第七章・信仰と罪(2)
遠藤広子は何も無い真っ白な場所に立っていた。その場所は心地よく安らぎを感じる穏やかな不思議な空間だった。まるで宙に浮いている様で地に足を着けている感触がしない。眠りを誘うような白い世界をぼんやりと眺め、ゆっくりと深呼吸をして歩き出した。感覚は前に進んでいる実感が全くしない。頭の中では何も考える事は出来なかった。ただ、自然とその空間に癒されていた。すると前から自分の方向へ歩いてくる小さな影があった。遠藤広子はその野球帽を被った男の子の目線を合わす様に体をしゃがませた。その男の子は遠藤広子の頭の中に直接喋りかけてきた。
「ずっと待ってたんだよ」
「何を・・・」
遠藤広子はその男の子の頬を撫でながら頭の中から返事をした。
「ずっと、ずぅーっと来てくれるのを待ってたんだ」
男の子の眼が潤んだ。
「もしかして・・、私を・・・」
遠藤広子はその男の子の顔をじっと見つめた。
「そうだよ。ずっと待っていたんだ。それからね、みんながこう言ってた。いじめている訳じゃないんだって」
男の子が泣きじゃくった。
「いじめている?・・」
遠藤広子は意味が分からず、なだめる様に男の子の頭を撫ぜた。
「君は誰なの?・・。それに此処は何処?・・」
遠藤広子は男の子の涙を拭いながら聞いた。
「僕の事忘れちゃったの?覚えていないの・・、お母さん」
「お母さん・・・」
その瞬間、靄が掛かるようにその癒しの空間は掻き消されていった。
はっと目を覚ました。そこは細かい砂利が引かれた硬い線路の上だった。
長い間、気を失い深い眠りに落ちていた為か体中が痛い。
体を起こし焦点が合わないぼんやりとした視界がはっきりしだした頃、自分の前に一人の少女が座っていた。
「よかった。気が付いた」
少女は優しく微笑んで髪を撫でた。
「あなたは誰・・。此処は何処・・」
神経が過敏になっている所為か言葉が上手く喋れない。
「そう言うあなたは誰?」
少女は微笑みながら言葉を返した。
「わたし、私は・・・」
言葉が小さくなった。
「あなたは遠藤広子という名前だった。だけど、本当の名前じゃない」
少女は微笑んだまま答えにならない会話を始めた。
「分からない・・。私は誰で何処から来たのか思い出せないわ・・」
頭を抱え顔をしかめた。
「あなたは心身とも傷付き極限状態にあった。それを見知らぬ何かが助けてくれて此処へ連れてきた」
少女は微笑むのを止め、ぼんやり顔を見つめてきた。
「誰が助けてくれたの・・」
ゆっくりと少女のぼんやりした瞳に目を向けた。
「“誰”ではなく"何か”・・。いずれ分かる時が来るはず」
そう言うと少女の体は透けていった。
「待って!」
手を差し延べたが、そこにはもう少女はいなかった。
代わりに銃を構えた白マントの女達が囲っていた。・・・つづく




