第五章・我等が為に鐘はなる。ー第一部/恐慌の時代ー(2)
その日の労働が終わると俺はまた一人昨日と同じベンチに座っていた。“また、彼女に会いたい”その気持ちの一心で無意識にそのベンチに足が向いていたようだ。しかし彼女は来なかった。芯まで冷えた体を起こし俺は誰も待っていない家路へ向かった。家といっても“日本株式会社”の寮になっているマンションだ。今日も街なかのネオンは煌々と光り輝き俺と同じ人の心の闇を照らし出している。帰り道24時間スーパーでいつものように買い物に立ち寄る。そこで売られている食材といえばレンジで加熱すれば食べられる加工された物ばかりだ。会計はすべてカード払い。現金はここ数年みていない。すべてカードによる電子マネーだ。自分の部屋に着くとその“お手軽食材”を食べ床に伏せた。
次の日も汗と泥にまみれた同じ日が続いている。その日の休憩時間、馬鹿でかい声で夜の女を自慢する話が聞こえる。その話から彼女の面影が脳裏をよぎる。いまは暗黒の時代・・。俺も分かっている・・。自由に恋を出来たのもはるか遠い昔のはなし。現在の風潮は恋愛などは存在しない。海外の男までもがそれを目当てに観光に来る。そして必ず金銭関係で幕を閉じるのだ。それが現在の政策。“指導者”が打ち出した不況打開政策なのだ。それに国民も同意した。俺もその一人なのかもしれない。頭のなかでは分かっている。しかし・・・、体は分かっていなかったようだ。気づけば手が出ていた。目の前にはそのでかい声を張り上げていた男が床に倒れていた。
帰り道、一人の男が駆け寄り彼女の居場所を耳打ちで教えてくれた。すぐさま俺はその場所へ向かった。そこには・・派手な化粧をした彼女が笑っていた・・。・・・第一部おわり