第五章・我等が為に鐘はなる。ー第一部/恐慌の時代ー(1)
喧騒とした慌しい日常よりほんの少しだけ現実を忘れ、自由に想像を膨らませ空想の部屋へお越し下さい。お付き合いいただけるひとときの間、あなた様はどのような夢を見ていただけますでしょうか・・・。
あの時・・・。
俺は一人街なかのベンチに座り肌寒い夜空を見上げていた。空からはゆっくりと白い雪が舞い振ってきた。クリスマスイヴらしい天からのプレゼントだ。町を行きかう恋人たちは聖夜ということもあり寒い冬の季節とは裏腹に暖かく見えた。それに比べ俺は絶望し今日の天候と同じく寒さに身を震わせていた。気がつくと隣に俺と同じ思いを持つ、しおらしい小さな影がちょこんと座っていた。彼女は俺と同じく空を見上げ悲しい目で振ってくる雪を眺めていた。二人はこれといった会話も無く無言のままベンチに座っていた。言葉は無かったが気持ちは通じていた。そして・・・、言葉の無いまま・・・恋人になった・・・。
翌日、俺はいつものように山を削っていた。甘ったるいクリスマスなどと言う言葉は俺には関係ない。俺に限らずすべての男たちに言えることだ。愛する女性と一緒に愛を語り合った甘い時代はとっくの昔に終わっている。いまはすべての男たちは肉体労働に駆り出され、女たちは夜の肉体労働に勤しんでいる。昨日みた町を行きかう聖夜の恋人たちも一夜限りの虚像の幻影なのだ。しかし・・・、彼女だけは違っていた。夢も希望も無い空虚な心にすこし温かさを感じた。
いまの俺の・・、男たちの仕事は日本の象徴富士山以外、日本中のすべての山を削り落とすことだ。それがいまの政府の政策となっている。目的は本州の真ん中に北海道から九州まで直通の高速道路と新幹線の線路を建設することだ。あと、何に使うか分からないが各ポイントに大きなアンテナをぶっ建てるそうだ。あとになって何を造ろうが俺が知ったことではない。いまは目の前にある山を崩すだけのことだ。それでいつものように日が暮れていく。労働は24時間フル回転で動いている。だが強制ではない。8時間の三交代制で週に一回だが休暇もある。体調の具合が悪くなれば療養施設もある。日本全体が一つの会社になっているようなものだ。それに・・給料も悪くないと聞く。長く続く氷河期のような不況を打破するため、いまの政府が打ち出した打開策である。しかし、長く続けていくたびに将来に夢も希望もなくなっていく。俺たちはただ、終わりの無い回転する車輪をひたすら走るねずみだ。日本にはどれだけ山があるのだ・・。いつになれば終わるのだ・・。無限の単調な毎日が続いている。・・・つづく




