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バジリスク

「着いたか」



 ニグルは、赤く濃淡に輝く方位石を左手に持ちながら目の前に見える巨大な広場のようなスペースを見る。スペースは洞窟の中というよりは学校内にあるアリーナにとても良く似ていた。

 ニグルの視線の先には下の階層へと続く階段が結界に守られているのが見て取れる。階層主を倒さなければ下の層に行けないのは毎回恒例で例外はないとニグルは改めて理解した。

 さて、とニグルはウェストポーチを開いて中から短剣を二本取り出す。彼の持っている鞄はアイテムポーチと呼ばれるもので昔の発明家が発明した奇跡の産物である。

 アイテムポーチの中はそれぞれの物に応じた体積の異空間につながっており、その中に荷物を入れることが出来る。また、その中に入っている物を取り出すときには入れた物のイメージを浮かべれば例えポーチの中に手を入れなくともポーチが空いていれば手元へと一瞬で出現させることが可能だ。



「よし、行くか」



 ニグルは自分のアイテムの用意が万端であることを確認して、短剣を双剣のように持って目の前に広がる広場へと足を踏み入れる。


 ―――ガシャン。


 ニグルは自分の後ろから何かが閉じられた音が確かに聞こえた。それは自分の退路が塞がれた音である。だが、彼はそのようなことは今までに何度も経験しているのでそのまま動揺せずに歩き続ける。

 そう、ここは階層主との決闘場であり逃れられない牢獄の中。生きて戦い続けてその先の勝利を望むものに約束された未来を与える試練の関門。死しても勝利しなくては先に進めない選定の刃を砕くのが挑戦者であるニグルの使命だ。


 ニグルの目の前に漆黒の焔が突如として燃え上がり、その中から巨大な蛇が現れる。それは漆黒の鱗に表皮が囲まれており、その大きさはニグルの身長をはるかに超えており、その身体の太さがニグルのそれと同じぐらいの直径であるように彼には思えた。

 ニグルはその蛇の瞳に違和感を持った。その瞳には魔力のほかに何か別物の力が宿っているようにニグルには感じられた。

 彼がそう思っていると、大蛇の瞳がニグルの姿を正しく認識した。



 ―――ズシン。



 すると、急激にニグルの身体が強大極まる重圧に支配された。その力はニグルを強引に地に伏せさせようとして身動きを自由に取らせないようにしている。その姿はまさに金縛りにあっている状態だった。

 しかし、ニグルはそのような強大な束縛を受けながらもまるで何事も無いかのように大蛇の瞳を逆に睨み返していた。



「〈縛鎖の瞳〉、か。本で読んだことはあるが実際にこの目で見るのは初めてだ。だが……」



 パリン、とニグルはその重圧を全身に魔力を通すことによって弾き飛ばした。そして、それと同時にニグルの身体に強化がかかりその威圧感に存在感が強大なものへと変化していった。



「バジリスクだったかな。確かにその力は色を持つそこらにありふれている人間には通じやすいだろうな」



 「だがな」とニグルは目の前の大蛇―――バジリスクに相対して両手に持った短剣を構えながら付け加える。



「お前程度の干渉力で俺の中に入れると思うなよ。なにせこっちは、この体質のせいで今までに出会った〈ガニエラ〉に悉く嫌われてんだ」



 ガニエラとは生来からすべての人間に宿るべき力であり、周囲に存在している仮想生命体である精霊が体に入り込むことで契約が為されて発現する。

しかし、極まれに生来からガニエラを宿していない人間が存在している。そのような人間は後天的に自分に相応しい精霊と自然に引き合うことで契約を為して力を得る。

 その例として、イリスが挙げられる。

 彼女の〈ガニエラ〉の元となる精霊は世界に二つと存在していない固有個体であり、まるで運命づけられたかのように出会いって契約を為した。

 精霊とは、好んで人間と契約して中に入ろうとする。それは、人間達が日常的に生み出している魔力が世界に漂流している魔力の濃度よりも濃厚で尚且つ多量であるので魔力を生存のための要素とするためだ。

 だが、精霊とはひどく脆弱でもある。仮想生命体である精霊とは魔力の塊でもあるので自分の押し殺す可能性のあるほどの自分の許容できる魔力濃度や量に性質を内包する人間とは本能的に身体から追い出されて契約を結ぶことが敵わない。

 すなわち、後天的に〈ガニエラ〉を得た人間とは通常の精霊が適応できない程の異常な何かをその身に宿した怪物であるというわけだ。


 ここで、ニグラルプス・オレラコムという人間を見てみよう。

 彼は18という齢になってもその身に〈ガニエラ〉を得ていない。そして、そのため魔力に色が存在しておらず透明だ。通常、後天的な〈ガニエラ〉を持つ人間でも生まれてから十年以内に契約を済ませて自分の力を得ている。

