前編
前後編で二話完結です。
この世には、『~~やすい人間』というものが存在する。
同性にからかわれやすい人間。
異性に距離をおかれやすい人間。
女子に文句を言われやすい人間。
男子に頼まれ事をされやすい人間。
老人に話しかけられやすい人間。
子供にピンポンダッシュをされやすい人間。
赤ん坊に泣かれやすい人間。
犬に吠えかけられやすい人間。
猫に横切られやすい人間。
頭上に鳥の糞が落ちてきやすい人間。
警察官に職務質問されやすい人間。
キャッチセールスに声をかけられやすい人間。
……等々。
理由は色々とあるだろうし、本人の改善によって『~~やすい人間』から脱却する事は不可能ではないのだろう。
だが、自分でもなぜそうなってしまうのか判らず、『~~やすい人間』から脱却できない者達や、まぁ『~~やすい人間』でもいいかと、『~~やすい人間』である事を受け入れる者達も、この世にはやはり一定数存在する。
そして、私は後者だ。
私はいわゆる、『道を聞かれやすい人間』である。
「……あ、あの、すみません。この辺りに、東文ビル……というのがあるはずなんですけど……」
「はいはい、ありますよ。ここからなら行き方も簡単です」
私は道を歩いていると、誰かに道を聞かれる。
電車に乗ろうと切符を買っていると、誰かに目的駅がはっきりしない路線を聞かれる。
バスに乗ろうと停留所に立っていると、誰かにバスが自分の目的地に着くか聞かれる。
そんな人間だ。
「ああ、判りましたっ。ありがとうございますっ」
「お気をつけて」
理由は判らない。
それは昔、私の母が言った。
―あんたは、声かけ難いくらいとんでもない美人でもブスでも無いし、特別性格悪そうにも薄情そうにも見えないし、一見落ち着いててそれなりにしっかりしてそうだから、声をかけられやすいんじゃない?―
という私の人物評によるものかもしれないし、違うかもしれない。
だがどちらにしろ私は、小学校の時初めて泣いている迷子を親の所に連れて行って以来、ずっと『道を聞かれやすい人間』であり、なんとか現役で大学に入ったこの年まで、そのよく判らない使命(?)を全うし続けてきた。
「あ、あのぉ……すみません」
「はい、どうしたんですかおばあちゃん?」
「生駒津駅っちゅうのは、この駅からで、いいんですかねぇ……そのぉ……駅名が、路線図に無くて……ですね……」
「生駒津駅? ……生駒津駅……」
そんな事を続けていたせいだろうか。
「……――……痛っ」
「え? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
私は、こうして道を聞かれている時に限り――妙な特技を使えるようになっていた。
「……判りましたおばあちゃん。生駒津駅は、ここの駅から三つ行った西道駅で東沿線の北菱川方向に乗り換え。そこから更に、四つ行った所にあります」
「乗り換え……ああ、そうでしたっ、そうでしたよっ。西道駅で乗り換えるんでしたっ」
「運営会社が違うせいで、路線図にも東沿線乗り換え、としか書いていませんものね。……思い出せましたか?」
「ええ、ええ。前行った時の道順を、ちゃんと思い出せました。ありがとうございます。……貴女も、よくご存じでしたね」
「……ええ、まぁ」
ご存じだった、のではない。今知った。
「本当に助かりました」
「お気をつけて」
私は道に迷って困っている人と相対すると、その人を目的地へ送るための正しい道順を、知る事ができるのだ。
「……うーん、今日も正しかったようだ」
それがいわゆる超能力の類か、それとも小難しい科学の理屈に乗っ取った、脳の無意識下で行われる情報処理の結果なのかどうかは、私の知る所ではない。
だがその特技のメカニズムがどんなものであろうと、私は道に迷っている人から目的地を聞くと、ほぼ百発百中でその人の目的地の場所と、その正しい道順を知る事ができた。
「知ってる人は知っている、某弾幕シューティングゲーム風に言うなら……私のこれは、――『道案内できる程度の能力』――というやつだろうな」
――まぁ、だからなんだって話でもあるが。
私の特技など、この実社会において、大して意味のないものだ。
「……帰ろう」
なにせ大抵の場合、スマホでグーグ○先生を呼び出せば解決できる問題なのだ。
更に世の中にはいくらでも地図があるし、交番もある。私以外にも道案内できる、土地勘のある人達だって数限りない。私の特技に希少価値は皆無だ。
「……あ、母に頼まれた、じゃがいも買って帰らなきゃ」
そんなわけで、私はこの奇妙な特技を時々発揮しつつも、特に大きなトラブルに巻き込まれる事もない、平穏無事な日常を送っていた。
「じゃがいもと、安かったらアイス。……ガリガ○君チョコレート味……いいなぁ」
