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おまけ 令嬢その3

「――今回の目的地はどの辺だ? 娘さん?」

「それほど遠くないです勇者さん。……エイヴァラルさんのお姉さんは、この森から……あそこの道をまっすぐ行った先、大きな城壁の中にいますね」

「なんだ、本当に寄り道程度だな。この辺りの城塞都市というと、確かラーディン王国のファルガー侯爵領だな。侯爵家は領地経営にも積極的で、治安も良いという噂だった」


 巫女様が指し示した方向を先導するのは、勇者、と呼ばれる殿方でした。


「それで娘さん、今回の道案内、何が不安だ? 目的地を探す時に、何かが見えたのか?」

「……すみません。……誰も知らずに済むなら、それで良いような気がするんです」

「ほう?」

「す、すみません。……こんな言い方したら、気になりますよね」

「構わんさ、娘さんは案内する者に気を遣うからな。俺は娘さんの判断を信じるよ――おっとっ!」


 見るからに旅慣れている――でもなぜかタワシを腰に下げた――金髪碧眼の美丈夫である勇者様は、巫女様を守るように少し先を歩き、襲ってきた盗賊も、今倒しました。なぜかタワシで。


【……でも、勇者?】

「ん? 勇者が珍しいオバケちゃん? 本物やで~あれ。当代の、新緑の勇者っ」

【珍しいというか、わたくしの生前はまだ魔王再誕の時期ではなかったので。丁度勇者様が存在しておられなかったのです】

「ああ、丁度平和な時期だったんやな」

【そうですね】


 そんな勇者様と巫女様の後を、わたくしはフワと名乗った若い娘と共に付いて行きました。


「――へんきょーはくの孫娘?」

【辺境伯ですわ、フワ。わたくしは『ラーディン王国クレイヴス辺境伯が嫡子、騎士モラセルの娘エイヴァラル』です】

「ふぅん? なーなー、それって偉いん?」

【勿論、重責ですわ。辺境伯とは国王陛下より、国境線を守る広大な辺境伯領を賜った家なのですもの】

「へー? 国境、ってことは地方かなぁ? じゃあ市長くらい?」

【? シチョーとはなんですの?】

「地方の一番上?」

【あら、ではフワの故郷でいうシチョーは、爵位を持つ貴族なのですわね?】

「ええ? 違う違う。私とお姉さんの故郷には、王侯貴族とか、そういう身分はもう無いんや。昔はあったけど、今いるそれっぽい人達って、天皇陛下くらいやろ」

【テンノーヘーカ?】

「えーと……英語だと、エンペラーやったっけ?」

【エンペラー? 皇帝? ……ですがエーゴとは、なんですの?】

「あれ? ……通じてるけど通じてない? ……そういえば異世界って、何語で話しとるんやろ? ……謎やな」

【イセカイ?】


 気楽な話し方をするフワは、わたくしとは全く違う生まれ育ちをしたらしく、お互い話が全く通じない事も度々でした。


「まぁええわっ。そうやオバケちゃん、今度休憩時間になったら、髪まとめたるっ」

【え?】

「折角綺麗な金髪っぽいのにボザボザやん。胸のナイフはどうにもならんけど、髪とか顔は、綺麗にできるんちゃう?」

【よ、よろしいのですか? ……先ほど自分でやってみたのですけれど、うまくいかなくて……】

「あははっ、オバケちゃん不器用なんやなっ」

【うっ……否定はいたしません】

「ええよ~、私が直したげるっ。そのままやとぶっちゃけめっちゃ怖いしっ。悪夢に見そうやしっ」

【ううっ……でも、ありがとうございます】

「ええよええよ~」


 ……ですが年も近いせいか、通じる部分もあり。

同世代として話した時のフワは、少々ズケズケと物を言いますが、優しい所もある娘でした。ズケズケと物は言いますが。


「――お姉さんから借りた、ピンとヘアクリップとバレッタとヘアクリーム使って……はいっ、JK風ポンパドールアレンジ、できたっ」

【……あら、前髪が丸まって、かわいいですわ】

「おおっ?! 顔出してみると、オバケちゃん実はめっちゃかわいいやん?! ちょっと血色良くお化粧してみよっかっ?!」

【えっえっ?】

「幽霊ったって、今は見えとるんやろ? なら綺麗にした方がええやんっ。女の子なんやからっ」

【どんなに綺麗にしても、胸にはナイフが刺さってますのよ?】

「グロくてかわいい……グロカワやなっ。これは流行るっ」

【流行るわけないでしょうっ?!】

「ハロウィンとかでっ」

【なんですのそれっ】


