↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

【悲報】デスゲーム運営、異世界お嬢様のお茶会に乗っ取られる

作者: 紫のカラス
掲載日:2026/07/12

「…終わった。 俺の人生、完全に詰んだな」


午後十時。

うらぶれた運送会社の敷地にある、今は誰も使っていない廃倉庫の管理室。

電球の明かりの下で、佐藤(トラック運転手)は頭を抱えていた。

スマホの画面に表示されているのは『総額五百万円』という、推しのAIに貢いで出来た借金の数字だ。

明日には返済の第一期日が迫っている。

給料は手取り二十五万、どう考えても首が回らない。


「こうなったら、海外通販サイトで買ったアレを使うしかないっ!」


佐藤がすがるような思いで数日前に注文したのが、海外通販サイトで見つけた、『一発逆転☆デスゲーム配信セット(今なら限定特典付き)』だった。

【これを使ってデスゲームを配信すれば、世界中の富豪から投げ銭が集まって一獲千金!】

という、あまりにも胡散臭いキャッチコピー。

しかし、数時間前に届いた商品の段ボールを開封した瞬間、佐藤はさらなる絶望へと叩き落とされた。


「っんだよこの文字! 読めねえぇ!!」


説明書も、同梱された機械のボタンに刻まれた文字も、翻訳アプリが反応しない『読めない文字』で埋め尽くされていたのだ。

詐欺商品の説明書を涙目でめくり続ける。


「ま、待てよ、文字は読めないが…この図解イラスト。 なんか、ものすごく広い場所で、人間が何人も集まって、光を浴びてる絵が描いてあるな…」


佐藤のギャンブル脳がフル回転した。

現在いる場所がまさに、勤務先の使われていない広い廃倉庫である。

ここは古いながらも電源や庫内放送システム、監視カメラの配線など、設備が生きていた。


「よ、よくわからんが、この『デスゲーム起動ボタン』っぽい、一番禍々しい色のスイッチを押すぞ…! 五百万円よ降ってきてくれ!!」


カチッ、と佐藤がボタンを押した瞬間、廃倉庫の中央が眩い光を放った。


「まぶしっ!? なんだこれ、演出凝りすぎだろ!?」


光が収まったそこには、佐藤が想像していた『デスゲームの参加者』ではなく、明らかに別の世界からやってきたとしか思えない、奇妙な四人の男女が突っ立っていた。


◇


「…あら? どこかしら?」


最初に声を上げたのは、金髪を縦ロールに結い上げた、ドレス姿の公爵令嬢エルメリア・フォン・ヘルムート。


「セバス。 ここは山賊の住処かしら? わたくし、先ほどまでお茶会をしていたはずですけれど」


お嬢様の背後から、老紳士が音もなく扇子を差し出す。

燕尾服を着た、万能執事のセバスである。


「お嬢様。 どうやら我々は、時空転移されたようでございます。 …誠に不調法な場所ですな」


「ええ、お洋服が汚れてしまいますわ。 セバス、すぐにお掃除なさい」


セバスから受け取った扇子を広げて、口元を隠しながらお嬢様が命令する。


「御意にございます、お嬢様」


執事は懐から一枚のシルクのハンカチを取り出し、パサリと振った。

次の瞬間、ゴウッ、と不可視の突風が吹き荒れた。

倉庫内の数十年にわたる埃、蜘蛛の巣が、一瞬にして消滅し、床はまるで鏡のように磨き上げられた。


「な、何が起きたんだ!?」


監視カメラの映像を通じて管理室からそれを見ていた佐藤は、文字通り顎が外れそうになっていた。

画面の端には、いつの間にか自動で立ち上がっていた『デスゲーム配信チャンネル』の画面がある。

起動セットの機能なのか、勝手に全世界へ生配信が始まっていた。

まだ深夜だというのに、あまりの映像の異常さに、ネット民が次々と流入してくる。


【コメント欄】

:え、何これ? 新手のリアル脱出ゲーム?

:お嬢様のドレス、刺繍のクオリティえげつなくね?

