第13話 お見合い
時は過ぎ、入学してから2年が経った。2年間、特に大きな事件はなく、変わったことといえば妹のクローラと弟のジークが入学したことだ。
学期末試験も終わり、いよいよ長い夏休みが始まった。長期休暇の初日、クリスタは2人のきょうだいを連れて実家であるヴィッテル公爵家に帰った。
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「バカンス?」
クリスタは聞き返した。
「ええ、そうよ。久しぶりにあなたたちも帰ってきたことだし、今年は南の方へバカンスに行こうと思って」
クリスタの母、カミラは彼女に微笑みながら言った。
「南のどこに行くの?」
「インスブルックよ。」
確か彼の地は貴族の避暑地として有名な場所だ。つまり、保養地としてそこそこ栄えてはいるが、田舎だ。
「まあ、いいんじゃない」
クリスタは特に興味もなさそうに言った。実際、休暇中は暇だったし、少し社交界から離れて田舎でのんびり過ごすのも悪くない。
「そう。じゃあ、すぐに出発するからそのつもりでいてちょうだい。荷造りはもうすんでるから」
やけに準備がいいな、と少し不審に思ったが、そういうものなのだと思って特に深く考えることも追求することもしなかった。
一方、カミラはクリスタに見えないよう、不敵な笑みを浮かべた。
そして、本当に数日後、公爵一家は馬車に揺られてインスブルックに向かった。
貴族の移動なので途中休憩を挟んだり、宿で休んだり、少し寄り道したりしながら進む。ただでさえのんびり進んでいる上、途中天候不順や想定外の事件などが起きて予定より大幅に遅れて到着した。
インスブルックは、山に囲まれていて空気が綺麗な場所だった。冬にはウィンタースポーツが盛んに行われているらしい。
クリスタは、到着した途端、早速探索に行こうとした。馬車の中は死ぬほどつまらなかったからだ。
「クリスタ、どこに行くの?」
ところが、笑顔のカミラに引き止められた。
「ちょっと羽を伸ばそうと…」
「まだ着いたばかりじゃない。少し休憩して、着替えたらお夕飯にしましょう。あなたもお腹空いてるでしょう?」
「そ、そうね…」
結局、母には逆らえず、そうするしかなかった。
ちなみに夕食の南ローゼン料理はスパイスが効いててとても美味しかった。
長旅の疲れもあり、その日はすんなりと眠った。
翌日、クリスタはすっきり目が覚めた。今日こそはと自分で簡単に支度を済ませ、別荘を出ようとしたところ、またカミラに捕まった。
「今日はちょっとしたお出かけをするから、大人しく部屋にいてちょうだい。」
「どこか行くの?」
「そうよ。あと、その服も着替えるから。」
カミラはクリスタの質素なワンピースに目を向けて言った。心なしか、いつもの余裕がなく少しピリピリしている気がする。そういえば、今日は屋敷の雰囲気も慌ただしい。これは何かあるなと勘付いたクリスタは、カミラに追求することした。
「どうして? どこに行くの?」
カミラは少し目線を泳がせた。
「お茶会よ」
「そう。それならちゃんとした格好をしないと」
クリスタは口では納得したフリをしつつも怪しいな、と思っていた。だが、断る理由もないのでとりあえず従うことにした。
部屋に戻ると早速侍女がやってきてワンピースを脱がされた。珍しく普段はしないコルセットをぎゅうぎゅうに締められ、重くて豪華なドレスに着替えさせられた。そして、ベテランの侍女によって手際よく化粧を施されていく。髪も崩れないようきつめに結われた。
仕上げに香水を付け、鏡を見るとそこには目が虚ろな絶世の美少女が写っていた。
「まあ、なんてお美しい…」
着飾ったクリスタの姿に屋敷の者は言葉を失った。カミラは満足そうに頷き、早速馬車の手配をした。
クリスタはコルセットの苦しさにそれどころではなく、ただなすがままに馬車に乗せられた。
「ただの茶会でこんなに着飾る必要ってある?」
クリスタはぼそっと呟いた。
それにカミラは反応した。
「これから行くのはただのお茶会ではありません。わが王国の第2王子であらせられるダーヴィト殿下と母君である王妃陛下が来られます。」
「そ、そんなの聞いてないわよ!」
クリスタは動揺した。まさか、王妃様と王子様がここに来ているとは思わなかった。
「ええ。あなたにははじめて話したから。」
対してカミラは澄ました顔をしていた。
「でも、どうして…?」
「クリスタ、このお茶会はね、あなたとダーヴィト殿下のお見合いを兼ねているのよ」
「お、お、お見合い…!?」
クリスタはあまりの衝撃に倒れそうになった。そして、バカンスでここを訪れた理由も理解した。
「いや、結婚なんてしたくない!」
カミラはため息をついた。
「あなたなら絶対に嫌がると思ったから今まで内密に話を進めてきたわ」
「騙したのね! 信じられない! 私、もう帰るから!」
「それは無理よ。陛下とのお約束なのだから。 ああ、逃げようなんて考えないでね? 第一その重たいドレスと複雑に結い上げたコルセットを付けたままどこまで逃げられるかしら?」