この特技を活かすなら、将来は交番勤務のお巡りさんなんかどうだろう。
その日の大学帰りの私も、そんな事を考えながら、家路の途中にあるスーパーへと歩いていたのだった。
「……す、すまん……そこの娘さん」
「はい? ……は……い?」
――そんな日常が、この時点で非日常になった。
「道を……道を尋ねたい。……俺は、深緑の勇者と呼ばれる者。……決して、怪しいものではない」
「…………」
見慣れた大学から家への帰宅路ど真ん中に――自称勇者が立っていた。
なお自称としたが、一応姿形もかなり『それ』らしい。
「この土地の者達は、そう説明しても……理解してはくれないようだが……」
「……で、でしょうねー」
勇者は、映画俳優のような金髪碧眼長身偉丈夫だった。
そして身につけているのは、白銀の鎧甲冑と具足、そして煌びやかな盾と剣。額には一際大きな宝石がついたサークレットが輝き、背には真紅のマントがたなびいている。
……なんというか、海外産デザインのトレーディングカードゲームにでも出てきそうな、主人公系勇者様だ。ここまで純度100%なファンタジーファッションは、昨今の和製RPGじゃ珍しいかもしれない。
「……娘さんは、話を聞いてくれるのだな」
「い、いや……なんというか、逃げるタイミングを失ったと言うか……」
「っ……俺は、この見知らぬ土地では……逃げられてしまうほど危険と思われているのか……くっ、周囲を不安にさせてしまうなど……勇者失格だ……っ」
「……あー」
――まずい。すっごくまずい。――この人は、本物だ。
「とりあえず、落ち着いて下さい」
「……む?」
勿論この人が、本物の勇者というつもりはない。
この人がどこかのイベントから抜け出してきた、なりきりコスプレイヤーだろうが、どこかの病院から抜け出してきた、ちょっと特殊な精神疾患患者だろうが、はたまた本当に別世界から来た勇者だろうが、私に判断できるはずもない。(個人的には、①じゃないかと思っているが)
私が判断できたのは、この人が本当に迷っているかどうか、だ。
そしてこの人は、嘘偽り無く本物の迷い人だ。
何故なら先程のお婆さんと相対した時と同じように、私の中で、私の特技が起動しているのを感じるからだ。
「……あ……痛たた……っ」
「ど、どうした娘さんっ?!」
「い、いえ……大丈夫です。いつもの事ですから」
私の特技はどうやら頭の中をフル活用するらしく、特技が発揮する時はいつも、特徴的な頭痛が私の脳味噌を襲うのだ。
そしてこの頭痛は、私が迷い人に無事目的地を示した時点で消える。フル活用が終わるからだろう。
「話を聞きましょう、……ええと、勇者さん?」
「おおっ、すまないっ。ありがとうっ!」
――逆に言うと、自分に助けを求める迷い人を無視して目的地を示さないと、この特徴的な頭痛は当分続く。悪い時は、一週間以上もだ。
……冗談じゃない。明日から必修単位の授業が続くというのに、こんな延々ヤスリで脳味噌を削られているような痛みを抱えて、ノートがとれるか。
「そのかわり、この土地にいる間は私の指示に従って下さい」
「ああ、判った!」
という事で、私はこの勇者さんに、目的地を示す事にした。
「ではまずそのキラキラしたものを全部外して、マントを風呂敷代わりにしてしまってください」
「なっ武装を解けと?! いつ撃退したトロールロードの仇を討ちに、トロールの集団が攻めてくるかもしれないのにかっ?!」
「そうなったら、特売品の奪い合いをしているおばちゃん達を壁にして逃げましょう。何者だろうと、あの壁を突破するのは難しいはず」
「すごいな?! 何者だそのおばちゃん達とは?!」
「世界を闇に包む不景気の中、家族の食卓と胃袋を守る気高き戦士達です。冗談ですが」
とりあえず、私は勇者さんをできるだけ目立たない恰好にしてから話を聞くべく、とりあえずすぐそこにあった、神社の境内まで連れて行った。
境内前が公園になっている神社は、周辺住民の憩いの場であり、偶にはダンスやコントなどの練習をしている人達もいたりする。
ここならちょっと変な恰好をした外人さんがいても、イベント準備かとスルーしてもらえるだろう。人目もあるし、万一身の危険があれば叫べばいい。
「これは……祭壇と神域か? 空気が少し清浄になったようだが」
「ただの神社ですよ。八百万の一柱を祭っているんです」
「やおろず……私が知る神ではないな」
そう言って素直に武装を全て外すと、勇者さんは黒いハイネックとパンツにシンプルなブーツという、案外普通の恰好になった。……それに。
「……あれ、荷物にならないんですね、鎧他諸々一式」
「ああ、これは勇者に神から与えられた神具だからな。必要の無いときは小さくして、しまう事ができるんだ」
……えっ、まさか本物ファンタジー?
