後編
「……大丈夫か、娘さん?」
「え、ええ……勇者さんこそ、大丈夫ですか? ずっと私を抱えて戦闘なんて……」
「大丈夫だ。俺の故郷と比べるとここは、舗装された道が怖ろしく動きやすかったからな。走る時全く苦にならなかった」
「そ、そうですか……はぁ」
そして、私達が謎の襲撃者達を振り切ったのは、それからしばらく立った後だった。
「……勇者さん、お願い通り、武装しないでいてくれましたね」
「それは約束したろう? 君の道案内を受けるとき、君の指示に従うと」
「……この状況だと、すごく申し訳ないです」
「じゃあ武装していいのか?」
「人目がある場所ではダメです」
突然襲いかかってきた派手スーツのオジサン達から逃げた私達は、何故か逃げた先々で様々な人達から襲われ、逃げ回った。
―きゃああっ!! よいオトコよぉおおおっ!!―
―ガイジンさん寄ってってぇえええええっ!!―
―あぁ? 逃げる気かよぉおおおおおおっ!!―
―逃がさないわよぉおおおおおおおおっ!!―
―む、娘さんっ!! 怪物をっ!! 怪物を倒さなければっ!!―
―人ですから!! あれでも一応あの人達人間ですから勇者さんっ!!―
……厚化粧と派手ドレスの、筋骨逞しい男性達の集団に襲われた時は、武装しようとする勇者さんを押しとどめるのが大変だった。
確かにあれは怖かったけど、明日の新聞に『コスプレイヤー繁華街の凶行』なんて載らないで欲しいし。
「……それにしても……ここは全く、安全な場所ではなかったな」
「そ……そうですね……お、おかしいなぁ?」
……いや、きっと明日の新聞は、コスプレイヤーなんか目じゃない大事件が紙面を占めているだろう。ダンプ激突に、ヤクザその他の大規模抗争(?)だもんなぁ。
私は、繁華街でも薄暗い場所に在る、人気のない建物の階段隅で、勇者さんと並んでそんな事を考えていた。
「……勇者さん。言い訳に聞こえるかもしれませんが、いくら繁華街でも、あんな事はそうそう無いはずだったんです。……少なくとも私は、生まれてこの方見た事もありません」
「そうか……だが、こんな事になるならば、君に目的地への道のりだけ聞いて、自力でこっちまで来ればよかったな」
「勇者さん、自力で電車乗れましたっけ?」
「無理なら歩いて行けばいい」
それはなかなか大変そうだが、この人なら本当にやりかねないと思う。
「とても遠いですよ?」
「それでも、それが役目なら果たさねばならん。――歴代の勇者が果たしたように、俺も」
……今までの言動から察するに、この人は派手な外見にそぐわないほど生真面目で、勇者である事に一生懸命だ。
「……勇者って、そんなに大事なんですか?」
「そうだな、大事に思っている者達も、なりたがっている者達も多かった。……その中には王侯貴族や、名のある騎士家の者達もいた」
「……」
「そんな大勢を差し置いて、なんの後ろ盾もない田舎者の俺が選ばれたんだ。だからこそ、俺は勇者としてちゃんとしたい」
そしてそれが正気か狂気かは判らないけれど、この人にはこの人なりの苦労もあったらしい。
……誠実で真剣な横顔は、落ち着いた大人の男の表情だ。……ちょっと、どきっとする。
「……だが見知らぬ土地で、話を聞いてくれる君と会えて、気弱になっていたらしい。……迷惑をかけてしまってすまなかったな、娘さん」
そんな勇者さんは、暴力沙汰に私を巻き込んでしまったのがショックだったのか、やがてがっくりと肩を落として私に詫びた。
「気にしなくてよいですよ。道案内すると決めたのは、私ですから」
「……だが」
「勇者さんが目指す背徳の舘がこの繁華街にあって、ここを、それほど危ない場所でもないと判断したのは、私のミスです。……少しこういう場所に慣れていたせいですよね。もっと危機感を持つべきでした、反省です」
そんな勇者さんを慰める半分、自嘲半分で私は肩を竦めた。
「……でもやっぱり、想定外ですよ。……まさか何度か来た事もあった、極普通だと思っていた繁華街が、修羅の国と化しているとは……」
「……それなんだがな、娘さん」
私の言葉に、勇者さんは真剣な表情で言う。
「……やはり、俺がこの繁華街に感じた毒々しい空気を、やはり俺は知っていると思う」
「……というと?」
「言っただろう、魔王を一度取り逃がしたと。……この繁華街に満ちている、悪意と毒を含んだ魔力を感じる空気は……魔王と対峙した時に感じたものだ」
「……それってつまり」
「ああ、間違い無く魔王はこの町にいる。……君の道案内は正しかったよ娘さん」
……そっか……私の特技は正しかったか。
しかし空気……魔力を感じる空気ねぇ?
