箱と少年
( ゜Д゜)<香坂です。
( ゜Д゜)<ホラーです。Alter Egoとは毛色が違います。
( ゜Д゜)<そんなに怖くない気がしますが、少しは涼しくなるかもしれません。
( ゜Д゜)<ヘタレなりに頑張りましたので、読んでくださると嬉しいです。
風によってしか揺れないブランコと、誰も王者を名乗ることの無いジャングルジムと、使命を果たすことなくぽつんと佇む二つのベンチ。どこか世界から隔絶されたような雰囲気を醸す公園。そんな異世界の公園の、汚らしくて現実的なトイレの片隅に、その箱はあった。
高校からの帰り、見知った帰り道で見知らぬ路地を見つけた。好奇心を刺激された――というほどの感情は湧いてこなかったが、何故か気付けばその細い道に足を踏み入れていた。
両脇を高い塀に囲まれ、さらに背の高い木の葉が光を遮り、ただでさえ仄暗い時間帯も相まってその路地は本格的な暗さを誇っていた。絡みつくような濃い闇の中をただ歩く。
程なくして迎えた出口。闇を纏う通路を越えた先にあったのは、なんてことの無い普通の住宅地だった。
帰ろう。
そう思い立ち踵を返そうと、
風が吹いた。
大して強くない風なのに、やけに強く意識を奪った。そして中途半端に体を捻った体勢のまま、ふと気付く。
ここは、音が無い。
道路はあれど車は無く、家はあれど人は無く、住宅街であれど生活の気配が無い。なんてことのない風に感覚を持っていかれたのはそのため。風が通り過ぎた今、音を発するのは自分の呼吸だけ。耳を澄ませどそれは変わらない。
現実感が、波のように引いていった。
ここにきて初めて一つだけ感情が芽生えた。
――好奇心。
ふらりと歩き始めた。ここには自分を促す"なにか"があるのではないかと思い。
比較的新しいクリーム色の家を超え、古めかしい家の角を左に折れ、それを見つけた。
風によってしか揺れないブランコと、誰も王者を名乗ることの無いジャングルジムと、使命を果たすことなくぽつんと佇むベンチ。どこか世界から隔絶されたような雰囲気を醸す公園。
不思議な公園だった。狭いが嫌でも目に入ってくる広さであるのに、意識しなければそのまま通り過ぎてしまいそうな、蜃気楼のような。
しばらく眺めてみるが蜃気楼のような印象は拭えないし、やはり人も車も通る気配が無い。
キィ
音も無く吹いた風によってブランコが錆び付いた鳴き声をあげる。
その切なげな声に招かれるように、ふらりと公園に足を踏み入れた。
伸び放題の雑草。積み重なって朽ちる枯葉。活力の感じられない老いた木。長い間荒れたまま放置されている様子。しかし、ただ一つとしてゴミの類いは見当たらなかった。
人の気配が存在しない、人の為だけに作られた場所。
身勝手で傲慢な人間という種族を表しているかのようで、酷く滑稽に思えた。
……滑稽、か。
そんな場所で独り笑っている俺も、相当滑稽な部類に入るだろう。
沸々と、黒々とした感情が染み出してくる。
人が嫌いだ。嘘で塗り固めた毎日を送る人間が嫌いだ。偽りの笑顔と偽りの同意ばかりだから人間は嫌いだ。自分の感情を表に出さないくせに誰も自分のことに気付いてくれないなんて思う人間が嫌いだ。
――そんな俺が一番嫌いだ。俺なんか、無くなってしまえばいい。
退廃的な雰囲気に押されてそんなことを考える。他人が嫌いで自分が嫌い。人として生きるのにこれほど滑稽な存在があるだろうか。
無音の空間で、動くものの無い死んだ空間で、独り思う。口の端を歪めたまま。
ああ、もういっその事、ここで―――
カタ
小さな音。
普段なら絶対気付くことの無い微細な空気の震え。しかしその音は確かに耳に届き、そして大きく脳内を支配した。取るに足らない音だったはずなのに、強く耳の中で残響している。
ブランコ、ベンチ……違う。
公園の中で鳴った音だというのは確かなのに、公園内のどこにも音の発生源は見当たらない。朽ちる寸前の木の陰、膝に届くほど育った雑草の只中、と視線を巡らせて、
背後に強烈な威圧感。
背中に隙間無く針を押し当てられているような、そこで獰猛な肉食獣が唸りをあげているような、首筋を死神の鎌でなぞられているような、おぞましい感覚。
ここで振り向いたら間違いなく自分は死ぬ。そう確信できるほどの"なにか"を、背中で感じ取っていた。
振り向いたら死ぬ。振り向いたら死ぬ。振り向いたら死ぬ。
例えどんなに勇猛な人間でも、振り返ることは出来ないだろう。免れぬ死がそこに待っていると分かっているのだから。理性ではなく本能がそう警鐘を打ち鳴らしているのだから。
そう――
だから、
振り向いた。
トイレ。
恐ろしく現実感の乏しい世界に在る、恐ろしく現実的で汚らしいトイレ。
振り向いた瞬間に途方も無い威圧感は霞のように消え去り、再び押し寄せてきた現実感に恐怖心を拭い去られた。
溜め息を一つ。逞しい想像力を働かせた自分に呆れるように。
そして、ふとそれに気がついた。
何故――今に至るまでそこにトイレがあると気付かなかったのか。
