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学園風景

 一時限の授業である薬学に二人は無事に間に合い、薬学書と筆記用具を自分たちの席に広げながら講義をしている女教師の話を聞いていた。

 この学校において薬学は探索者になるための必須教養として認定されているので、卒業を控えたこの時期であっても実験室の中には多くの生徒たちで溢れかえっている。

 そのような場であっても全員が大人しく授業を聞いてメモを取るような真面目な聖とであるというわけではなく、寧ろ密かな声で私語をするような教師の話を聞いていない人間の方が大多数であるのは紛れもない事実だ。

 だが、教師はそのことに関して一切の苦言を零さずに授業を進めていく。その様子はまさに、聞きたい奴だけ聞けばいい、というようなニュアンスを醸し出しているようにニグルには思われた。

 そのことを感じ取っている彼とケヴィンは、自分たちの将来のために他の生徒たちと比べて真面目に教師の話を聞きながらメモを取っていた。



「ええ、薬学はですね、何度も言っていますように〈ガニエラ〉の水、もしくは光系統の魔法にあります回復魔法とは似ても似つかない関係にあります」



 教師は黒板に文字を書いていく。どこか女性らしい丸い文字で書かれたのは二つだけで、片方は薬学、もう片方は〈ガニエラ〉学と書かれており、その二つの文字の間に僅かのスペースが存在していた。

 教師はそれぞれの文字を大きく丸で囲う。



「薬学はこの世界に存在するあらゆる素材を調合してそれらに含まれる栄養素を高くしたり効能を大きくすることで、体内に入り込んでいる有害物質を残らず死滅させてあらゆる傷害を後遺症が無い様に丁寧に治療することに特化しています。そして、この治療法の主な利点はレシピと加減さえ覚えてしまえば薬をだれにでも作ることが出来て、持ち運びもしやすいというところでしょうか」



 教師は薬と書かれた文字の下に今言ったことを簡略して書いていく。そして、そのまま「もう一つの方ですが」と話を続ける。



「〈ガニエラ〉における回復魔法による治療は、必要なものが魔力だけですので非常にローコストで実行することが出来ます。その回復方法はいたって単純で、ガニエラを介して自分の魔力を回復系統の魔法に変換して治療対象に干渉することで対象者の自然治癒能力を活発化させて傷害などを回復させていくものです。その性質上、回復魔法は治すではなくて塞ぐという点に特化しています」



 教師は先程と同様にしてガニエラ学と書かれている場所に簡略化した内容を書き終わってから、ニグルたち生徒の方向へと体を向ける。



「まあ言ってしまえば、薬学による治療は完治を目的とした方法でガニエラ学に基づいた治療はその場凌ぎの応急処置のようなものだというわけです。卒業を控えた皆さんならば既に知っていることだとは思いますが」



 女教師の身に着けている眼鏡の位置を調整しながら言う姿に、どこか自分の知識を披露することにどこか快感を得ているのではないかとニグルは入学して最初に彼女の講義を受けてから思い続けている。

 ここにいる教師は元探索者であり、その中でもそこそこに名の知れた人間であるからその態度は当然なのだろうと思いつつも、どこかその姿に可笑しさを感じてしまうのはおそらく自分が不真面目であるからだとニグルは思うことにした。