:爺さんハンカチ振っただけで倉庫ピカピカになって草

:CGか? 特撮か?

:何この超展開wwwww


倉庫内では、お嬢様一行の他にも、信じられないメンツが固まっていた。

一人は、いかにも主役といった風貌の、聖剣を背負った少年。

——勇者である。

一人は、禍々しい鎧を纏い、頭部に立派な角を生やした、身長二メートルを超える巨漢。

——魔王であった。

一人は、神聖な白と金の法衣に身を包み、身の丈ほどもある杖を持った、儚げな美少女。

——聖女である。

三人はつい数秒前まで、世界の命運をかけた『最終決戦』の直前だったのだ。


「ここがどこかは知らんが、魔王! 決着をつけてやる!」


勇者が聖剣を引き抜き、果敢に叫んだ。


「フハハハ! よかろう勇者よ、この奇妙な空間ごと塵にしてくれるわ!」


魔王が暗黒の魔力を滾らせる。


「神よ、不浄なる魔を討つ力を我が杖に…!」


聖女が祈りを捧げ、光の結界を展開しようとした。

ピリピリとした、一触即発の空気。

しかし、お嬢様はそれを綺麗に無視した。


「これ、そちらの騒がしい方々。 大声を出すものではありませんわ。 ちょうどおやつの時間ですもの。 セバス、お茶の準備をなさい」


「畏まりました、お嬢様」


セバスがパチンと指を鳴らす。

何もない空間から、純白のクロスがかけられた円卓と、彫刻が施された椅子、そして湯気を立てる紅茶と、色鮮やかなマカロンが載った三段のティースタンドが出現した。


「さあ、皆さん。 お茶会にいたしましょう?」


「は? お、お茶…? おい、お前正気か!? 俺たちは今から——」


勇者が戸惑う。


「ふんっ、人間の小娘が。 我が魔力の前にひれ伏すがい——」


魔王が威圧しようとしたが、エルメリアの


「お座りになって」


に圧され、なぜか借りてきた猫のように、そろり、と椅子に腰掛けた。


「…おい執事、俺にはミルクティーだ」


「あ、あの…私も、いただいてよろしいのでしょうか?」


聖女は誘惑に勝てず、ちょこんと席に着く。


「皆様、どうぞお寛ぎください」


【コメント欄】

:魔王大人しく座っててワロタ

:お嬢様の威圧、魔王以上だろWWW

:勇者くんだけハブられてて草

:この配信、コスプレのレベル高すぎて脳がバグる

:同接一万人突破! おいこれマジで何なんだよ!


