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転校生Ⅰ

 それは、白銀の閃光だった。

 光に満ちる昼間の世界の中においても一際輝きを放つ美しい斬撃。

 その輝きは夜における月光のような侵し難い存在感を認識させた。

 私の目の前で相対している少年が残身している。

 左手に握られている振り下ろされた片手剣は露出している左腕の刺青と呼応して鈍くも雄々しい銀色の輝きを放ち、巨大な魔力を放出していた。


 ―――光が、迫る。


 光が私色を染めて塗り替えようと襲い掛かる。

 触れればきっと切り裂かれてしまうだろうその一撃を私は自分の七色の魔法を使って防ごうと試みる。


 ―――が。

 それらはナイフを前にした紙のように無残にも斬裂された。

 閃光は輝きを変化させることもなく私に接近する。

 彼の白銀は誰にも踏み込むことの敵わない聖域だった。

 その力はあらゆる色の混沌にも負けずに輝き続ける異端の心を映し出しているように私には思えた。

 そして、その光にどうしてか私は見惚れてしまっていた。

 私が追い求めてきた自由な力がそこにはあった。


 ―――だからこそ私はそれを欲して思わず手を伸ばした。





 レクレス付属ウナム訓練学校男子寮。

 そこは地方の町や貧困な仮定の人間が訓練学校に通うために下宿している場所だ。

 将来にレクレスにて活躍することのできる人材を育成するためにレクレス直々に莫大な資金を投じて最新の設備を充実させている。

 それは、男女の寮のちょうど間に在る室内訓練場でも同じだ。

 あらゆる環境に適応できるようにするために不規則なタイミングで中の気候を結界によって変化させている。

 現在火山の環境を再現している室内訓練室の広い空間の中で一人の少年が稽古のように剣を振るっていた。


「――――――」


 振り上げて、振り下ろす。

 その繰り返しを何回も繰り返していた。

 その度に腕に流れる汗が周囲に飛び散っていく。

 だが、汗は周囲の灼熱地獄ともいえる気候にとって肌から離れると一瞬で蒸発していた。


「――――――」


 周囲には人影はなく、彼―――ニグラルプス・オレラコムがこの場の支配者として君臨している。

 彼の握るその剣には漆黒の巨大な魔石が嵌め込まれており、その全体的に暗い色調と剥き出しになっている彼の左腕の紋様が彼に物語にでてくる覇王のような印象を抱かせる。

 覇王は獄炎に囲まれながらも表情を変えずに集中力を乱さない。

 剣筋は一切のブレがなく、その鋭い一振りが周囲に風圧を生じさせている。

 風圧は彼に迫りくる溶岩を押し流し、噴石を粉々に砕く。

 火山の噴火の音ともにニグルによって引き起こされる二次災害の音が空間に響き渡る。


 が。

 ―――ガラッ、と部屋の扉が開く音が室内に聞こえた。


「――――――、ん?」


 と、ニグルは剣を一度休めてから扉の方向を見る。


「おはよう、ニグル」

「おはようさん」


 そこには、学校の制服を身に纏った彼の友人たちがいた。


「おはよう。ラシフィに……ついでにケヴィン」

「俺はついでかよ……」


 苦言を呈した華奢な体格の男―――ケヴィンは苦笑しながら肩をすくめる。

 だが、その様子には呆れや怒りはなく、むしろ安堵の感情があった。


「二人が来るってことは、そろそろ登校の準備をした方がいい感じか」

「うん、学校に遅刻するのはだめだよニグル」


 豊満な身体つきの銀髪の美少女―――ラシフィはむっと少し眉間に皺を寄せながら彼に催促する。

 目を少し上向きにして彼の方向を見るその姿はまさに上目遣いそのものであり、彼女は少し体を斜めにしているので大きな胸がたゆんと強調される。

 その魅力的な体にニグルは男心ながらも少し心臓の鼓動を早くする。


「―――ふう、わかったよラシフィ」


 が、今はそのようなことを考えている暇はないと彼は首を振って右手に持っていた剣を脇に差していた鞘に納める。

 ニグルはそのまま二人の元へと溶岩の上を平然と歩いていく。

 修行を続けていけば必ず何かしらの成果が出る。

 それは人間の身体でも同じことだ。

 彼の身体は長い間の修業によって、溶岩程度の熱さと刺激には容易に耐えられるほどに成長した。

 それは火属性に対抗できる魔法を無意識化に発動しているだけであるのは自分の魔力消費から彼自身も理解している。

 だが、それは自分の魔力量と比べて余りにも微量だから身体機能の一部とみなしても問題ないと彼は認識している。


「お前らも毎回飽きもせずにやってくるな」


 二人の目の前までやってきたニグルは二人の行動をそう評価する。


「飽き、なんてしないよ?」

「そうだぞ。お前のおかげで俺は早起きも出来て遅刻をしないし健康でもいられるからな。逆に感謝したいぐらいだ」

「……なんというか、二人とも人が出来ているな」


 ニグルは二人の優しさを身に染みさせられる。


「はい、これっ」


 ラシフィは手持ちのアイテムポーチからハンドタオルを取り出してニグルに優しく手渡す。


「……お、ありがとな」


 ニグルは手渡されたタオルで肌に付着している汗を拭い取る。

 幸い、鍛錬の際にはゴム素材の運動着を着ているから服が彼の行為を阻害することはない。

 タオルからは仄かに学校で用意されている洗剤の甘いフルーティな香りがする。

 ニグルはその香りに疲れを癒されながら丁寧に体を拭っていく。


「そういえば、ラシフィは学校生活の調子はどうだ?」

「とっても楽しいよ。何だか、今までには経験したことのないことばかりだしお話も出来るから」

「そうか、それは良かった」


 学校にて転途中入学生は虐められる事例が多いと新聞を見て知っていたニグルは彼女の心底楽しそうな笑顔を見て安心する。

 特に、この学校では余程の例外ではない限り原則途中入学生の受け入れをしていないため彼女のようなケースはまさに虐待される可能性が高いと思っていただけにその安堵は深い。