 ニグルにそのように思われていることもつゆ知らずに女教師は話を続けていこう―――としたときに丁度授業の終わりを告げるチャイムが実験室に鳴り響いた。

 その音を聞いた女教師は、教卓に広げた教材をまとめていく。



「では、本日はここまでとします。来週は良い素材が手に入りましたので万能薬の調合実験行いたいと思いますので、欠席せずにしっかりと授業に出てください」



 女教師はそう言うと、そのまま荷物を持って実験室から退室した。

彼女が教室から出たのを見計らって教室内の生徒たちが私語をしながら一斉に出口へと向かって歩いていく。

ニグルとケヴィンも他の人たちと同様に実験室の外へと出ていき、外に出てから伸びをしながら、うーん、と気持ちよさそうな声をあげる。



「あー、今日もおもろい授業だったなぁ」



 ニグルは今回の授業についての感想を零す。

 彼の言葉を聞いて、ケヴィンは、はあ、と首を横に振りながら笑みを浮かべる。



「言ってることとしている動作が全く一致していないんだが、ニグルよ」

「そうか、俺は今回も教師の一挙一動が面白くて愉快だったが」

「まあ、確かにそうだな。あれは見ていて面白いものだしな」



 二人は再び教室塔に向かうために階段を上り連絡通路を歩く。



「そういえば、ニグルは次の時間帯に授業を入れていなかったな。どうすんだ……と言ってもやることは決まっているだろうけど」

「そうだな、迷宮に潜るには今日はまだ午後に授業と集会があったはずで時間が無いから中庭の大樹の下で昼寝でもすることにする」

「そうか、俺はこれから経営学の授業に行くから食堂の席は取っておいてくれよ。勿論、いつも通りの場所だからな、忘れんなよな」

「わかってるさ、そっちこそ俺が言うのもなんだがしっかりと授業を受けろよ」



 教室塔に辿り付いてから、ケヴィンは、へいへい、と言ってそのまま授業のある教室へと歩いていった。ニグルはそれを見送ってから、近くに在る階段を下って中庭を目指した。








「私は、卒業試合の相手にニグラルプス・オレラコムを指名します」



 壇上に立つイリス・ムル・ウナムの宣言にほぼ全てとも言っていい教師と生徒が驚愕してすかさず、ニブルのいる方向へと視線を向ける。

 視線を向けられ当事者であるニブルはそれらの刺々しい視線にチクチクされながら、そのことをまるで気にもせずに獲物を前にした野獣のような笑みを浮かべていた。その瞳には溢れんばかりの業火が込められており、その炎はどす黒く闇に染まっていた。









 卒業試合。それは、レクレス訓練学校において行われる卒業試験でありレクレスに所属するに値するかを判定する認定試験でもある。それは、無作為に選ばれた対戦者同士が学校内のアリーナにおいて一対一の真剣勝負をするという内容であり、そこに集められたレクレスの幹部たちの評価によって合否が決まる。

 ただし、これには例外が存在しており、選抜隊に選ばれた者は対戦相手を指名することが出来る。それは、選抜隊に選ばれること自体が試験に合格していることと同意であるからだ。形式的には選抜隊ではない人たちと同じであるが、その実態は合格認定者と戦ってどれ程戦いになるかを確かめる試験であるといっても良い。

 選抜隊における指名は普通、選抜隊の補欠である人たちに対して行われるのであるが、今回の集会で選抜隊筆頭ともいえるイリスが補欠ではない人間を、しかも校内で異端児ともいえる存在を指名したことで学校内は大騒ぎになっていた。

 そんな状況下の中、ニグルとケヴィンは学校の敷地から少し離れた場所に在る洞窟型の迷宮へと向かって歩いていた。ケヴィンの学生服姿とは違ってニグルは既に軽装な鎧の上にローブを被るという迷宮用の服装に着替えて、背中には使い古された大剣が担がれていた。



「つーか、お前も災難だよな。あんな、理不尽な奴の相手をさせられるとはね」



 ケヴィンが手に持っているサンドイッチを食べながら、先程までの集会のことを話題にする。



「そうか?俺は非常に好都合だが」



 しかし、ケヴィンの言葉とは裏腹にニグルはイリスと戦うことに一切の躊躇も見せずにただ普段通りに振舞っている。

 ケヴィンはニグルのその言葉を聞いてなおさら彼が彼の余とぶつかった時の憎悪に満ちた瞳のことを気にならざるを得なかった。



「そういえば、ニグルはあのイリスさんと何かしらの関係でもあるわけ?」



 ケヴィンのその質問にニグルは特に表情も変えずに「そうだな」と答える。



「いやおそらくおそらく奴さんは俺のことは知らないだろうし、俺もあいつのことはまるでわからん」

「じゃあ、何か。互いに初対面で理由もないのにお前はあの時睨み付けていたのか?」

「理由が無いわけではなくてだな。こう、俺の中にある何かがイリスという存在を認めていないようで、あいつを見たときに思わずその本能ともいえる感覚に従ってしまったわけだ。だが、俺としてはあいつと正式に戦える機会をもらったからその行為を後悔していないし、そもそもしてよかったと思っている」

