第五章・我等が為に鐘はなる。ー第三部/ならずもの部隊ー(1)
年が明けた。昨日、目の前で起こった忌まわしい出来事がまるで嘘のように、澄みきった青空のすがすがしい朝だった。俺の横には彼女が優しい表情でまだ寝息を立てていた。今日は正月で労働も休みだ。全体での年間の休みといえばほんの数回しかない。それがちょうど今日だ。明日になれば過酷な日々が始まる。しかし俺はもううんざりだ。ましてやあんなものを見せられたとなれば余計に気が引ける。今の日常より逃げ出そう。行動を開始するには今日は運がいい。
しかし昨日のあの出来事は一体なんだったんだ・・。そのことを考えると怒りの感情が湧き上がってくる。自分の感情を落ち着かせるため熱いブラックコーヒーを飲み冷静にもう一度考え直してみよう。あの秘密施設はなんなんだ・・。どんな実験をしている・・。それに何故俺に見せた・・。まだ興奮が冷め止まない。どちらにしても、もうどうでもよいことだ。彼女と二人で外国へ逃げ出そう。それをするには“監視員”の目を逃れなければならない。現代はすべてが自由ではない。ましてやこの国を脱出するとなると容易なことではない。しかしそれを何とかしなければ・・。俺は大きな問題に頭を悩ませた。
突然電話のベルがけたたましく鳴った。その音に彼女が目を覚まし俺に優しく微笑んだ。俺はなんでもないと手で合図して電話をとった。電話の相手はあの男だった。内容は“今すぐ会いたい”というものだ。俺が断るのも無視して一方的に場所を告げ切った。昨日と同じパターンだ。俺はこれ以上あの男に振り回されるのもわずらわしかった。それに今から彼女と逃亡しなければならない。しかし昨日の出来事が脳裏を悩まし気がとがめた。困りながら彼女に目を向けると微笑みながら俺を見送った。・・・つづく