商業の街ハンデル 中編IV
鳥の鳴き声が聞こえる。
“チュンチュン、チュンチュン“
一定のリズムで聞こえてくるそれは、朝だという事実を俺に押し付けると同時に、もう一度夢の世界へと誘おうとしてくる。
二度寝をする口実や寝坊した時の言い訳の様なものが、ぐるぐると頭の中で回っている。
寝起きで上手く回らない頭で、色々と考えるが結局、怠い体を、その重さに負けじとのっそりと起こし、ハンデルでの朝を迎えた。
暫くは頭がぼんやりとしていたが、一度宿の外へ出た。
少しひんやりとしていて、まだ朝なんだということを改めて実感する。
冷たい、新鮮な空気を思い切り吸い込む。
鼻の奥を突くような冷気が、頭にかかった靄を振り払い、今度はしっかりと目が覚める。
すると、さっきまではなかった“朝の匂い“もする様になった。
なんとも言えない、不思議でありながら、どこか慣れた匂いだ。
じっくりと、満足するまで、朝を堪能した後に宿の中へと戻っていった。
それにしても、とても質の良い宿だ。
ベットも昔なら考えられないほどふかふかしている。
綿でも入っているのだろうか……。
寝転がれば、自然に体の形に布団がフィットし、瞬く間に夢の世界へと連れ去ろうとする。
そして、それに拍車をかける様に調節可能な光源まである。
見た目こそ廊下に埋め込まれている魔石と大差ないが、性能は段違いだ。
魔石の横についている、丸いつまみを回せば、淡い橙色から、次第に煌めく白色へと変化する。
昔の宿は軒並み蝋燭しか無かったせいか、ちょっとだけテンションが上がって遊んでしまった。
今思い出しても大人気ない………。
そんなことを考えていると、外に活気が溢れ始めたことに気がついた。
そう言えば、宿泊街のすぐ近くには食事処がたくさん集まっているなんて話をギルドで耳にした様な気もする。
急ぐ必要はない。
必要はないけど、どんな物が食べられるのか考えると、自然と荷支度する手も早くなっていった。
今日はどうしようか。
そんなことも自然に浮かび上がってくる。
図書館へ行って、ここ200年近くでどんなふうに生態系が変わったのか、情勢はどうなってるのか、あの頃あった国は?色々と調べたいことも山積みだ。
悩ましいが、金がなぁ…。
何処でどう取られるかわからない。
昔は図書館だって入場料を取られた記憶がある。
なるべく金銭関係では悩みたくはない。
だから、今日のところはギルドでもう一度仕事を斡旋してもらうことにした。
“だがまずは飯だな!“
宿の受付で手続き済まし、活気あふれる街へと飛び出した。
大人しかった夜と比べると、見違えるほど騒がしい。
やっぱりここも、この街の一部なんだと思い知らされる。
石レンガで舗装された道を、その感触を踏み締めながら歩いていく。
ふんふんふ〜んっ。
無意識に鼻歌まで歌ってしまった。
そうして5分ほど経っただろうか。
雰囲気が急に変わった。
宿泊街の、大人びた、おしゃれな雰囲気から一転、そこに広がるのはテーマパークの様な世界だった。
いくつも立ち並ぶ食堂には、溢れんばかりの人々が往来し、がやがやとした雰囲気の中に、色んな料理の匂いが混ざっている。
よだれがっ……止まらないっ!
金はある。
それに今日も稼ぐ。
心配はいらない。
そう心の中で話し、飲食街へと歩みを進めた。
しかし、そうは言っても時間は朝だ。
コッテリしたものよりは、あっさりとした、後味がいいものを食べたいなと思う。
暫くは見て回っていたが、やはりどれも決め難い。
パン屋や、弁当屋といったテイクアウト式もあれば、がっつりレストランも多くある。
うーむ。
そんなふうにずっと悩んでいたが、今回はあえてパン屋で軽くご飯を買う方向性で行くことにした。
パン屋と言ってもこれまた沢山あったが、悩んでいても仕方がない。
そう思った俺は、自分から一番近くにあった“パンの国“というパン屋に入って行った。
中は物静かでありながら、それを感じさせまいと輝くパンで装飾されていた。
本来食べられることが目的である食品が、そこでは、特別な空間も作っていた。
さらに、香ばしいパンの匂いも充満している。
まさしく“パンの国“だ。
そうして、手頃なのを1〜2個手に取り、俺はそこを後にした。
ギルドに向かいながら、さっき買ったパンにかぶりつく。
見た目通りにふわっふわでとても美味しい。
小麦の香りがふっと鼻を抜け、口の中に甘みを残す。
あえてパン単体のものを一つ買ったが、正解だったみたいだ。
食事が捗る。
そんなこんなしているうちに大通りへと出て、気が付けばギルドのすぐそこまでやってきていた。
パンも食べ終わり、準備万端だ。
胸を張ってギルドへと入り、早速ボードの前へと歩み寄る。
あいも変わらずぐちゃっとしている。
出来ればC級の依頼を受けたいが、パーティーを組むのが条件だしなぁ。
と思って立ち尽くしていると、誰かに声をかけられた。
「なぁ、あんたソロか?