◇


「な、舐めやがって…! 何がお茶会だ! これはデスゲームだぞ!!」


管理室の佐藤は、スピーカーの音量を最大にした。

廃倉庫に備え付けられた、ノイズの混じる庫内放送が鳴り響く。


『ア、アイアム、デスゲームマスター…! ウェルカム・トー・デスゲーム!!』


佐藤の必死の英語(?)が倉庫に響いた。


『お前たちは、選ばれし哀れな生贄だ! これから第一のゲームを開始する!』


佐藤が通販セットの機械のボタンを押すと、ガシャコン!という音とともに、セットから伸びた配線が作動し、天井の梁から赤いレーザーポインターが一斉に照射された。

光の線が床に複雑な網目を描き出す。


『こ、この光は…えーっと、触れれば肉体を焼き切る<死の光線>だ! 時間内に安全地帯へ移動できなければ…死ぬぞ!!』


「な、何ですって!? この赤い光の格子…まさか!」


「どうした聖女! 何かわかるのか!?」


勇者が聖剣を構えて身構える。


「ええ…我が教団の予言書に記された、世界の終焉に現れるという【破滅の紅き線】に違いありません! 触れた者の魂を切り刻み、次元の狭間へ葬り去るのです」


「何だと!? くっ、暗黒結界を展開——な、何ィ!?」


魔王が手をかざし魔力を練ろうとしたが、異世界の法則とこの世界の物理法則が拒絶反応を起こしたのか、結界は不発に終わった。


「馬鹿な! 我が結界が封じられただと!? この空間の支配者、どれほどの魔導の達人なのだ!」


「おいおい、嘘だろ…! 俺たちの命もここまでなのか!?」


勇者までもが絶望の表情を浮かべた。

異世界最強の三人が、ただの『レーザーポインター』を前に恐怖している。


「まあ、騒々しい。 光が眩しいだけではありませんの?」


お嬢様は、マカロンを口に運びながら、セバスに視線を送った。


「セバス。 日傘を」


「御意に、お嬢様」


セバスはどこからか、レースのあしらわれた黒い日傘を取り出し、お嬢様の頭上に差しかけた。

お嬢様はそのまま、優雅に席を立ち、赤いレーザーの格子の中を歩き出す。


「危ない、お嬢様!!」


勇者が叫んだ。

しかし、お嬢様の日傘にレーザーポインターの光が当たった瞬間——当然だが、光は日傘の布地によって物理的に遮断され、お嬢様の肌には一筋の光も届かなかった。

お嬢様は、何事もないように赤い光の網をすり抜けて、指定された『安全地帯(ただの黄色いビニールテープの枠内)』にたどり着いた。


「あら、簡単にクリアできてしまいましたわ」


「ば、馬鹿な!! 【破滅の紅き線】を、ただの布切れ一枚で無効化だとっ!?」


魔王が驚愕する。


「あの日傘は、神話級のアーティファクトなのですね!」


聖女が目を輝かせて拝み始める。


「皆さん、何を驚いていらっしゃるの? セバス、皆さんの分も日傘を用意して差し上げなさい。 お茶会を邪魔されるのは風情がありませんわ」


「畏まりました」


セバスがパチンッ!パチンッ!パチンッ!と指を連続で鳴らす。

すると、勇者、魔王、聖女の目の前に、それぞれファンシーなピンクや青の日傘が一本ずつドロップされた。


「こ、これを差せば助かるのか…!?」


勇者が意を決してピンクの日傘を開き、頭上に掲げて歩き出す。


「おおっ! 光線が遮断されるぞ! すげえ、お嬢様、ありがとう!」


勇者は嬉々として日傘を振り回し、レーザーをガードしながら安全地帯へダッシュした。

魔王も、聖女も、続いて日傘を差し、一列に並んでカサコソと歩いて安全地帯へ。

こうして、第一ゲームはあっけなく終了した。


【コメント欄】

:運営のゲームバランスガバガバで草

:日傘WWW 物理防御最強かよWWWW

:勇者くん、ピンクの日傘似合いすぎてて笑

:聖女様と魔王様、深読みしすぎてて愛おしいんだが

:これ台本? 神がかってんだけどwww

:おい見ろ、同接五万人超えたぞ!


配信画面には【匿名ユーザーが5000円をスパチャしました:執事有能すぎワロタ】の文字が躍る。


◇


「お、おいおいおい! 何が日傘だ! 物理で防がれるなんて聞いてねえぞ!」


管理室の佐藤は、頭を掻きむしっていた。

だが、画面を見るとスパチャの合計金額がすでに数万円に達している。


「い、いける! 何としても借金とおさらばするんだ!!」


通販セットの別のボタンを押してみる。

ギミックが起動し、ガラガラガラ…と、倉庫の壁際にあった古いベルトコンベアーが突然動き出した。

そこに乗って流れてきたのは、タブレット端末である。

管理室の配信画面右下に別枠のウィンドウが現れ、参加者の名前と投票の文字、おそらくタブレットに表示されるであろう内容が表示された。

ウィンドウには、タブレット貸与代一万円(破損時二十万円請求)の文字が走る。


「うぉっ、勝手に課金させられた! ま、まぁ配信で取り戻してやる!! 次は心理戦だ! 人間のドス黒い本性を炙り出してやる」


『ははは! 日傘で凌げたと思うなよ! 第二のステージは<投票ゲーム>だ! その端末を使って、お前たちの中に潜む<裏切り者>を一人選び、制限時間内に投票しろ! 最も多く票を集めた者は…処刑される!!』


