第8話 入学式
今日はいよいよ待ちに待った王立魔法学校の入学式。新しい制服に身を包み、新生活に胸を躍らせたクリスタは意気揚々と登校した。
入学式は講堂で行われた。学校長の長い話がだらだらと続き、クリスタ含め新入生のほとんどは聞いていなかった。
学校長の話の次に、クロイツ教の教皇ヨハネ16世が壇上に上がった。クロイツ教とは、唯一神を信仰する一神教の宗教であり、ローゼン王国の国教でもある。今のところ世界で一番信者数が多い宗教であり、クリスタも信者だ。国民のほとんどは生まれた直後に洗礼を受ける。
教皇は、聖書の一節を引用して説教をした。やはり退屈だった。
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ようやく入学式が終わり、新入生は広めの教室へと向かった。これからオリエンテーションがあるからだ。
オリエンテーションでは、それぞれ自己紹介、自分の魔法、趣味などを発表した。なにせ人数が多く、全員は無理だったが、クリスタは頑張って覚えて大体の人の顔と名前、魔法は一致させた。
同期はなかなか豪華な顔触れだった。この国の第二王子に、宰相の息子、公爵令嬢、侯爵令嬢、王室御用達の高級百貨店の社長の息子など。
この学校に入る生徒の層は幅広く、王族・貴族だけでなく平民もいる。ただ、彼らに共通するのは魔力を持ってることは大前提として、実家がお金持ちだということだ。国公立にも関わらず学校に掛かる費用が高過ぎる。この時点で例え魔法が使えても普通の平民は入ることができない。貧しくてもよっぽど才能があればスポンサーがついたり、奨学金を貰えたりして通えるかもしれないが。
王族も通う学校にあまりにも階級の差や貧富の差があってはならないということで、お金の問題は一つの足切りなのだ。この国の王族だけでなく、他国の王族も留学しにきたりする。それ程王立魔法学校はエリート校で、卒業すると立派なステータスにもなるのだ。
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授業が始まるまでの数日間は学校案内や授業のガイダンスがあった。授業は選択式で、たくさんある講座の中から好きな講義を選択できる。といっても、一年生は必須がほとんどで選択は少ししかなかった。
ちなみに剣術の授業が必須だったのには驚いた。果たして、箸よりも重いものを持ったことがない令嬢が剣を振るえるのだろうか。
他にも学校内にはいくつかクラブがあり、その紹介もあった。運動系のクラブや、魔法学校らしく魔法などを研究するクラブ、決闘や格闘技に剣術、活動内容が不透明なものまで様々なクラブがあった。しかし、クリスタはそのどれもに興味がなかったので、一切見学しないし入らなかった。
この数日で人間関係は出来上がっていた。皆、グループごとに固まっている感じだ。クリスタはどのグループにも属さない。基本的に群れるのが嫌いだったし、貴族同士の関係が面倒だったからだ。他にも理由がある。どうも、クリスタと同じローゼン王国の貴族であるミュラー侯爵令嬢が派閥を作り上げ、貴族階級の生徒をまとめているようなのだ。それに問題はない。しかし、どうやら彼女はクリスタをライバル視しているらしい。家同士の仲も良くはないし、そこら辺意識しているようだ。だから、貴族階級の生徒は全員ではないけど侯爵令嬢派なので迂闊にクリスタに近付けないし、平民の生徒はそもそも王族貴族には近付かない。そういうわけでクリスタはぼっちになってしまった。
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学校は授業がないので午前中で終わり、ぼっちなクリスタはやることがなくて暇だったため、魔法都市ゴスラーを散策することにした。一人で。
寮を出て、魔導馬車に乗り込む。魔導馬車とは、その名の通り魔力で動く馬車のことだ。魔力で動くので、御者も馬もいない。魔法都市全域に渡ってレールが敷かれており、その上を走っている。バスのようなものだ。
行き先は、13区。13区は、一言で言うなら冒険者の地区だ。中心に冒険者ギルドがあり、周辺にはファンタジーの定番の酒場や武器屋、宿屋、そしてダンジョンがある。荒くれ者が集まる地区でもあるので、治安はあまりよくない。
停留所で降り、冒険者ギルドへと向かう。ギルドは停留所のすぐ側にあった。ギルドの外観は、ヨーロッパ風の白亜の綺麗な建物だった。
