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契約

「……」



 彼女は翼を仰いで空に浮遊しながら閉じている瞳を開眼する。


 ―――ゴォォッ。


 金色の眼が光り輝くと共に周囲に莫大な魔力が放出する。それはニグルが今までに感じたなかで圧倒的に大量であり尚且つ迫力のあるものだった。

 彼女の出現により魔物のケルベロスはその姿をまるで役目を終えたかのように消失する。先程まで命を賭けて戦った相手にここまで簡単に退かれてしまうとどこかやるせない気持ちになってしまうがそれと同時に助かったという気持ちがニグルの心の中にはあった。

 ラシフィの眼がニグルのことを見据える。

 ニグルは彼女の容姿を目視する。

 白銀の流れる美しい長髪に神々しいとも称せるほどに美しいスタイルに顔だち。所々に穴の開いている白の質素な衣服が彼女の魅力を引き立ている。

 間違いなく、前に見たラシフィの姿だった。



「……」

「……」



 二人の間で沈黙が続く。



(どうやって声をかければいいんだ……?)



 ニグルもラシフィもどのようにして言葉をかければいいのか躊躇していた。ほど近い再会ではあるが、互いに良く知らないためかどうにも踏ん切りがつかなかった。



(いや、ここで躊躇していたらいつまでたってもこの状況からは解放されない。だからこそ、ここで声をかけなければ)



 ニグルは、少々口ごもりながら上空に浮遊しながら彼のことを見ているラシフィに声をかける。



「は、初めましてでいい―――」

 ―――ぐおぉぉぉおおおーーーっ!!



 だが、ニグルの勇気は部屋の中でケルベロスの脅威から逃れていた小さな飛龍の方向によって途切れる。

 飛龍は本能的に先程のケルベロスよりもニグルが弱小の存在であると察知し、本来の階層主の役目を果たすために彼を抹殺しようと即座に口元に炎系統の魔法を内包した砲破を彼に向かって放つ。

 炎系統魔法の性質は爆破。触れた相手を破壊する最高威力を誇る属性だ。

 爆破を巧みに操れるだけでその魔物や原生生物は高級原生生物に格付けされる。それは、規模にもよるのだが殺傷性の極めて高い分類であるからだ。

 そして、今回の場合飛龍という存在自体が高級であるので生態分類においてニグルの目線にある火飛龍は確実に超高級の分類に入る原生生物の劣化である魔物であると確定できる。

 本来ならば、超高級原生生物は国の一個連隊が出張るほどの強敵であるのだがニグルはどうしてか特に怯えた様子も強張った様子も見せずに肩を震わせていた。そして、彼のことを見ていたラシフィもまた肩を震わせていた。

 飛龍の火弾がニグルに迫りくる。

 二人はその攻撃に対して顔を上げてニグルは右手に魔力をラシフィは左手の掌を飛龍に向けて魔力を籠める。



「邪魔すんなよ糞蜥蜴っ!!」

「邪魔するんじゃないわよっ!!」



 二人は眉間に皺を寄せながら砲破を放つ。その攻撃は飛龍のものよりも圧倒的に強大であり、火弾を呑み込んでそのまま二人の魔力が融合して飛龍に到来する。

 あまりの強大な力の奔流に飛龍は回避行動を取れずにそのまま直撃を受けて消滅する。その時には悲鳴の一つも零すことは許されなかった。

 その余りにもぞんざいな扱いをされた飛龍に目を向けることもなくニグルとラシフィは再び目を合わせる。



「……ははは」

「……ふふふ」



 咄嗟に完遂してしまった階層主討伐に二人は思わず笑ってしまう。いつも理性的な戦いではなく、感情的な戦いを行ってしまったことを反省するべきなのだがどうしてかニグルは先程の飛龍討伐を楽しく思えた。

 今までの戦いに無かった達成感というのか満足感というのか分からないがそういう類の喜びを感じられたのかもしれない。

 そのように笑い合っていると、飛龍のいた場所に魔力の渦が発生した。

 ニグルはそれを見たときにそれが迷宮の出口であると理解した。それと同時に迷宮を攻略し終えたということに、ふう、いままでの苦労を吐き出すように息を吐く。


 ―――ドス。


 その時何かが落下する音がした。

ニグルはその方向を見る。

そこには先程まで上空にいたラシフィが床まで落下して倒れていた。

ニグルは急いで駆け寄り彼女の具合を確認するために首筋に自分の右腕を触れる。



「……魔力切れか。ふう、心配させるなよな」



 ニグルは深い眠りに就いているラシフィを背負うために鍵となって消失してしまった大剣の鞘をポーチの中へと仕舞う。そして、そのまま彼女を背中に担ごうとするが左手が既に機能していないので非常にやりづらかった。

 だが、ラシフィを背中まで運ぶと彼女の方か抱き付いてきたので意外にも楽に事が運んだ。

 ……少々背中のあたりに柔らかい感触がするが気にしないようにする。

 ニグルはそう感情を抑制した。

 ニグルはその後少し時間をかけて戦利品や素材を回収して渦へと足を踏み入れて迷宮の外へと出た。


 その日の夜、世界初のガニエラを用いずに学校迷宮を攻略したものとしてニグラルプス・オレラコムの名前は知れ渡ることになった。本人にとって非常に不愉快な異名と共に。









 迷宮を踏破した次の日。

 ニグルは非常に不機嫌であった。

 それは、疲れがたまっていて学校を休みたかったのにもかかわらず友人が寮の部屋の扉にヘッドスライディングをかましてぶっ壊されて寮監のおばさんに起こられてしまったかれでもあるし、どうしてか女殺しとかいう異名が外に広まっていたりしているからでも男子寮にラシフィを休めていたことを友人に知られて昼飯をおごることになったからでもある。

