帰省中の出来事
お題提供:乾 碧様より『200』、猫人@白黒猫様より『年末年始』。
「ただいまー」
「ああ。お帰り。もう皆そろってるよ」
今年も歳の瀬になった。俺はこの日のためにとっておいた有給を使い、母方の実家へ帰省中である。毎年、二日と三日の駅伝に沿道で声援を送るのが俺の年初めの恒例だ。
「よお、元気にしてたか? おめぇ、今年こそはベロンベロンにしてやるよ」
「今年じゃなくて来年だろう。もうボケたのか、おっちゃん?」
「俺はまだ四十六だ。まだボケるには早えだろうが、この揚げ足取りがァ」
そんなつもりではない。ないったらない。あるはずがない。ないものはないのだ。
「で、お前ぇよぅ。いい加減コレはどうなんだ? もう二十代も終わりだろう?」
「あと二年ある。それに、三十代のほうがいい感じに役職も板についてくるんじゃないの?」
コレ、といいながら小指を立てた叔父に、余計なお世話だと言わんばかりに言い返す。去年も同じことを言った気がする。一昨年もその前の年も……というか、俺が高校生の頃からこんな話題をしている気がする。
「お父さんったら、それくらいにしないとタカちゃんがかわいそうでしょう? はい、おっさんはさっさと飲んで潰れちゃいな」
助かった、と七つ年上の従姉に目線でお礼をして立ち上がると、母さんと婆ちゃんに到着を告げることにする。それと同時に五年前の晩秋に亡くなった爺ちゃんの仏壇に線香を手向ける。南無。
「ねぇタカちゃん? さっきの話の続きだけどさぁ、本当に良い人いないの?」
「ヒロ姉も聞くの? 親が親なら子も子だよ、まったく」
「で、どうなの?」
さっきは助けてくれてありがとう、とか思ったのになんだよ。しかもこの人、自分の父親を酔い潰してから一対一で聞いてこようとするとか、悪女だなぁおい。
「タカちゃん。顔に出てるよ? さっきは助けてくれたのにー、とか思ってるんでしょう? 甘いね。何年私の従弟やってるのさ、いい加減覚えな」
くっ、なんなんだ一体。コンニャロー。
「ん、なんか言った? 私は野郎じゃなくて女よ?」
こ、この女郎ーー!
さて、今年の俺は二百という数字がついてまわっている。
なに、現実逃避をするなって? いやいや、これはもう説明が始まってるんだよ。
「おい、市元。これをそこらの連中と協力して二時間半後の会議に間に合うように、二時間二十分くらいで留めといてくれ」
上司にそういわれて渡された書類はきっちり二百部。
「市元先輩。このページは一体なんなんスか? 部長に聞いても要領得なくて」
後輩に渡された書類の当該ページは二百ページ目。
「あの、これ良かったら――」
「ごめん。私、塚原くんみたいな人がタイプなの」
これは二百回目の食事のとき。どうせなら、もっとはやくフッて欲しかった。
まだまだ色々あるが、挙げていくとキリがないのでやめることにする。
「……なんともまあ、壮絶な一年だったわね」
「そのセリフを聞いたのも、これで二百回目だよ」
ヒロ姉こそ何年俺の従姉やってる。俺の収集癖を覚えておいて欲しいものだね。毎日言われたことを全部書き留めるという、俺の異常なまでの収集癖を。
「そうだったね。お姉ちゃんの負けだよ。……って、これも毎年言ってる気がするなぁ。もう」
「そうだね。年末年始に最低一回ずつは言ってるね」
「でもまあ、お正月休みくらいしか会えないもんね。っと、いい加減にお台所手伝わなきゃ。また後でね」
「やあタカくん。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「よっ、タカ。久しぶり」
「あ、お久しぶりです。今年も大変でしたよ」
「ん、ヒロんところのおやっさんはもう潰れてんじゃねえか。なにしたんだ?」
次にやってきたのはミツ兄さんと小父さん。小母さんは自動車の免許を取ったばかりで運転するのが楽しいらしく、一回りしてから来るらしい。相変わらずアクティブな人だ。