……うーん……この人を本物の異世界勇者と判断するには、私の理性はまだまだ抵抗しているんだけど……でも……こうも奇妙な事ばかり起こっていると……。
「……それで、魔王の拠点はここから近いか?」
「あ、いえ。それほどでもありません。背徳の舘は、すぐそこの大通りから横道に入った、少し奥まった雑居ビルの……――あいたた」
特技でもう一度目的地周辺を確かめようとした私は、更に強くなった頭痛に顔をしかめて呻いた。
「どうした娘さん? まさか、怪我かっ?」
「いえ……ちょっと頭痛が……」
魔力云々はさておき……確かに、この辺りは空気が悪いかも。
……まずいなぁ。酷くなってきた。水無しで飲める頭痛薬、まだカバンの中に残ってたっけ……?
「頭痛? ……この土地の者に、これは効くだろうか?」
「……え?」
――と、私の額に、勇者さんの大きな掌が乗せられた。……なんだろう? 暖かくて心地好い。
「――治癒せよ!」
「――っ」
勇者さんが何かを唱えた一瞬、私の目前が明るくなった。
それと同時に頭中へと、とても心地好い……まるで暖かい蒸しタオルで包まれたような、優しい感触が満ちてくる。
「ひ……えぇっ?」
そしてその感触はやがて、私の頭を長時間苛んでいた痛みと共に、静かに消えて行く。
「治癒術だ。……怪我を癒すだけでなく、体調不良や乗り物酔いなどにも効くんだが……どうだ娘さん?」
「これは……あ、ありがとうございます」
……本当に、頭痛薬でも完全には治らなかった、私の頭痛が治ってしまった。
え……本物? ……今のって本物の……魔法?
えぇええ?!!
「……効かなかったか? 難しい顔をしているが」
「っ……い、いえ。助かりました。…………と、とりあえず、目的地に向かいますか?」
「え? あ、ああ」
……個人的に、とても、衝撃的な、奇跡を、私は体験してしまった。
……ま、まさか……まさかこの人って……まさかだよ!?
「こうなってしまっては、君をこの場に残して行くのも心配だ。とりあえず、離れないでくれ娘さん」
「え、ええ……勇者さん。……ま……魔法……まほう……ゆうしゃ……」
「どうした?」
「い、いえ別に。……あ、あはは、よかった……あははは」
「……?」
……い、いやいや落ち着け。今のが本当に魔法なる超常現象だったとしても、慌てるにはまだ早い。
妙な特技なら、生まれも育ちも現代人な私だって持っているんだ。
この勇者さんが、偶々不思議な力を持つ、ちょっと可哀想な病を患ったなりきりコスプレイヤーだという可能性は、まだ残っている。
……はずだけど、そろそろ苦しい、かな?
――そして私達が到着した、ホストクラブ『背徳の舘』は、出発した所からそう遠くない場所にあった。
「……ホストクラブ」
「どうした娘さん? ほすとくらぶとは、なんだろう?」
「……えーと……有料で女性がチヤホヤしてもらうところ……でしょうか」
「ちやほや?」
そう、私の特技が割り出した背徳の舘というのは、ホストクラブだった。
大通りから少し離れた場所に在る雑居ビルに店を構えている背徳の舘は、しっかりその店名を看板と郵便受けに記載している。
……魔王の拠点がホストクラブって……まさか魔王がホストなのか? 夜の王なのか?