物影にあるわけでは無い。公園を見回せばすぐに見つかる場所にある。少なくともベンチや地面に落ちている枯葉よりかは見つけやすいはず。だというのに気付かなかった。気付けなかった。
……。
得体の知れない不穏な空気が辺りに満ちている気がした。
カタ
聞き逃すはずが無かった。
その小さく微細な音は、間違いなく目の前の建物から発せられたのだから。
コンクリートで作られた無骨で四角い公衆トイレ。入り口もまた四角く切り取られ、それはどこか獲物を飲み込む口のように見える。体中の毛穴がざわつくのを感じた。
頭を振った。
あれは口じゃ無い。トイレの入り口だ。
そんなことを自分に言い聞かせ、一歩踏み出す。
途端、風が吹いた。頬を舐めるように通り過ぎるそれを出来るだけ意識しないようにしてさらに歩を進める。
雑草が、木が、ブランコが、一斉に声をあげた。それは「行くな」と言っているようにも「行け」と言っているようにも聞こえた。止まらずに歩き続ける。
入り口のすぐ前までやってきた。正面はすぐ壁に突き当たっている。恐らく個室の壁なのだろう。多分そこから左に折れると洗面所があって、その右に大小のトイレが並んでいる、という構造をしているのだろう。
今は中から何の音も聞こえてこない。外では未だに何を訴えるかのように公園全体が騒いでいた。忠告なのか、催促なのか、やはり分からなかった。
そして俺は、
異世界の公園の、汚らしくて現実的なトイレに、足を踏み入れた。
鏡があった。水道があった。近未来の椅子のような形の旧世代の小用便所が三つあった。それと向かい合うようにして個室も三つ並んでいる。
なんてことは無い、どこまでも普通のトイレ。何処にでもありそうな、真っ当な公衆トイレ。少し暗すぎるが、それ以外には特に不審な点は見当たらない。
明滅する光に視線を向けてみると、二つある灯りの一つが息絶えていて、酷くアンバランスな明暗を壁や床や天井に投げかけていた。膨大な月日の流れを感じされる黒々とした汚れが目に入る。光の届かない箇所になると汚れと闇とが同化して、あたかもそこは異空間にでも繋がっているように見えた。
ふいに、
――強烈な威圧感が甦った。
闇が揺らめいた。
異空間から人で無いものの腕がせり出してきた。
長大な爪、闇そのままの漆黒をはり付けた太い腕に、禍々しい紋様が淡く輝いていた。
肩が、黒色の翼が、そして、その恐ろしい相貌が―――
そこで我に返った。
カチッと音を立てて生き残っている方の電灯が瞬いた。
視線の先には異空間に繋がっていそうな闇がある。揺らめくこともなければ腕が出てくることもない。闇は、ただ闇としてそこにあった。
――幻覚……?
誇大した恐怖心が見せた幻。そう考えるのがもっとも簡単だった。だが脳の一部がそれでは納得しない。生々しく蠢く腕、獲物を求めるかのように踊る爪。爪が擦れ合って発生する、刃と刃を合わせたような鋭利で甲高い音。目を閉じれば、鮮明にその音と映像を思い出すことが――
カタ
目を閉じれるわけがなかった。
まん前から聞こえた。正面二メートルほどの距離から聞こえた。間違いなかった。
そしてそこは、異空間の闇が蔓延る場所だった。ここからでは暗くて闇があること以外何も分からない。
トイレの片隅一メートル四方を支配する闇。
その闇に、一歩……近づいた。
闇が逃げていくように支配領域を減少させた。闇の中に、うっすらと何かがあるのが分かった。まだ足りない。もう少し距離を詰めなければその全容を知ることは出来ない。
しゃがんだ。
そして、闇に埋もれるようにして、その箱は置かれていた。
身に纏うは闇なお黒い純なる漆黒。蓋の真ん中に何やら複雑な模様が朱色で描かれている。それ以外は真の黒。どんな黒よりも黒らしい、そんな黒。この世全ての闇を一つに集めたような、漆黒。その一切曇りの無い色は、いっそのこと美しくすらある。
自然と伸びる腕。
闇の中にある闇より黒いそれを掴む。
上質の木材のように滑らかな手触り。
蓋には鍵など無い。
開けるか。
開けるのか。
開けていいのか。
開けた。
吸い込まれるような黒――その中に、一枚の紙が入っていた。
二つ折りにされているそれを取り出し、開く。
白い紙には小学生が書いたような形の定まらない文字で、
ねがいをかなえる箱
馬鹿馬鹿しい……。
――と一蹴できるはずがなかった。普段ならば「くだらない」と吐き捨て箱を破壊して帰るという行動に出る。しかし今回は、それは出来ない。
人の気配のしない住宅地と公園。
人の気配どころか人以外のものの気配がしたトイレ。
そしてそのトイレにあった漆黒の"願いを叶える箱"。
もはや「不思議」というレベルを超えている。
異常な世界にある異常な場所で見つけた異常な箱。
それは本物か、それとも罠か。
判断する術は無い。己で確かめるしか、知る術は無い。
カタ――と、手元の箱が笑った気がした。
知らず、口の端が持ち上がっていた。俺も笑っている。何故?