佐藤のアナウンスが響く。

タブレットを配られた異世界勢は、一様に首を傾げた。


「おい、魔王。 お前これが何かわかるか?」


勇者が尋ねる。


「知るか。 我が魔王軍の暗黒文字でも、古代エルフ文字でもない。 …なんだこの奇妙な記号は」


「神聖文字でもありませんね…。 文字というよりは、何かの幾何学的な紋様でしょうか?」


当然である。

彼らは異世界人なので、日本語もアルファベットも一文字も読めないのだ。

心理戦を仕掛けたつもりの佐藤だったが、根本的な言語の壁を忘れていた。


「まあ、これ、触ると画面が変わりますわ。 おもしろいおもちゃですこと」


お嬢様は、画面に表示されている『おじょうさま』『ゆうしゃ』『魔王』『せいじょ』という日本語のボタンのうち、形が複雑で目立っていた『魔王』のボタンを、ポチポチと連打し始めた。

ピコピコピコピコピコピコ!


「あら? ここを押すと、横の記号が変わりますわ。 面白いですわね。 ほほほ!」


「ぬおっ!? 小娘、何をしている! 我が端末も、押すと光るぞ!」


「魔王様も触ってみなさいな。 ほら、ここですわよ」


「む? ここか? ほう、ポチポチポチポチ!」


お嬢様にそそのかされた魔王は、自分自身の名前のボタン(そうとは知らない)を、連打し始めた。

画面の投票数が、『999』へと跳ね上がっていく。


「魔王様、そんなに連打したら、壊れてしまうのではありませんか?」


聖女が止めようとする。


「待て聖女! 俺にもやらせろ! 何かこれ、連打するのめちゃくちゃ楽しいぞ!」


ここまで空気だった勇者が、ついに輝きを見せた。


「俺の特技はな…一秒間に十六回、剣を振ることなんだよおおお! 喰らえッ、聖剣十六連打ァァァ!!」


タタタタタタタタタタタタタタタタン!!!

勇者の指が残像を残し、端末の『魔王』の文字を叩いた。

あまりの高負荷に、タブレットからパチパチと火花が散り始める。


「や、やめろおおおおおーーー!!」


『端末が壊れたら俺の借金が増えるんだよ! やめてくれえええ!!』


スピーカーから情けない男の叫びが響いた。


【コメント欄】

:主催者、素で焦ってて草

:勇者の無駄にかっこいい十六連打WWWW

:セルフ自爆ボタンを連打させられる魔王様、哀れすぎる

:ガチで端末から煙出ててワロタ

:同接十万人突破!! 祭りだあああ!!


◇


「あら?」


お嬢様は、端末の端に流れている文字を指差した。


「セバス。 この下でチョロチョロと動いている模様は、何かしら? あなたなら読めるのではなくて?」


セバスはメガネの位置を正し、画面を数秒間凝視した。

万能執事の辞書に『読めない言語』など存在しない。


「お嬢様。 これは『負債を補填するため、決死の余興を公開中。 救済の御手を。(借金五百万円返済デスゲーム配信中。 助けて。)』と書かれております」


「まあ!」


お嬢様は、小さな手で口元を覆い、深く感動したような表情を浮かべた。


「借金返済。 つまりこの方は、お金に困窮するあまり、わたくしたちを招いて健気にエンターテインメントを提供し、見物人から見舞金を集めていらっしゃるのね? なんて涙ぐましい努力かしら…!」


デスゲームの冷酷な主催者のイメージは、『頑張る大道芸人』に格下げされた。


「そのようでございますな。 実に見事な余興でございます」


「ええ、ええ。 わたくし、感動いたしましたわ。 これほど楽しませていただいたのですもの、お父様にお願いして、この哀れな主催者にお金を用立てて差し上げなくては。 セバス、お父様と通信を繋ぎなさい」


「御意」


セバスが懐から、金色の細工が施された魔道具を取り出した。

それを宙に放り投げると、空間にホログラムのような大画面が出現する。

画面の向こうに映し出されたのは、立派な髭を蓄えた大富豪のオーラを放つ『公爵パパ』であった。


『おお、エルメリア! 急にいなくなったと思えば、どこにいるのだ!?』


「お父様、ごきげんよう。 わたくし、とても健気な殿方が主催する、お茶会に参加しておりますの。 余興に参加させていただいたお礼をお渡ししたいので、今月のわたくしのおやつ代を、主催者の方に差し上げてくださらない?」