「……案内してきてあれなんですが、本当にここが目的地でよいのか、私も自信が持てません」
「ちやほやはよく判らないが……俺はここでよいと思う」
「……え?」
「……穢れて歪んだ空気が、建物に充満している。……魔王か、魔王に準ずる穢れた者がいなくては、こうはならない」
……そ、そうなの? ……本当に?
「流石に魔王を前にすれば、俺は剣を抜くぞ娘さん」
「……あ、で、でも勇者さん、いきなり完全武装でカチコミはダメですよ? もし本当に魔王がいたとしても、店にはお客さんや普通の従業員さん達もいるんでしょうし……」
「だが、あまり時間をかけたくないな」
「え?」
「魔王に穢された空気は、人間にも影響していく」
「それって……」
「――あらぁっ? めずらしーっ!!」
きゃははは、という甲高い笑い声に顔を上げると、建物に入ろうとしている女性がこっちを向いていた。
「あんたもホスト遊びとかするのー? 知らなかったぁーっ! あはっはははっ!」
――おや、あれは……。
「……先輩」
「娘さん、知り合いか?」
「所属サークルの先輩です。……人数合わせの合コンに、付き合わされた事も何度かありますね」
そんな彼女は、ナチュラルメイクとゆるふわヘアー&スカートが可愛らしい美人さんだ。……が。
「……泥酔でもしてるんでしょうか? 普段の彼女とは、まるで違います」
「……」
どちらかと言えばおっとりとした物腰と言動だった先輩の変貌に、私は驚く。
よく見ると目つきもトロンとしているし、身体はフラフラだし、呂律も回っていない。……女一人、あんな様子で繁華街にいるのはどう考えても危ない。どうしたんだ?
「――おい、君!」
「え……っ」
そんな先輩の前に、一歩で近寄った勇者さんが立った。
「……あ、あら……どなた……」
突然現れた美形男に気付き、先輩の態度が普段に近くなるが。
「この店はやめろ」
「っ……な、なによ――」
勇者さんの言葉で、再びおかしくなる。――狂暴に顔を歪めて喚き散らす彼女なんて、見た事が無い。
「この店にのめり込むと、頭がおかしくなる。いや、もうなっている。貴女も理性では気付いているはずだ。今すぐ家に帰れ、今なら間に合う!」
「か、勝手な事言わないでよっ!! つまんない男しか周りにいない鬱憤を、良い男で癒してるんだからぁ!!」
「ここにいるのは、良い男どころか怪物だ!!」
「なに訳判らない事いってんのよこのガイジン!! わけわかんないんですけど――きゃあ?!」
先輩の顔――というか額を、勇者さんが鷲掴みにした。――あ、あれって。
「治癒せよ!!」
「――っ!!」
暴れる先輩の全身がびくりびくりと何度も震え、やがて大人しくなる。
「……え? ……わ……私……」
「帰った方がいい。悪酔いし過ぎだ」
「……そ……そう……そう……ですね。……ご、ごめんなさいっ」
狼狽え、その場から足早に立ち去る先輩の目には、正気が戻っていた。
……あの魔法、酩酊にも効くのか。……良かった。
「穢れた空気にあてられたんだ」
「え、先輩ですか?」
「ああ。魔王の穢れに侵された者は、酩酊したように思考が停止し、狂暴になるんだ」
……今の先輩みたいに、か。
――っ。
「――よぉよぉ、ウチのカモ……じゃない、上客を帰すとか、何してくれちゃってんのぉそこのガイジン?」
「ブチのめされたいのぉ? なぁ?」
更に勇者さんの言葉を証明するように、明らかに目つきが危ない派手な恰好のお兄さん達が建物からゾロゾロと出て来る。
「お、女いるじゃ~ん。ねぇねぇおねーさん、ガイジンなんかほっといて俺達と店であそぼーよ」
「ウチはサービスいいよ~? ボトル入れてくれたら、色々と要相談するしさぁ~」
「ぎゃははははっ!! お前言い方いやらしいって~っ!!」
「……勇者さん、これって……」
「ああ、背徳の舘のほすと達だろう。……見事に影響されているな。元々の性格が歪んでいると、影響も深刻になりやすい」
「あぁ~? だ~れ~の顔が歪んでるってぇ~?!!」
そうは言ってない、と私が返すのと。
「正気に戻れ!!!!」
「ぎゃあ?!!」
と叫んだ勇者さんが、襲いかかってきたお兄さん達の頭を次々鷲掴みにして、二人一組で正面激突させて昏倒させるのは、ほぼ同時だった。やっぱり強いなこの人。……でも。
