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悪役令嬢レディナが朝、目を覚まして最初に放った言葉は――
「……阪神タイガースは?」
その意味を、誰も理解できなかった。
豪奢な天蓋付きの寝台。差し込む朝日。侍女たちは凍りつく。
強気で傲慢、傍若無人。社交界を震え上がらせてきたあのレディナが、青ざめた顔で虚空を見つめている。
「ここは……どこですの? 甲子園は? 試合は……?」
そして彼女は、ぽつりと言った。
「この世界には……阪神タイガースが、ない……?」
次の瞬間、悪役令嬢は泣き崩れた。
誰よりも誇り高く、決して涙を見せなかったレディナが、子どものように。
王子ラングレッサは立ち上がる。
「レディナを……元に戻す。たとえ“阪神タイガース”とやらが幻でも、必ず見つけ出す」
ヒロイン、リースも頷いた。
すべてはレディナを立ち直らせ、そして本来訪れるはずの“断罪”を遂行するために。
しかし――
王立図書館に“阪神タイガース”の記述はなし。
古代魔術書にも、禁書庫にも、召喚儀式の記録にも、それらしき単語は存在しない。
そもそもそれは何なのか。
国か。神か。魔物か。秘密結社か。
誰にも分からないまま、時だけが過ぎた。
ある日の舞踏会。
レディナは現れた。
鮮烈な、黄色と黒の縦じまのドレスを身にまとって。
まるで警告色。
まるで誇りの旗。
「その配色は……戦旗か?」と王子が問うと、
レディナは少しだけ目を伏せ、言った。
「……分かりませんわ。でも、この色を纏うと、少しだけ心が落ち着くのです」
その姿はかつての傲慢さとは違った。
何かを失い、それでも何かを守ろうとする、切実な強さがあった。
“阪神タイガース”とは何なのか。
それはレディナの前世の記憶なのか。
異世界からの断片なのか。
それとも、勝利と敗北を繰り返しながらも愛され続ける、何かの象徴なのか。
結局、最後までそれが見つかることはなかった。
だが――
黄色と黒のドレスを纏ったレディナは、以前よりも少しだけ優しくなっていた。
そして誰も知らない。
彼女が夜、星を見上げて小さく呟いていることを。
「……今年こそ、優勝できますように」
意味は分からない。
だがその祈りだけは、本物だった。