早速冒険者ギルドに足を踏み入れる。建物の中は、綺麗に磨かれた白い大理石が用いられていた。人はまばらにいる状態だ。いくつかあるカウンターのうちの一つにいき、受付嬢に冒険者登録をしたい、と伝えた。
「かしこまりました。では、早速登録をして頂きます。こちらに手をかざしてください。」
受付嬢が美人なところまで王道ファンタジーな世界だった。受付嬢は、形は違えど魔力測定の時の水晶みたいなものを指し示した。指示された通りに水晶の上に手をかざす。
「ありがとうございます。こちらにお客様のお名前の記入をお願いします。」
「ありがとうございます。これで登録は終了となります。こちらが新しいカードでございます。」
冒険者ギルドのカードは銀色で、名前と性別、ランクが刻まれていた。ランクはFだった。
「当ギルドの説明をさせて頂きます」
受付嬢の説明によると、ランクはFからSまであり、依頼をこなした数、難易度、冒険者ギルドで稼いだ金の総額などでランクが上がるそうだ。
他にも、ギルドのカード自体が高価な魔導具なので、再発行には金が掛かること、依頼を達成できなかった時は違約金が発生すること、など色々な説明があった。
美人な受付嬢による説明が終わった後、クリスタは早速ダンジョンに向かった。昔からいつかダンジョンを探索したいと思っていた。
ダンジョンとは、世界各地に存在する迷宮である。ダンジョンの中には魔物が生息していて、原則最下層に下るほど魔物は強くなる。一口にダンジョンといっても様々なタイプのものがあり、ずっと代わり映えしない景色のダンジョンもあれば、階層が変わるごとに例えば草原から砂漠、というように極端に変わる例もある。また、入る度に配置が変わる厄介なものも存在する。
魔法都市には現在二つのダンジョンが確認されている。そのうちの一つがギルドの近くにあり、これからクリスタが向かうダンジョンだ。難易度もそんなに高くない。もっとも下層に下れば下るほど難しくなっていくが。しかし、ダンジョン攻略においては全くの初心者のクリスタにとっては良い場所だ。
ダンジョンの名前はゴスラーの洞窟。名前の通り、洞窟のような造りになっている。
ダンジョンの入り口にある魔導具にカードをかざし、ゴスラーの洞窟へ足を踏み入れた。ちなみに魔導具が設置されているのは冒険者の記録を取るためである。冒険者がもしダンジョンで運悪く死んだとしても死んだ場所が分かる。
1階層の魔物は動きも遅く、攻撃力もないため弱い、つまり雑魚だ。それに倒して素材を剥ぎ取ったとしても所詮は雑魚、大した収入にはならない。これといった罠もなく、楽々進んで次の階層に到着した。
2階層は気持ち悪い植物の魔物が生えていた。ハエトリソウのような食虫植物の大きいバージョンが群れで生えていたので、爆弾を投げつけて焼き払った。しかも、うねうね動いていたのだから気持ち悪い。さっさと2階層は抜け、3階層へと到着した。
「グギャギャッ」
棍棒を手に奇声をあげながら襲ってきたのは絵に描いたようなゴブリンだった。ダンジョンに入ってからはじめて人型の魔物が出てきた。ゴブリンは単細胞で知能が低い。つまり、何も考えてない。そのまま彼らの武器である棍棒を振り上げて襲ってくるので、クリスタは簡単に攻撃をかわして素手で殴った。そう、あのガラスをかち割った怪力で。
結果、ゴブリンはまともにパンチを食らって吹き飛んでいった。
しかし、ゴブリンも一匹ではない。次々と別のゴブリンが襲いかかってくる。全て捌くのは面倒だったので、爆弾を使って粛清した。
敵を粛清して綺麗になった洞窟を進んでいったところ、窪んでいるところに部屋があるのを見つけた。覗いてみると、なにやら木箱がある。何かあるかもしれないと思って開けようと試みたが、あいにく鍵が掛かっていた。しかし、これは予想通り。ツールを取りだし、ピッキングして鍵を開けた。幸い鍵はそれほど難しい造りにはなっていなかった。
箱を開けた。眩い光に包まれ、本能的に瞼を閉じた。
目を開けると、そこは明らかに空気が違った。相変わらず洞窟の中だったが、なんというか気が張り詰めていた。そして、自分の周囲には額に角が生えたホーンラビットが肉食獣のような目をして群がっていた。
(罠…?)
とりあえず爆弾をばら撒いてそこから脱出した。
メインの道に沿って歩いて行くと、背中まで伸びた黒髪の一人の少女に出会った。両手に剣を持って戦っている。そして、クリスタと同じ、王立魔法学校の制服を着ていた。
少女はクリスタに気付いたのか、剣を軽く振って血糊を払うとゆっくりとこちらに振り返った。