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第5話 公爵令嬢vs風の魔法使い

「じゃあ、こっちも遠慮なく本気出させて貰うわよ!」


マスターは、風の刃を放った。クリスタは寸前で回避したが、避けきれなかった刃が頬を切った。


「っ…」


滴り落ちる血。呼吸を整えて痛みを平常化し、爆弾を放った。

しかし、確かにマスターに向けて投げた爆弾は軌道を逸らし、明後日の方向で爆発した。マスターが風力で無理やり爆弾の軌道を逸らしたのだ。組織の名でもあるヴィント()。その由来は、組織の長であるマスターが風の魔法使いだからである。


マスターが両手にナイフを持ち、クリスタに向かって投げた。風で加速しているナイフは速い。しかし、軌道を見切れないほどではない。なので、クリスタは楽に避けられた。しかし、ナイフはまるで操られているかのように急転換し、クリスタの背後へ向かっていった。

クリスタは咄嗟に振り返り、近くにあった分厚いクッションでナイフを受け止めた。ナイフに気を取られている間に再び放たれる風の刃。クリスタは瞬時に床に伏せ、風の刃をやり過ごした。


「なあ、お前なんでヴィントを襲撃したんだ?」


マスターは唐突にクリスタに問いかけた。


「私はヴィントに襲われた。だから、反撃しにきたの。この私を敵に回したことを後悔しろ。」


クリスタは殺意を込めた瞳でマスターを睨みつけ、威圧した。しかし、マスターは臆することもない様子だった。

マスターは、少女が自分の組織を襲ってきた理由について思考を巡らせた。組織が襲われた事は、今までに何度もあった。所詮暗部間の抗争か、個人的に恨みを持った人物が復讐しにくるケースなど。今回は後者に当たるのだろうか。しかし、それも違う気がした。少女に殺意はあるものの、恨み辛みといった感情は全くない。少女が言う通り、何らかの依頼で少女が襲われ、依頼を引き受けた組織ごと壊滅しに来たのだろうか。

少女の正体も謎である。戦い慣れているのは言うまでもないが、かなりの戦闘力を持っている。そしてなによりあの目。


「君は僕と同類…君も暗部の人間なんだろ?」


あの世までをも見透かしたような、鋭く、壊れた目。絶対何人か殺ってる目だ。


「今は違う」


「へえ、じゃあ元暗部だったんだ。そんなに強いのに何で辞めたの? もしかして、心を入れ替えて更正したとか?」


単純に疑問だった。ヴィントの幹部を何人も殺れるほど実力を持った人物がなぜ暗部を辞めたのか。暗部に堕ちた人間は気軽に転職できない。というか、一般人に戻れない。そこまでして暗部を辞める理由があるとすれば、更正しか考えられない。暗部を辞め、心から己の罪を悔い改めて新たな人生を送る。


クリスタは、嗤いが込み上がってくるのを感じた。


「あはっ! 更正? 笑わせないでよ! 私みたいに堕ちるとこまで堕ちたクズが今更更正なんてできるかよ! 綺麗事して世間に媚びて生き続けるくらいなら喜んで地獄に堕ちてやる!」


クリスタは、言葉を吐き捨てるように叫んだ。目は完全に見開かれ、視線が定まっていない。


「それは僕も同感だね。…一度悪に染まった者は、たとえその動機がなんとなく、とかその場の流れ、…復讐、だとしても、もう元に戻れやしない。だから一生くそったれな正義に抗い続けるのさ」


「そう、そうよ、だから私は…」


飛行機を墜としたの、と言いかけてやめた。当たり前だがこの世界に飛行機は存在しないからだ。


「なあ、ヴィントに入らないか? もう一度やり直そう、僕と君なら暗部の頂点に立てる」


マスターは歪んだ笑みを浮かべてクリスタを勧誘した。


しかし、


「お断りよ」


彼女はすげなく断った。


「なんでだ?」


「この世界の暗部に興味がないからよ。それに、あんたは魔法というハンデがありながらも私より弱い」


マスターはクリスタの言葉を聞いてブチ切れた。勧誘を断られたからではない。そもそも駄目元でやったのだから。問題発言は、クリスタより弱いと言われたこと。マスターはこの道短くはない。少なくとも目の前にいるガキよりは経験豊富だし、強いはずだ。ヴィントという組織のトップを務めてきた己のプライドを傷付けられたと感じた。こんな、小さな少女に。今はまだ本気を出してないだけ。自分が本気になれば目の前のガキなんて一瞬で死ぬはずだ。


「ふーん、僕が君より弱い? 寝言は寝て言えよ。本当はどっちが強者なのか、身を以て知らせてやる」


旋風が巻き起こり、周りのものが散乱する。クリスタは風に煽られて空中に浮いた。


「勝敗はもう既に決まっている。─この戦いは私が勝つ。」


クリスタは根拠があるのか、余裕な顔で勝利宣言をした。


「それはどうかな」


マスターはにやりと嗤うと、かまいたちを放った。

無数の刃がクリスタの体を刻み込む。服は裂かれ、身体中に血が滲んでいる。


「っ…すぅ…」


システマ式呼吸法で回復に努める。

服の中に手を伸ばし、爆弾を掴んでマスターの足元に投げ付けた。

爆弾に気付いたマスターは爆発する寸前に体に風を纏って緊急回避した。

突然旋風が止み、空中に浮いていたクリスタは無様に床に叩きつけられ、動かなくなった。


マスターがこちらにやってきた。まるで、罠に掛かって弱った獲物を捕食する動物のように。勝ちを確信した強者の笑みを浮かべて。


「残念だったな、すぐに楽にしてやるよ。僕に弱物をいたぶる趣味はないからね」


マスターが近くに来た瞬間、クリスタは自分の目を閉じた。

そして、閃光手榴弾を投げた。


空間が白い光で満たされる。マスターは何が起きたのか分からずに混乱した。


「言ったでしょ、勝敗は既に決まってるって」


クリスタは捨て台詞を吐くと華麗にバルコニーから飛び降りた。


ようやく視界を取り戻したマスターはクリスタの姿を探したが、既に部屋にはいなかった。取り逃がしたことを悔しがるマスター。しかし、彼は色々な意味でもう手遅れだった。


その数分後、アパートは大爆発した。


巨大組織ヴィントは、今日、一人の少女の手によって壊滅した。

瓦礫と化した元アパートは何も語らない。


---


「はぁ、はぁ、はぁ」


クリスタは走った。夜の街をひたすら走った。少しでもあのアパートから離れるように。


だが、やがて力尽き、路地にぺたりと座り込んだ。衣服はぼろぼろで身体中血まみれだ。

なんとか自分を奮い立たせ、歩き始めた。途中で金銭と服を交換した。

このまま帰るわけにもいかないと思ったクリスタは、適当な宿屋を借りた。

宿の部屋で血を洗い流し、傷の手当てをする。買った服に身を包み、ベッドに横たわる。脳裏に今日の戦いの様子が描かれ、思ったこと、感じたことなど感情が溢れた。しかし、睡魔には勝てずにすぐに眠り込んだ。


次に目を覚ましたのは日が高くなってからだった。


(やば!完全にやらかした!帰らなきゃ!)


十分に睡眠を取って回復したクリスタは、急いで宿屋を後にし、王都の屋敷へと帰還した。


このあとめちゃくちゃ怒られた。


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