小父さんと父さんが一杯やり始めて、俺とミツ兄さんは部屋を移動した。
「……まあ、大変だったんだな。お前も」
同じことをもう一回喋るのって、結構疲れるもんだ。今まで知らなかった。
「あ、ミッちゃん兄も来てたんだ。お疲れー。何の話してたの?」
「タカの今年の苦労話。ヒロも聞いたか?」
ホントに、なんでこの一族は同じ話題しか持ち合わせがないのだろうか。とても気になるところだ。
「ま、お前はいくつになっても俺たちの弟分だ。いくつになっても弄られてくれよ」
「じゃあ、ミツ兄さんは俺らの兄貴分なんだから、なにかあったら頼らせてよね」
「そういうのを揚げ足っていうんだよ。なあ、ヒロ」
「私はいつでも頼ってくれていいのよ、タカちゃん」
「母さん、ミツ兄さんとこの小母さんもうすぐ来るって」
「今何時だと思ってるのよ。お母さんに土下座してから入ってきなさい、って言っといて。母さんは寝るから」
時刻は深夜二時。二人とも、相変わらずとってもっても非常識な人である。俺に、この真夜中に婆ちゃんを起こしてこいというのか。しかも、なんでミツ兄さんではなく俺に電話を寄越したんだあの人。まったくもって意味が分からない。
「た、タカくん? お義母さん起きてるかしら?」
「とっくに寝てます。ってか、なんでミツ兄さんではなく俺に電話したんスか?」
「ほら、タカくんならまだ若いし、大丈夫かなー、って」
あの厳格そうな小父さんが、この人のどこを気に入ったのか全然想像できない。
「婆ちゃんを起こすんならご自分で行って下さい。俺、こんな真夜中に説教受けたくないんで」
さあ、早く寝よう。
翌朝、案の定婆ちゃんに「ヒロは若いのに嫌な顔一つせずに家のこと手伝ってくれるってのに、アンタはそれでもウチの嫁かい!」なんて捕まっていた小母さんは気にしないことにする。俺に気付いて、助けてと視線で訴えているのに気付いていても気にしてはいけない。俺まで婆ちゃんの説教を受けるハメになってしまう。年の終わりにそんな憂いは遺したくなんてない。
「ヒロ、タカ。お前たちはいくつになったらひ孫を連れてくるつもりだい。二人とも、お見合いでもするかい?」
結局、俺は婆ちゃんの説教を受けることになった。ヒロ姉も一緒なので心強い。
説教の内容は、ミツ兄の子供だけでは飽き足らず、ヒロ姉や俺の子供まで見ないと、死んでも死に切れん、ということだ。「このままじゃあ、安心して成仏などできんわ!」と一喝されたときには、二人して縮み上がってしまった。
くそう。小母さんのせいで虫の居所が悪かったのが原因に違いない。
「ねえ、俺のことばっか詮索してないでヒロ姉はどうなのさ」
「私、ねぇ……。タカちゃんよりもイイ男が現れたら、かな」
「なんだよそれ。そんなんいくらでもいんだろうよ」
「分かってないなあ。親戚じゃなかったらタカちゃんと結婚しても誰にも文句言われないのになー、って巡り会わせを恨むくらいには、タカちゃんってイイ男だよ?」
そうなんだろうか。もしそれが本当なら、俺の人生はもっとモテモテでもいい気がする。
「そうかもね。上辺だけでは分かりにくいいいところがたくさんあるんだよタカちゃんは。そう考えると、いとこ同士じゃなきゃ、こんなこと知らなかったんだもんなー」
しみじみと呟くヒロ姉に、もっと分かりやすい良いところが欲しいよ、とぼやく俺。いつの間にかそこにいたミツ兄さんの苦笑が漏れる。
「おいタカよぉ。こんなに分かりやすい好意にまだ気が付いてねぇのかよ。ヒロも遠回しにしないでズバっと言っちまえばいいんだよ」
「もう、ミッちゃん兄ぃ! 余計なこと言わないで。タカちゃんにも男のプライドってもんがあるでしょう?」
「……何の話?」
「もうだめだよ。同情の余地はない」
なんだかよく分からないが、ヒロ姉とミツ兄さんが口論を始めてしまった。……しかもなぜか俺の話題で。
さっさと逃げて父さんたちに混ざってしまおうとすると、寸でのところでミツ兄さんに連れ戻される。
「ヒロが泣き始めても俺が入れというまで来るなよ」
