第3話 公爵令嬢、襲われる
「遅いね」
クローラは不安そうな顔で言った。先ほど少し外の様子を見てくるからここで待ってるように、といって教会から出て行ったアルフォンスがまだ帰ってこないので心細かった。
「そうだね。ちょっと外の様子見てくるから。」
クリスタは、外で何があったか分かっていた。鼻にこびり付いた血の臭いから察していた。
(偶然とは思えない…。やっぱりターゲットは私? ああ、だとしたら…ふふっ)
クリスタは久しぶりに胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
そそくさと教会から出ようとしたが…
「まって! お姉さま、一人にしないで!」
クローラが纏わり付いてきた。彼女はこの状況で頼れるのは自分の姉だけだった。
「ちょっと、ついてこないでよ!」
クリスタはクローラを邪険に振り払おうとして彼女が泣きそうな顔をしていることに気付いた。
「……もう、勝手にすれば。」
泣かれても面倒だなと思い、諦めた。それに、何かあれば肉壁にはなるかなとも考えた。
「うん!」
そんなことも知らない彼女は嬉しそうな顔で頷いた。
教会の外に出た瞬間クリスタはものすごい殺気を感じ取った。
(ああ、やっぱりターゲットは私だったんだ!)
久しぶりの戦闘に体が興奮する。
飛んでくるナイフの数々を察知したクリスタは、クローラの首根っこ掴んで咄嗟に銅像の陰に隠れた。
クリスタは隠れながら敵の気配を探った。まず、あの柱に隠れてるのが二人、教会の周辺に生えてる木にも二人隠れていて、向こうの建物の陰に隠れてるのが二人。そして、建物の中にも敵が潜んでいる。
クリスタは自身のスカートの中から彼女の武器を取り出した。まずは手始めにと柱に向かってその武器を投げた。
ドカン、とすごい音を立てて爆発し、柱が炎上した。そこにいた敵は真っ黒焦げになった。
そう、彼女の武器は爆弾。クリスタは前世で爆弾使いだった。だから今世でも敵と戦うために爆弾を作り、爆弾を常備していたのだ。
次に、木を爆発させた。柱と同様よく燃え、敵は黒焦げに。
まだ生きていた敵に動揺が走る。貴族の令嬢、しかもまだ幼いと完全に油断していた敵だったが、その令嬢が爆弾を使い、仲間を四人も殺した。次は自分たちがいる場所に爆弾を投げられるとわかった二人は建物の陰から飛び出し、銅像に隠れているクリスタたちの方に向かっていった。
しかし、クリスタたちの姿が見えない。敵は彼女たちを探そうとさらに銅像に近付き、爆発した。彼らはクリスタが仕掛けた罠にまんまと引っかかったのだ。
(くすっ、あんなに簡単に引っかかるなんて。たーんじゅんっ)
クリスタたちは敵が爆発に驚いて注意を逸らした隙に置き土産を置いて離脱していたのだ。
(さて、残るは建物の中にいるやつね。)
クリスタは窓に向かって爆弾をなげつけ、最後の敵をあっさりと粛清した。
「さあて、帰ろうか、クローラ」
クリスタはクローラに向かって機嫌が良かったので優しく微笑みながら言った。しかし、クローラは恐怖に涙を流していた。
当たり前だ、いきなりナイフが飛んできて、大きな音で爆発した。あまりの恐怖でずっと目を瞑っていたので惨状を直接見ることこそなかったが、そんなもの普通の六歳児に耐えられるわけがない。
ぐずぐず泣いてるクローラを連れてクリスタは屋敷へと向かった。自分の目で確認出来なかったが、おそらくアルフォンスと護衛たちは先ほどの奴らに殺されてる可能性が高いと推測した。若しくは、連れ去られたか。どちらにしろ大きなお荷物を抱えている現状一旦屋敷に帰るしかない。もちろんこれで終わらせるつもりはなかったが。
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屋敷に帰ったクリスタは事の顛末を多少の脚色を加えて大人に伝えた。二人は帰ってこれたものの、アルフォンスと彼女たちについていった護衛が帰ってこなかったので、すぐさま調査団を派遣した。