「先輩の時みたいに、魔法は使わないんですか?」
「魔力は有限だからな。楽しそうに酩酊してるこいつらに使うのはもったいない」
確かに、このにーちゃん達はあまり同情できない。先輩の事カモとか呼んでたし。
「――悪いが娘さん、もう使うぞ」
「この状況なら、仕方ないですね」
お巡りさんが来ない事を祈ろう。
目を伏せ、勇者さんが何かを唱えた瞬間、勇者さんの身体は白銀の鎧甲冑と盾剣、たなびくマント、そして輝くサークレットによって武装された。
背景の繁華街から浮き立つような、イケメン勇者さんの再登場だ。
「魔王の居城に奴隷として飼われていた人間達も、ここのように獣じみた存在に成り果てていた。――やはり魔王を、放っておく事はできん!!」
イケメン勇者さんは、イケメン全開でイケメンらしく断言すると、私に声をかける。
「君の事は、必ず守ってみせるぞ娘さんっ!! ――さぁ、行くぞ魔王っ!!」
うわ~、やっぱかっこいいわ~この人。照れるわ~。
ついそんなおばちゃんめいた感想を抱きつつ、私は頼もしい勇者さんの後へと続こう――と、した。
「ぐほ?!!!」
「――えっ?」
――が。
その勇者さんは何故か、突然建物の壁に、自ら激突してしまった。
……えーと?
「……な、何やってるんです?」
「――くっ、入口が塞がれたか――?!」
……もしもし?
「勇者さん、そこ壁ですよ壁」
「なんだって?! 俺にはここが入口にしか――いやあっちか!!」
いやマテ。
「うごぁー?!!」
今度は外のゴミステーションに、自ら突っ込んで行く勇者さん。
「……もしかして勇者さん、近眼ですか? これ何本に見えます?」
「目が悪いと言われた事はないっ!!」
ならば何故、入口に行かないんだこの人?
「……そうか、結界かっ!!」
「けっかい」
「ああ、魔王め、俺に気付いたのか目くらましの術結界を張ったらしいっ!! くっ、正確な入口の位置を突き止めなければ、俺は建物に入る事もできないっ!!」
……?
「あのー」
「下がっていてくれ娘さん、俺はこれから、術解除を試みてみるっ。時間はかかるが、俺の対抗魔力が勝てば、目くらましを消す事もできるはずだ!」
……いやいや。
「その術なんですけど……多分なんですけど、大丈夫ですよ」
「どういう事だ?!」
どうもこうもない。
「私は、貴方を正しく道案内できます」
「――えっ!!」
だって、私にはこの建物の入口が、はっきり見えてるんだから。
……そして。
「……あの窓です。あそこに、勇者さんの目的地があります」
勇者さんの『目的地』への道筋も、今完璧に、頭の中で浮かび上がってきた。
「大丈夫ですよ、行きましょう勇者さん」
「娘さん、君は……」
「道案内は、必要ですか勇者さん?」
両手が塞がっている勇者さんのマントを掴んで引いた私に、勇者さんはやがてほっとしたような苦笑を浮かべ、小さく頷き返した。
「すまん、最後まで頼む」
ええ、お任せ下さい。
こうして私達は、建物の中を進み、曲がり、昇り。時には襲ってくるホストらしき兄ちゃん達を撃退しながら、目的地へと向かった。
「うわぁあ!! かっ壁がそこには!! 上からギロチンがぁああ!!」
「ありませんよ勇者さん」
その間私にマントを引かれてすすむ勇者さんはあれこれ叫んでいたが、全て大丈夫ですと返して私はビルの内部を進んだ。
「す――スライム!! 肉食スライムが天井にびっしりと!!」
「大丈夫ですよ勇者さん」
勇者さんの見る世界に興味が無い事もなかったが、結局最後まで私には、勇者さんが見る世界は見えなかった。……少し残念だ。
そして。
「――ははっ、勇者~、ごくろ~さんっ」
「――魔王っ!!」
ホストクラブ背徳の舘の、どうやらVIPルームらしい奥まった広間のソファに、一際派手なスーツの若い黒髪の男が座っていた。
「ってかよぉ~、思ったより早かったな、勇者」
これが魔王か。……羽根も角も無い、ホスト姿に全く違和感の無い、どこか崩れた雰囲気のある綺麗なお兄ちゃんだ。
「俺の魔力で穢してやった人間を操って、ダンプ突っ込ませたり、集団で襲いかからせたりしたのによぉ~」
「あれは貴様の仕業か魔王!!」
……言動も酷いが……でも、確かにソレだけじゃなく、なんというか、見ているだけで怖くなる、独特の雰囲気がある。
……やっぱり、この人(?)は本物だろうか?
