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精霊と契約できない男

 精暦某年、オルヴィス・ロウと呼ばれるこの世界には様々な迷宮で溢れかえっていた。その種類は様々であり、洞窟や塔などのありふれたものから、城や要塞などといった様相のものまで存在している。

 迷宮の中には何かを守るかのように魔物と呼ばれる生命体が存在しており、そこは原生生物が溢れかえる外の世界とでは一種の異空間が構成されていた。

 普通ならば、無謀にも立ち入ることは決してしないような場所ではあるのだが、迷宮には迷宮の外と比べて魔力を構成する魔素の濃度が非常に濃く、当然、中に残された剣には魔素が宿り、その力を凶悪させるために、その上質な武器を求めて迷宮に臨むものは後を絶たず、それに伴って死者もまたその数を増やし続けていた。

 そこで、世界の商人たちは独立商業都市オピドゥム・アウルムの建立を決意し、多くの傭兵や探検家、そして名の知れた有名な英雄をヘッドハンティングして世界の迷宮を管理する機関である無謀者〈レクレス〉を立ち上げてその利益を独占すると共に、無駄な死者を出さないように厳格な管理の下で迷宮探索が出来るように体制を整えた。

 そして、レクレスの結成から何百年かたった精暦769年の冬時の季節が過ぎ去ろうとしている頃のことだ。比較的大きな国であるウナム王国にはレクレスに所属する探索者を育てるための学校であるレクレス付属ウナム訓練学校が建立されていた。

 そこには、多くの才能あふれる少年少女が所属しているが、その中で一人、校内でも異質な存在であると認識されている卒業を控えた一人の男子生徒がいた。

 その少年の名を、ニグラルプス・オレラコムと言った。









 ニグラルプスは走っていた。

 背中に身丈ほどあろうかという大剣を鞘に入れて担ぎながら、後ろから迫る何かから距離を取っていた。

 彼の後ろの何かは、緑色の皮膚を持つ人間に近い身体構造をしている獣人のような亜人にとても近い魔物であるゴブリンであった。加えて、ニグラルプスを追っているゴブリンは通常の個体とは異なり、そのどれもが額に部分にひし形の黒い紋章が刻まれていた。

 通称〈ひし形ゴブリン〉と呼ばれている彼らは、紋章のないゴブリンと比べて明確な差が出る程にその身体能力や魔法技能などが桁外れに高く、数百ほどの群れを成せば小さな都市であるならば壊滅できるほどの力をもつ。

 まさに、ゴブリンの強化個体ともいえる十数体ほどのひし形ゴブリンの集団はニグラルプスを標的に矢を放ち、黒色の光弾を勢いよくぶつけてこようとする。

 ニグラルプスはそれらが襲い掛かる場所を的確に避けつつ、目の前に現れたT字路を左へと迷わずに進む。

 だが、彼の目の前に見えたのは行き止まりであり、後ろから迫ってきているひし形ゴブリン達が唯一の逃げ道を防いでいるため退路は塞がれた。

 そのことを察したひし形ゴブリンは、すぐさまにニグラルプスに向かって矢と魔法を放つ。それらは彼の心臓や頭蓋を正確に狙いをつけてあり、一つだけでも命中したら即死してしまうことは明らかであった。

 シュッ、という音とともにその攻撃の全てが悉く消失する。



『……!?』



 自分たちの必殺ともいえるだろう攻撃が防がれたことにひし形ゴブリン達が口を開けて驚いている様を見せている傍らで、その防衛を為した張本人であるニグラルプスは右手で先程まで担いでいた大剣の柄を握って、ククク、とまるで悪役のような笑みを浮かべる。



「何を驚いてんだ。俺はただ魔力を通して強化措置をした武器で、攻撃を切り裂いただけだ。それくらいは魔物のお前らでもできるだろうに」



 そんなことはひし形ゴブリン達にも分かってはいるのだが、それ故に彼らは今の現状に激しく疑問を抱いていた。なぜならばそのように魔力を通したと言い放つニグラルプスの大剣には魔力のような波動を彼らには一切感じられなかったからだ。

 ひし形ゴブリン達のそのような感情を察したのか、ニグラルプスは、ああ、と相変わらずの悪い笑みを浮かべる。



「お前らの疑問も確かにわかる。普通、この場所にやってくる奴らの魔力は常に色付きだ。あいつらは精霊と契約している〈ガニエラ〉使いだからな。その魔力に色が帯びるのは当然の話だ」