 しかし、彼が本当に不機嫌になっている理由はそれらのことではない。

 彼が気分を害している理由。それは丁度友人のケヴィンに連れていかれた学校近くの料理店のなかで彼の目の前に座っている少女―――イリスの存在だった。



「や、やめてよ。くすぐったいって」

「いいじゃない別に。減る物じゃないし、それにラシフィちゃんは可愛いからそんな風に拒絶されると逆に遊びたくなっちゃうんだなこれが」

「ひぃっ!?」



 ニグルが嫌な目線を送っている中イリスは彼女の用意した学校の制服を身に纏ったラシフィをまるで愛玩動物のようにいじくりまわして遊んでいた。

 その姿はかつての王女としての威厳のかけらはなく、年相応の趣味を持った幼い少女の様だった。

 だが、ニグルの心の中で彼女の一挙一動が不快に感じてしまう。



(何だ、この感情は)



 イリスに弄ばれているラシフィを見ているとどうしてか形状しがたいもやもやとした感情を抱いてしまう。

 そんな心の内の最中、ニグルの隣に座っているこの状況に追い込んだ張本人であるケヴィンがニグルたいして申し訳なさそうな顔をしている。

 そんな顔をするなら最初からするなよとニグルは思ったが、ケヴィンはこの件に関してはイリスに脅迫された被害者であるので、今はそんな気持ちをケヴィンに発散する時ではないと怒りを抑える。

 少しして、イリスがラシフィに満足してから話は始まった。



「……で、ケヴィンを脅してまで俺を呼んだ理由はなんだ、ウナム」

「ウナムと呼ぶのは止めてほしいわ。私はその家の名が嫌いなの。だから、今はただのイリスよ。だから、貴方も私のことをイリスと呼びなさい」

「命令口調か。……まあいい」



 面倒くさいし、との言葉は心の中に伏せて置く。



「さて、オレラコムを呼んだのは私としても理由があるからよ。勿論、戦い前に交流を深めるっていうのも良いけれどあなたは私のことが残念ながらあまり好ましくないようだから、それはまた違う機会にするわ」

「多分、一生来ないがな」

「……そう。まあ、話を続けましょう。

 私は昨日の夕時にレクレスの総長にこのようなものをいただきました」



 イリスはロゼスピナから渡された手紙をニグルに手渡す。

 ニグルはそれを半ば強引に奪い取るようにもらってその内容に眼を通す。



「零機関、ね。まあ、確かにお前の実力ならレクレスの中でもエリートとしてやっていけるだろうが、このことと俺が一体何の関係があるんだよ」

「関係あるわ。私は態々あなたとの決闘のために零機関への加入申告を延期したのだから」

「……馬鹿じゃね?まさか、俺にそこまでの価値があるとでも?」

「あるわ確実に。だってあなた、世界で初めて精霊と契約を結ばずに迷宮を攻略した人間でしょ。既に貴方の名前はこの町から世界中の都市へと拡散しているの。貴方はもう無銘の訓練生ではなく、一人の伝説的存在なの」

「伝説ってなんだよ。……まあ、俺の名前に価値があるのはわかった。だが、それとお前との決闘は全く関係はないだろ」

「ならば、その隠している左腕を私に見せてほしいのだけど」

「……ちっ」



 ニグルは制服で隠していた左腕を露出させる。

 そこには迷宮にいた時の機能しないボロボロの状態ではなく正常に機能している腕があった。

 しかし、その外面が問題だった。

 腕には羽を模したかのような模様が幾重にも彫られており、それは人間の腕というよりは異形の魔腕と言ってもいいほどに見た目が禍々しくもどこか心が清らかになるような聖に溢れているように思えるものだった。

 イリスはその余りにも化外な模様に思わず唾をゴクリと飲みこむ。



「これはまた……すごいものが出て来たわね……」

「朝からこんなんだ。左腕に関しては諦めていたんだが。どうしてか機能するようになったと思ったらこの状態だ。まあ、幸いレクレスにいけばこれくらいの刺青をしている人間は多いから面倒ではないがな。

 ……で、お前は何をそんなに俺の腕を頬けるような目でみているんだ」

「いや、ねえ。こんなにも魔力に溢れた腕を見ると魔法師の私としては非常に興味深いので」



 イリスはニグルの腕をその指や掌を使ってその状態を確認して観察している。

 こいつは一体何を考えているのか、と行動を見て疑問に思うがどうせ自分には理解できないことだろうとニグルは考え込む。

 イリスは考えている様子のニグルに対して口を開く。



「ところでさ。―――どうしてオレラコムの腕からラシフィの魔力を感じるのかな?」

「ああ、そんなことか」



 ニグルはイリスによってくてくてになるほどに疲弊したラシフィを指さす。



「だって俺、彼女と契約してガニエラ使いになったから」

「……は?」



 レクレス訓練学校を卒業するおよそ十日前。

精霊と契約できなかったニグルは、地下に封印されていた一人の半精霊と契約を交わし、ガニエラ使いへと至った。


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