願いを叶える箱がある。
願いを叶えたい俺がいる。
ならば何を躊躇う必要が――
強烈な威圧感。
――あるのだろうか。
いや、無い。
内ポケットに常備しているボールペンを取り出した。
手にある紙に願いを――
人で無いものの腕。
――書こうと、ボールペンのキャップを外す。
カチ、という音がトイレの壁に反響して返ってくる。
いつまでも消えないその音を――
長大な爪、闇そのままの漆黒をはり付けた太い腕、禍々しい紋様。
――気にしないようにしながら、ペンを走らせる。
さらりと書き上げ、ボールペンを内ポケットにしまい、
願いを書いた紙を箱の中へ――
肩が、黒色の翼が、恐ろしい相貌が。
――入れた。
カタと音を立て、蓋を閉じる。
コトと箱を置き、そこから出る。
箱に背を向け歩く。背中に人で無いものの視線を感じた。
引き込むようなそれを振りきり、トイレを、公園を、生気の無い町を、何も考えずに通り過ぎた。
願いは、叶うだろうか。
叶うわけ無いだろう、と一笑に付す自分と、
叶うだろうな、と確信する自分がいる。
――ああ、俺は、どちらを望んでいるのか。
結論から言うと、願いは叶った。
しかし本当に自分が願ったから叶ったのかどうかまでは分からない。
それどころか偶然の一言で片付けたほうが納得できるものだった。
俺の願いは「体育教師の怪我」。
この教師とこの教師が教鞭をとる授業を好きな奴なんているわけが無かった。だから「授業が無くなれば」程度の気持ちで願いを書いたのだが――
「えー、本日の体育は、担当の矢崎先生がお休みのため自習となります。プリントを持ってきたので、それを教室でやっていてください」
生徒からは歓声があがった。これから行われるはずだった苦行に重くしていた気が一気に解放された。伝言を終えた教師はやれやれと口を動かし、プリントの配布を近くにいた生徒に任せて戻っていった。
喜色満面の生徒達に紛れて俺も教室へ戻る。その途中、周りから発せられる雑音の中に気になる単語を聞いた。
「矢崎の奴、昨日怪我したんだってよ。んでよ、なんでもその怪我って――」
休む、というだけでは怪我をしたかどうかは分からない。突然病気を患ったのかもしれないし、急な用事が出来たのかもしれない。だから今回のことと願いを関連付けて考えるのはどうしたものか、と考えていたときだった。
「――誰かに襲われてできたものらしいぜ」
「襲われたァ? あの矢崎が? 柔道空手剣道合わせて十二段って豪語してるあいつがぁ?」
「マジなんだって。なんでも帰り道、家のまん前で待ち伏せされてたんだと。んで暗がりから出てきてバットでガツン、って話だ」
「へー、襲った奴はよっぽど恨みがあったんだろうなぁ。完全武装で不意打ちか。そりゃ矢崎でも迎撃不可能だなぁ」
「だろ? まあ、襲った奴の気持ちも分からんでも無いけどな。先週のマラソンなんて駅伝かっ!?ってくらいだったし」
「目が死んでるとかって理由で殴られた奴もいるしなー。自業自得ってやつかね」
「うむ、神の鉄槌だな。俺らの日ごろ溜まった怒りの念が天に届いたのだ」
ここで意識を自分の思考に戻した。
二人の会話は神の存在についての話に発展していた。それを遠くに聞きながら考える。
果たしてこれは偶然か必然か。
これが「誰かの手によるもの」だということがはっきりしている以上、これは人為的な事件である。そこには犯人が必ずいるし、その犯人には動機があるはずだ。俺とは無関係な動機が。となるとこれは偶然であると考えることができる。
しかし、と思う。
昨日の夕方に願いをして、その夜に襲われた矢崎。そこに関連性が無いと言い切ることが出来るだろうか。
圧倒されるほど人気が無い公園。
人外の気配を感じたトイレ。
そのトイレで見つけた"願いを叶える箱"。
願った願い。
叶った願い。
果たしてこれは偶然か必然か。
気付くといつの間にか教室まで戻っていた。
もそもそと制服に着替え、席に着き、時間割を確認する。残り二時間。単位は問題なし。
よし、と決意する。
――確かめよう。
プリントを適当な答えで埋め提出し、鞄を掴んで教室を出た。
そんな俺に声を掛ける奴はおろか、気付く奴すら一人として居なかった。
まだ夕方には少し早い中途半端な時間。見知った帰り道の見知らぬ路地の前に俺はいた。
あの公園がある町に繋がっている路地を真っ直ぐ見据える。
まだ明るい時間であるというのにそこは薄暗く、陰湿な空気に満ちていた。それはこの路地が"こちら側"と"あちら側"とを区切る境界だと言わんばかりに。
路地を覆う木々が葉を鳴らす。
ざわざわ、と。
やはり忠告か催促かは分からない。そして何故「忠告」と「催促」の二つの言葉を思い浮かべたのか理解して嘆息する。
――なにを恐れる必要があるのか。
路地に足を踏み入れる。
