砕ける音を静かに聞いていた。日は落ち、徐々に暗くなるばかりで波や風の音がより大きくなってゆくような錯覚を覚える。それは心地がよく、子守唄のような響きを持って少女を包んだ。不思議と、恐怖や不安は感じなかった。それは少女にとって身近で、ありふれた、よく知っているものであるかのようだった。


少女は幸せだった。平凡な毎日だが、少女は平凡を愛することの出来る人間だった。優しく、理解ある両親。くだらないことで騒げる友人。これかがかけがえのなく幸せな物であることを少女は知っていた。


だからこそ少女は恐れたのだ。少女は知っていた。山があれば谷があることを。いつの日にか少女はもう立ち上がれないのではないかという恐怖を悲しみを味わうかもしれない。その悲しみが苦しみが永遠出ないこと、乗り越え、また多くの幸せがあることすら少女は理解していた。


それでも少女は今が幸せで幸せでたまらないからこそわずかでも不幸せにはなりたくなかった。幸せなまま人生を終えたかった。


とはいえ、自殺というものがかける迷惑も少女は理解していた。学校はいじめがあったのではないかと追求されるだろう。両親は何故と悩み苦しむだろう。友人は苦悩を理解してやれなかったと嘆くだろう。少女のことを深くしりもしないやつが悲しんでる自分に酔って泣くだろう。


だから少女は少女のできうる限り隠した。普通に学校に行き、普通に過ごし、隠そうとした。これで死体が見つからない限りは大丈夫だろう。いや、見つかっても自殺扱いにならないかぎり大丈夫だろう。行方不明扱いになれば万々歳だ。


どの道迷惑をかけることなど少女は知っていた。どの道親も友人も悲しむ。悲しまないだろうと思うほど少女は卑屈ではない。


仕方が無いと少女は言う。これは自分のエゴだから他者に迷惑はかけてしまう。自分に考えうるだけの事はやった。あとは終わりにするだけだ。



日は完全に沈み、闇が場を支配する。


一歩、二歩、少女は歩む。踏みしめるように、幸せそうに。



「…綺麗だな」


あとは風切り音しか聴こえなかった。


















6時50分、いつものように枕元のケータイが流行りのアイドルの曲をならした。

愛だの恋だのを叫ぶその音を緩慢とした動作で止める。

ぼんやりと意識が浮上し始めるが、あげかけた頭はそのまま柔らかい枕に受け止められた。

ほとんど間をおかず、意識は闇に落ちていった。

闇に意識を飲み込まれながら少女は考える。


これはその道を選択出来なかった私の物語。


毎日行動を起こすことを考え、準備しながらも、ついぞその行動を起こせなかった私の物語。


死を選択出来なかった私の物語。





後悔はしている。





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