第9話 はじめてのおともだち
「хорошо」
その少女は、ぱっちり開いた黒眼に長いまつ毛、白雪姫のような赤い唇の美少女だった。彼女のあまりの可愛さにクリスタは思わず感嘆した。まあ、内心自分の方が可愛いと思っているが。
「あんたはクリスタ・フォン・ヴィッテルね。なんでこんなとこにいんのよ」
美少女は少し驚いた風だった。そして、いきなり難癖を付けられた。
「なんでって…。ダンジョンを探索してるだけよ。私がここにいたらだめなの?」
クリスタはむすっとして答えた。美少女は訝しげにクリスタを観察すると、軽蔑した目線を投げかけ、小馬鹿にするかのように言った。
「あんた公爵令嬢サマでしょ? みたところ武器も防具もなーんにもないみたいだけど、ホントなにしにきたの? 魔物のエサになるっていう、お貴族サマの新しいお遊びかしら? あははっ」
美少女は嗤った。クリスタは切れる寸前だった。
「っ…すぅ…」
だが、システマ呼吸で昂ぶった感情を押し込んだ。忘れてはいけない、ここはダンジョンの中であり、魔物がうようよしている。一度切れて口論になったら殺し合いになるとわかっていた。だからこそ、それを避けた。対人戦をやるにしてもダンジョンはリスクが高すぎた。
「ねぇ、あなたどうして私の名前を知ってるの?」
「なんでも何も私と同じ王立魔法学校の一年生だからだよ。」
美少女は呆れたように言った。そういえば、オリエンテーションで彼女を見かけた気がしてきた。なにせ人数が多いため、全員分の名前と顔を覚えているわけではない。
「へー、そうなんだ。あなたの名前はなに?」
「リコ・フジサキよ」
「フジサキ? 変わった家名ね。私、あなたのことなんて呼べばいい?」
「普通にリコでいいよ。」
「リコ、リコ、よろしくねっ」
クリスタはリコに向かってにこっと笑いかけた。
「っ…わ、私はお貴族サマと馴れ合うつもりはないよ、ふんっ」
しかし、リコは少し動揺しながらそっぽを向いてしまった。
「そうなの…。ところでここはどこ?」
「は?」
「何階層?」
「48階層だよ。それくらい自分で把握し…」
なさいよ、と続けようとしてリコは気付いた。気付いてしまった。よっぽどのドジでない限り普通は自分が今いる階層を把握する。しかし、分からないということは、忘れた以外に予期せぬトラブルに巻き込まれた可能性がある。ダンジョンにおいて予期せぬトラブルとは、罠のことである。そこで一つの罠に思い当たった。
「あんたまさか初心者殺しに引っかかったの?」
「う、うん。3階層にある箱開けて気付いたらここにいて…」
「プークスクス。見事に引っかかったね。初心者殺しは割と有名な罠だったんだよ? このダンジョンは3階層の途中までは罠もなくて魔物も弱いのに、最後にお宝に見せかけた箱があっていざ開けるといきなり48階層に転移する罠が仕掛けられてあるの。ちょー初歩的な罠で逆に有名だったくらい。ダンジョンに挑むなら事前にリサーチしておかないとだめだよ」
(うぅ、確かに…。大事には至らなかったけれど今回は失敗だった。もし致死性の罠だったら…。)
「そうだね。次回からはそうするよ」
今回は迂闊だった。ダンジョンについて下調べをせずに挑んでしまった。なので、これからはきちんと調べてからダンジョンに挑もうとクリスタは思った。
「じゃあ、私は進むから、あんたはもう帰りなさいよ。」
「うん。また明日ね」
リコは更に深い階層に挑むため剣を構え直して進み、クリスタは寮に帰るために歩き出して、二人は反対方向に去っていった。
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「あれ? これ…」
それは何階層にいる時だったか、クリスタはふと足元に光る金属を見つけた。鉛筆のように先端に向かって尖っている小さな金属の棒。昔のクリスタにとってはよく見慣れたもので、今はもう見ないもの。いや、この世界にあるはずがないもの。
それは、銃弾だった。
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オリエンテーション期間が終わり、ついに授業が始まった。授業は、魔術基礎、魔法基礎などの講義が中心の授業から魔法実技など実技が中心の授業、座学、そして外国語など多岐に渡った。
「はーい、それでは近くのお友達と二人ペアを組んでくださいー」