陽の光が入らないからか、そこは少しだけ寒かった。
路地を歩く。"こちら側"だった世界が"あちら側"になる。"あちら側"だった世界が"こちら側"になる。車の排気音が、買い物帰りの主婦たちの世間話が、――日常が――遠ざかっていく。
生活の匂いのしない町を行き、
蜃気楼のような公園にやって来て、
人外の住まうトイレに進入する。
やはり中は暗く、やはり二つある内の片側の電灯が死んでいて、やはり膨大な年月の経過を思わせる汚れと同化した闇があって、やはり願いを叶える箱が置いてあった。
今回は近づくことなく見つけることが出来た。闇の中にあって、その黒い箱は自己主張しているかのように存在を浮かび上がらせていた。
歩み寄る。黒い箱に歩み寄る。
箱を手に取る。蓋を開ける。外面と同じ漆黒の中に、願いを書いた白い紙が――無かった。
心臓が、鼓動を早めた。
誰かが持ち去った? そいつが矢崎に怪我を負わせたのか? 待て、どうやって「体育教師の怪我を願う」という願いから矢崎に辿り着いた? いやその前にこの公園に人がやってくることなんてあるのか? そもそも、紙を持ち去ったのは人間なのか?
箱の黒が、紙を飲み込んで、あの化け物が、矢崎を――
――確かめよう。
もう一度願おう。
この箱が本当に願いを叶える箱なのか。願いを叶えるのはどんな存在なのか。それを確認するために願おう。
ノートを取り出して一枚破る。常備しているボールペンを取り出して、その真っ白な紙に願いを記す。
数々の疑問に答えを出してくれる願い。その願いは、
矢崎の死。
灯りが消えた。
紙を箱に入れて蓋を閉じた瞬間、生きていた電灯が死んだ。
まだ夕方だというのに、窓の無いトイレの暗さは深夜のそれと同質。
粘りつくような、毛穴から進入してくるような、粘着性の質量をもった闇。瞳は開いているのに視界が無いという矛盾。黒に塗りつぶされた世界。この世界では影こそが主体を得るのではないだろうか。
手には上質な木材のような手触りの箱。
中には、漆黒の奥底には、真っ白な紙に綴った真っ黒な願い。
その願いを飲み込んだから、灯りは死んだのだ。
闇から化け物を産むために、灯りは死んだのだ。
暗い、というより黒い闇の中で、何かの笑い声を聞いた気がした。
背筋を舐めまわすような悪寒が駆け上る。ここに居ては駄目だ。本能が訴える。
遠い遠い闇の奥底から響く声から逃げるようにして飛び出した。手探りとなけなしの方向感覚を駆使してなんとか脱出することができた。箱は叩きつけるようにして放り投げてきた。……なんの音もしなかったのは気のせいだろう。きっと気のせいだ。
斜陽が幻想的な紅い灯りを投げかける。夕暮れに染まった公園は現実を幽玄のものとし、まるで自分が立っているこの場所が自分の居た世界では無いと知覚させようとしているかのように俺を包み込む。
果たして、
世界が変わったのか、
俺が変わってしまったのか。
深く息を吸う。
吐く。
息を吸う
吐く。
深く深く深く、
「……悠くん?」
呼吸が停止した。
声がした。俺の名前を呼んだ。それはすぐ近くからした。
探すまでもなくその人はそこに居た。公園の入り口で買い物袋を提げてこちらを窺っているのは、間違いなく、間違えようもなく、
「――母さん」
人がこの場所に居ることに驚いて、さらにそれが自分の母親だということが信じられなくて、しかしそれを気取られたくなくて、ただそれだけが言葉に出た。
「えっと、あ、この近くにスーパーがあって、そこに買い物に行ってたんだけど、行く途中で悠くんを見かけて、買い物を済ませてからまだこの辺にいるかなーと思って探してたの」
ぎこちなくて必死に喋る母さん。母さんは俺と話すときいつもこんな感じだ。……それもそうだろう。まともな会話をしたのなんて、何ヶ月ぶりか分からないほど久しぶりのことなのだから。母さんが緊張するのも分かる。
……分かるが、
「……そう」
それしか言うことが無く、それきり会話が止まる。
母さんは所在無さげに、まるで小動物かなにかのようにオロオロとしている。この頼りない挙動をしているのが母さんなのだということと、そんな挙動をさせているのが実の息子だということに溜め息がでる。
――いつから、こうなってしまったのか。
三年前、両親が離婚したときからだったと思う。
毎晩毎晩飽きもせずに荒れる二人に叩きつけた叫びは、夫婦間と親子間に決定的な亀裂を生むのに十分だった。
父は役目を放棄し、母は良い母を演じ、俺は屈折していった。
表向きは良い家族かもしれない。父親が居なくとも健気に一人で頑張る母親に、成績優秀な子供。でも、その内実はこれだ。子供に極度に気を使う母親に、そうさせてしまったのは自分だというのにそれを受け入れることが出来ずに歪んでしまった息子。