人数足りなくてな、出来ればでいいんだが、一時的にパーティーを組んでくれねぇか?」
若い男の声だ。
え、いきなり?
思わず身構える。
しかし話を聞いていると、どうやら怪しいものでもないらしい。
なんでもC級の依頼を受けるのに人が足りなくてメンバー探しをしていたところ、受付嬢が「実力があるD級がソロで活動している」と教えてもらい、探していたそうだ。
ちょうど俺もC級は受けてみたいと思っていたところだ。
だから、彼らは渡りに船というやつだろう。
まずは軽く自己紹介からする。
E級のクリベントと、D級のソフィー。
二人は幼馴染で、ずっと冒険者に憧れていたんだそうだ。
クリベントが重戦士でソフィーが術師と言っていた。
そこに剣士として俺が入ればバランスは申し分ないだろう。
「で、どの依頼を受けるつもりなんだ?」
と聞いてみたところ、“グレートヒルシェット“という魔物の駆除を受けるつもりらしい。
特に角が上質な素材なんだとか。
目的もはっきりとしたので、受付で所属を一時的に更新してから、軽く装備の確認をし、初めての三人旅が静かに始まった。
今回の目的地は、昨日行った森とは違い、ここから2〜3時間程歩いたところにある森だ。
こうやって人と旅するのは久し振りで楽しい。
なんたって200年ぶりなんだから。
昨日ぶりに街を出て、森へと向かっていく。
出た門こそ違うが、外の景色はどこも同じに見えてしまう。
風が吹き、草がさわさわと心地のいい音を立てている。
このまま寝っ転がったら寝れるだろう。
そんなことを考えていると、クリベントが声を掛けてきた。
「そう言えばよぉ。デメルングはなんで冒険者やってんだ?」
返答に困ってしまった。
出来れば勇者であったことや、魔王との約束の事なんかは話したくない。
だから、俺も彼らと同じ様に、「シュトレッケ伝説が大好きで、いつか冒険をしてみたかったんだ。」と、そう答えた。
すると今度はソフィーが話す。
「シュトレッケ伝説ねぇ。
私はよくわかんないけど、クリベントがちっちゃな時から事あるごとに、話に来たのよ。
それもすっごく目を輝かせてね。」
微笑みながら彼女はそう話した。
クリベントは顔を少し赤くして、恥ずかしそうにしている。
ただ、自分の人生に憧れを抱いてくれている、好いてくれている人がいるとわかると、なんだか少し誇らしい。
その後も色んな話をした。
どこから来たのかとか、何が好きなのかとか、あとは、なんで剣士じゃなくて重戦士なのか、とか。
3人でケラケラ笑いながら、長い道のりを歩いて行った。
そうして、ようやく目的の森に着いた。
名前はなんだったか……。
忘れてしまった。
ただ討伐目標は覚えている。
“グレートヒルシェット“だ。
聞いた話によると、美しい身体に猛々しい大きな角が4本生えている生き物らしい。
美しい身体と言われてもうまく想像はできないが、取り敢えず見れば一目瞭然だと言われた。
念の為心を入れ替え、俺たちは森の中へと入って行った。
なんだかハンデル近郊の森とは似ても似つかない。
葉の密度が高いせいか、少し薄暗く気味が悪い。
それに足場も木の根のせいで安定しない。
そう言えば、過去の旅でもこんな感じのところに寄ったことがある気がする。
あの時は、ヴィーメとアビエンテがヒーヒー言いながら苦労した。
すると、空気が一転した。
なんというビリビリとした威圧感の溢れる空気だ。
このことは2人もわかる様で、顔付きが変わり、身構える。
気がつくと、奴はもうそこにいた。
グレートヒルシェットだ。
鹿の様な体に、似つかわしくない猛々しい角が4本。
事前に伝えられていた通り、一目で理解できた。
クリベントが急ぎ盾を構えて前に出る。
ソフィーは俺たちに強化魔法をかけつつ、ヒールで援護してくれるみたいだ。
ヒルシェットがそのご自慢の角でいきなり攻撃し始めた。
下から思い切る切り上げる様な攻撃や、角を叩きつける様なもの、さらには足での蹴りなんかもあり、エーベルとは比較にもならない力を見せつけてくれた。
しかしそんな攻撃を、クリベントはなんとかいなしている。
ゴォォン、ガァァン、と轟音を立てながら、後ろを守ってくれていた。
それにソフィーもすかさずヒールをしている。
感心していたが、俺もすかさず参戦した。
まずは手始めに、剣で思い切り脚に斬り込んだ。
でも、ゴワゴワとした毛に阻まれ、上手く刃が通らない。
なので今度は、剣に魔力を乗せてみる。
ただ本当はあまりやりたく無い。
というのも本来はそれ専用の剣があるわけで、一般的なものに無理やり魔力を流すと、すぐに劣化してしまうのだ。