『うむ、エルメリアがそこまで言うなら。 セバス、何とかしろ!』


『はっ。 ただいまこちらの配信口座と、金庫の転移魔法陣をリンクさせました』


次の瞬間、配信画面にとんでもないエフェクトが発生した。

画面全体が黄金の光に包まれ、信じられない文字がスクロールする。


【公爵パパ(ヘルムート公爵)が¥100,000,000のスーパーチャットを送信しました:娘が世話になったな。 これで美味いものでも食え】


【コメント欄】

:!?!?!?!?!?!?!?

:は????????

:1億スパチャ!?!?!?!?!?

:画面バグったwwwwwwwwww

:石油王の上位互換きたあああああ!!!

:お父様マジモンの公爵様じゃねえかwww 仕込みか!? ガチか!?

:同接五十万人突破!!! 歴史的瞬間だ!!!


その直後、管理室の佐藤の頭上で、空間の歪みが生じた。


「え? あ? な、何だ!?」


バリバリバリ!!!と空間が割れ、天井から『大量の純金貨』が滝のように降り注いできた。

ズガガガガガガガ!!と、管理室の狭い床が、一瞬にしてゴールドの山で埋め尽くされていく。


「ぎゃあああ!? 金貨が当たって痛い! でも、これ全部本物の金!? ひぇっ、一億現物支給なのぉ!?」


佐藤は金貨の山に埋もれながら、キャパオーバーで泡を吹いた。


「か、勝った! 借金五百万どころか、億万長者になっちまったぞおおおおお!!!」


その時、背後のドアが上品にノックされた。


「ひゃいっ!?」


「失礼いたします。 配線を逆に辿らせていただきました」


南京錠と電子ロックをかけていたはずの扉を開けて、セバスが部屋に侵入してきた。

その背後には、魔王、勇者、聖女、そして優雅に微笑むエルメリアが立っている。


「——おい、そこの主催者とやら」


狂喜乱舞していた佐藤の背筋に、戦慄が走った。


「よくも我々を、弄んでくれたな」


魔王がゴキゴキと拳を鳴らす。


「世界の命運をかけた決戦を邪魔した罪、償ってもらうぞ!」


勇者が一歩踏み出す。


「神の御名において、あなたにちょっぴり痛いお仕置きを授けます」


聖女の杖が、物理的な鈍器のような威圧感を放っている。


「ひ、ひええええええ!!」


佐藤は金貨の山から這い出ると、両手を挙げて悲鳴を上げた。


「もうゲームは終わりだ! 借金も返せたし、配信なんて今すぐやめるから!!」


しかし、異世界勢の怒りは収まらない。


「逃がさんぞ、空間の支配者よ!」


「俺は明日も朝から仕事なんだ! 遅刻したら上司に殺される! 勘弁してくれえええ!!」


佐藤は社畜の底力を発揮し、管理室の窓から外へと飛び降りた。

幸いにも、ここは一階の窓だ。

着地した先には、明日の業務のために停めてあった佐藤の相棒——四トントラックが待っていた。

運転席に飛び乗り、エンジンをかけた。

ブロロロング!!と、ディーゼルエンジンが爆音を立てて目覚める。


「こうなりゃ、一か八かだ! 異世界といえばトラック転生だろ!!」


佐藤はギアをバックに入れ、アクセルを限界まで踏み込んだ。


「元の世界にバックオーライしろおおおおお!!!」


キキィィィィィ!!!とタイヤを鳴らし、四トントラックが倉庫から追ってきた勇者たち目掛けて後退していく。

突進してくる鉄の塊。

お嬢様はセバスに日傘を差されながら、それを見て微笑んだ。


「まあ、随分と大きな馬車ですこと。 わたくしたちのために、送迎の馬車まで用意してくださるなんて、親切で行き届いた主催者様ですのね」


「お嬢様、あの馬車の速度、少々乱暴でございます。 ここは一つ、元の場所へ引き上げるといたしましょう」


セバスがそう言うと、懐から『時空転移スクロール』を取り出した。