向かい合うだけで疲れる親子関係。それは家族と言えるのだろうか。
「…………」
一向に帰る気配がなく、何かを言いたそうに、しかし何も言えずに視線を右往左往させるだけの母親。
――もう、見ていられない。
早く帰ったら? その言葉を吐き出そうと息を吸い込んだ。それを音にする一瞬前に、母親が覚悟を決め言葉を発した。
「あ、あのね、昨日町内会があったでしょ? でも昨日だけじゃ話し合いが終わらなかったから……あの、今日も夜、出かけるから。ご飯は作っておくから、お腹が空いたら温めて食べてね。……じゃ、夕飯の支度しに帰るね」
……ごめんね。
そう最後に言い残して、母さんは踵を返して歩いていった。
たったあれだけのことを言うためにあそこまで躊躇い、覚悟を決める時間が必要だったのか。高校生の息子を夜に一人で家に残すことが、謝罪を必要とするほど悪いことだろうか。
「…………」
急激に冷めた頭に、木の葉が擦れ合うさざ波のような音が聞こえた。
嘆息を一つ。様々な感情が入り乱れる頭を振って、顔を上げた。
人が居た。
自転車に乗って道路を渡る中年男性。買い物袋を提げたおばさん。学校帰りらしき小学生が二人。
日常が、そこにあった。
この町に来て初めて、日常の光景が展開している。
中年男性とおばさんがすれ違う。どちらともなく「こんにちは」と言う。
小学生の蹴った小石が排水溝に落ち、蹴った方がガッツポーズをして「ゴール!」と叫ぶ。
現実の世界だ。ここは"あちら側"なんかでは無く、異世界でも無い。
そうだ、ここは現実の世界。人の気配の無い町や公園があるわけ無く、人で無いものが住むトイレが存在するはず無い。
――願いを叶える箱が実在するなんてもっての他。
……ここは、現実の世界。そんな非現実なものは無い。あるわけが無いんだ。
俺は、今まで何を……と思う。
ねがいをかなえる箱に願いを書いた紙を入れたら願いの通りのことが起こった? そんなの偶然に決まっている。
人が存在しない町に、人工の気配の無い公園? たまたまそういう時間帯にやってきただけだろう。
トイレの中の闇に化け物の存在? 目の錯覚か白昼夢か幻影でも見たんだろう。
ねがいをかなえる箱? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。子供の悪戯に決まってる。
今、俺の目の前に展開している日常が現実だ。今までのことは全て虚像。
本当に願いが叶うか確かめる? 何を考えていたんだ俺は。確かめるべくも無く願いなんか叶わない。そんなものはこの世界に存在しない。
――馬鹿らしい……。
くるりと体を反転させ、トイレと向き合う。躊躇うことなく足を踏み入れる。死んでいたはずの灯りが復活していた。隅のほうにあった闇はただの汚れだった。その汚れに隠れるようにして、目的の黒い箱はあった。
この"ねがいをかなえる箱"にどれだけ振り回されたか。この箱に願いを書いた紙を入れたと思うと恥ずかしくなってくる。誰かに読まれでもしたと思うともう耐えられない。迅速に馬鹿なことをした痕跡を消さなければ。
箱を掴む。破壊――する前に馬鹿な願いを書いた紙を回収すべく蓋を開ける。滑らかな漆黒の中央に二つに折り畳んだ白い紙が、
黒
黒一色。
闇なお暗い純なる黒しかそこには無い。
ノートの切れ端の白なんて、どこにも無い。
ここは現実で、願いを叶える箱なんて無くて、でも願いを書いた紙は消えて、トイレに入った人なんて絶対居なくて、外から小学生の笑い声が聞こえて、中から何者かの笑い声が聞こえた気がして、俺の願いは矢崎の死で、願いは願いを叶える箱に入れて、その願いが消えて、笑い声が、灯りが点滅、汚れが闇に、ここは、ここは、
――現実じゃ、無い。
…………。
気付いたら、自宅の玄関の前に立っていた。辺りはもう暗い。
帰ってきた、という実感の無いままに扉を開ける。暗い。そういえば母さんは町内会の集まりに出かけたんだった。
自分の部屋に行く途中、ちらりと食卓を覗いてみるとラップされた夕食が置いてあった。食べる気になんて到底なれず、そのまま素通りした。
部屋に戻った。暗い。電気を点ける気にもなれず、そのままベッドに倒れこんだ。何も考えられない。何がなんだか分からない。もう、どうでもいい。もう、どうにでもなれ。
迫り来る闇を抗わずに受け入れ、吸い込まれるように眠りに就いた。
夢か現実のどっちかで母さんの声を聞いたような気がした。
母さんは眠る俺にしきりに謝っていた。
次の日、矢崎が死んだ。
朝、機械のように学校に行った俺を待っていたのは、突然の報せに騒然とするクラスメイトの騒がしい喧騒だった。
耳を澄ませる必要なくその内容が飛び込んでくる。
矢崎が頭殴られて死んだんだってよ。
死んだ、ってお前本当かよソレ?
