第八章・悪夢の復活(5)
有沢は壁に背もたれ遠くを見つめていた。少しばかり物事を考える気力がなくなっている。そこへ誰かが近づいてくる足音が聞こえる。ドアを開けて敬礼をして入ってきたのは、有沢をここへ監禁した男。どうやらこの潜水艦の艦長らしき男だ。艦長は缶詰の食事のトレーを手に持っている。
「隊長、もうすぐアジトに到着します。その前に食事を持ってきました」
そう言って艦長は有沢に素っ気ない缶詰の食事を渡した。
「最後の晩餐か・・。司令官は俺が殺したのか・・」
有沢は壁に背もたれたまま、力の無い声で艦長に言った。
「分かりません・・。ただ、私の一存で容疑が掛かっているだけです」
艦長は起立したまま答えた。
「この艦を守るのが艦長の務めだからな・・。分かるよ・・。俺にも分からないんだ・・。思い出せない・・。この潜水艦にどうやって乗り込んだのか・・、なぜ司令官と二人だけであの部屋にいたのか・・。そして俺が殺したのか・・。知っている限りでいい。今までの事を順序だてて教えてくれないか・・」
有沢は力を奮い起こし声を出した。
「分かりました。私が見た事をお伝えします。我々は司令官救出と敵の基地の破壊を任務に島に乗り込みました。敵の基地が炎上するなか、有沢隊長は司令官を抱え息も絶え絶えで、この艦に飛び込んできました。すぐさま私は艦を全速力で発信させました。そのままお二人はあの部屋に行かれました。その間、他の乗組員は全員私と一緒に操縦室におりました。これが全てです」
艦長は有沢を見たまま話した。
「俺と死んだ司令官を最初に見つけたのは誰だ・・」
有沢も艦長を睨んでいる。
「私です。そしてあまりの異常さに数名の隊員に銃を持たせ部屋に呼びました」
艦長は規律正しく答えている。
「部屋に鍵は掛かっていたのか・・」
「いえ、特に掛ける必要もないので開けたままでした」
有沢はゆっくり艦長に近寄って行った。
「艦長・・。今から誰も信用するな・・。俺の事もだ。俺も艦長を信用しない・・。もし俺が司令官を殺していないとすれば敵のスパイが潜り込んでいるかもしれない。他の者を注意深く観察して怠るな!」
有沢は艦長に顔を近づけゆっくりと慎重に小声で言った。
「しかし隊員は私が厳選して選んだ者達ばかりです」
艦長も一緒になって小声で言い返した。
「敵はどんな手を使ってくるかは分からない。油断をするな!」
有沢の声が少し大きくなった。
「分かりました。私も隊長を信用しません。もう少しの間、狭いですが此処で我慢してください」
艦長は有沢から少し引いた。
「司令官は・・・、司令官の遺体はどうしてある・・」
有沢は下を向いて言った。
「あの部屋でそのままシーツに包まっております」
艦長は静かに答えた。
「食事・・。缶詰は此処では貴重品だろ。俺は要らないから持って帰ってくれないか」
「毒などは入れておりませんが・・」
「ただ、食欲が無いだけだよ・・」
艦長は持ってきた缶詰を持って敬礼をして出て行った。
有沢は艦長が出て行くのを見届け、足音が遠ざかるのを確認してから手に握ったこの部屋の鍵をポケットにしまった。
また壁に背もたれ遠くを見つめた。腑と口の中に違和感を感じる。何か奥歯が疼く。
「親知らず・・」
その時、有沢の脳裏に山崎の記憶が断片的に甦った。
「俺はもう駄目かもしれない・・。今から俺のGPSをお前に埋め込む・・。少し痛いが我慢してくれ・・」
山崎との会話が脳裏をかすめる。
「俺が司令官・・?」・・・つづく