第五章・我等が為に鐘はなる。ー第二部/夜の紋白蝶ー(2)
男は何個かある扉のひとつを開け、こっちに来るように合図した。扉の向こうには長く続く廊下があり、その脇には医療道具が山済みに置いてある。角を曲がると明るく照らされた古い教会とは場違いな近代医療設備が広がっていた。身をかがめゆっくりと前進してゆく。大きな硝子の向こうには数名の医療関係者が居り、その光景は手術現場であり、まさしくオペの真っ最中というところだ。しかし手術台に寝かされている患者はまるで死体のようだ。その主治医のような者が壁に備え付けられたカメラに向かって説明をしている。男はゆっくりと小声で話しかけてきた。“人体実験だ”。俺は目を見開いた。“まさかそんな・・!”しかし古い教会の一室で最新医療機器を使い秘密に治療しているのはおかしい。この男が言っているのもまんざら嘘ではないようだ。だが、何故この男がこの場所を知っている。今度は俺が小声で尋ねてみると男が言うには、親友が過労で倒れ医療施設に運ばれて数日のうちに退院したがその後の形跡が追えない。そこで探っていくうちにこの場所を発見したという。また俺たちの給料は労働に適さなくなるまで無制限であるらしい。いわば実験台になるまでの猶予期間だ。あと何故俺にこの事を見せたのか聞いてみると、この数ヶ月俺を観察し続け相応しい人物と見ていたらしく、レジスタンスのリーダーになってこの陰謀を潰して欲しいと涙で潤んだ目で訴えてきた。俺はその後、険しく問いただした。“女はどうなんだ!!”男は涙を流しながら答えた。“電極を通され玩ばれながら実験台にされる”と・・。俺はそれを聞いた瞬間、頭に血の気が上り我を失い怒りの衝動を堪え切れなかった。とっさに医療機材が山済みになった廊下まで走り叩き崩した。その騒動に医療関係者たちは俺たちの存在に気づいたが、そんなことはお構いなしに目の前に転がった何かのガスボンベのタンクを力ずくで持ち上げ、その大きな硝子窓に叩きつけた。ガスボンベは硝子窓を砕け割り医療関係者がいる「実験室」で爆発し火を噴いた。火達磨になる者を尻目に俺は男の腕を持ち一目散に逃げ出した。後ろからは爆発音が何回も聞こえてくる。俺たちは元来た道を戻らず、教会の正面玄関に突進した。目の前に広がった外の世界は鬱蒼と樹木の茂ったまだ誰も伐採に手をつけていない森の中だった。
俺はまだ無我夢中で走っていた。どこをどう走ったのか覚えていない。気が付けば彼女が笑って手を振っていた。俺は力ずくで彼女を抱きしめた。“痛い・・。”とささやく彼女に俺は口づけしプロポーズをした。いまの時代死語になった言葉だ。そして“逃げよう”と言った。彼女は大きくゆっくりとうなづいた。俺は彼女の手を握り駆け出した。
午前零時。年明けを祝う花火が冬の夜空を彩る瞬間であった。
世の女たちはすべて夜に迷い込んだ紋白蝶。迷いながら光を求め舞い飛ぶ紋白蝶。いつしか純白の白が薄汚れてゆき感性を忘れた蛾に変わるものもいる。しかし自分の本質を忘れないまま紋白蝶でいるものも多い・・・。・・・第二部おわり




