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プロローグ

アメリカン航空JFK国際空港行きの大型旅客機は今まさに離陸しようとしていた。飛行機に乗るのは初めてなのか、わくわくした様子で窓を覗いている子供達や、それを優しげな瞳で見つめる大人たち、仕事なのか難しそうな資料を読み込んでいるビジネスマン、シートベルトを着用しているか確認するため機内を回っている美人のスチュワーデス。様々な人々を乗せた飛行機は、それが悪夢の始まりだとは夢にも思わずにニューヨークへと飛び立った。


---


映画を観たり、音楽を聴いたり、本を読んだりと乗客はゆっくり思い思いの時間を過ごしていた。ところが、その時間も長くは続かなかった。


突然四発の銃声が鳴った。


「アテンションプリーズ。この旅客機はテロリストによってハイジャックされました。」


銃声が鳴った後、ハイジャックされたことを告げる機内アナウンスが流れ、乗客はパニックに陥った。


「皆様どうか落ち着いて下さい! ただいま状況を確認して参ります。」


真っ青になったアジア人らしき女性のスチュワーデスがコックピットへと駆けて行った。

そこで彼女は悲惨な光景を目にした。血に染まった操縦室。頭を銃で撃ち抜かれ、絶命した機長と副操縦士の死体。

彼女は咄嗟に悲鳴をあげそうになったが、口に手を当ててなんとか堪えた。この部屋にテロリストの姿はないが、悲鳴を聞きつけて殺しに来るかもしれない。とにかく彼女は外部に通信しようと震える指で通信機器を手に取った。

ところが、電波が悪いのか繋がらない。


「なんで…。お願い、出てよ!」


なんでこんな時に繋がらないの、と彼女は運命を呪った。


「ふふっ。いくらやっても無駄だよー。電波を妨害して通信手段は全て遮断したからねっ」


背後からテロリストの声が聞こえた。彼女はおそるおそる振り返り、初めてテロリストの姿を確認した。


「あなたは…、あなたがハイジャック犯なの? まさか、そんな」


よく見知った顔だった。彼女がハイジャック犯のはずがない。いや、逆にもし彼女の気がおかしくなってハイジャックをやらかしたとすれば、説得すればこんなことやめるかもしれない。一縷の望みを持った。でも、現実は非情だった。


「その、まさかだよ。ふふっ、驚いた? なーんちゃってね!」


ようやく彼女は気が付いた。顔は似てるけど、声が違う。


「あなた、だれ?」


しかし、もう遅かった。彼女の友人の皮を被ったハイジャック犯は銃を構え、彼女を撃った。


---


黒髪のスチュワーデスが乗客の様子を伺うために機内を巡回した。機内は混沌としていた。状況を把握するため見知らぬ人と会話したり、通信手段を得ようとしたり、諦めて遺書を書き始める者までいた。中には、黒髪のスチュワーデスが通過する時に、これはどういうことかと聞く人もいた。


一人の男が荷物を探り、武器になりそうなものを探した。そして、いいものを見つけた。彼は勇敢にもテロリストに立ち向かおうとしたのだ。ところが肝心のテロリストが音声でしか姿を現さない。大方操縦室にいるのだろうと予測して、彼はカッターナイフを握りしめて座席から立ち上がった。


瞬間、席の近くで小さな爆発が起きた。男性は驚いて固まった。爆発音に黒髪のスチュワーデスは男性の方を振り返って言った。


「あーあ、だめじゃん、私に刃向かっちゃ。この飛行機には至る所に爆弾が仕掛けてある。次変なこと企んだら吹き飛ばすよ」


大きな声で、乗客に宣言するかのように話した。


「お前、スチュワーデスの振りしたテロリストか!」


「大正解」


黒髪のスチュワーデスは不敵に笑うと、自身の顔に手をかけ、思いっきりマスクを引き剥がした。黒髪に隠れていた豊かなブロンドの髪が溢れ出る。テロリストの正体を目の当たりにした乗客は思わず声を失った。