 髪はどうしたら上品で愛らしいとか、王都では何色のドレスが流行りだとか。

そんな姉さまとの楽しい会話を、段々思い出しました。……懐かしい。


「ほらほらお姉さんっ、勇者さんっ、マントで体包んだら、オバケさんも普通の美少女っぽく見えるやろっ?」

「あら、本当だ可愛いっ」

「別の意味で、目立ちそうではあるがな」

「ええやろ勇者さんっ。かわいい女の子三人に囲まれた、ウッハウハなハーレムの旅やでーっ」

「……かわ、いい?」

「おうボケ勇者、そこで私見て疑問形になるのやめぇや」


 そんなフワの会話を続けていると……生きた娘だった頃の感情まで蘇ってくるようで。


【……ふふふ】

「ああオバケちゃんっ、笑うことないやろーっ」


気が付けばわたくしは、声を出して笑っていました。


【……フワ、ありがとう】

「ん? ああ、私もありがとっ」

【え?】

「私も久ぶりに、同級生の友達イジった気分になって懐かしかったわっ」

【ドーキューセー?】


 それも通じんのかぁ、と言って笑うフワと一緒に笑っているうちに、気が付けば随分と朗らかな気持ちになっていました。癒されたのですね。


【……フワ】

「ん?」

【貴女は死んではいけませんよ】

「あったりまえやんっ」


 ……それと同時に、わたくし自身の生への執着も、ほんの少しだけ蘇ってきたのでしょうか。


【……貴女と話していると。生きているという事は幸せだと思いました】

「……うん。色々あるけど、やっぱりなぁ」


 そうですわよね。わたくしだって……きっと死にたくなかった。

もっと生きて、人生を謳歌して。マーティン兄様と結婚して、子供も授かって、その子供が大きくなって結婚するのを祝福して、孫の誕生を喜んだりもして――。


【……なのに】


 わたくしの命は、胸に刺さったナイフで断たれてしまった。


【……】

「大丈夫?」

【……ええ、はい】


 何故死んだのだろう? 自殺か、事故か――殺人か。

 もし殺されたのなら……誰が、なんのために、わたくしを殺したのだろう?

 もうどうしようもないと判っているし、諦めていたはずなのに……どうしてでしょう、それが酷く気になります。


【……姉さまならば、ご存じかしら】

「ん~? なんか気になるなら、聞いてみればええんちゃう? オバケちゃん半透明やけど、一応姿も見えるし、声も聞こえるんやから」


 ああそうか、それも、やろうと思えばできるのですね。


【……わたくしにとって最も身近だった姉さまなら、きっと色々な事をご存じですわよね】


 もしかしたら……無意識にそう思ったから、わたくしはここまで姉さまにお逢いしたいと思ったのかもしれません。


「……」

「娘さん、顔色が悪いぞ」

「……すみません。……ちょっと頭痛が……」


 ……あら、巫女様は大丈夫でしょうか? もう少し長く、休憩すべきかもしれません。



 そんな風にのんびりと進んだわたくし達でしたが、数日程で無事、目的地である城塞都市にたどり着くことができました。


【……ラーディン王国のファルガー侯爵領。……姉さまは、ここに?】


 マーティン兄様のご実家の領地。……偶然でしょうか? それとも……。


「ああ。……酒場で噂を拾ってきたが……エイヴァラル嬢、君の姉君は、君の死後……君の結婚相手だったマーティン卿に嫁いだらしい」


 ……なるほど、それならば納得です勇者様。


「えーっ?! 勇者さんっ、それって妹の婚約者と、姉が結婚したって事ぉ?!」

「そうだな」


 酒場で情報を得て帰ってきた勇者様と共に歩きながら、フワは顔をしかめます。


「じ、自分で想像すると、嫌やなぁそれ。『妹がダメなら姉の方でいいです』――みたいやん?」

「感情的に考えるとそうかもしれんが、貴族同士の結婚には、多分に政略が絡むものだからな。花嫁が死んで条件が同じ娘がいるなら、そっちと婚姻させたい。そう家同士で考えてもおかしくはない」

「えーっ?! そんなんオバケちゃんかて納得できんやろぉ?!」

【……貴族の結婚は、そういうものだと理解しておりますわ】

「本当に?」

【……】


 複雑な気分にならない、と言えば嘘になりますけれど……でも、仕方がない事です。

 元々お爺様は、わたくしより姉さまをマーティン兄様に嫁がせたかったと言っていましたし……ドゥルシラ姉さまならば、マーティンにとっても文句の無い奥方様になられたのではないでしょうか。