クリスタは言葉に詰まった。一瞬逃亡という言葉を脳がチラついたのは事実だし、確かにコルセットなど普段めったに着ないので一人で脱ぐ事は至難の技だった。
「まさか、そこまで計算して…」
「そうよ。あなたにとっても悪い話ではないと思うわ。ダーヴィト殿下はお優しくてとても素敵な方だと聞くし、なにより将来は安泰よ」
「ふん、そんなのどうせすぐに私に飽きて若い愛人を作って蔑ろにされるのがオチよ」
カミラはクリスタの発言に思わず笑ってしまった。
「まあ、まだお会いしてもいないのにそんな風に言わなくてもいいじゃない。それに、あなたは可愛いから殿下は夢中になられるに違いないわ」
「…」
クリスタは母の根拠のない自信に呆れた。
しかし、このまま母親の策略に嵌るつもりもなかった彼女は、早速どのようにちゃぶ台をひっくり返すか考え始めた。
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馬車はほどなくしてお茶会、もとい見合い会場に到着した。クリスタとカミラはシンプルだが品の良い調度品が置かれた部屋に通され、そこでしばらく待機した。まもなく王妃陛下と王子殿下がお見えになり、クリスタは緊張しつつも教わった通りの挨拶をした。
「久しぶりね、カミラ。あなたに会えて嬉しいわ」
「お久しぶりでございます。私も陛下にお会いできて嬉しゅうございます。」
「まあ、そんなに固くならないで。ここは宮殿ではないのだし、いつものようにもっと気軽にお喋りしたいわ」
「そうね。」
王妃陛下は朗らかに笑われた。張り詰めていた部屋の空気も少し緩んだ気がする。クリスタは近くで王妃陛下のお顔を拝見するのは初めてだったが、とても綺麗な方だなと思った。
二人は軽く世間話に話を咲かせたのち、いよいよ本題に入った。
「私の娘のクリスタよ。今15歳で、殿下と同じ学校に通ってるわ。マナーや教養は既に家庭教師を付けて学ばせたから完璧よ。語学も得意でフーシェ語はネイティブ並みに話せるわ。とにかくお淑やかで良い子よ。」
お淑やかって、誰のことを言ってるんだろう…とクリスタは思った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。本当に綺麗な子ね」
王妃様は感心されたように仰った。
「こちらは私の息子のダーヴィトよ。不甲斐ないところもあるけど、顔はいいし優良物件よ」
実は、同じ学校に通っていながら実際に二人が顔を合わせる機会はあまりなかった。互いに興味がなかったというのもある。というわけで、クリスタも王子様の顔を近くで見たのは初めてだった。淡い金髪に綺麗な碧い瞳、絵本に出てきそうないかにも王子様といった風貌に、これは学校で騒がれるわけだ、と納得した。だが、彼がどんなにハンサムでもクリスタの興味をひくことはなかった。
「ご趣味は?」
「どんなことにご興味が?」
「好きな食べ物は?」
こういった質問が飛び交ったが、それらに答えたのはほとんど母親で、クリスタが口を挟む隙はなかった。おそらく、変なことを言わないか警戒してたのだろう。このままじゃお見合い大成功してしまう…とクリスタが焦り始めた時、彼女にとって事態が思わぬ方向に好転した。
「私たちばかりが話していてもつまらないわ。あとは若いお二人にしたらどうかしら」
「そうね」
王妃様のご提案にまさか母が断れるはずもなく、
「今日はお天気も良いし庭園を散歩してみましょう」
「ええ。」
母たちは侍女を伴って部屋を退出した。
クリスタは心の中でガッツポーズをした。2人きりになれば、ここで交わした会話が外に漏れることもない。彼女は早速口を開いた。
「殿下、単刀直入にお願いがございます。」
「何でしょう?」
「このお見合いは失敗したことにして殿下の方から断っていただけないでしょうか。」
クリスタは必死に懇願するフリをした。
「それはどうしてですか?」
対して彼は怪訝そうな顔をした。彼女は内心面倒くさいなと思った。ここで適当な理由を言ってもおそらく彼は納得しない。ならば、正直に、はっきり言おうと思った。
「単純に私より弱い人を伴侶として認めたくないからよ」
「…面白い」
彼女の宣戦布告とも取れるような発言を聞いた彼は、表情を変えた。
「私があなたより強くないとでも?」
「そうよ」
クリスタが肯定すると、彼は怒りを顔に浮かべた。もはや王子様の仮面は剥ぎ取られ、取り繕う素振りすら見せなかった。
「自信たっぷりだな。真正面からこんな屈辱を受けたのは初めてだ。いいだろう、本当はどっちが強いか勝負しよう。お前が勝ったら望み通り俺の方からこの縁談を無かったことにする。だが、俺が勝ったら…お前を俺の妃にする。これでどうだ?」
「いいよ。あんたの妃になるなんて死んでも嫌だけど、この私が負けるなんて万に一つもあり得ないから」
「見てろ。絶対勝って後悔させてやる」
こうして、お見合いはなぜか決闘になった。流石にここでドンパチやるのはまずいだろう、ということで2人は遠乗りすると言って移動した。母たちはそこでなにが行われるかなどつゆ知らず、話がうまくまとまってデートに行ったのだと勘違いして笑顔で見送った。