第五章・我等が為に鐘はなる。ー第五部/白い城壁ー(2)~ー最終部/次世代たちへー
大晦日午前。
我々は用意してきた白衣に着替え医師団としてようやく建物内部に潜入した。ひとつずつ部屋を見て回る。我々の目的は“指導者”だ。他の患者たちには用は無い。範囲を狭め“指導者”を追い詰めていく。しかし建物内部の構造は分からず、しいて言えば武装した警備は“指導者”のいる部屋のみであとはコンピューター制御らしい。また“指導者”の介護のために世界中から権威ある医者たちが集められているという。それではその偉い先生に会いに行くか。ところで彼女に何故ここに来たのかと問いかけると、ナース服を着た彼女の話によると別ルートで捜索していた女子チームよりヘリからでしか侵入は不可能と情報が入り、そのヘリ基地を制圧したとの事。俺たちはその間、潜水艦内ではセキュリティレーダーを気遣い無線を切っていたため連絡が途切れていた。止むを得ず待ちきれなかった彼女はヘリを乗っ取り応援に来たということだ。女性上位の時代だね・・。そうこうしている間に俺はお偉い先生に物を言わさず“指導者”のいる部屋へ案内してもらった。仲間たちを集結させ警備員はガスで眠らせた。重いドアを開けたそこには・・、ベッドに酸素テントをすっぽり被った“指導者”がベッドで横になっていた。
大晦日昼時。
明け方降り始めたにわか雨が雷鳴を轟かせる嵐に変わっていた。我々はその“指導者”を目の前に言葉は無かった。“指導者”は俺たちの存在に気がついたのか目を覚ました。奴は自分の命の危険性も恐怖感も無く俺たちに語りかけてきた。いずれ遅かれ早かれ俺たちが此処に来ることは分かっていたようだ。奴は軟弱な時代を一から変えようと思っていた。そして自分が“指導者”になったその時から実行に移した。別に独裁者になる気も無く、他の国の政府とのしがらみも気にはしていなかった。ただ強い信念を持つ世代を作り強い国にしたかっただけだという。その思いが次第に一人歩きし始め、取り返しのつかない方向へといってしまった。しかし勇敢なる若者たちがこの間違いに気づき立ち上がってくれるだろうと願っていたという。勇敢なる若者たち・・・。俺たちはそんな英雄になりたかった訳じゃない。ただこんな時代に生まれていなければ、いつも笑顔でいたかっただけなんだ。そうすれば誰が本当の“指導者”なんだ。俺たちは張り詰めていた糸が切れたように呆然と立ち尽くしていた。俺はゆっくり一歩一歩と歩き出し“指導者”の生命維持装置のスイッチを切った。そのころ嵐は治まり窓からは真っ赤な夕日が流れ込んでいた。もうそんな時間か・・。俺たちはなんともいえない気分のまま重い足取りで屋上へ上がり我々の旗を掲げ終戦の鐘を鳴らした。だが、俺の心は晴れないままだった。
老人はベッドの上で伏せていた。孫である幼い女の子を呼び話しかけていた。
「お母さん、お父さんを許しておくれ」
少女は老人を見つめ黙って聞いていた。
「すまない。次の世代には託せなかったよ」
少女は老人の手を握り締めた。
「これから行く所も怖がらなくいい。きっと誰かが助けに来てくれる」
「おじいちゃん」
少女は小さく言った。
「おじいちゃんはもうこんな体だから行けないけれど心配しなくていいからね」
老人は少女を優しくなだめた。
「おじいちゃんはもうすぐおばあちゃんのところに逝かなければならない。だから行けないんだよ」
少女の目から一滴の涙が零れた。
「ごめんよ。おじいちゃんの所為だ。おまえたちの時代まで不幸にさせて・・」
老人は少女を抱き寄せた。
「おじいちゃん私何処に行くの!私どうなるの!」
少女は老人の胸のなかで泣きじゃくった。
「何処に行くかおじいちゃんも分からない。しかし助けてくれる誰かは分かっている。いまの時代のレジスタンスのリーダーだよ」
少女は泣くのを止め老人を見つめた。
「リーダー・・・?」
「そして、あなたが助けてくれた・・」
少女は板倉が深い眠りに落ちていくなか、聞こえるか聞こえないかの声で言って消えていった・・。・・・第五章おわり
誰しもが一度は興味を持つ未知の世界、恐怖を感じながらその好奇心を駆り立てる。ただ空想のお話で止まらず自分自身に置き換えたらどうだろう。「次は我が身!」想像力を膨らませ、話の展開に没頭し、登場人物と一緒に物語のなかに同化していく・・。次回もこの部屋でお待ちしております。