 「だがな」とニグラルプスは剣先をひし形ゴブリンへと向けて言葉を続ける。



「俺は精霊とは契約していない。それ故に魔力に色というものが存在していない。魔力なんて強大なものではない限り感知するのも難しいし、そもそもしようとは思わないからな。だからこそ、お前らはまんまと引っ掛かったわけだ。

 と、ここで解説の時間は終いにしよう。俺も残り少ないとは言っても授業を控えている学生の身の上なんだ。さっさと、ゲートに向かわないと授業に間に合わねえんだよ」



 ニグラルプスは右手に握る剣を抜刀術をする前の鞘を入れた状態のように引いて、今度は両手で力強く握る。ひし形ゴブリン達は今度こそは感知しようと彼の大剣に込められている魔力に集中すると、無意識に感知できるかできないかぐらいのギリギリなラインの彼の魔力量を感知することが出来た。

 ひし形ゴブリン達は先程の攻撃で遠距離攻撃に意味がないことを悟ったのか、各々で装備していた近接用の武器を抜いてそのままニグラルプスへと突撃していく。



「なあ、どうして俺がわざわざ行き止まりを戦いの場所に選択したかわかるか?」



 迫りくるひし形ゴブリン達全てを視界に納めながら、大剣を握る力が大きくなっていく。

 ひし形ゴブリン達にはすでにニグラルプスの声が聞こえていないようで血眼になるくらいに目を見開いている。



「答えは簡単だ」



 ニグラルプスが迫りくるゴブリン達に大剣を勢いよく振り抜く。

 すると、大剣の攻撃範囲内にいない彼らが例外なくその胴体を切り裂かれて真っ二つになり、絶命する。

 その様子を確認した、ニグラルプスは大剣を鞘へと納める。



「全方位への警戒とその半分の方位への対策。もしも、自分が相手よりも格上の状態だったとして、どちらの方が楽で効率的かは一目瞭然だろうが」



 ニグラルプスは目にかかって邪魔になった前髪を優しい手つきで横に逸らす。そして、そのまま屍と化したひし形ゴブリン達から売却できるような素材や武器を手持ちのアイテムボックスに入れて、彼らを踏み越えてその場を離れる。


 ドクン、ドクン。


 彼が道を曲がって見えなくなってから、屍となったひし形ゴブリン達を地面が呑みこんでいき、そして最終的にひし形ゴブリン達の死体の痕跡は完全に消失した。




 勝者は敗者の全てを食らい、死した敗者はその生きていた痕跡を一切残すことができずに使者になった後にも一生解放されず、抜け出せない地獄へと呑みこまれていく。

 このような弱肉強食な世界を、人々は迷宮と呼ぶ。









「はあ、間に合ったか」



 ニグラルプスは先程まで迷宮で身に纏っていた黒色のローブを中心とした服装から学校の制服に着替えて、自分の在籍する教室の席へとぐったりとした様子で深く座っていた。

 やはり、ひし形ゴブリンとの戦いは時間をかけすぎたと彼は心の中で反省する。



「おう、ニグス。いつもの疲弊した顔に上乗せして疲労困憊のようだが、何かあったのか?」



 ニグラルプス―――ニグルの様子を見て、同じクラスの如何にも不真面目さを醸し出しているような男子生徒のケヴィン・モンタヴィアが彼の元へと歩いて来てそのまま親しげに話しかける。

 ニグルはケヴィンのいつも通りの様子に少し疲れを癒されたような気をしながら、彼の方向へと椅子に座りながら体を向ける。



「いつもと同じようにこの学校が管理している迷宮を攻略していただけだ。学校に来る前に予想外の珍客が現れたから少し時間をとられてこの様さ」

「相変わらずの戦闘狂だねえ。まあ、確かにお前らしいけどな」



 ケヴィンは開いているニグルの隣の席に座る。



「つーか、今どのくらいまで攻略したんだ?卒業までには踏破するとか言っていたけど」

「確か、98層までだな。今日の引き上げる前に99層の守護者の門まで地図は作ったから、今日の放課後に撃破して、そのまま100層の攻略に入る予定だ……ん?どうしたケヴィン。俺はどこか変なことを言ったか?」