……いやいや、手品とか、私も知らない新素材製品って可能性もある。まだ慌てるような時間じゃない。
「へ、へぇ……着脱一瞬仕様ですか。べ、便利ですね? ……益々ゲーム風?」
「げーむ?」
「いえいえ、こっちの話です。……あ」
でも、ゲーム風勇者っていうなら……。
「勇者さん」
「ん?」
「貴方もしかして、人の家に勝手に入って、壺とかタンスとか探ったりしますか?」
「質問の意図が判らんのだが?!! 俺は盗人の真似をするほど落ちてはいないぞ!!」
人の家から盗めば泥棒。まぁ、当たり前か。
とりあえずこのなりきり自称勇者さんが、本物のゲーム世界出身じゃなくてよかった。
「失礼な質問をしました。申し訳ありません」
「い、いや……娘さん、もしや勇者を騙る不届き者がそのような事を? そうだとしたら見過ごすわけにはいかんが……」
「いえ、今のはフィクション上の勇者の悪行ですのでお気になさらず」
「ふぃくしょん?」
あれ? 英語通じないのか。……英語圏出身でもないんだな……。
いやまぁ、ロシアとか北欧とか、東欧とか、そっちの難しい外国語圏出身かもしれない。
「……まぁいいか。――それはそうと、勇者さん」
「な、なんだ?」
「道をお聞きになりたいとか」
「そ、そうだったっ」
いきなり妙な質問をされて戸惑っていたらしい自称勇者さんは、私が振った話題にようやく私を呼び止めた動機を思い出したのか、ほっとしたように返してきた。
「突然すまない娘さん。俺は、道を聞くために貴女を呼び止めたんだ」
「はい、そうでした。それで、どこに行きたいのですか?」
イベント会場ですか? ビッグサイ○ですか? 幕張メッ○ですか? コスプレパーティーなら、もっと小規模なクラブや施設の可能性もありますけど……。
「――この世界に潜む、魔王の拠点だ!!」
「すみません、御力にはなれないようです。仕方ない、頭痛は我慢しよう」
なんてこった。この人なりきりじゃなくて、やっぱりどこかの病院から逃げ出した系だったようだ。
「ま、待ってくれ娘さんっ!! 拠点の名前はわかっているんだっ!! こちらの世界に送られてくる際、神官長から情報はきちんともらっていて――っ!!」
「いやいや、魔王(?)の拠点とか、名前で言われても困りますんで」
……でなきゃ、やっぱり本物……なんて事は、やっぱり……うーん……。
「――背徳の舘!! 背徳の舘というんだっ!!」
――っ!!
「娘さんっ、どんな小さな事でもいい、知らないかっ?! 俺は魔王を追ってここまで来たんだ!!」
「――――――――――――――っ!!」
――頭痛が加速した。
頭の中で強烈な閃光が瞬くような衝撃とうねるような激痛が、一瞬私の頭を支配し、そして『答え』を収束する。
「……判り、ます」
「っ――ほ、本当かっ?!」
「ええ、背徳の舘……住所……最寄り駅……うわ……すっきり判る。……なんだこれ……本当にあるの? ……えぇえー……?」
「む、娘さん?」
自称勇者さんは戸惑っているようだが、私も戸惑っている。
本当にあるのか背徳の舘? 本当にいるのか魔王?