マジマジ。さっき教頭と誰だったかが話してた。
マジかよ……つーか発見が早いな。昨日の今日だろ?
ああ、なんか夜にコンビニかなんかに行く途中にやられたんだと。家の前の道路で倒れてるのを誰かが見つけて、その時にはもう息が無かったとか。
また待ち伏せ? それとも通りすがりの辻斬り?
さぁー、どうなんだろうな。死体を放置してるんだし、突発的な犯行、ってやつじゃない?
でもやった奴は武器を持ってたんだろ? そうすっと完全に無計画ってわけでも無さそうだなぁ。
うまいこと闇討ち喰らわしたのはいいけど、なんかヤバイ感じにはいって倒れて動かなくなって怖くなって逃げた、ってとこかなー。
それ、あり得るな。だとすると犯人はすぐ捕まりそうだな。証拠が何か残ってたら即アウトだもんな。
どうするよウチの生徒だったら。しかも俺らの知り合いとかだったら嫌だよなぁ。あーでも、隣のクラスの谷宮さんが犯人だったら、俺が優しく匿ってやるのに〜。そして夜な夜な自分の犯した罪に恐怖し震えているところを俺ががっちり抱擁! そしてそのまま罪深いディープな情事が展開するのよ!
いや、そう言われても、俺にはなんとも。
ホームルーム開始の鐘が鳴った。
担任が入ってきた。
もう知っている奴もいると思うが――と前置きし、一度深く息を吸ってから、重々しく矢崎の死を発表した。
教室の空気が張り詰める。担任は事件の概要と犯人が捕まっていないことと今日は昼で授業が終わることと一人で帰るのは危険だということと夜遊びは控えることと来週の試験は通常通り行うことを手早く告げ、教室を後にした。
静まる教室の中、誰かが呟いた。
本当に死んだんだ、矢崎……。
死んだ。矢崎が。
俺の所為で、死んだ。
俺が願ったから、死んだ。
俺が、殺した。
俺が、矢崎を、殺したんだ……。
その日の授業内容なんて何一つ覚えていない。ただ抜け殻のように時間を消費し、真っ白な思考を真っ白なまま維持し、そのまま学校が終わるまでずっとそうしていた。
何も考えたくなかった。何も考えられなかった。脳が、俺が矢崎を殺したのだという事実以外、何も受け付けなかった。
教室に自分一人しか存在していない錯覚。その自分を遠くから見つめる自分。自分の手の中には黒い箱。願いを書く自分。教卓に矢崎が居た。願いを箱に入れた。矢崎の頭が吹っ飛んだ。俺の両手が真っ赤に染まった。俺は人殺しだった。
叫ぶ一歩手前でチャイムが鳴り、その音で現実が戻ってきて、なんとか正気を保てた。吐き気がするが大丈夫。俺は大丈夫。今日の授業は終わった。さぁ帰ろう。家に帰ろう。
昇降口を出て空を見上げた。そこにあるはずの輝かしい太陽は影を潜め、鈍重とした色と動きの雲が蔓延っているだけだった。俺の頭の中のようだった。
家が見える直線までやってきたときのことだった。
とろとろと歩く俺の横を警告灯を点けたパトカーが通り過ぎていった。サイレンはなっていなかった。
中には警察官が二人と、いかにも刑事っぽい感じの人が二人。後部座席の真ん中が空いていた。なんとなく、"今から捕まえに行くんだな"と感じた。
その予想は当たっていた。
パトカーは見慣れた家の前に止まり、運転手以外全員降りて、何かを短く話し合ったあと、聞き慣れたチャイムを鳴らした。
自分の家だった。
走った。
どうするかも考えずにとにかく走った。
母さんが出てきた。疲れた顔をしていた。観念した顔をしていた。
刑事が何かを読み上げた。「矢崎」という名前が聞こえた気がした。母さんの両手に手錠が掛けられた。刑事に誘導され、母さんがパトカーに、
「母さん!」
全員がこっちを見た。母さんは見てなかった。諦めたような表情をはり付けた顔でうな垂れていた。
「……あんたが――」
願いを叶えていたのか? そう聞こうとして、喉が潰されたかのように声が途絶えた。
母さんは、
答えない。
答えない代わりに、ゆらりと頭をこちらに向け、土気色をした相貌を――
疲れた笑顔に変えた。
世界が闇に包まれた気がした。
何だよそれ。そんなんじゃ分からないだろ。ちゃんと答えてくれよ。頼むよ! 教えてくれ! じゃないと、俺は……俺はっ!
