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おまけ 女子高生前編

 彼と一緒に初めて遊びに行った時、映画を見た。


―うぅ……グロ。血みどろだったやないかぁ~―

―たまにはええやろ―


 彼がファンだったという古い人気漫画原作の映画は、規制が緩かった昔のものだからか、残虐なシーンも多く場面も血みどろのスプラッタ状態が満載だった。


―普通デートで行くぅ?―

―お前、俺が見たいヤツでええ言うたやん―

―気ぃ使うと思ったし―


 だから私は全く楽しめなかったが……映画のヒロインが、ヒーローに惨劇の舞台となった学校から助け出されるシーンだけは、ちょっとドキリとした。


―……まぁええわ。主人公君、かっこよかったし―

―ふーん―

―ほら、ヒロインちゃん抱っこして、学校の窓から飛び降りるシーンあったやん?―

―ああ、原作でもあったな―

―あれなぁ、ちょっとこう、乙女心にヒュンヒュン来たわ―

―なんやヒュンヒュンて―


 突然バケモノが暴れ出し、生徒や先生が惨殺されていく絶望的な校内。

 そんな惨劇のど真ん中で震えていたヒロインは、彼氏である主人公にお姫様のように抱きかかえられて、三階窓から脱出する。


―あんなんされたら、惚れてまうやろ。彼氏だったら惚れ直すやろ―


 恐怖と緊張に顔を強張らせながら、それでも愛おしげに助けに来てくれた主人公を見上げたヒロインはとてもかわいかった。

 勿論元々かわいい女優ではあったのだけど、あのシーンのヒロインは、それこそ本物の恋する乙女のように、輝いて見えたのだ。


―なぁなぁ―

―ん?―


 だから、まぁ、なんというか。少しだけ、想像してしまった。


―……もし私が危ない目にあってたら、助けに来てくれる?―


 男友達から最近彼氏になった隣の少年に、危機に陥った自分が、ヒロインのように助け出されるワンシーンを。


―……あほか―

―ぶーぶー、なんやノリ悪いなぁ~っ―

―お前相手にそんなん、ノリノリとかキモチワルイやろ―

―なんやて~?―


 勿論実際に、そんな事を期待していた訳ではない。

 それはただの、初めて自分の彼氏になった男に抱いた、ちょっとした妄想だった。



 ……そんな事を、ふと私は閉じ込められた見知らぬ部屋の中で思い出す。


「……ぅ……っ」


 あのキンキラしたクソオヤジに蹴られた腹が痛む。

 殴られた頬が引きつる。

 空腹と喉の渇きで、全身が軋むような鈍痛を覚える。


「あの誘拐犯……キモイんじゃ……ボケェ……」


 精一杯の虚勢を張った悪態も、弱々しいものしか出ない。

 ……当たり前か。……もう色々、限界が近いんだから。


「……お父さん……お母さん……――……」


 ――助けて。迎えに来て。帰りたい。

 もう何度繰り返したか判らない言葉を呟き、私は涙をこぼした。

  


―ふん、まぁ見られる姿はしている―

―娘よ。お前は幸運にも余の花嫁となるために、異世界より召喚された―

―その身に余る栄誉に伏して感謝を述べ、余に絶対の忠誠と愛を誓うがよい―


 下校途中突然視界が暗転し、気が付くと見知らぬ場所に座り込んでいた私がかけられたのは、そんな言葉だった。


―はぁ? 何言うてんのデブったオッサン? 変な恰好して、頭おかしいんちゃう?―


 それに対して覚えた不愉快のまま、ふざけんなと返した私も考えてみれば浅はかだった。

 死ぬ程イヤだけど、適当に相手の機嫌を取っていれば、周囲の状況を見極める事だってできただろうに。 

 でも、それでも、やっぱりイヤだったのだ。


―なっ!! 今なんとっ!! この小娘っ!!―

―デブ。縦ロール厚化粧チョウチンブルマーの変態オッサンもつけよかっ?!!―

―っ~~~っっっ!!―

―何が結婚や変態誘拐犯が寝言ぬかすなこのクッサレボケ!! さっさと家に帰せや!!―


 周りに大勢女を侍らせながら、こっちの胸や足にねっとりとした視線を向ける、見るからに好色なオッサンなどに、冗談でも結婚などと言う言葉を使って欲しくなかった!! 気持ち悪い!!