「……うぅ、まぁ、出てしまった答えを教えるのは、やぶさかではないのですが……その前に一つ、質問して良いでしょうか勇者さん?」
「な、なんだ?」
自分の特技をいつになく恨めしく思いながら、私は自称勇者さんに質問した。
「――ここからだと電車に乗らなきゃいけないんですけど、お金あります?」
「ああ、路銀ならここにっ」
金貨らしい貨幣が差し出されてしまった。
……リサイクルショップで純金として売れば……いやあれ、身分証がいるし。そもそもあの貨幣が、純金って保証も無いし……そもそもこの外人さん、日本語は上手いけど日本の駅名が理解できるのか……仕方がない。
「……判りました」
頭痛は治まらないし。……これは多分、ちゃんと迷い人の道案内を完遂しなくてはならないという信号だろう。
「とりあえず、一緒に行きましょう勇者さん」
「い、いいのか娘さんっ?!」
奇妙だけど犯罪者には見えないこの人が、迷っているのは確かだし。……このまま放っておくのも、なんとなく後味が悪い。
「ええ。……とりあえず母には、ちょっと遅くなると電話しますね」
「でんわ?」
「スマホです。これで遠くの人と話をするんですよ」
なりきりなのか本気なのか、そろそろ判らなくなってきた私がそう言ってスマホを出すと、自称勇者さんはまじまじとそれを見つめ、そして感心したような笑顔で私に言った。
「おぉ……娘さんも魔法が使えるのかっ」
「この世界の人達は、皆使えますよ」
「すごいっ。この世界は進んでいるんだなっ」
かもしれません、と、私は曖昧に笑うしかなかった。
というわけで。
「きっ切符がっ!! 柱に憑依した魔物に喰われっ!!」
「はいはい大丈夫、自動改札機です。ほら、あっちで吐き出してますから」
「――かっ、怪物にっ、喰われるっ、のかっ?!!」
「はいはい大丈夫、これが電車です、人間の言う事を良くきく、良い子達ですから」
お約束のように、駅の器物で大騒ぎする自称勇者さんをなだめすかし、私達は電車に乗った。
「空いてますよ、座ります?」
「い、いや……また何か、憑依しているかもしれんっ」
「大丈夫ですけどねぇ。まぁ、立ってましょう。ほら、外が良く見えますよ」
「――おおっ?!! はは早いなっ!! この怪物は、馬よりも速く走るのかっ!!」
「この怪物の上位には、もっともっと速い、新幹線というものもありますよ」
「シンカンセン……それはきっと相当な強者だなっ、戦ってみたいものだっ」
「あははは……」
そんな自称勇者さんだが、周囲の人達も駅員さんも、特に気にしてないようだ。
私がいるのもあるのだろうが、やっぱり外人さんなら仕方が無いと、思われているのか。
「――ねぇねぇ、見て見てあの外人さん」
「ちょっと格好良くない?」
「うんうん、観光客かなぁ?」
「なんか可愛い~」
……ああ、ただしイケメンに限るってのもあるのか。姿形が良いってのは、やっぱり色々とお得のようだ。
「ところで娘さん、背徳の舘にはすぐに着くだろうか?」
「あ、勇者さん。その目的地はあまり、公衆の面前で口にしない方が良い系だと思います」
「そ、そうか? ではその……あそこには、すぐ着くだろうか?」
「えーと……ここから中央線まで四駅で、乗り換え……うまく快速に乗れても一時間弱……そうですね、少々かかると思いますが、困りますか?」
「いや、困りはしないが……」
自称勇者さんは、キリッと表情を引き締め、生真面目に言う。
「俺は深緑の勇者として、一刻も早く、この世界からも魔王の脅威を取り除かねばならん」
……脅威……にはなってないと思うけどね?