「それにまさか……目くらましの結界が発動したまま、お前がこの場に来れるとは思わなかったぜ。……その小娘の力か」
そんな他称魔王が、こっちを見た。
「なんの事だ魔王っ!! 彼女は俺達の世界とは関係無いっ!!」
「ああ、まぁそうだろうよ。……ふぅん、魔法技術が衰退したこの世界にも、面白い力を持ったヤツがいるもんだな。なぁ小娘、お前俺が作った結界、まるっきり効いてなかったろ?」
「……そのようで」
何が面白かったのか、私の返答に魔王はゲラゲラと腹を抱えて笑った。
「すげーなぁその正眼っ。魔王の魔力すら効かないのか。オレ達の世界に来たらお前、世界中の権力者共からその力を狙われるぜっ!!」
「そうなんですかね? よく判りませんが、この世界ではせいぜい私は、グーグ○先生の亜種でしかありませんよ」
「グー○ル? ああ、あれ便利だよな。スマホにアプリ入れてるぜ」
馴染んでるな、この魔王。
「どうだぁ小娘、オレはそろそろあっちに戻るつもりだが、お前オレのモノになって、あっちにいかねぇか? お前の力は、オレの全世界破滅化計画の役に立ちそうだ」
「イヤです」
「ははははっ、ならまぁ、力尽くでさらって連れて行くまでだけどな~。心残りっていうなら、お前の一族郎党皆殺してもいいしな~♪」
そしてサラッと外道だ魔王。
「ふざけるな!! そんな事はさせるものかっ!!」
それに対して真っ正面から怒る勇者さんは、やっぱり真面目で、根が良い人なんだろうな。
「魔王っ!! 貴様はここで、この深緑の勇者が滅するっ!!」
「あー、深緑の。……お前は相変わらず、一直線に暑苦しくてうぜぇ野郎だぜ」
そんな勇者さんを一瞥する魔王は、酷薄そうに目を細めながら、それでいてどこか情を感じさせる声で言葉を続ける。
「だがまぁ、同情すべき点もある。……田舎の平民が勇者として取り立てられた以上、歴代の勇者以上にかんばらねぇとならねぇんだからな」
「っ! 大きなお世話だ!」
「……どれほどお前は、支配者階層の馬鹿人間共に、屈辱を味わわされて来た?」
勇者さんの表情が、厳しくなる。
「どれほど見下され、侮蔑を向けられてきた? どれほど足を引っ張られてきた? 何度殺されかけた? 何度陥れられた? 何度裏切られた? ……そのくせ、どれほど恐れられてきた? なぁ勇者、自分よりもよっぽど下等なヤツらに押さえ付けられ続けて、辛くはなかったとは言わせないぜ?」
「……」
……勇者さん。
「断言してやるけどよ、オレを殺して大団円、故郷に帰れるなんて思わない方がいいぜ。……お前はもはや、存在自体が人間の脅威になりえるんだ。支配者階層が、お前を手放すわけはねぇ」
「……」
「だから、なぁ勇者。――モノは相談だが、オレと一緒にあの世界を破滅させねーか? オレが世界を破滅させるのはただの本能だが、お前にはあの世界を憎む動機があるだろう? ブチ殺したい連中も、ぶち壊したい組織も」
魔王の言葉は、痺れるような感触と共に、頭に染み込んできた。……これが酩酊か。
……でも……勇者さんの境遇が、本当に魔王の言う通りなら、その鬱屈はどれほどだろうか。
「……俺は」
そんな勇者さんにとって、魔王の言葉はどれほど魅力的に感じるだろうか?
