第一章・侵略組曲(1)
喧騒とした慌しい日常よりほんの少しだけ現実を忘れ、自由に想像を膨らませ空想の部屋へお越し下さい。お付き合いいただけるひとときの間、あなた様はどのような夢を見ていただけますでしょうか。
今日もどんよりとした鉛色の雲が空一面を覆いその重たい雰囲気のなか、あたかも我慢できなかったように大粒の雨が降り続いている。雲の中からは、ごろごろと恐怖感を募らせる音が鳴り響き、その都度けたたましい音とともに稲妻の閃光が走り空を切り裂く。容赦なく降り続いているこの大雨は休むことなく一ヶ月以上となる。気象庁の発表によると今年の梅雨は全国的に異常なほど降水量が高いという。そんな激しい雨のなか二人の男を乗せた新幹線は東京に向かって猛スピードで走っていた。
人かず少ない自由席の一番最後の座席に隣りあわせで腰をかけこれといった会話も交わすこともなく、二人の間にはただ時間と窓から見える景色だけが流れていた。窓際に座る男はデニム姿で足を組み、窓を眺めただ何気に雨に濡れる景色に目を向けていた。通路際に座る男はくたびれた背広姿で俯き、何かにおびえる様に体を震わせていた。二人とも無言で喋りだす様子もなく一見してみれば、ただ合席に座った赤の他人のように見える。しかし共通していえるのは二人とも砂ぼこりのついた薄汚れた格好だということだ。
そんな静寂を突き崩すように窓際の男に動きがあった。彼はおもむろに胸ポケットから煙草を取り出し一本くわえ火を点けた。土砂降りの雨に浮かぶ景色に虚ろな視線を向けゆっくりと煙を吐き出した。
「雨やまないよなぁ」
窓際の男が再び静寂を破り口を開いた。そのつぶやいた言葉は、その男にとって雨が止もうが止むまいがどちらでもよいことであって特に問題ではない。無意識にぽつりと出たのであろう。
「止む気配さえないな」
煙を吐き出しながらつぶやいた。どうやら無意識でなく隣に座る通路際の男を意識しながらつぶやいている様子だ。
「こんな天気じゃこっちまで嫌になってくるよなぁ」
煙草を吸いながらつぶやいている。その間隣に座る通路際の男は微動だにせず、俯き屈み込んだままでいる。
「いまどの辺りだ」
窓際の男は窓に顔を近づけ覗き込んだ。
「ぜんぜん分からん」
目を凝らしてよく見たが流れいく雨に濡れた灰色の景色からは、今どの辺りを走っているのかうかがい知る術はなかった。やがて窓際の男の視線は、窓に映る隣に座る通路際の男の姿に向けられた。その男は俯き黙ったままで先ほどと一向に変わっていない。そんな姿を虚ろな目で見ながら短くなった煙草を吸い干して大きく吐き出した。煙は窓のなかに映る通路際の男をめがけかき消した。そして火種がフィルター近くまでにきている煙草を灰皿にもみ消し、隣に座る通路際の男のほうへ姿勢を変えた。
「もうすぐ東京だ」・・・つづく