しかし、掃除屋が働いたのか街は何事もなかったかのように綺麗で、何の痕跡も残されていなかった。
怪しいと思ってさらに調べていたところ、一つの結論に辿り着いた。
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事が事だけにクリスタは屋敷でおとなしくしていた。屋敷内で。結局、クリスタ自身は襲撃者が何者なのか知らされていなかったし、知らなかった。
クリスタは自分なりに襲撃者について推理してみた。
まず、襲撃者の人数と隠蔽性の高さから計画された組織的な犯行とみて間違いない。前世での経験からもこれは暗部だな、と分かった。暗部とは、暗殺や誘拐、諜報など表沙汰にはできない仕事を引き受け、報酬をもらう組織のことだ。おそらく今回はどこかの組織が依頼を受けて襲撃したのだろう。それもかなりキャリアのある組織が。だとすれば、誰が依頼したのか。公爵家令嬢を消したい人物で、貴人の暗殺となると報酬も高いだろうから、高額な依頼料を払える人物。彼女たちが伯爵家に滞在していると知ってる人物、或いは彼女たちの居場所を突き止められるほど諜報能力に長けた人物。
公爵家と敵対している貴族だろう。動機、財力、情報収集能力と全てが揃う。
あと、もう一つの可能性としてあげられるものは、反貴族的な思考を持った団体に狙われた可能性だ。確率はかなり低いが、可能性としてなくはないだろう。
とりあえず、情報が足りない。さっきも言ったがクリスタはこれで終わらすつもりは到底なかった。今後のためにも敵は徹底的に潰しておきたかった。敵が巨大な組織だとしたら、根っこから殲滅し、依頼を出した貴族は良くて断絶、最低でも制裁を。
しかし、情報が無ければ何もできない。ということで、クリスタは情報収集に乗り出した。
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「Gute Nacht」
夜。メイドが灯りを消し、部屋から出て行くのを確認したクリスタは、早速準備した。
気配を消して廊下を歩く。さながらスパイのように。いや、これから情報を集めに行くのだから、スパイで間違いない。人の気配を感じたら物の影に隠れ、物音を一切立てないように気を遣い、やがて、目当ての部屋の前に辿り着いた。
「…何か情報は」
「教会付近を念入りに調べさせたが、襲撃者の決定的な証拠は見つからなかった。だが、犯行の手口からみて襲撃者は風で間違いないだろう。」
「ヴィントだと…?」
「ああ。確かに教会付近に戦闘跡が残っていた。しかし、遺体を見つけたという報告は一件も上がっていない。証言者もいない。アルフォンスも、うちの護衛たちも簡単に殺られるはずはない。行方不明になったということは、彼らの身に何か起こった…いや、十中八九ヴィントの奴らに殺されたと見るべきだ。」
「…すまない、娘の我儘のせいで君の従者を死なせてしまった…」
「いや、こちらこそ、君の娘を危険に晒してしまった。すまなかった。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、伯爵が沈黙を破って話し出した。
「…今回の事件で不可解な点がある。ヴィントの目的だ。普通に考えれば公爵令嬢の誘拐か暗殺といったところだろう。もしそうなら申し訳ないが君の娘は無事ではなかったはずだ。ヴィントはそれほど危険な連中だ。しかし、実際君の娘は無傷で帰ってきた。ということは、奴らの狙いは公爵令嬢でなかった。」
「では、一体なぜ…」
「さあな…」
それきり会話が途絶えた。
欲しい情報を手にしたクリスタは、一旦部屋に戻って準備を整えた。今しがた分かった謎の集団「ヴィント」についての情報を集めるために。やはり、彼女の推測は大体合っていたのだ。
ファンタジーな世界の情報収集の定番といえば酒場だ。しかし、七歳児であるクリスタが簡単に行ける場所ではない。故に、前世で培った特殊メイクの技術を利用した。顔を造れば、後は公爵邸から密かに持ってきていた服に着替えて夜の世界に飛び立った。