「……普通、そう考えられるのはお前だけだと思うがな」



 「そうか?」とニグルはケヴィンのその反応に疑問を浮かべる。しかし、ニグル自身はその考えの可笑しさに気づいていないのでケヴィンとの考え方の相違が生じて互いに理解し得ていない状況が生まれている。

 だが、その状況を打破しようとケヴィンは、コホン、と咳をする。



「イリスさんのことはとりあえず置いておいて、ニグルはこれから迷宮に入るんだろ?それなら、俺に少し時間をくれないか。丁度、昨日うちの商店に良いものが入荷したんだ」

「別に構わないけど、一体何なんだその良いものって?」

「それは行ってからの秘密だ。まあ、ニグルがこれから先の迷宮を踏破する上で確実に役立つものであることは明らかだ」

「へえ」



 ニグルはケヴィンの言葉に笑みを浮かべる。彼がこれから見せてくれようとしているのは一体どのようなものなのか、ニグルにはそれが楽しみで仕方がなかった。

 ニグルのその表情にケヴィンも嬉しそうに笑みを返す。

 と、ニグルはその時に何かを思い出したのかケヴィンに話しかける。



「そういえば、ケヴィンは卒業したら何をするんだ?卒業試験に受かったとしてもケヴィンはレクレスに所属する気が無いんだろ?」

「まあな、確かにレクレスの探索者にはなる気はないな。俺には親父の商会を継がなくちゃいけないし、そっちの方が生活が安定するだろうからな。そもそも、この学校には行ったのも経営学とかを学ぶ目的だったからな」

「もったいないな、ケヴィンの実力だったら探索者になっても十分に上を目指せるだろうに」



 ケヴィンは現時点で訓練学校の中でも選抜隊の補欠に迫る実力者だ。しかも、彼の場合特に戦闘面に関しての努力よりも勉学関係の努力を積み立ててきていたのでレクレスの戦闘員を輩出するこの学校の中では断トツで戦闘とは縁がない学生生活を送ってきた人間だ。結果、訓練学校内の学術試験において学校で一位を取るほどの秀才となった。

それらを踏まえるとケヴィンが非常に潜在能力の高い人材であることが明確に理解できる。

 そのような将来有望な彼はニグルの疑問に答える。



「人は誰しも適正な職となりたい職が一致するとは限らないんだよ。確かに、俺は探索者に向いているかもしれないが俺のなりたいのは商人だったってわけだ」

「なるほど、なりたいものを優先したわけか」

「まあ、俺からしてみればニグルみたいに適正職と理想職が一致するような稀有な例は非常に羨ましいと思うぞ。この学校に入ってからつくづく自分の商才のなさを実感せざるを得ないし」

「お前、学校一位だろ。お前がそんなことを言ったら他の奴らはどうなんだよ」

「そもそも商才のある奴らは、こんな学費免除の学校よりも高額な学費の名門校に通っているさ。井の中の蛙、それが正に俺だ」

「ふーん、大変そうだな……」



 まるで他人事のようにケヴィンの言葉を受け取るニブル。戦闘脳のニブルとしては全く関係ない分野だから確かに他人ごとなのだが。

 ケヴィンはそのような普段とは変わらないニグルの姿に馴染みのあるものが傍のような安堵の表情をする。そもそも、そんな対極に位置する二人だからこそ友人という関係になったのだから。

 二人の歩く先にありふれた様な洋装の商店が見える。そこが、ケヴィンの父親が経営している〈コメルス雑貨店〉である。



「おっと、もう着いたな。ちょっと待っててくれ、すぐに持ってくるからな」



 ケヴィンはニグルにそう言うと、店の中へと入って行った。



『ここか?いや……ここだったかな……確かに昨日ここらへんに置いておいたはずなんだが……』



 ケヴィンの独り言がニグルの耳に入り続ける。予め整理とかしないのかと思いながらそのままケヴィンの言う良いものを待つニグル。

 ニグルは商店の中を垣間見る。中には客らしい客は平日であるからか余りおらず、決して繁盛しているとは言い難い様子だった。既に見慣れた状態だとしても経営素人であるニグルの眼から見ても営業が成り立っているとは思えない。