それは、フーシェ語の授業中の出来事だった。フーシェ語の教師マリー先生があの言葉を吐いてしまった。全国のぼっちを絶望の底に叩き落とすあの呪いの言葉を。
クリスタに友達はいない。教室を見回すと皆結構ペアを組んでいる。リコも既に他の友達とペアを組んでいた。
(べ、別にフーシェ語はもう完璧だし、友達いないし、そもそも誰も私とペアなんて組みたがらないだろうから、一人でいいもん)
完全に開き直った。しかし、現状はそう甘くない。
「まだペアを組んでいない人ー?」
マリーはぐるっと教室を見回した。クリスタはどきっとした。
「あの、私…」
その時、一人の生徒がおずおずと口を開いた。
「えっと…エレナ、ペアがいないのかしら? 他にペアがいない人ー?」
マリーの視線が教室中を駆け巡り、クリスタの所でピタッと止まった。
「クリスタ、ペアは?」
「い、いません…」
「じゃあ、エレナとクリスタで組みなさい」
クリスタは初めてエレナと呼ばれた少女を見た。尻まで伸びた長く美しい黒髪に紅い瞳の神秘的な美少女だった。
「よろしく」
「…よろしく」
エレナも初めてクリスタを見てあまりの美しさに驚きつつも何とか挨拶を返した。
「はーい、では今まで習った表現を使ってペアの人と実際に会話してみましょう! ローゼン語は厳禁ですよ!」
「Enchante. Je m'appelle Christine. Et vous ?」
「Je suis Elena.」
「…」
「…」
それきり会話が途切れてしまった。クリスタは何か話しかけようと相手を観察したりして話題を探した。
「De vous d'où est? Vos cheveux noir comme le corbeau sont rares. L'avez-vous teint?」
やはり彼女の特徴といえば長く伸びた黒髪だ。この国で黒髪は珍しい。あまりいない。しかし、この学校は全世界から生徒が集まるため、いてもおかしくはない。
「ごめんなさい、私あんまりフーシェ語得意じゃないから分からないわ」
「あ、ごめん。」
「今は何て言ったのかしら?」
「あー、えっと、あなたの黒髪は美しいなって…」
エレナは無意識に自分の髪に触れた。
「そ、そうかしら?」
「うん。ねぇ、少し触っていい?」
「え、えぇ…」
クリスタはエレナの黒髪に触れ、手ぐしで梳かした。エレナの耳が瞳と同じ赤に染まった。
(んふっ、かわいいっ)
クリスタはエレナの髪に触れるついでに髪に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
「いい匂い…シャンプーは何使ってるの?」
「ちょ、ちょっともうやめて…」
エレナに言われてクリスタは仕方なく彼女から離れた。
エレナの耳はこれ以上ないくらい赤くなっていた。
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午前の授業が全て終わり、ランチタイムになった。クリスタは食堂に行き、食事を選んだ。食堂はいくつか食材があり、それを自由にセレクトしてお盆に乗せるセルフ形式だ。
お盆を持って席を探していると、エレナの姿を見つけた。やはりというか案の定一人だったので、クリスタは勇気を振り絞って話しかけた。
「隣、いい?」
「えぇ。」
エレナは少し驚いていたけれど、了承した。
「ねぇ、何飲んでるの?」
クリスタはエレナが今しがた飲んでいた赤色の謎の液体が入った瓶を指し示して問い掛けた。
「トマトジュースよ。」
「хорошо! どうして飲んでるの?」
「…好きだから」
(トマトジュースが好きな人間なんて初めて見たかも)
「ごきげんよう、ヴィッテル公爵令嬢」
その時、侯爵令嬢アマーリエが彼女の取り巻きを引き連れてクリスタの前に姿を現した!
Enchante. Je m'appelle Christine. Et vous?
はじめまして。私の名前はクリスティーヌです。あなたは?
Je suis Elena.
私はエレナ。
De vous d'où est? Vos cheveux noir comme le corbeau sont rares. L'avez-vous teint?
あなたはどこ出身ですか? あなたの黒髪は大変珍しい。染めたか、魔導具で変えましたか?