 ……あいつにだってまだ、冗談にでだって言われた事も無かったのにっ!!


―なっ……こっ……この無礼な小娘がっ!!―

―っ!! 何すんねん!! ――いっ!! いったぁ!!―


 その結果、まるでヨーロッパの歴史映画にでも出て来そうな、時代錯誤でキンキラキンな恰好をした太った中年男は、化粧した顔を真っ赤にして怒った怒った。

 踵の尖った靴でいきなり蹴られ、キレた私が反撃しようと立ち上がった途端、周囲のやっぱり時代錯誤な恰好をした男共に押さえつけられ、思いっきり顔を殴られた。


―ふっふっふ。……娘を余の遊戯室に運べ。思い知らせて、立場を判らせてやるぞっ―


 正直喧嘩慣れしてなきゃ、一発で心が折れる暴力だったろう。


―……ざっけんなや……っ!!―

―な……―

―私になめたマネしてみぃ!! てめぇの×××噛み切ってオカマにしちゃるわ!!―

―ひっ……っ!! こ、このぉっ!!―


 だがそれでも、私の中では恐怖より、この理不尽に対する怒りと、目の前の男への生理的嫌悪が勝った。

 思いっきり敵意を込めて睨みながら怒鳴りつけてやると、どうやら見かけよりビビリだったらしい中年デブオヤジは身を引き、寄ってきたやっぱり時代錯誤なドレス姿の女達に埋もれるようにしてから、側に居た干からびた老人に怒鳴り散らす。


―なっなんだこの娘はっ!! 何故花嫁として召喚されながら、余を愛さんっ?!!―


 ――え、花嫁として召喚されると、このキモオヤジを愛するようになるの?!!

