第六章・帝国の滅亡(1)
喧騒とした慌しい日常よりほんの少しだけ現実を忘れ、自由に想像を膨らませ空想の部屋へお越し下さい。お付き合いいただけるひとときの間、あなた様はどのような夢を見ていただけますでしょうか・・・。
霊安室・・。線香の悲しい匂いが立ち込め、蝋燭の炎だけが灯りになり部屋の周りを薄暗いオレンジ色に包み込んでいる。その中にひとり遠藤広子が手を併せ立っていた。目の前には白いシーツが被せられた遺体がある。部屋が地下一階の奥にある所為か冷たい空気が漂っている。遠藤広子と白いシーツに包まれた遺体だけしかいない空間。彼女はじっとその白いシーツを見つめている。静かに時間だけが流れていく。どのくらい経ったのだろうか、水を打ったかのごとくその静けさを崩しドアをノックする音が部屋中に響き渡った。ドアを開けて入ってきたのは年配の看護婦長だった。
「遠藤さん・・」
遠藤広子は少し驚き振り返った。
「婦長・・」
看護婦長は悲しげな顔を浮かべ部屋へ入ってきた。
「お気の毒に・・。身内の人がいなかったようね・・」
「えぇ、それで私が最期のお見送りを任されております」
遠藤広子は話を合わせた。
「それでは私も最期にお顔を拝見させていただきましょうか」
そう言うと婦長は遺体に向かった。遠藤広子は少しあせり大きな声を出した。
「婦長!板倉さんは屋上から投身自殺しました。最期のお別れはいいのですが顔を見るとその別れが辛くなるかと思われます」
遠藤広子からの体からは嫌な汗が出てきていた。
「それもそうね。遠藤さんはともかく私はあまり面識が無いし。それではお悔やみだけしましょう」
婦長は手を併せた。
再び静寂の時間が流れていく。しかしまた婦長がその静けさを崩した。
「ところで遠藤さん。板倉さんの遺体をもう一度、解剖室へ回してもらえますか」
婦長は振り返り遠藤広子に言った。
「何故です?検死解剖は終わりましたし手続きも終わっております。それにもうすぐ葬儀の方がお向かいにいらしゃいます」
遠藤広子は険しい顔になった。
「私も詳しいことまでは聞いてませんが、もう少し調べたいことがあるのでしょう」
婦長は冷静な顔で言った。
「それにもうすぐ朝の七時です。ここでは鐘の音が聞こえません。鐘が時を打つ前に急ぎましょう」
婦長は自分がしている腕時計を見てあせりながら、目は鋭く遠藤広子を睨んだ。
「そう言えばそうですね。もうすぐ鐘が七時の時を知られます。それにしても婦長はまだ少し感情が残っているようですね」
遠藤広子の態度が豹変し余裕の表情で答えた。
「遠藤さん・・。何を言っているの・・。板倉さんのご遺体は後から運べばいいから、とにかく先に早く外へ出ましょう!」
婦長は遠藤広子を疑いの眼差しで眺めた。
「遠藤さんは急がなくていいの!此処は地下よ!鐘の音を聞かないと私たちがどうなるか分かっているでしょう!何故あなたは此処でじっとしていられるの!」
「わたしですか・・。わたしは今この場所が一番安全だと思うからです」
遠藤広子は平然と答え遺体のほうへゆっくり歩いていった。
「私は先に行ってますからね!」
婦長はドアノブに手をかけた。遠藤広子は遺体にかかった白いシーツをさり気に少し上げた。
「あっ!今、七時になったところです」
遠藤広子はさらっと言った。
「なんですって!何故時間が分かるの!」
婦長はもう一度自分の腕時計を見て悲鳴を上げるように言った。
遠藤広子は腕時計はしておらず、この霊安室には時刻を知らせるものは置いてはいない。
「ここで分かりますわ。婦長」
そう言うと遠藤広子は遺体にかぶさった白いシーツをめくり上げた。そこには板倉ではなく時間をカウントした等身大の大きな筒状の物体が横たわっていた。
「それは!・・・」
そう言った瞬間、看護婦長の体は硬直し固まったように動かなくなった。そして耳からはうっすらと煙が上がってきた。
遠藤広子は素早くナース服から隠していた戦闘スーツに着替え、その筒状の物体を担ぎ上げた。
そのころ外では鐘が鳴り響き、朝七時の時刻を告げていた。・・・つづく