少なくとも、自称魔王が世界征服宣言とか、新聞の三面記事を飾ったことはなかったはず。
「えーと……ああそうだ。勇者さん、その深緑の勇者って呼び方、どうしてですか?」
などと訂正して言い争いになっても困るので、私は話の矛先を変えて質問してみた。
「え? これはただ、深緑の村出身というだけの事だが」
「ああ、地名なんですね?」
大阪の勇者とか、佐賀の勇者とか名乗るようなものか。
……北海道の勇者だったら、なんか強そうだな。ヒグマとか倒してそう。
「地名というか……俺の村には正式な名前は無かったし、周辺の村もまとめて深緑の村と呼ばれていたんだ」
なるほど、市町村合併された地方の勇者さんか。
「でも、そうやって出身で呼ばれるって事は、勇者って他にもいるんですか?」
「一時代には一人だけだが、魔王が発生した時代毎に、魔王を滅する者として勇者は存在した」
つまり魔王を倒すため、勇者が生まれるシステムなのか。
「……俺も、魔王が発生したと村に告知に来た神官に見出され、勇者になった。……そして一度は追い詰めたんだが、後一歩という所で世界を越えて逃げられてしまった」
「だから、ここまで追いかけてきたと?」
「ああ、神官の長が逃げた魔王の居場所を突き止め、神域の秘術でここまで俺を送った。……役目を果たさなければ、俺は元の場所に帰れない」
「……」
……なるほど、フィクションなら、わりとよくある話だ。
「だったら、すぐ傍に送ってもらえばよかったですね」
「ははは、困難な秘術で、そこまでの精度は期待できない。海の向こうとかじゃなかっただけマシだ」
なりきり用の作り話としても、まぁ筋は通っている。
……正直に言えば、この人の言っている事を、私はやっぱり信用できていないんだけど。
「……でも、早く帰りたいですよね?」
「そうだな。……帰りたい。元の世界にも、故郷の村にも」
「……」
……でも、この人が道に迷っていて、とても困っている事は判る。
だからできる事なら、今向かっている目的地が本当に、この人の故郷に帰る場所になれば良いとは思う。
「あ、次乗り換えですよ」
「で、出るのか……あ、あの口、噛み付いたりしない、よな? 娘さん?」
「しませんよ。駆け込み乗車しなければ」
「か、噛み付くのかやっぱりっ?」
「冗談です。ほら、大丈夫ですから」
冗談のお詫びに手を引くと、自称勇者さんはどこかほっとした表情で頷き、私の後に続いた。
「あ……ありがとう、娘さん」
「……いえ、今のはからかった私が悪いですから」
……今日、道を尋ねてきたおばあちゃんを思い出す、嬉しそうな顔だ。
こういう顔が見られるから、私は道案内も悪くないと思っている。
そんなこんなで電車を二つ程乗り継ぎ、私と自称勇者さんはやがて、出発した駅とは比べ物にならないほど大きな駅に降り立った。
「む、娘さんっ……すごい人だが、その、今日は祭りでもあるのか?」
「いいえ、ここはいつもこんなものですよ」
大きいのは駅だけじゃない。駅を囲む建物も、人混みも、周囲に鳴り響く騒音も、全てが大きく騒がしい。
まぁ、それもそのはずだ。
「ここはこの周辺一の繁華街ですからね。勇者さん、繁華街知ってます?」
「そ、そりゃあ判るが、だが、俺の知ってる繁華街とは違うっ。娘さん、何故建物がビカビカと、色とりどりに光っているんだっ?! あれは何かの結界かっ?!」
「ああ、ネオンですか。……えーと、結界って多分人を遠ざけるものですよね? あれは真逆の効果があります。つまり人寄せです」
「あ、あんな毒々しくいかがわしい色合いに光る建物に、人が寄ってくるのかっ?!」
「いかがわしい事を求めてくる人も多いですからね。まぁ本当にいかがわしい店は、流石に駅前にはありませんが」
日が暮れかけた大きな繁華街は、これからが稼ぎ時とばかりに活気が満ちている。
その光景に圧倒されたらしい自称勇者さんは、思わずか私の上着の裾を掴み、ウロウロと視線を彷徨わせていた。
……どうやら本当に、この人は都会育ちじゃないみたいだ。
「毒々しい、そして禍々しい気配が充満している……っ」
「そうなんですか。――まぁとにかく、この繁華街に、貴方の目的地があります」
魔王の拠点としては意外なような、ぴったりのような。
よく判らないが、私の特技は、自称勇者さんが伝えた目的地である『背徳の舘』を、この繁華街の一角に存在すると指し示していた。
「そ――そうなのか!! ……ならばこの辺りは既に、魔王の領域として危険に――」
「いや、多分大丈夫でしょう」
どこをどう見渡しても、よくある繁華街だ。……魔王というか、ファンタジー的な要素はまるで無い。
「見た感じ、それほど危険とも思えませんよ勇者さん」
「だ、だが……それでもここは、繁華街、盛り場だろう?」
あ、そこ気にしてくれるのか。
「……道案内してもらえて助かったが、こんないかがわしい場所に、娘さんを連れて来てしまったのか俺は……っ」
「大丈夫ですよ。繁華街はサークルの飲み会とか、数合わせの合コンなんかで慣れましたから」
油断せず妙な場所に行かなきゃ、日本の繁華街はそこまで怖いものじゃない。
「こう見えて、案外治安は良いんですよ。ほら、交番もあるし警察官も巡回してます」
「こ、コーバン? ケーサツ?」
「町の治安を守る公務員さんですよ」
「……衛兵か? 巡回なら騎士団もやっていたが……」
妙な会話に気付いたのか、巡回中のお巡りさんがこっちを見たが、武装を解いている自称勇者さんは、ちょっと変わった恰好をしただけの外人にしか見えないためか、特に職務質問される事は無かった。
「……本当に、危険な事はないんだな? 娘さん」
念を押すように問う勇者さんに、頷き私は返す。
「そりゃ、普通の住宅街と比べればトラブルは多いでしょうけど。でも突然怪物が襲ってきたり、町中で戦争が始まったりする事は――」
無い、と続けようとした、丁度その時だった。
「っ――危ない娘さん!!」
「え――ぇえ?!!」
ギュゴォオオオオオ!!