 と、私が内心震え上がっていると、おずおずとした老人の言葉が聞こえてくる。


―い、今はまだ興奮しておられるのでしょう―

―陛下のお好み通りの花嫁召喚で現れたこの娘は、陛下の運命の相手―

―落ち着けば、必ずや陛下をお慕いするようになりましょう―


 冗談やないわ!! と怒鳴り返そうとする私の口を、私を押さえ付けていた男共が塞ぐ。

 それに抵抗して藻掻いている私に、しばらくジロジロと視線を這わせていた中年男は、やがてニヤリといやらしい笑みを浮かべ、男達に命令する。


―その娘には躾が必要のようだな―

―北の離宮に閉じ込め、態度を改めるまで水も食事も与えるな―


 ドヤ顔で胸を張る変態デブオヤジ誘拐犯に対して、殺意が増した。


―今すぐ余に這いつくばって詫びるなら、考え直してやっても……ひぃっ!!―


 その殺意を全力で込めて睨み返してやったためだろう。デブオヤジはまたビクリと身体を震わせ、女達を抱き寄せた。


―まぁまぁ、お可愛そうな陛下―

―こんな野蛮な娘を妻にしなくてはならないなんて―

―わたくしたちが、精一杯お慰めいたしますわ―


 そしてそんなデブオヤジを、巨乳色白の美女達が囲んで囃し立てる姿には、私は心底うんざりした。――妻ならそこにいる、物好きな女達の中から選べばいいのに。クソが。


―ふ、ふんっ!! お前も余を愛する栄誉を、すぐに理解するっ!!―

―頭沸いてんちゃう? くたばれやロリコン―

―っ生意気娘めっ!!―


 とにかくそういう事情で、私はこのよく判らない最悪の場所に、拉致監禁される事になってしまったのだった。



「……」


 北の離宮という場所は、日当たり最悪のジメジメと薄暗い、いるだけで気が滅入る牢獄のような石造りの建物だった。

 実際、王の寵愛を失った女の投げ込み場所だ、と、毎日ここのやってくる変態デブオヤジ誘拐犯は言っていた。

 ここはあの変態デブオヤジ誘拐犯の国で、私はこの国を繁栄を導くと伝説にある異世界の花嫁で、私に残された道は、変態デブオヤジ誘拐犯の妃になる事だけ――という言葉を延々と聞かされた私は、それを断固拒否しながらも、日に日に強くなる飢え不安に苛まれながら、内心で助けを求め続けた。


「……お父さん……お母さん……」


 ――それから。

 頭に両親と同じくらいの頻度で頭に浮かぶのは、無愛想で気の利かない、でも好きだった彼の姿だ。

 ……判っている。両親は勿論あいつだって、映画の主人公のように特別な力なんか無い。そんなあいつが、こんなどこだかも判らないおかしな場所に、助けに来られるはずもない。……判ってるんや、そんな事は。


「……いやや……助けて……」


 ……なのに、苦しい。悲しい。

 ……大好きな人達に、助けてという声が届かない事が、こんなにも辛い。


「……帰りたい……」


 変態デブオヤジ誘拐犯が聞いたらさぞ喜ぶだろう気弱な声で、私は呟き涙を流す。


「……か……帰りたいよ……お父さん……お母さん……っ」


 助けは無い。味方も無い。襲われるかもしれない不安と恐怖に苛まれ、飢えと渇きで、自分の身体すら段々思うようにならなくなっている。

 そんな私の、怒りと嫌悪で支えていた意地も、そろそろ限界にきていた――。



「――どうもこんにちはっ! 日本に帰りたい、日本人のお嬢さん!」


 ――?!

 突如ズトン!! と、何か重いモノが跳ね飛ばされたような音に顔を上げると、なんだか懐かしい気分になる、朗らかな女の人の声が耳に飛び込んできた。


「……ひえ?!! おねえさんだれ?!!」


 そして、『引き千切った』ドアを手に持っている、後ろの長身イケメンは誰?!! 

 ――と視線を彷徨わせる私の前には、私よりはいくつか年上に見える、黄色人種のお姉さんが立っていた。

 柔らかそうな黒髪のセミロングが似合っている、大人しそうな顔立ちの、落ち着いた雰囲気のお姉さんだ。

 なんとなく遊びたい盛りの若い男より、結婚を意識する年頃の男にもてそうな人だな、と思いながら見上げる私に、お姉さんは笑顔で返してくる。


「道案内です!!」


 ――どこの? どこへの?

 と首を傾げた私に目線を合わせしゃがみ込んだお姉さんは、私の殴られ腫れている頬に気付いたのか。


「っ……大丈夫? 勇者さんっ」

「ああ、任せろ娘さん。……これは、痛そうだな」


 慌てたように、後ろの長身イケメンを呼んだ。……ユーシャってなんだろ? 名前?

 お姉さんに呼ばれた金髪碧眼の長身イケメンは、まるでウチワのように手にしていた重い鉄製の扉を放り投げると、お姉さんと同じように私へと近づき、しゃがみ込もう――とする。