「あとは……七年ほど前に前侯爵が亡くなられて、現在はマーティン卿がファルガー侯爵だそうだ。治安も安定しているし、市場や店の賑わいから領地経営がうまくいっているという噂も本当だろう」

「……そうですね」

「ほら、あれが侯爵家の居城だ」


 進む大通りを眺めながら勇者様が言うと、それは納得なのか巫女様も頷かれました。

 ……そして勇者様が指さした方向に見える、重厚な石造りのお城


【……あれが】

あれが、マーティン様と姉さまの。思い出せないのか、知らないのか、わたくしの記憶には無い光景です。


「……ただ侯爵夫婦は……いや、これは別にいいか。貴族にはありがちな事だ」

【勇者様?】


 勇者様はほんの少し、煩わしそうなお顔をなさいましたけれど、大したことでないならばよいのです。


「とにかくエイヴァラル嬢、君の姉君ドゥルシラはあの城に住んでいる。――娘さんならば、君をこのまま目的地まで案内する事はできるだろう。……な? 娘さん」

「ええ。……そうですね」


 巫女様は勇者様からわたくしへと視線を移し、じっとわたくしを見つめられました。


「行きたければ今からすぐでも可能ですけれど、どうしますかエイヴァラルさん?」

【い、今すぐ……ですか? 大丈夫なのですか?】


 今はまだ日も高く、人の目も多いはずですが?


「へーきへーきっ。お姉さんはな、あの城よりもっと大きなトコからだって、ど真ん中突っ切って逃げることができた人なんやでっ」

【そ、それはすごい……】


 さすがは正眼の巫女様。尋常ではないお力です。


「……でもさオバケちゃん。オバケちゃんって幽霊なんやから、浮いたり消えたりできるんやない? もしかして、一人で忍び込んだ方が安全?」


 え……。


【……ええ、それは……できますけれど。……ただ】

「ただ?」

【わたくし……初めて行った場所で、迷わなかったためしがなくて……】

「……」

「……」

「……」


 ……お、お恥ずかしい。


「どじっこ?」

「それは、一人で行かない方がいいですね」

「城の中で延々ウロウロとしていたら、聖職者呼ばれて討伐されてしまうぞ」

【す、すみませんっ】


 聖職者の聖句と聖水攻撃は恐ろしいですわっ。幽霊の本能で判りますっ。


「大丈夫ですよエイヴァラルさん。ここまで来たら、最後までお付き合いしますから。……勇者さん、万一の場合はお願いします」

「心得た。いざとなったら、娘さん達は俺が守ろう」


巫女様、勇者様。


「不破さんはどうする? 安全そうな場所で隠れててもいいけれど」

「一緒に行く。勇者さんとお姉さんの傍が一番安全やろうし……オバケちゃんの事も、気になるしなぁ」


 ……それにフワ、ありがとうございます。


「……それではエイヴァラルさん、より鮮明な道を探ります。手を」

【は、はいっ】


 巫女様が差し出した右手に、わたくしは自分の左手を重ねます。


「……」

【……あ】


 ――その瞬間に覚える安心感。


【……み、巫女様……】

「佐藤です」

【巫女サトゥ様……】

「誰?! ……と、とにかく、少し静かに。今道を探しています。……エイヴァラルさんが、静かに姉ドゥルシラと会える場所は……」


 巫女様の暖かい手は、まるで闇夜を照らす灯のように、わたくしを安堵させてくれました。


「……判りました。行きましょう」


 仰々しい儀式や呪文を行使するわけでも、煌びやかな盛装を身に着けるわけでもありません。

 それでも巫女様の静かな言葉には、この方について行っても良いのだと思わせる、御力がございました。


【どうか……わたくしをお導き下さいませ。巫女様】

「だから、巫女なんて御大層なものではありませんよ。ただ私は、貴女を目的地まで案内するだけです」


 彼女は否定しましたが……そう言って静かに歩き始める姿に、神託を授かり信徒へと道を指し示す巫女の姿を見た人達は、正しいと思います。



 こうしてわたくしは、巫女の奇跡を体験したのです。


「――静かに」

【っ……】


 よく磨かれた石畳を行き交う、大勢の家臣に騎士、兵士、召使や侍女達の人波。

 その波の中に一筋。まるで行く者の姿を隠す道でもあるかのように、私達は誰に見つかる事もなく城の内を進みました。


「……ここを右……中庭井戸横を抜けてからまた中に……ロング・ギャラリーの方へ……」

【っ……っ!】


 そして巫女様は、豪華な城の内装や屈強な兵士達に臆する事もなく、迷いない足取りで道を進み、わたくしを導かれました。

 当然その御様子を、誰にも見咎められる事もありません。

  