声を発することが出来ず、掠れた息ばかり体外に出て行く。刑事は何を勘違いしたか、肩に手を置いて、「辛いだろうが、頑張れ」と言った。黙れ。そんな言葉を聞きたいんじゃない。俺は真実が知りたいだけだ。
「……母さん、説明しろよ!」
今まさにパトカーに乗り込む瞬間だった母さんはぴたりと動きを止め、その横顔は何か言いたげに歪み、しかし何も言わずに動きを再開した。最後の一人が乗り込み、刑事二人に挟まれる形で母さんは座り、力強くドアが閉められ、パトカー内と外界は遮断された。もう答えてくれる者は居ない。全てを知るであろう人は、排気音とともに遠くに行ってしまうんだ。しまう――はずだった。
ドアが開いた。出てきたのは、母さんでは無かった。熟年の刑事だった。
刑事は車の中にいる母さんに、「私から説明します」と告げていた。
……あんたが何を知っているっていうんだよ。俺が知りたいことをあんたは知らない。断言できる。だから母さんを出してくれよ。母さんに聞かせてくれよ。母さんに説明を、
「柏木 悠くん。君のお母さんは……殺人罪で逮捕されたんだ」
知ってる。早く母さんを。
「犯行時刻は昨日の午後十時。この時間、お母さんは家に居なかったよね?」
居なかった。そんなの分かってるから母さんを。
「家を出たお母さんは、近くのコンビニでカッターナイフを買った」
うるさい黙れ早く母さんを――――カッターナイフ?
「そしてそのまま被害者の家まで行って、被害者を呼び出し、喉を刺して殺害した」
待て。待て。待て。頭を殴られて死んだんじゃないのか矢崎は。
「カッターの刃に、被害者の血痕の他にもう一人別の血痕が残ってたんだ。それが君のお母さんのものだった。……分かったかい?」
分からない。何を言ってるんだあんたは。
俺が聞いた話と食い違ってる。嘘を言ってるんじゃないだろうな。
「それじゃ、これから大変だと思うけど、強く生きるんだよ。何かあったらすぐに警察に来なさい。容疑者の家族の保護は、私たちの仕事だからね」
そんなのはいい。俺が、俺が知りたいのは。
「あ、あのっ!」
パトカーに乗ろうとドアに手を掛けていた刑事が振り返る。
「母は……母は誰を殺したんですか? 被害者の、名前はッ?」
矢崎のはずだ。矢崎でないはずが無い。矢崎と言え。矢崎を殺したんだと言ってくれ。頼む。頼む!!
「…………」
刑事はしばし何かを考えるように難しい顔をし、やがて何かを決断したように表情を引き締め、言った。
「――倉本 明子」
刑事がまだ何か喋っていた。多分母さんとその女性との関係だろう。だがそんなものはまったく耳に入っていなかった。頭の中が真っ白――を通り越して何も無い状態になっている。
母さんが殺したのは矢崎じゃ、無い。
それだけが、その事実だけが脳に直接刻まれたかのように頭の中を巡っている。
パトカーが排気音を残して発進していった。
俺はその様子を何も無い頭のまま呆然と見送った。
随分と長い時間そのままで居たと思う。
空は相変わらずの曇り空だが、暗さが増してきている。時間的には恐らく夕方を越えたあたりなのだろう。
ずっと考えていた。
何が、どうなっているのかを。
いくら考えても答えは一向に出てこなかった。当たり前だ。
この問題は、人智の及ぶものではない。
頭の中に、黒い箱が浮かぶ。
何よりも黒く、上質な木材のように滑らかな手触りの、願いを叶える箱。
足が、動く。
目的地は公園。
俺は、今一度願いを叶えに、異世界に旅立った。
カラスが鳴いている。猫が塀の上であくびをした。遠くで犬が吠えた。人間は――居ない。多分、存在が無い。そんな気がした。
漠然と、この様子がこの町にとっては平常なのかもしれない、と思った。この間が異常だったのだ。公園の前に母さんが居て、その周りに住民の生活が垣間見えたあのときが。
比較的新しいと思われる家を超え、古めかしい一軒家を左に折れ、寂れた公園に足を踏み入れた。相変わらず人の手がはいった様子がまるで見られない。当たり前だ。ここには人間が居ないんだから。
――俺が掃除してやれれば良かったんだけど、どうやらそうもいかなくなった。
ここは一生このままだ。俺のような奴が現れない限り、永遠に。
風によってしか揺れないブランコと、誰も王者を名乗ることの無いジャングルジムと、使命を果たすことなくぽつんと佇む二つのベンチ。それらに一通り触れてから、俺は目的の場所へ向かった。
一歩歩く度に俺の中の日常が音をたてて崩れ去っていく。日常が無くなったら、何が残るのだろうか。――決まっている。非日常だ。
辿り着いた。異世界の公園にある汚らしくて現実的なトイレ。だがこの外見は擬態だ。この場所がどこよりも一番現実から掛け離れている。