「ひっ――っ」

「……っ」


 その途端湧き上がって来る、暴力を振るわれた時の恐怖と嫌悪。

 蹴り殴ってきた変態デブオヤジ誘拐犯と、押さえ付けてきた男共を思い出してしまった私は、気が付けば小さな悲鳴を上げ、後ろに後ずさっていた。


「え……お、落ち着け」

「いや、近寄らんといて……っ」


 思えば、この人達が私の味方なんて保証はどこにもない。だってこの世界に、今まで味方なんか一人もいなかった。

 優しくして、信用した所を騙す気かもしれない。――怖い。


「……ごめんなさい、突然無神経でしたね」

「っ……」


 そんな私に、お姉さんは気遣うように声をかけると、私に伸ばそうとしていた手をひっこめて静かに言う。


「でも、信じて欲しいの。……私達は、貴女を傷つけようとしに来たんじゃない」

「……じゃ、じゃあ、何しに来てん?! た、助けなんて……助けなんて……信じられん」

「……」

「だって……ずっと呼んでたもん……っ……助けてて……でも……でも……お父さんもお母さんも……あいつも……誰も来てくれんかったもん……なのに……赤の他人のあんたらが私を助けてくれるとか……嘘やろ……信じられへん……っ」


 我ながら支離滅裂な事を、恐怖と混乱がない混ぜになった感情のまま、私は二人に訴えた。


「……」


 安堵したい。信用したいのにできない。また酷い事をされたらと思うと勝手に身体が震え、口からは嗚咽が漏れる。

 ……この人たちは、困ってるだろうな。……私が何言ってたって、この人たちには関係ないし、聞こえるはずもないのに……。


「……助けて。家に帰りたい」


 ……え?


「……実は私も、そう思っています。だからここまで来たんです」

「…………へ? ……ど、どういう事?」


 意味が判らない私は、一瞬恐怖その他を忘れてお姉さんに聞き返した。


「つまり……私実は、貴女を助けに来たわけじゃないんです。いや、結果的には私も貴女も助かる事になりますから、win-winという事でいいとは思うんですけど」

「……意味わからん。判るように言って?」


 ええと、と、呻りながらお姉さんは首を捻った。

 ……なんというか、物腰全てがどこかおっとりと落ち着いているせいか、見ているとこっちまでなんだか落ち着いてくる。……変な人。


「説明するより、実際に見て貰った方が、判ると思います」

「……見る……って?」

「お嬢さん、私が触るのは、大丈夫ですか?」

「え? ……あ、うん。……女の人やし」

「それじゃあ、……さぁ、手を貸しますから、立って下さい」


 そう言ってお姉さんが差し出す手を私がおずおずと握ると、お姉さんはゆっくりと立ち上がり私を支えて立たせてくれた。

 ……ふらつく足で立つと、目眩がする。空腹が酷い。


「大丈夫? もうちょっと、がんばって下さいね?」

「う、うん……それで……どうすればええん?」

「ただ、思って下さい」

「……思う?」

「はい、はっきり風景をイメージして、思うんです。『帰りたい』――と」

「……かえ……りたい」


 ――光が灯るように、私の中で帰りたい場所の光景が浮かび上がってきた。

 私の家……私が通う学校、よく立ち寄るコンビニ、町に遊びに行く時待ち合わせる駅前……あいつと行った映画館も思い出す。……また、行きたいな……。


「……い……いたた……」

「……? お姉さん、大丈夫?」


 気が付くと、私の手を握るお姉さんは、何故か辛そうな顔をしていた。


「ええ、大丈夫です。……そしてここまではっきりと目標地点が指定されれば、どれほど遠くても……大丈夫、行けます」

「……?」

「……いいですかお嬢さん、声を出さず、静かに私と一緒に来て下さい。……まずはこの城を、抜けます」

「っ……そ、そんなん、できるわけない。……怖い奴等が、いっぱいいるんよ?」

「できます」

「……できるて」

「……できるんです」


 にこりと笑う娘さんの後ろで、何度も頷く長身イケメン。


「いいですか? 声を出さず、物音を立てず、基本は静かに迅速に、です」

「……それできなかったら、どうなるん?」


 私の問いに、そうですねぇ、と少し考えたお姉さんはやがて困ったように言う。


「……勇者さんの、犠牲者が増える。ですかね?」

「……そのお兄さん、強いん?」

「ええ、とても」


 ……だったら、あいつらをヤっちゃってくれないかな。と思いながら、私はお姉さんと共に歩き出した。 


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