佐藤は恐怖で目を瞑りながら、トラックのバックを続けた。


「うわあああ! 轢いちゃったらごめんなさあぁいいい!!」


衝撃が来ないため恐る恐る目を開けると、そこには誰もいなかった。

運転席から飛び降りて周囲を確認するが、衣服の切れ端すら落ちていなかった。

お嬢様も、魔王も、勇者も、聖女も、存在しなかったかのように、消え去っていた。


「き、消えた? 元の世界に戻ったのか…?」


その時、佐藤のポケットの中で、スマートフォンが、ピコン! ピコン! ピコン!と、あり得ない速度で通知音を鳴らし始めた。

画面を見ると、自動配信されていた『デスゲームチャンネル』の最終画面が表示されている。


【総視聴者数:15,000,000人】

【同時接続数:10,000,000人】


【コメント欄】

:神回だったわWWWW

:最後、トラックで異世界に強制送還するの天才の演出WWWW

:トラック最強説、ここでも立証されてて草

:お嬢様最後まで馬車だと思ってて笑

:主催者、借金返済おめでとう!!

:てか一億手に入ったんだから、明日会社辞めろよ!!!

:お疲れ様でしたー! 神配信乙!


コメント欄は、大絶賛と祝福の嵐で埋め尽くされていた。


「よっしゃあああああ!!! 会社辞めてやるううううう!!!」


こうして、史上最も『主催者が命拾いした』デスゲームは、大盛況のうちに幕を閉じた。


◇


一方その頃——。

異世界の『決戦の地』へ転移で送還された四人と一人の執事。

元の、荒涼とした大地。

お茶会のテーブルセットも一緒に転移してきたため、四人は流れで円卓に座り込んでいた。


「…ハッ! 戻ってきたぞ! おい、魔王! 決着を——」


勇者が再び聖剣を構えようとした、その時。


「これ、皆さま」


お嬢様が、紅茶のカップをソーサーに置き、なぜか場を支配する。


「同じお茶のテーブルに着いた者同士、これ以上、野蛮な争いはおやめなさい。 セバス、この方々が仲良くできるように、少しお話しして差し上げて?」


「御意に、お嬢様」


セバスは音もなく立ち上がると、懐から『一枚の紙』を取り出した。

そこには、先ほど使用した時空転移スクロールの代金が印刷されていた。


「皆様。 先ほどの場所からこちらへ転移するためのスクロールのお値段でございます」


そこには国家予算2年分ほどの金額が記されていた。


「これ以上争いを続けられるのであれば、この代金を皆様へ付けさせていただきますが…いかがいたしますか?」


「…っ!?!?!?!?」


勇者は顔面を真っ青にし、ガタガタと震え出した。


「や、やめます! 魔王との戦いは、休戦にします! だからそれだけは勘弁してくださいお代官様ァ!」


「分かった!! 分かったからそれを仕舞え! 人間界への侵攻は百年ほど延期する!!」


「神よ、私は何も見ていませんし何もしていません邪教の罠です休戦に同意しますぅぅ!」


「賢明なご判断です」


こうして、世界を滅ぼしかねなかった最終決戦は、セバスの『握り潰し』によって、平和的に解決したのだった。


「あら、皆さん、お話が分かる方々で良かったですわ」


お嬢様は満足そうに微笑むと、席を立った。


「楽しいお茶会でしたわね。 セバス、お家に帰りましょう。 今日の晩御飯は何かしら?」


「お嬢様、本日はワイバーンのステーキでございます」


「まあ、楽しみですわ」


セバスが転移スクロールを発動させると、エルメリアとセバスは光の中に消え、公爵邸へ帰宅していった。

残された円卓には、ピンクの日傘を握りしめて魂の抜けた顔をする勇者と、頭を抱える魔王、そして祈りを捧げ続ける聖女の姿だけが、静かに佇んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。