 彼は未だに力を得ていない世界でもただ一人の異端者。それが周囲のニグルに対する認識だ。

 〈ガニエラ〉を宿した人間は宿さない人間とは決定的に力に差がある。それは、ガニエラを宿すことで展開することのできる精霊装甲が通常の強化魔法よりも強力に身体能力を強化しするため、精霊を体に宿さない人間との戦いでは圧倒的なまでの力付与のアドバンテージを得ている。

 そのため、身体強化魔法や基本魔法だけで99階層まで到達しているニグルは学校の中でも異端者と呼ばれている。


 精霊に嫌われるということは即ち、干渉魔法の耐性も高いということを意味する。バジリスクによる〈縛鎖の瞳〉もまた特殊な干渉魔法の一種だ。干渉魔法は他人の中に入り、その中から幻惑をかけることで人間の身体に影響を及ぼす魔法のことで、それはつまり精霊が人間の中に入っていくプロセスに非常に似ている。

 つまり、ガニエラを宿さないニグルにとってバジリスクの力は意味を為さない。


 ニグルは手に持っていた短剣をバジリスクに向けて勢いよく投げつける。その切っ先はバジリスクの瞳に向かっていき、バジリスクの尻尾の振り払いによって弾き飛ばされる。

 それを見て「さすがにそうだよな」と改めてバジリスクの強さを認識して、今度は背中に担いだ大剣を右手に持ち、強化した足で素早く近づいてその胴体を切り裂く。

 鮮血が舞う。ニグルの抉った傷がバジリスクの中の繊維を複雑に破壊して、大剣を赤く染める。



「肉質はそこまで固くはないな、だが……」



 ニグルの目の前で先程切り裂いた傷が凄まじい速度で再生する。その再生速度を見てニグルは蛇の生態を思い出す。

 原生生物の蛇龍種は飛龍種と比べてその能力は劣っているが再生速度と敵対する存在を正確に把握する能力に関してはずば抜けて優れている。

 ニグルはそのまま後ろに跳び退いて上空から振り下ろされる巨大な尻尾を避ける。



「蛇の特徴は把握した。だが、この再生能力は厄介だな。ガニエラを使えたら大規模系統魔法でなし崩し的に殲滅することが出来るのだろうが、生憎俺はそんなものは持っていないからな」



 再生速度を上回る速さと威力の魔法で殲滅するというのがこの類の魔物を討滅する上でのセオリーだ。だが、それ以外にも倒せる方法は存在している。そして、その中でも最も難しい方法が―――、



「核を破壊するしかないよな……」



 ニグルはバジリスクの顔面を見据える。蛇の核は目と目の間の奥、すなわち頭蓋の中にある。そして、顔面周辺の蛇龍の血液には触れただけで死に至るほどの毒素が含まれている。そのため、簡単に近づいて核を切り裂こうものならば血液をその身に浴びせられて共倒れになり、階層主の部屋を踏破したことにはならない。

 だから、ニグルのとる手段は血液を浴びせられない範囲で核を破壊することだ。

 そのことを把握したニグルはその手段に頭を悩ませるどころか、むしろ攻略の糸口が見つかったことに口元を歪ませる。



「ならば、簡単だ。蛇は認識の力に優れている。ならば、最初から認識されたまま戦えばいいんだよ」



 ニグルはわざわざバジリスクの正面に立ち、大剣に大量の魔力を注ぎ込む。当然、魔力感知能力に優れたバジリスクにはそのことは筒抜けであり、ニグルに攻撃を許さないように先手で速攻を仕掛けようと顔面を近づけていく。

 だが、ニグルはバジリスクが満足に近づく前に大剣を上から下に振り下ろして〈斬破〉をバジリスクの核へと遠距離から攻撃を仕掛ける。

 ニグルに向かっていたバジリスクはその加速を止められずに回避行動をすることが出来ず、そのまま両目の中心へと斬破が命中する。



「そして、血液に触れないようにするならば斬撃を飛ばせばいい」



 命中した場所からバジリスクの顔面が縦に二つに引き裂かれ、そのまま中に存在していた核が溢れ出る血液と脳汁の中で木端微塵に砕け散る。ニグルはその血液と脳汁に触れないように近くに在る柱に隠れて猛毒の液体から避ける。


 ―――ズシン、とバジリスクの巨体が崩れ落ちる音が響き渡る。


 血液や脳汁の激流が収まってから柱の影から出ていく。そこには無残にも顔面を引き裂かれて死に絶えたバジリスクが微塵にも生気を失った状態で地に倒れていた。

 それを見ながらニグルは右手に持っていた大剣を鞘に納める。



「もっと、強い奴はいないのだろうか」



 ニグルはそうつぶやいてガラスでできた瓶をアイテムポーチから取り出して、バジリスクの猛毒の液体を回収してから先に在る階段を下り迷宮の最終層である第100層へと足を進めた。


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