第一章・侵略組曲(8)
うっすらと夜が明けていく。窓からは初夏を感じさせる日差しが入ってくる。今日も一日気持ちのよい天気になりそうだ。しかし・・・、板倉の病室には彼の姿はなかった。
「投身自殺ですか・・・」
「はい・・今日未明のことです・・・」
「なぜそんなことに・・・」
「原因は詳しくは分かりませんがノイローゼではないかと・・・」
「残念なことです・・・。しかし起こってしまったことは仕方ありません。私たちはやれるだけのことは尽くしました。悲しい知らせになりますがご家族の方に連絡を入れてください」
「それが・・親族や身内の方はいらしゃらないみたいで・・・」
「まぁそれでは仕方ありません。こちらで対処いたしましょう」
「はい・・分かりました。では早速手配しておきます・・・」
「それから遠藤さん。急なことで大変かもしれないけれど気を落とさないでね」
「ありがとうございます・・。院長」
そして遠藤広子は院長室を後にした。院長室の部屋の中には一人こげ茶色の革製の椅子に腰をかけたまま、悲しげな顔を両手で覆い机の上に両肘をつき俯く院長がいた。しかしその表情は暗い悲痛の面影から妖しげな笑みへと姿を変えた。幼い顔をゆっくりとあげ低い声で笑い声を高々と響かせた。
高く聳え立つ病院の上空にはいままで晴れ上がった青空を覆い隠すように、鉛色の雲が静かに忍び寄り一雨ずつ激しく大地に降りつけていった。それは瞬く間に土砂降りの雨となり梅雨の始まりとなった。またそれは混迷する人類の、晴れ間の見えない暗雲漂う湿った梅雨の始まりだった。・・・第一章おわり
誰しもが一度は興味を持つ未知の世界、恐怖を感じながらその好奇心を駆り立てる。ただ空想のお話で止まらず自分自身に置き換えたらどうだろう。「次は我が身!」想像力を膨らませ、話の展開に没頭し、登場人物と一緒に物語のなかに同化していく。次回もこの部屋でお待ちしております。