小母さんと叔父さん、それに婆ちゃんまでがギャラリーのようだ。襖を隔てて隣の部屋で待機するように言われた。
「お前、タカのこと好きだろ? なんではっきり言ってやらねえんだよ。本当はタカに食って欲しくて、料理も練習してたんだろ? だったら、なんでタカに出してやらねぇ?」
「ミツには関係ないじゃない。もう高校生なんかじゃなくて、三十半ばなの。世間体ってもんを考えなさいよ」
ミツ兄さんが言ったことにも衝撃的だったが、ヒロ姉の言葉にも衝撃を受けた。否定しない、どころか「ミツ」と呼び捨てにしている。
「ほら、それもだ。俺の良く知ってるヒロはそれだ。なんでタカの前だけいい子にしてやがる。さすがのウチのお袋も不思議がってるぞ」
さすがのとは失礼な息子ね、と隣で聞こえたのは全力で無視させていただくことにする。
「そもそも何がキッカケなんだ? どうしてタカを好きになった?」
「初めて会ったのは私が高校生のときだったかしら。ただの一目ぼれよ。家に帰ってから気が付いたのだけどね」
「で、今はどう思ってるんだよ」
その問いの答えに、三人の息を呑む音が聞こえた気がした。
「タカ。入れ」
「……ヒロ姉」
しばらくミツ兄さんとヒロ姉との話を聞かされることになったが、一体何を言えばいいというのだ。ミツ兄さん、フォローしようって気はないの?
「ミツや。これをどう収集つけようってのかい?」
婆ちゃんの声で、もともと停滞しかけていた空気が完全に固まった。暖房の効いた部屋の中だというのに、寒空の下に放り出されたかのように体が震えだす。
「これじゃあタカがニブチンだと言っているようなモンじゃないか。ほかの男のプライドをへし折るのがアンタの趣味かい、ええ?
それと、この際だからタカもヒロに答えを出してあげな。あたしゃ、どんな答えを出そうと文句は言わないよ。ただし、どんな答えを出そうともいい正月を迎えたいから、そこだけは肝に銘じておくように」
言うだけ言って、婆ちゃんは部屋から去ってしまった。それに続くように小母さんと叔父さん、それにミツ兄さんまで出て行く。これは一体どういうことだ?
「……聞かれちゃったか。この際だから言っちゃうよ。私はタカちゃんのこと、ずっと好きだった。タカちゃんも今更こんなこと言われたって迷惑だよね」
迷惑だなんて、そんな……。
ヒロ姉の顔が綻んだ頃、除夜の鐘が鳴り始めた。
「あけましておめでとうございます」
「昨日は真夜中まで二人でヒソヒソと、なにを話していたのよ」
どうやら、母さんには何も伝わっていないらしい。叔父さんに目を向けても、婆ちゃんに目を向けてもそ知らぬ顔である。小母さんが楽しそうにしているのはいつものことなので、当てにならない。
「あけましておめでとう。タカ、ヒロ。何か言うことはないのかい?」
婆ちゃんのいたずらっぽい顔なんて始めて見た気がする。やっぱり気にしていたのだろう。
「父さん、母さん、それに叔父さん、叔母さん。ヒロね……ヒロミさんとの交際を認めてください!」
「よく言ったよタカ。それでこそ男だ。それでどうするんだい? 認めるかどうかは私じゃなくて親が決めるもんだ」
母さんたちは、こちらに背中を向けて二言三言なにかを言い合うと、すぐにまた、こちらに向き直った。
「私たちは君たちの交際を認めよう。おめでとう二人とも」
「さあ、年明け早々いい話題だね。これで、また来年を楽しみにして生きられるってもんだよ。はっはっはぁ」
めでたいめでたい祝いださあ飲め、と酒飲みたちに飲まされて、来る前から楽しみにしていた駅伝の応援に行けない代わりに、付き合い始めたばかりの七つ上の彼女に看病されて過ごす寝正月になってしまった。これはこれでいい正月だ。
活動報告欄、200件特別短編。
乾さんよりいただいた『200』を上手く物語りに絡めることができなかったことが反省点です。
2013年最終投稿です。それでは良いお年を。2013.12.31 14:58