 だが、ニグルはこの店をだいぶ気に入っている。それは、この店には今回のケヴィンに教えてもらったように掘り出し物とも呼べるものが入荷されるからだ。



「……」



 ニグルは自分の大剣の持ち手を触る。彼の触れている愛用の大剣もまたこの店での掘り出し物である。

 大剣〈シン・シグネイチュア〉。その力は長い間愛用しているが不明だ。しかし、その力を発揮しなくてもこの町に在る他の刀剣よりも十分に業物であり重量があって尚且つ非常に丈夫であるので使いの荒いニグルに重宝されている。



そして数分が過ぎた後、ケヴィンが中から小さな箱をもって出てきた。それをニブルの前にまで持ってきて、彼の視線をその物に誘導するかのように突き出す。



「こいつだ」



 ケヴィンが箱を開ける。そこには、手のひらに収まるほどの玉が入っていた。

 ニグルはそれを見て、それがどのようなものか分からずに思わず首を横に傾げる。



「それは何だ、ケヴィン」

「よくぞ聞いてくれた。これはな、商業都市アウレアの中でも希少な道具として有名なもので名前は〈幻乱玉〉という」



 ケヴィンは胸を張りながら自慢げに語りかける。何がそこまで彼を自信満々にさせるのかはわからないので、ニグルはその玉をじっと見つめてその詳細を聞こうと口を開く。



「で、その大層な名前の玉は一体どんな道具なので?」

「よくぞ聞いてくれた」



 ケヴィンはまるでニグルのその質問を待っていたかのように笑みを浮かべて答える。



「この玉はな、相手の五感を一時的に乱すことが出来るんだ」

「五感を?」

「ああそうだ。この玉の中に入っている薬剤に使われているのが世界の中でも最上級探索者にしか入ることが許されない幻の島にのみ生えている大樹の木の実らしくてな。その素材が余りにも希少だから世間では滅多に表にはでねえんだよ」

「確かに、そんな道具が流通したらあらゆる危険な犯罪に使われそうだからな。世界はこう律儀にもバランスが取れているな、本当に。

 ところで、ケヴィンの家はどうやってこんなものを手に入れたんだ?」

「そんなことはお前の気にするところじゃねえよ」



 ケヴィンはそう言うと箱を閉じてからそれをニグルの手の上に置く。



「良いのか?」

「お前は家のスポークスマンなんだ。お前が有名になってその道具を俺達〈コメルス雑貨店〉で買ったって言いまわればいい。そうすれば俺たちの商会が儲かっていくからな。いわば、俺達の商会とニグルはスポンサー契約を結んでいる状態さ。この道具は俺達からのささやかな寄付みたいなものだ。どうか受け取ってくれ」

「……そう言うなら受け取るが、俺はそこまで大層な人材ではないかもしれないぞ?」



 ケヴィンはニグルのその言葉に笑いを零す。



「精霊なしで踏破寸前までいっている人間が大層な人材ではないなんて少なくとも俺は思わないんだがな。これでも期待してんだ、精々頑張ってくれよな」

「うーん、まあ、そこまで言うんだったら好意に甘えるとするよ……」



 ニグルはケヴィンから手渡された箱を腰に巻いたウェストポーチのようなものの中に入れる。

 と、その時町中に時間を知らせる鐘の音が広く鳴り響く。その音を着てニグルは、はっ、と迷宮に入るまで本来の時間よりも長い時間がかかっていることに気づいて焦るような表情へと変化していく。



「やべっ!そろそろ行かないと最下層のマッピングまでいけねえから、今日はここで失礼する、すまんなケヴィン!!」

「いや、こっちこそ引き留めて悪かったな。こっちの用事も終わったからもう言っても大丈夫だぞ―――と、忘れていた。さっき渡した〈幻乱玉〉は消耗品だから一度きりしか使えないぞ」

「了解した!じゃあ、そろそろ失礼する!」

「おう、気をつけろよ」



 ケヴィンから別れの言葉を受け取るとニグルはそのまま迷宮の入り口のある場所へと足に魔力を込めて強化しながら走って行った。


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