【ま、魔法のようですわ……これほど人がいて、誰にも見つからないなんて……】

「それは多分、エイヴァラルさんにとっての安全な道を、案内しているからでしょう。……あ、この柱の陰で止まって下さい。人の波が通り過ぎたら、また道ができるはずです」

【は、はい】


 巫女様の言う通り、わたくし達は煌びやかに飾り付けられた、ロング・ギャラリーに隠れました。


「うわ、なんやここ? 美術館みたい」

「ロング・ギャラリー(画廊)は、客に家の歴史と権威を見せつけるための廊下だからな。高価な調度品と共に、こうして歴代当主関係の肖像画などが、ズラッと飾られるわけだ」

「勇者さん、詳しいですねぇ」

「有力者の家に呼ばれる度見せびらかされていれば、慣れるさ」


 勇者様がおっしゃる通り、このお城のロング・ギャラリーも、おそらく著名な画家によって描かれたのでしょう肖像画が、所狭しと飾られています。


【……あ】


 ――その中央。ギャラリーの最も人目が行くでしょう場所に、並んで掛けられている二枚の肖像画へ、わたくしの目は吸い寄せられます。


「ん? どしたん?」


 焦げ茶の髪と目を持つ、長身大柄の落ち着いた雰囲気の殿方。そしてその隣には、豊かな黒髪を上品に結い上げた、切れ長の緑の瞳を持つ美しい淑女。

 ……それはわたくしの記憶のままの、若く懐かしい御姿でした。


【マーティン様……ドゥルシラ姉さま】

「この二人がオバケちゃんの元カレと姉さんかぁ……ふぅん」


 ほんの少しだけ感じた嫉妬も、懐かしさで霧散します。

 ……このお顔です。わたくしの中に思い出が湧き上がってくる、大切な方々は。

 ……お二人は、わたくしを憶えていて下さっているでしょうか……。


「――あれぇっ? なぁなぁ、見てオバケちゃんっ」


 はい?


「あれ……あの絵っ、オバケちゃんやないっ?」

【え……――っ!】


 フワが指さした方を見上げたわたくしは、思わず言葉を失いました。


「わぁ……きれーや。ヨーロッパのお姫様みたいやなぁ」

「ほう。これは、多分見合い用に描かれた肖像画だな」


 ――『Lady・Averil(エイヴァラル嬢)』

 ロング・ギャラリーの一角。明るい日の光が差し込んでいる明るい壁に掛けられていたのは、勇者様がおっしゃるように、わたくしの見合い用として描かれた肖像画だったのです。


【……】


 思い出します。……娘らしく垂らした髪を飾った銀細工の櫛も、お婆様に貸していただいたイヤリングとネックレスも、清楚な若草色のドレスも……全てかつてわたくしが身に着け、画家が描いたものです。


【……わたくしが死んだ後まで、マーティン様が手元に置いて下さっているとは思いませんでしたが】


 ……婚姻を結ぶ事の無かった見合い用の絵ですから。……こうして飾られているとは思いませんでした。


「へぇ~、オバケちゃん、大事な思い出にされてるって感じやなぁ?」

【え? ……親族として、姉さまが飾って下さったのでしょうか?】

「えぇ? それは無いやろ。妹ったって旦那の元カノとか、私だったら絶対ないわ~、ないない」

【そ、そう……ですか?】


 そうですか……だったら、これは……。


「……もう大丈夫です、行きましょうか」

【……あ】


 手を引かれて顔を上げると、巫女様は既に歩き出しておられました。


【……あの】

「お姉さんまでは、もうじきですよエイヴァラルさん」

【っ……】

「……それとも、引き返しますか?」


 ……。


【いいえ。何故引き返さねばなりませんの?】

「ならいいです」

【……】


 つい先ほど感じた僅かな違和感を忘れ、わたくしは巫女様を追って急ぎました。


「なぁ勇者さん、さっき侯爵夫婦の噂って言っとらんかった? ……それってもしかして……」

「フワ、無駄話していると、城の者に気付かれるぞ」

「うわっと」


 そしてその後ろと、勇者様とフワも続きます。


【姉さま……】


 ……ようやく、お逢いできます。

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