 とは言っても、もしそうだとしていたら虐めの主犯を形の残らない程に殴り飛ばしていたところだったが。


「相変わらず、お前はラシフィに過保護だな」

「ラシフィは俺の契約精霊だ。だから大切にするのは当たり前だろ」

「確かにお前の言うとおりだがな……」


 お前ら二人の場合は少し危険な距離感だろ―――という言葉は飲み込む。

 実際に校内ではニグルとラシフィの距離感が近いことで多くの人間の心の在り方を澱ませていたがそれは本人たちには関係のないことだ。


「学校といえば、よくラシフィを途中入学させられたよな」


 ケヴィンが当然の疑問を浮かべる。


 ―――どうして彼女が例外足りえたのか。


 そこに疑問を持つ人間は非常に多い。


「……ああ。それはイリスに協力してもらったんだよ」

「協力?」

「そうだ。ラシフィをどうするか考えていた時にいきなり窓から寮の部屋に飛び込んで来てな。一緒に校長に直談判してくれたわけだ。

 あいつのことはあまり好きではないけど、あの時は心強かったな。学園一の才媛と美貌を持つ奴の懇願というものがここまで強力なものだとは思わなかった」

「……色々とツッコミたい部分があるが自重しよう。

 とりあえず、ラシフィが入れた経緯は分かったが、肝心の理由が分からないんだが」


 ニグルはケヴィンのその言葉を聞いてキョトンと目を開かせる。

「いや、わかるだろ。ラシフィは仮想生命体である精霊の中でも世界でも非常に珍しい人型で常時実体化している精霊だ。それを保護しない手はない。

 ―――希少な精霊は賊の捕獲対象となる。奴らの情報源は計り知れない。もしかしたら今ここでの会話も聞かれているかもしれない。

 ラシフィの存在が知られるのは時間の問題だ。だからこそ、学校は先手を打って彼女をレクレスに引き込もうとした、というわけさ」

「確かに、それだったら途中入学するには十分な理由だ。

 ―――だが、今の時期に入学するとなると単位はどうなんだ?事実上卒業できないんだが」

「それは、俺の単位と同一になるように計らってくれるらしい。俺は既に規定以上の単位の取得を確定している。

 つまり、ラシフィも俺も既に卒業は確定しているというわけだ」

「それはまた、いろんな人間を敵に回すような配慮を……」


 ニグルはラシフィのいる方を見る。

 彼女はどこか申し訳なさそうな表情で彼を身長差のために見上げていた。


「わたしのせいで色々と迷惑をかけちゃってるみたいで、ごめんなさい」

「いやいや、全然問題じゃないから大丈夫だっ。

そもそも、契約関係の人間と精霊が一緒にいるのは当たり前だろ?既に俺とラシフィは一蓮托生、一心同体なんだからな」

「――――――、っ」


 唐突にラシフィの顔色が赤色に変化する。

「……ん?顔が赤いけど、大丈夫か?」

「大丈夫だよっ。少し、驚いただけだから」


 ラシフィは挙動不審だ。

 ニグルは彼女の言葉に少し疑問を持ち、行動に心配の感情を抱いた。


「―――そうか、何かあったらいつでも話してくれよ。お前は俺の大切な存在だからな。ちょっとした拍子で体調を崩されたら、互いにとって一大事だからな」


 だが、ニグルはラシフィの言葉を信頼して彼女自身の裁量に任せることにした。

 彼女も一人の感情をもった存在だから、言いにくいこともあるのだろうと彼は納得することにした。


「……本当に異名を裏切らない行動だな……」

「何か言ったか?ケヴィン」

「いや、何でもないさ。

 ―――それよりもこんなところでのんびりと話をしていてもいいのか?シャワー、浴びるんだろ?」


 ケヴィンは周囲に聞こえない程度に呟いた小言をニグルに感づかれたことに少々恐怖を抱くが、どうにかして都合のよい話の転換をする。

 ニグルという少年は自分の不愉快なことに非常に敏感である。

 だから、例え五感で察知できなくても第六感で朧げに感じることできるようで、ケヴィンからは「なんと傍迷惑な能力だ」、との評価をいただいている。


「―――それもそうだな」


 ニグルはケヴィンの言葉に促されてそのままラシフィの頭をぽんと優しく叩いてから訓練所の出口へと向かっていく。

 そのまま、右手を上にあげてひらひらさせながら一言、


「……じゃあ、二人とも少し待っていてくれ。身体を綺麗にしてくる」


 ニグルの言葉にラシフィとケヴィンはこくんと理解の頷きをする。

 ニグルは訓練場から出ていき、そのまますぐそばにあるシャワー室へと歩いていった。


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