第16話 過去
この物語はフィクションであり、実在の大学、宗教などは一切関係ないです
「なんでここの学食は高いのよ」
学校の食堂でお昼を食べていたクリスタは急に悪態をついた。
「仕方ないですわ。ここは王侯貴族をはじめとしたセレブな方々が集まる学校なのですから」
アマーリエが答えたが、確かに彼女の言う通りだ。
「だからってたかだかサラダ一つに1,000マルクは高すぎるわ」
クリスタは納得していないという風に言った。
(確かにそれは高い)
「食堂は高いし、カフェのスイーツもバリエーションがないし、どうなってんのよこの学校」
クリスタの愚痴は止まらない。エレナやアリスはいつにも増して饒舌なクリスタに驚いていた。
「ウィンナーコーヒー買ってくるわ」
クリスタは愚痴るだけ愚痴ると、さっさと席を外した。
「ねぇ、彼女は一体全体なんであんなに苛立ってんのよ」
アリスは声を落として聞いた。
「さあ…」
エレナはさっぱり見当がつかない、という風に肩をすくめた。
「多分、彼よ」
「「彼?」」
アマーリエの言葉に皆が反応した。
「そう。彼、最近学校に来てないから」
「「あー」」
皆は納得したように頷いた。
彼とは言うまでもなくダーヴィト王子のことである。結局あれから直接彼女が事情を話すことはなかったが、皆なんとなく勘付いているため大体の事情は把握していた。
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「ウィンナーコーヒー1つください」
一方、クリスタは自らコーヒーを買いに来た。貴族の子女の中には使用人に持って来させる者もいたが、彼女はあくまで一般人のように振る舞うことを望んだ。
「申し訳ありません、ただいまコーヒーは品切れでございます」
「どうして?」
彼女は驚き、メニュー表を見ると確かにそのように書いてある。今までこんなことはなかったのに、と彼女は疑問に思った。
「…コーヒー豆の入手が困難な状況にあるからです」
店員の返事を聞いて彼女はハッとした。そういえば、最近どこかで戦争が勃発したと聞いた。その影響だろうか。
「わかったわ。じゃあ、普通の紅茶でいいわ」
「畏まりました」
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ある日、クリスタの元に一通の手紙が届いた。差出人を確認すると、ダーヴィト王子だった。彼女は急いで寮の自室に戻ると、手紙を開封した。
内容は当たり障りのないものだった。最近ガムラン音楽にハマってるとか、庭園の花が綺麗だとか、微笑ましい内容が書き連ねられていた。
だからこそ、彼女は違和感を覚えた。内容がいたって普通すぎるからだ。最近学校に来ていない理由も書いてない。彼女はてっきりもっと重要なことが書いてあると思っていただけに拍子抜けした。
しかし、やはりこのタイミングで彼から手紙が届いたのには意味があるはず。彼女はもう一度手紙を読み返し、気付いた。
これは暗号だと。
彼女は早速手紙を炙り出し、案の定浮かんできた文字を読み取った。
(信じられない…)
そこには、戦争へ行く、という旨が記されていた。
クリスタは気絶しそうになったが、寸前でとどまり、手紙を燃やした。
「…っ!」
心がかつてないほど乱れていた。彼が、戦争に行くなんて。急なことで理解が追いつかなかった。
(もし彼に何かがあれば…)
彼女は最悪の想像を止めることができなかった。
クリスタは居ても立っても居られず、寮を飛び出した。そのまま寮にこもっていたらよくない気がした。
「はぁ、はぁ…」
息を切らしながら走り続け、気が付いたらこの都市で一番大きな広場まで来ていた。広場では何かお祭りが行われているらしく、バグパイプの音が鳴り響いていた。音楽に合わせて人々がダンスを踊っている。楽しそうな彼らの様子にクリスタは焦燥感を覚えた。
(なんなのよ…)
遠くでは戦争が勃発しているというのに呑気な人たちである。いや、遠くだからこそ、戦地の情報は届きにくく、興味の対象とはなり得ないのだろう。結局、人間は自分に関係のない物事ほどどうでもよく、知ろうとも思わない。世界のどこかで戦争や内戦、紛争が起こっている一方、何も知らずに優雅に紅茶を飲み、ダンスに明け暮れている人たちがいる。
まるで狂気だとクリスタは思った。
これ以上ここにいたくないと思い、広場の中にある聖堂に入った。
人々の熱気が渦巻いた広場とは違い、聖堂の中はひんやりとしていて空気が違った。人もまばらに点在し、皆それぞれ厳かにお祈りしている。クリスタも木の椅子に座り、両手を組んで神に祈りを捧げた。
(どうか、彼が無事に戦争から帰ってこれますように…神様…神様…?)
ふと、クリスタは違和感を覚えた。なんで、自分はこんなにも必死になって神に祈っているのだろう。自分は今まで神様なんて信じていなかったのに、と。
(思い出した!あの自称天使!私は…)
クリスタはあまりにも古い記憶を思い出した。それがいつのことだったか、どこであったかなど細かいことは曖昧だが、そこであった出来事は今でも鮮明に覚えていた。
(前世で大罪を犯した私は天国に行くことも地獄に行くことも許されず、神によって転生させられた)
どうして今までこんなに大事なことを忘れていたんだろう。もし神様がいたとして、果たして大罪を犯した人間の祈りを聞いてくださるのだろうか。
そこまで考えたクリスタは初めて途方も無い後悔の念に駆られた。
自分はただ、彼の無事だけを祈っている。だが、今まで彼女が手にかけた人たちはどうだっただろうか。彼らの無事を願い、待っていた人たちもいたのではないだろうか。それを、自分は…
クリスタは声にならない悲鳴をあげた。自分の過去、存在意義、そして自分が犯した罪について真っ向から向き合う時が来たからだ。
「デイヴィー、クリスタは待ちます、いつまでも。それまでに、私の過去は、清算します」
クリスタは薄暗い聖堂の中、震えた声でそっと呟いた。
これにてお見合い編は終了で、次の章あたりで完結する予定です
それにしても学食高いのは本当です。サラダ一つで1,000はさすがにないけど実際はその半分くらいです