人形のように大きな青い瞳に、形の良い鼻、可愛らしい唇。

そう、彼女は美し過ぎたのだ。

なぜ、こんなに美しい女がテロリストになりハイジャックしたのか。おそらく一生知ることもないだろうが、乗客は皆不思議に思った。


「テロリストはお前だけか?」


「そうだよ」


「女一人でハイジャックだと? 舐めやがって」


先ほどの男が、テロリストは一人、しかも若い女だと分かって威勢を取り戻し、勇敢にも飛びかかった。

男の攻撃を見越したテロリストは容易く攻撃を受け流し、逆に男の手からカッターナイフを奪って男の首に突き立てた。男は驚愕に目を見開いた。

テロリストはカッターナイフを男に突き刺したまま男を床に放り投げた。


「首の動脈を切った。こいつは数分もしないうちに出血多量で死ぬ。私に刃向かったらどうなるのか、いい見せしめになったね。」


テロリストは口元を歪めて笑った。乗客は誰も動かなかった。いや、動けなかった。誰もが人が殺されるのを目の当たりにして恐怖に震えていた。

彼女の言葉通り見せしめになったのか、それから反抗する者はでなかった。


---


彼女は機械を操り、飛行機の高度を下げて行った。目的地はもう近い。彼女は着陸に向けた準備を始めた。

窓からみても一目瞭然なほど下がっていく高度、ぐらぐらと揺れる機体に機内の絶望が高まった。


「あと10分程でこの飛行機は墜落する。せいぜい神にでも祈っておきなさい」


二度目のアナウンス。一回目は無機質な機械の声だったが、二回目はあの女の声だった。


「後ろが邪魔ね」


彼女はモニターを覗きながら言った。そう、このハイジャックされた飛行機は最悪の場合人がいない場所に撃ち落とす必要があった。そのため、飛行機の後ろに追撃用の戦闘機が待ち構えていた。もし飛行機を撃ち落としてしまったら乗客の命は助からないが、被害は最小限にとどめたかった。


急激に高度を下げ始めた飛行機に対して戦闘機はいよいよ準備体制に入っていた。

それをモニター越しに見ていた彼女は一言呟いた。


「爆ぜろ」


冷たく響いた彼女の声と共に戦闘機は爆発した。そして、重力に任せて落下していった。


「さて、邪魔者もいなくなったし、最後の準備も完了したし、さっさと離脱しよっ」


いつの間にかスチュワーデスの制服から私服に着替えていた彼女は、おもむろに飛行機のドアを開けた。

物凄い量の風が吹き込む。彼女は一瞬目を瞑ったが、意を決して前に進み、飛行機から飛び降りた。


その数分後、旅客機は大爆発し、ニューヨーク市内に墜落した。


---


「ここはどこ…?」


そこは、何もない空間だった。ただただ真っ白く、前後の区別もつかない。不思議な空間だった。


どこからともなく白いローブのような服をまとった女が現れた。顔はこれといった特徴のない能面のような顔で、何の表情も宿していなかった。一回見ただけだと三秒後には忘れてそうな顔だった。


「ここは…あえて言うなれば死後の世界です。天国でも地獄でもなく、俗世でもない。時間の流れすら不安定な空間…うぐっ!」


白い服の女が言い切らないうちに、彼女は白い服の女を力一杯ぶん殴った。


「いきなり何をするんですか!」


「ここは死後の世界なんでしょ? 私はね、神なんて信じてなかったけど、もし神に会ったら一発ぶん殴ってやるって決めてたのよ」


彼女は勝ち誇った顔で言った。

白い服の女は、真っ赤に腫れ上がった自身の頰をおさえた。


「私は神ではありません。天使です。」


「っぷ!あははっ! 天使だって! その顔で? まだ私の方が天使っぽい顔してんじゃないの、中身は黒天使だけどね! あははっ」


なにせ彼女は大型旅客機を利用した爆破テロを実行したテロリスト。他にもたくさんの犯罪を犯し、大勢の命を奪ってきた。黒天使どころか悪魔だ。


彼女は自称天使を心底馬鹿にしてるように嗤った。


「慎みなさい。我々天使とは、神の使いにして神と人間の中間の存在です。」


「あー、分かった分かった。つまり神のパシリなのね、あなたたちは。で、何? 私を地獄に突き落としにきたの?」


「そうではありません。あなたには異世界に転生して頂きます。」


「は? 転生?」


(そういえば私、今更だけど死んだんだ。あれ、でも、何で死んだんだっけ…。)


「そうです。あなたは生前いくつもの大きな罪を犯し、尊い生命を奪ってきました。それらの罪はとても許されるものではなく、それこそ地獄へ行って償わなければなりません。

しかし、亡くなったあなたの魂を鎮める歌が、あなたに捧げられた祈りが、あなたの魂を救いました。主のご慈悲によってあなたの罪は赦されたのです。」


「じゃあなんで天国じゃなくて転生なの?」


「いくら罪が赦されたといえど、十戒を破ったあなたは安住の地へ行き、永遠の生命を得ることができません。そこで提案されたのが転生です。主が創造された世界のうちの一つに転生し、新たな人生を送って頂きます。」


彼女は唐突に思い出した。生前暇つぶしに見た日本のアニメで似たような設定を見たな、と。確か主人公の男の子がトラックに轢かれ、異世界に転生する話だったような。そして、異世界転生といえば…。


「チート! 転生チート貰えないの?」


そう、主人公たちは皆何かしらのチート能力を貰っていた。


「はぁ、あなたは何を言ってるんですか? 第一、ただでさえ罪人な上に大した徳も積んでないあなたにどうしてチートをあげなければならないのですか。」


自称天使は呆れたように言った。顔は相変わらずの無表情だったが。そのギャップが薄気味悪かった。


「なーんだ、つまんない。まあいいや。」


「では、そろそろ。行きましょう、主の平和のうちに。」


「神に感謝っ!」


彼女はもう一度自称天使にストライクをお見舞いした。


「これは私から神への伝言ね! 」


「あなたという人は…!」


「до свидания! もう会うこともないでしょうけど」


彼女の姿がだんだん透明になっていき、やがて完全に消えた。天使は無表情でそれを眺め終わると、もう一つの魂を呼び寄せた。

До свидания = さようなら

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