……勇者さん。
「――それでも俺は、使命を果たす!」
「……はっ」
――勇者さん。
思わずマントを握り締めてしまった私に頷いた勇者さんは、魔王に対峙して言葉を返す。
「馬鹿じゃねーのお前っ、使い潰されるって忠告してやってんのがわからねーのぉ?!」
「お前に言われなくても、そんな事は百も承知だ」
「なら――」
「それでも俺には、守るべきものがある」
「……っ」
「それ以上に――勇者が剣を握る理由などあるものか!!」
そう言って魔王に剣を突きつける勇者さんは……これ以上信じようがないくらい、完璧な勇者さんだった。――疑ってごめんなさい、勇者さん。
「けっ……この馬鹿がよぉ……」
ゆらりとソファから立ち上がった魔王は、億劫そうに懐から何かを取り出し、構えた。
――ん? ――げっ!! あ、あれって――!!
「勇者さんあれは危ない!!」
「え――っ!!」
「だったらくたばりやがれ!!」
魔王が手にしたピストルらしきモノが炸裂音を立てるのと、勇者さんが私を抱えて横に飛ぶのはほぼ同時だった。
勇者さんが元いた位置の、すぐ後ろにあった高そうな壺が、木っ端微塵に弾け飛ぶ。
「な――魔法か?!」
「いえっ、あれはこの世界の武器ですよっ」
「ひゃっは~っ♪ そのとーりだ小娘。この世界は面白いよなぁ。金さえあれば、こんな楽しいおもちゃだって手に入るっ!!」
おもちゃじゃないから。あと日本にいる限り犯罪だから。
「折角だからと思ってよぉ、あっちに持って帰ろうと、たぁ~っぷり買い占めてんだぜ。――いっちょ遊んでいけやっ!! クソ勇者がっ!!」
そう叫んだ魔王が空を撫でるように手を上げると、一体どういう収納だったのか、魔王の手には長い弾倉をつけた機関銃が現れた!
「ゆ、勇者さん銃はっ! 銃は反則だと思いますっ!!」
「……大丈夫だ。あいつの新しい物好きには、今まで散々煮え湯を飲まされてきた。――今更何が出ようと、俺は怯まない」
「でも――」
言い返そうとした私の声は、パラララッ!! という案外軽い音によって掻き消され、眼前が震動したような錯覚を覚えた。
撃たれた、と思ったけど、怪我はない。
「――ちっ、神域装備はずりぃよなぁ」
「どうした魔王!! どんな武器だろうと、当たらなければ俺は殺せんぞっ!!」
私と勇者さんは、勇者さんが掲げた白銀の盾によって見事弾丸から守られていた。
勇者の武器防具ってすごい。
「っ!! 上等だぁああ!! 死ねや勇者ァアアアアアアア!!」
「滅びるのは貴様だ!! 魔王ォオオオオオオ!!」
そして、現代にすっかり毒された銃器装備の魔王と、立ち向かう鎧甲冑装備の勇者さんとの戦いは始まった。
「ヒャッハァアアアアアアア!! 火炎放射喰らえやおらおらぁああああ!!」
「守りの御力よ!! 我と仲間を守りたまえ!! ――氷の息!!」
殺し合いを楽しんでいるようにしか見えない魔王は、次々空中から取り出す重火器の大盤振る舞いで勇者さんを攻め立て、そんな魔王の猛攻を魔法でしのぎながら、勇者さん魔王への反撃のチャンスを狙った。
『……が、がんばれー勇者さーん』
……そんなに二人にすっかり震え上がりつつ、だが銃弾が飛び交う中避難もできず。私は勇者さんがくれた防御魔法に包まれながら、広間に転がるソファの影で、勇者さんの勝利を祈っていた。
道案内も、終わってしまえばただの足手まといだ。
「――終わりだ魔王!!」
「――っ」
そんな一騎打ちは――大きく二人が激突した末に、ついに決着した。
「ぐっ――--……あーあ、これで終わりかよ。……まぁいいや……また発生したら……次の勇者と……遊ぶさ……」