 ケヴィンの呆れた様な視線にニグルは疑問を浮かべる。

 ケヴィンはその視線のままでニグルのその問いかけに言葉を返す。



「いや、お前という人間と一年間程友人をやってるが、お前のいかれ具合には毎回毎回驚かされるわ」

「何だか、すっげえ不本意な言われようだが褒め言葉だと受け取っておこう。だが、お前は俺がいかれていると言ったがな、この学校には俺よりも早く迷宮を踏破している奴だっているんだぞ?そんな奴らと比べたら俺なんか優しい方だろ」



 はあ、とケヴィンはニグルのその言葉に深くため息をつく。



「確かに総合的に見れば、お前は学園の中でも上の下ぐらいだ。だけどな、それはあくまで〈ガニラエ〉を考慮に入れた時だ。俺が言ってるのは、精霊と契約すらしていないニグルがなぜにそこまで到達できているのかってことだ」

「どうしてって、行けたからしょうがないだろ」

「まあ、確かにそうなんだが……まあいい。この話は続けていても不毛になるだけだと俺の勘が言っている」



 それはどういうことだ、とニグルがケヴィンに問い詰めようと言葉を紡ごうとしたときに、不意に教室の外から女子の甲高い歓声や男子のざわつきが聞こえてその行為を留まらせた。

 その声を聞いて、ケヴィンが、あっ、と何かを思い出したように勢いよく立ち上がる。



「そういえば、今日は学校の選抜隊が遠征先から帰還する日だった!」

「……ケヴィン、選抜隊って何だ?」

「……ああ、うん。わかっていたよその返答がくるって。お前も少しぐらいはホームルームの先生の話を聞いてあげろよな。とりあえず教室から出るか。次の授業も移動教室で薬学実験室に行かなくちゃいけないからな」



 ほらほら、とケヴィンに促されて机の中の引き出しに入れていた分厚い革張りの薬学の教科書と筆記用具を取り出して椅子から立ち上がる。そしてそのまま二人は人混みで一杯の教室の外へと出る

 外に出ると、その場にいた生徒のほとんどが同じ方向へと視線を向けていた。

 ニグルは彼らと同じように人混みの間に出来る僅かの隙間から彼らが見ているものを見ようと目を凝らす。

 そこには、ニグルたちと同様の制服の胸にバッジをつけている四人の男女がいた。その誰もが美少年、美少女と称すべき顔立ちで周囲の男女を魅了している。

 ケヴィンがニグルの肩を、トントン、と叩く。



「あれが我らレクレス付属ウナム訓練学校が誇る上位実力者の通称選抜隊の内の四名だ。どいつもこいつも美男美女で、しかも世界屈指の才能を持つ既に期待されている探索者の卵だ。普通に考えて、周囲にいる俺らみたいな凡才にとっては正に高嶺の花とも言っていい存在だ」

「まあ、確かに見たことのある奴らばかりだな」



 ニグルは視線の先の四人の選抜隊を見る。



「左から世代最上位の炎系統の〈ガニエラ〉使いの男、〈炎剣〉のグラディオ・フラマ。幻惑魔法の申し子と称される女性、〈歪曲〉ダルシム・メンダシウム。稀有な二種系統持ちの少女、〈氷雷〉トニトルイ・グラシエム。そして、最後がうちの生徒会長であり、近接戦闘において学校最強の男、〈豪鬼〉ヴィルトティス・ダエマンだったよな」

「ああ、それであっている。そして、半年たたずに個人で迷宮を踏破した稀代の天才でもあるな」

「そういえば、その時は学校でだいぶ騒がれていたな」

「例年、半年で学校迷宮を攻略する奴らは将来に探索者として例外なく名が通るようになるほどの逸材になるからな。普通なら一人や二人なんだが、今年は六人ときた。国内でもレクレスの本部があるオピドゥム・アウレムでも黄金世代とか言われているらしい」

「それはそれは、あいつらに相応しい称号じゃないか」



 ニグルは四人に向けていた視線を外してそのまま彼らのいる方向とは逆の方向へと歩いていく。ケヴィンも彼の行動を見てついていきその場から離れていく。

 しばらく歩くと人混みは無くなり、普段の廊下と変わらない快適な空間を二人は歩いていた。



「空気がうめえ」

「そういえば、ニブルは人混みが嫌いだったな」

「ああ。どうしても、あの暑苦しさと息苦しさが駄目だ」

「まあ、わからんでもないけどなあ。ところで、お前は選抜隊のことをどう思う?」

「どうって言われてもなあ……」



 ニグルは先程まで視界にとらえていた四人の姿を脳内に浮かべる。そして、今までに見てきた彼らの実力を思い出してから、首を横に振る。



「まあ、確かに天才なんじゃないか。たまにやってきたそこそこ名の知れた探索者にも試合で勝っていたような奴らだから」

「相変わらず戦うこと以外には無関心な男だな。そんなことじゃあ彼女なんて一生出来ないぞ?」

「いいんだよ。俺は自分から行くのが苦手だし嫌いなんだ。俺のありのままを見て好いてくれる人がいるのならば話は別だが、今の所そんな女子は一人たりともいないみたいだし、彼女とかは諦めているさ」

