第八章・悪夢の復活(4)
有沢は車両を連結する自動ドアの前に立っていた。周りはいつもと様子が違う。車内の照明は消え窓からは稲光が差し込み激しい雨が叩きつけている。有沢は大きく息を呑み一歩踏み出した。自動ドアがゆっくり開く。そこには幼顔をしたウェイトレス姿の女が立っていた。
「ここがターニングポイントよ」
容姿とは似合わず低い声でそう言って背を向け歩き出した。有沢は表情を変えず黙ったままその後に続いた。
ドアの向こうに入れば真っ暗なトンネルのような通路だった。何も無い暗い道が続く。しばらく歩くと前方に“非常口”と書かれた緑のランプが見えてきた。
「さぁ、どちらか選びなさい」
ウェイトレス姿の女が声を掛けた。よく見ると横にもう一つ同じランプがありその真下には車両を繋ぐ自動ドアが二つあった。
「何を選ぶのだ・・」
有沢はそのドアを眺め答えた。
「あなたのこれからの人生よ」
ウェイトレス姿の女は前を見たまま答えた。
「一つは生活も命の保証さえもされている、安定した世界。もう一つは自分の信念に沿った、自分の身は自分で守る保証の無い世界・・。さぁ、選ぶのはあなたよ」
ウェイトレス姿の女は視線だけを有沢に向けた。有沢は少し考え答えた。
「その選択肢は誘導的だな。どちらにするのか肝心な所が抜けている。前の一つは安定しているがロボットのような魂の抜け殻の人生。後の一つは保証は無いが人間として自由が有る人生。この省略した言葉の部分こそが俺が聞きたかった事なんだよ」
有沢も視線だけそのウェイトレス姿の女に向けた。
「変わった人ね・・。ならば行きなさい。もう一つの第三の人生に・・!」
ウェイトレス姿の女がそう言うと、有沢の足元が崩れ奈落の底へと転落していった。
「あなたがどんな人生を選ぼうと、私たちの手の内よ」
ウェイトレス姿の女は地面にポッカリ開いた穴を覗き込んで呟いた。
有沢は目を見開いた。体中、じっとりとした汗をかいている。
「手遅れになる前に何とかしなければ・・」
有沢が横たわる狭い牢屋に独特の病院の匂いが立ち込めていた。
同じ頃、小高い丘に建てられた今となっては廃墟になっている誰も居る筈の無い教会の一室で、怪しげな者達があらゆる分析装置を使い遮蔽硝子の中の一人の女を囲い尋問していた。
その女は小佐井蛍子。椅子に座らされ拘束され、頭には何に使うか分からない何本もの電極が繋がれていた。・・・これは前とは違い芝居ではない。
そこへ幼顔をした小柄な女が入って来た。
「これは!マスター!」
白衣を着た男達が立ち上がり敬礼した。
「どこまで分かりましたか」
女は表情を変えず低い声でその一人の男に聞いた。
「はっ、はい、今のところ裏政府の上層部関係者の名前、所在地、衛星を含む全てのセキュリティーシステムの情報は入手しました。・・ですが、新人類製造過程における重要部分は把握出来ておりません。もしかすると・・、それ以上の機密は知らないのかもしれません」
男は敬礼したまま答えた。
「知らない訳は無い筈です。特殊に訓練されたスパイです。それに元科学者です。分かりました。楽にしてよろしい。では、電極のレベルを上げましょう。それで全ての情報のデータは入手できる筈です」
女は無表情のまま椅子に座る小佐井蛍子を見た。小佐井は意識朦朧で虚ろな目をしている。
「しかし、今でも最高レベルです。これ以上の危険範囲になると情報を引き出す前に脳が破壊されます!」
その男は必死の顔になった。
「やってください・・」
女は体勢を変えず小佐井を見たまま冷たく言った。
「わ、分かりました・・」
男は感情の無いその言葉に恐怖を感じ退いた。女はマイクを手にして小佐井蛍子に語りかけた。
「昔、尋問っていうのはね、拷問して相手をいたぶっていたの。私はそんな趣味は無いわ。あなたの脳に直接聞くだけ。素直にすればあなたを破壊せずにできる。あなたを助ける者はこの世界、誰一人としていないの。それに“理想郷”が失敗しちゃったでしょ。同じ仲間だった連中は今頃てんてこ舞いで、あなたの世話を焼いている場合じゃないのよ。あなたの組織はもう終わりよ。それにあなたもね・・」
周りにいた者達は、女の言う無感情なその声に血の気が引いた。
「お前達は・・、誰だ・・・」
意識朦朧の中、小佐井蛍子が口を開けた。
「まだ、元気ねぇ!そんな事、教えられると思っている?・・・だけど、教えてあげる。だって、あなたは情報を私達に伝えて死ぬんだもの。私たちはねぇ、あなた達も知らなかった秘密結社よ。知っていれば秘密にならないものねっ!だけどそんな秘密の場所から表に顔を出したかったの・・。この世界をグローバルに国という境を無くし支配するのよ!国の名前を無くし一つにして“帝国”を築くのよ!」
女は変にテンションが上がり舞い上がっていた。
「何の為に・・・」
小佐井蛍子は虚ろな目を女に向けた。
「まだ、私の話を聞く元気があるのねぇ。頑張っているじゃない。人間ってなんで生まれると思う。子孫繁栄の為というのは世間体よね。実際は奴隷がたくさん欲しいのよ。国益の為、あなた達もそう思って危険思想を省いた新人類を造りだしたんでしょ。そうなれば完璧な合理的な社会が形成できる。だけど失敗しちゃった・・。私達もね新人類を造りたいんだけどあなた達と目的が違うの・・。だけど、それなりに造ったのよ。しかし駄目!第一段階から失敗しちゃって、女ばかりしか出来ないの。だから、失敗作はその辺に捨てちゃった。・・で!あなたにお願いがあるの!新人類製造において肝心な基礎データを私達に頂戴!優しく殺してあげるから・・」
その女の甘えた悶えるような声は周りにいる者に悪寒を感じさせた。
「分かったわ・・・。教えてあげる・・・」
小佐井蛍子は首をうな垂れ息を呑みながら言った。
「ありがとう!本当に嬉しいわ!」
女はニヤリと笑った。
「それで・・・、お前達も終わりよ・・・」
小佐井蛍子はそう言って微笑んだ。その途端、急に体温を計るグラフが激しく動いた。
「今よ!電極を限界レベルで作動させて!すぐに情報を引き出しなさい!そのデータは私の部屋に直接送信するように!私は部屋に戻っております」
男へ振り向き強く冷静にそう言うと、女は足早に出て行った。体温を計るグラフが計測できないくらいに上がってゆく。
女が自分の部屋に戻る頃、先の尋問室から大きな爆発音が聞こえ周りを揺るがした。
「爆弾人間・・」
女は呟き部屋のノブを開けた。
パソコンに向かい送られたデータを開く。
「新人類製造に関する最大要因は対抗免疫性・・。それを持つものは・・。日本国内では・・」
女は小佐井蛍子が最後に浮かべた微笑を真似してキーボードを叩く。モニターには有沢の顔写真が映し出された。
「あなたは今、何処に居るの・・」・・・つづく