「……魔王。……お前が何度現れようと、勇者は何度でもお前の前に立ちふさがるぞ」
「へっ……魔王討伐、おめでとう勇者。……次は多分、てめぇの番だぜぇ? ……くくくく……く……っ」
「……」
勇者さんの大剣で心臓部分を貫かれた魔王は、特に悲壮感も無くかわいげの無い嫌味を残すと……まるで煙のように薄れ、消えてしまった。
「……消えてしまうんですね」
「……そうだな。……何も無い場所から歴代魔王の記憶を持って発生し、倒されればまた無へと還る。……魔王とは、そういうものらしい」
「……あっ」
そして魔王の死が引き金のように、勇者さんの身体が光に包まれ、チカチカと瞬き始める。
「転送時と同じ……多分、帰還魔法だ」
……そうか。……帰る事ができるんですね……勇者さん。
「……よかった」
「娘さん……」
「勇者さん、どうか嫌な上司達のパワハラなんかに負けないで、がんばってください」
私の言葉に、勇者さんはやや複雑そうな笑みを浮かべ、それでも頷いてくれた。
「……ありがとう。……助けてくれたのが貴女で、よかった」
……私も、貴方を道案内できてよかったですよ。……そう返そうと思ったけど、やめた。なんだか泣いてしまいそうだ。
「……ありがとう。……さよなら、親切な異国の娘さん」
……さよなら、優しい異国の勇者さん。
「お気をつけて」
いつも通り、道案内を終えた時の口癖で勇者さんを見送る。
やがて勇者さんを包む光が強まり、私の視界まで多い包み、そして、全てが真っ白になった――。
――のだが。
「……」
「……」
何故か、勇者さんと私は、お別れしなかった。
いや、お別れしなかった理由は、辺り一面を見渡せば、よく判る。
「ここは……神官長が暮らす神殿の裏山、だな」
「……そ……そうです、か」
「っ?!! ――む、娘さん?!! 何故ここにいるんだ?!!」
「判りませんよ!! なんですかあの魔法?!! ――当事者だけじゃなく、周辺まで巻き込み魔法だったんですか?!!」
――どうやら私は、何故か勇者さんについて来てしまったらしい。解せぬ。
「な――なな?!! なんでそんな事に?!!」
「それは私が聞きたいのですが、まぁ帰ればいいんですよ帰れば。勇者さんがあっちに行った魔法で、私も帰してもらえますよねっ?」
「い、いや……あれは非常に高度かつ難易度が高い上、時期や触媒、土地など使用条件がとても厳しい、大掛かりな魔法だと神官長が言っていたぞ!! か、簡単にもう一度使えるものではなかったはずだっ!!」
「……」
「し、心配するな娘さんっ。……その、いざとなったら……俺が……っ」
「…………」
うわぁ、なんてこった。……道案内した私が、今度は迷子か。
――……あ。
……いや待て、まだこの手がある。
「……だったら勇者さん」
「ん?」
「――日本に帰りたがっている誰かを、捜して下さい」
――その人を道案内して、日本に帰りますから。
「……できるのかっ?!」
多分。
――そしてその後。
私は異世界の女を嫁にするというろくでもない風習を持つ、とある王家に拉致されていた女子高生を勇者さんと助けて、彼女を道案内し無事日本へと帰る事になるのだが。
「……か……帰りたいよ……お父さん……お母さん……っ」
「どうもこんにちは、日本に帰りたい日本人のお嬢さん!」
「ひえ?!! おねえさんだれ?!!」
「道案内です!!」
――それはまた、別の話だ。
ファンタジーでは重要、現実社会ではいまいち希少価値が無いチートとはなんだろう、と考えていたら思いつきました。