「お前ってやつは……、まあいい。話は戻るが、卒業まで一月を切って、しかも〈ガニエラ〉を使わずに迷宮を踏破するだろうニグルさんはあいつらと戦ったらどうなると思う?」

「勝てない」



 ニグルは、間髪つけずに即答した。その反応にケヴィンは、はあ、とため息をつく。



「別に勝敗を聞いているわけじゃくてだな、どうしてそういう考えに至ったかを教えてほしいんだよ」

「そうか。それなら早く言ってくれよ、全く」

「察せよ」

「すまんすまん。そもそも、俺は精霊と契約していない。だから、〈精霊装甲〉を使えない分当然力の限界がある。そういうことさ」

「そういうもんかね。俺にはニグルがまだ力の片鱗すら見せてないと思っているんだけどなあ」

「それは、過大評価ってやつだケヴィン。まあ、嬉しくないわけではないけどなその言葉は」



 連絡通路から周りよりも古い建物である実験棟へと向かい、薬学実験室のある一階に行くために階段を降りる。そのまま薬学実験室の方向へと歩いていく。



「そういえば、選抜隊は6人だったはずだが他の二人は何処にいるんだ?」

「ああ、その二人だがな。そのうちの一人はこの学校を中退してこの国の騎士団に入隊したようだ。何でも、両親が病気になって心配で国を離れられなくなったらしい。それに国からも破格ともいえる給料と援助金を貰っているから、わざわざ探索者になってリスクを負う必要もなくなったんだろうな」

「へえ」

「というか、お前もよく知っているはずの人間なんだが……まあいいか」

「で、もう一人は誰だ……」



 ニグルが残るもう一人の詳細を聞こうとしたときに、彼の身体に小柄の少女がぶつかる。彼はそのままぶつかってきた少女を支える。



「おい、気をつけろ」



 ニグルがそう言うと、彼にぶつかった少女はその顔を彼に向って見せるようにして上向きにする。



「申し訳ございません、以降は気を付けます。そして、ありがとうございました」



 少女はそう言うと、そのままお辞儀をしてニグルたちとは逆方向に歩いていった。その様子をニグルとケヴィンは視線で見送る。



「偶然だな。ニグル、あの子がさっき言っていた選抜隊の最後の六人目にして、当代最強の〈ガニエラ〉使い、〈七虹〉イリス・ムル・ウナム第三皇女だ。権力闘争から逃げて放浪する探索者へと望んでなろうとする異端者。そして、世界に二つとない性質を持つ〈シングル・ガニエラ〉でもある希少人種でもある」

「……」

「正真正銘の化け物と言ってもいいような人間だ。それを前にしてお前がどう思ったのかを知り……たい?」



 ケヴィンはニグルへと話を向けるために彼の方を向いたが、その時の表情に本能的に冷や汗をかいてしまった。

 ニブルはその眉間に皺を寄せて、ただひたすらに敵意を含んだ視線をイリスに向けていたのだ。そのことに夢中になり過ぎて最早周囲のことなど眼中に無く、すぐ隣にいるケヴィンの存在すらも正しく認識していなかった。

 ケヴィンは近くの時計台を見て今の時刻を確認する。そこにはケヴィンたちが先程までのペースで歩いて着席した瞬間に丁度一時間目の授業が始まるくらいの時間が指されていた。

 そして、人の話を全く聞いていない様子のニグルを見て、ケヴィンは躊躇なく手に持っていた分厚い薬学所で頭をぶっ叩いた。すると、痛みに反応したニグルは頭を押さえて、痛そうな素振りを見せながらケヴィンのことを睨みつける。

 しかしケヴィンはその視線の迫力に負けずにニグルの視線に自分の視線を合わせる。



「おい、違う世界に入り込むな。授業が始まっちまうからさっさと走るぞ」

「お、おう」



 そのまま二人は薬学実験室へと走って向かっていった。


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