第一章・侵略組曲(6)
「なんのことだ・・・」
その言葉を言うのが精一杯だった。呼吸をするのが辛くなってきている。
「・・・・・・・・・」
ウェイトレスは笑いながら何かを言ったが聞き取ることができなかった。
しきりにくる激痛を抑え山崎のいる座席に視線を変え這いずって行った。しかし体から出た血が滑り思うように進めないが這い蹲りながら前へ進んでいった。這いずる有沢の後にはまるで大きなナメクジが歩いた後のように赤い血が尾を引いていた。
「もう少しだ!」
自分を励ますように声にして言った。
ほかの乗客たちは有沢のその行動を無視するかのように見知らぬ顔で今さっきと同じ動作を繰り返している。
こいつら・・どういう神経しているんだ・・・。涙を流しながら乗客たちの顔を見上げた。
ノートパソコンとにらめっこしている者。高いいびきを掻いてぐーすか熟睡に耽る奴。ごはんを一口ずつ味わって食べる婆さん。誰しもが皆お構いなしの雰囲気だ。
唇をかみ締め涙を呑み、ようやく自分がいた座席までたどり着いた。涙でぼやける視線の向こうには座席に座る山崎の足が見える。血まみれの右手を大きく伸ばし見上げた。
「山崎・・・」
そこには冷たく青ざめた山崎の姿があった。その変わり果てた姿に愕然となり、伸ばした右手が力尽き落ちた。
「どうして・・・誰がこんなことを・・・」
悔しい思いを感じた。体じゅうの力を振り絞りここまでたどり着いたというのに・・・。血まみれの両手にこぶしをつくり通路を叩いた。止め処となく涙があふれ出る。やがて小さな影が自分の前に立っていることに気がついた。小さな運動靴が目に入る。見上げていくと次に半ズボンを履いた幼い足がみえる。そこには半そでシャツを着て野球帽を深くかぶった先ほど電子ゲームをしていた少年が立っていた。
「僕だよ、おじちゃん」
有沢はその少年の顔をまじまじと見た。
「き!君は・・!」
目がかすみ意識が薄れてきた。急に社内を照らしていた照明が点滅しはじめ、頭のなかではざわめいた落ち着きのない雑音が鳴り響いてきた。そのうち照明が消え有沢の意識とその車内は暗闇に包まれた。
ベッドから身を起こしうなだれている板倉がいた。パジャマがまとわりつくぐらい体いっぱい嫌な汗を掻き肩で息をしている。鼓動を早く打つ音だけが大きく響いている。時計は午前三時を指し、薬の匂いが充満するいつもと変わらぬ薄暗い自分の病室だった。
「のどが渇いた」・・・つづく