――と、何かを砕く凄まじい轟音とブレーキ音が周囲をつんざき、とても大きな何かが、私達のすぐ横をものすごいスピードで通り過ぎ、そして正面のビルに激突した。
「事故か?!!」
「な――なんでダンプカーがこんな所に突っ込んで?!!」
「けけ!! 警察、いや消防署!! 救急車か?!! とにかく呼べ!! ガソリンに引火したら大変だぞ!!」
周囲は騒然とし、お巡りさんも駆けつけて来る。
私は、とっさに私を抱えて回避したらしい自称勇者さんに地面に下ろされ……腰が抜けている事に気付いた。
も、もしかして今私、九死に一生?!!
「か、怪物の襲撃が!!」
「い、いやいや勇者さん!! 大丈夫です!! あれはこの世界でもよくある……よくあるかなぁ?!! でもとにかく、ただの交通事故ですから!!」
「人間に対する攻撃ではないのか?!」
「違いますから落ち着いて下さいっ!!」
よく見ると、いつの間にか剣を手にしていた自称勇者さんを慌てて押しとどめ、それをしまわせる。銃刀法違反、ダメ、絶対。
「だが娘さん、敵の襲撃があったら……」
「だ、大丈夫ですってっ! あれはただの偶然で、偶然はそう何度も――」
続かない、と続けようとした丁度その時だ。
「組長ぉおおおおおおおお!! タマとったらぁあああああああああああ!!」
「おんどりゃぁあああああ!! どこの鉄砲玉だぁワレぇええええええ!!」
「組長をお守りしろぉおおおおおお!!」
「ポン刀一本で俺達相手たぁなめやがってぇえええええええええええ!!」
「危ない娘さんっ!!」
「続いたぁああああ?!!」
突如私達のすぐ傍を歩いていた中高年男性の集団が――戦争を始めた。
「きっ、危険は無いって――」
「はいはい勇者さん!! 危険でしたよっ!! 私も知りませんでしたが、この町の繁華街はこんなにも危険でしたよっ!! というわけで逃げましょうっ!! 武装せず逃げましょうっ!!」
「だが――くっ?!」
「くたばれやぁああああああああ!!」
血走った目の、派手なスーツのオジサンが、何故かこっちに襲いかかってきた。
「何を――するっ!!」
「ぐぎゃお?!!」
と同時に、自称勇者さんの手刀がオジサンが握り締めていたドスを叩き落とし、足払いがオジサンを転ばせた。
――す、素手でも強い。さすが自称勇者――いや、今のは自称を取りたい勇姿だった!
「これでも、鎧甲冑と剣を出してはダメなのか娘さん?!」
「だ、ダメですっ!! この集団とは別の意味で逮捕されてしまいますっ!!」
「判ったっ!! じゃあ逃げるぞっ!!」
何故か襲ってくる、派手スーツのオジサン達達を片手片足であしらった勇者さんは、私をもう一度片手で抱えると、戦争勃発地点とは逆方向へと走り出した。
「わ、私も走れ……なんでもないです勇者さん」
「しっかり捕まっていてくれ娘さんっ!!」
勇者さんは、ものすごい健脚だった。
そして大学デビューなどと調子に乗って、小振りなミュールなんかを履いていた私は、荷物のように抱えられたまま、その恩恵に与るしかなかったのだった。