笑いが込み上げてくる。
非日常を生きる俺が非現実的な場所に行く。その目的がまた面白い。願いを叶える箱に願いを叶えてもらいに行くのだ。その願いとは――
黒い箱を持ち上げる。灯りは二つとも点いている。眩しいくらいだ。紙を取り出す。ボールペンを取り出す。紙に願いを記す。今、俺が最も叶えて欲しい願いを。
知りたいことを知ることが出来る願い。尚且つ俺の望みも叶えられる願い。俺は、
俺の死を願う。
灯りが死ぬ。真の暗闇に満たされる。足音が聞こえる。人間が存在しないはずのこの場所に、足音がしている。それが、こっちに向かってきている。
俺は動かない。逃げても無駄だと分かっているし、元から逃げるつもりなど毛頭無い。
足音が近づいてくる。闇が踊っている。黒が狂喜している。
この足音の主が矢崎を殺したんだ。そいつがどんな存在なのか、それを確認する。そしたら俺は、死ねる。
思う。
……矢崎に怪我を負わせたのも、矢崎を殺したのも、"死に甲斐"を求めていたのでは無いだろうか、と。
だがただ死んだだけでは虚しい。死に値する何かを遣り遂げてから逝きたかった。……そう、どこかで思っていたのかもしれない。……やはり俺は、滑稽な人間だ。
カツン
近い。もう二メートル程の位置にいるだろう。
さぁ、その姿を俺に見せてくれ。俺を殺すのはどんな存在なのか、俺に死に甲斐と死を与えるお前はどんな存在なのか。それを知りたい。
化け物か、人間か。今となってはどちらでも良い。ただ、人外であったなら、そういう存在が他にも存在しているのならば、少しは面白かったかもしれない。
カツ、ン
なんにせよ、もう手遅れだが。
もう目の前にいる死刑執行人に俺は殺されるのだから。
……もういいだろう? 姿を見せてくれよ。
俺を殺すものの存在を確認させてくれよっ!!
「――――え」
一瞬だけ点灯した電気。眩しい白の中に、それは居た。
一瞬だったが、分かった。視覚できた。だが、理解ができない。
何が、どうなっているのか。何をどうすればこうなるのか。さっぱり分からない。
辛うじて理解できたのは、それが間違いなく俺を殺すのだということと、それが涙を流しているのだということのみ。
右手が振り上げられる音。恐らくその手には刃物が握られているのだろう。
それが振り下ろされれば俺は死ぬ。一撃で死なずとも必ず止めを刺される。
空気を断つ音が聞こえた。……ああ、いよいよ終わりか。俺は、殺されるのか。
最後に、微かに残った理性と感情を総動員して、一言だけ、言った。
「……なん、で……かあ、さ」
皮が裂かれる音。肉が断たれる音。骨が砕かれる音。俺が叫ぶ声。俺を殺した者が叫ぶ声。
熱い。熱い。熱い。痛い。熱い。痛い。
死ぬ。死ぬんだ。俺は死ぬんだ。殺されたんだ。血がでてる。たくさん出てる。
ぞぶり
一撃目は胸、二撃目は腹部。理性の残った頭で考えられたのはここまでだった。
痛みと混乱とが脳をぐちゃぐちゃにした。
ああ、もう、分からない。結局これは、なんだったのか。矢崎は誰に殺されたのか。あの黒い箱はなんだったのか。俺を殺しているのは本当に―――なのか。願いを叶える箱は願いを叶える箱だったのか。誰が願いを叶えていたのか。本当に俺の願いは叶っていたのか。分からない。分からない。痛い。白い。世界が、白く。ああ、俺、死ぬ。目が開けられない。なのに白い。真っ白だ。ああ、ああ……。
ああ……結局、何も分からなかった。
黒の箱。
"願いを叶える箱"と己を名乗るその箱。その自己申告は間違いではないが、性格には言葉がの欠落がある。
黒の箱は、"死に関する"願いを叶える箱。
それは"死を願ったとき"始めてその力を顕す。
少年が願いを書き、それを母親が叶える。それだけであったのなら何事も起こらなかった。箱はただの箱でしか無かったはずだった。
しかし少年は願った。
それは必然だったのかもしれない。
少年が箱を見つけたあのとき既に、全ては決まっていたのかもしれない。
死の箱に魅入られし者に訪れるは逃れることのできない死と死と死。
箱が死をもたらし、死が箱をもたらす。
今もどこかで、古びた木箱が死の願いを待ちわびている
( ゜Д゜)<お疲れ様でした、香坂です。
( ゜Д゜)<文字数制限なんて嫌いです。
( ゜Д゜)<封神演技の蓬莱島へいく直前、ヴィーナスがブラックボックス云々で思いつきました。
( ゜Д゜)<前広告のわりに狂気が書けてません。
( ゜Д゜)<ですが謝りません、誤ったら負けだと思っている(最低。
( ゜Д゜)<グダグダになりましたがこの辺で。
( ゜Д゜)<感想、評価をくれると調子に乗って執筆速度が上がります。
( ゜Д゜)<ぜひお試しになってください。