その剣でもう一度脚を切り付けると、今度は切り傷をつけることが出来た。
「よしっ。」
もう奴の弱点は分かった。
あとはこのまま攻撃していたらやれるだろう。
一応ソフィーにも援護射撃をしてもらうことにする。
「ソフィー!手の空いた瞬間でいいから、使える攻撃系の魔法を撃ち込んでくれ!」
「ええ!分かりましたわ。」
素晴らしい声で返事をもらえた。
その間も、クリベントは数多の攻撃を受け流し、E級とは思えない実力を発揮している。
それからどのくらい攻防を続けただろうか。
そろそろクリベントもソフィーも疲れが目立ち始めている。
俺の剣もだいぶボロボロで折れてしまってもおかしく無い。
それにソフィーのヒールも追いつかなくなり始めた。
グレートヒルシェットだって攻撃のキレが無くなり、流れ出る血の量もだんだんと増えている。
剣だけだとは言えここまで時間が掛かるなんて微塵も思っていなかった。
そろそろ終わりにしないと。
そう思い、ここまでは使わずにいた魔法を使うことにした。
ただ、いざ使うとなると、本当に発動するのか不安になる。
でもそんな心を落ち着けて、静かに、一言発する。
“擬天球“
俺の指先には小さく、真っ黒な球体が現れた。
それをグレートヒルシェットに向かって放つ。
それはゆっくりとただよい、遂に奴の腹の浅いところに接触した。
するとそこだけ綺麗に、まるでくり抜かれたみたいに無くなり、これが決定打となった。
奴の動きはゆっくりと鈍くなり、身体中の魔法の後や、剣で切りつけられた傷から血が流れ出ている。
それでも、こちらへと歩み寄ってくる。
“まだ負けていない“、とでも言うように、奴の目にはまだ闘志が燃えていた。
その大きな肉体に相応しい“心“を持っていた。
しかし、それでもいつか終わりは来る。
目の輝きがふっと消え、ばたりとその場で倒れ込んだ。
そこにはもう、物しか無かった。
俺たちはグレートヒルシェットをついに倒した。
E級重戦士のクリベントとD級術師のソフィーはその場で思い切り右腕を振り、「シャッッ!」、「やったぁ!」と叫んだ。
俺ももちろん嬉しかった。
でも懸念点もある。
こいつも俺は知らない魔物なのだ。
ただまぁ、そこに関してはまた調べるとして、取り敢えずこいつを解体してしまおう。
喜びに浸っている2人を尻目に、筋肉質で分厚いグレートヒルシェットの体へと短剣を突き立てた。
でっぷりと肥えた腹を、掻っ捌いていく。
どろりと赤黒い内臓が漏れ出し、同時に血の鉄臭さ、生暖かい、生きていた証がこちらへと伝わってくる。
しかし、絶命したばかりからだろうか、ちっとも生臭くない。
そうやって黙々と、俺はこの子に心の中で感謝をしながら処理をしていると、彼らが声を上げた。
「おい、なにしてんだ?」
クリベントが答える。
単純な疑問から来たであろう言葉だった。
「解体だよ。ほら、殺したらすぐに解体しちゃった方が、鮮度を保てるし、売る時も高値で売れるんだ」
今度はソフィーの方が答えた。
「わぁぁ!
すごい良いこと聞いたわ!」
すると今度は、解体する俺を尻目に、2人がひそひそと話し始める。
その間も黙々と解体を続け、これから骨と肉を分け、頭を落とすところまで来ていた。
すると彼らが話しかけてくる。
「あの、こう言うのはなんなんだけども、良かったらパーティーくまない?」
もう1人も、間を空けずに声を上げた。
「正直言うと、あんたの魔法にめちゃくちゃ助けられたんだ。それに、出来ればソフィーにあんたの魔法を教えてもらいたいんだ。」
こちらとしても願ってもない話しだが、きっと無理な話しだろう。
そもそも、俺は約束の地まで行かなければならないのに、それに彼らを巻き込むのは正直気が引ける。
だから俺は答えた。
「気持ちは嬉しいよ。ただ、俺は……旅の最中なんだ。
ハンデルには、たまたま寄っただけだからさ。
あそこを拠点にしている君たちとはパーティーを組むのは難しかな。」
すると彼らは言う。
「なんだ、そんなことか。
それなら大丈夫だよ。
僕たちも別に、ここハンデルを拠点に活動してるわけじゃないんだ。」
続けてソフィーも話す。
「だからさ、一緒に冒険しようよ」と。
嬉しかった。
どれだけ割り切っていたとしても、ことあるごとに、かつての仲間が脳裏によぎる。
あいつらだったらこんな会話したな、とか、ここはあの連携ならもっと簡単だな、とか。
俺は、少し躊躇いながらも手を取る。
いつか別れる日が来るとわかっていても、彼らといるのは心地が良かった。
だからパーティーのお誘いは、受けさせてもらおう。
「それなら、こっちからお願いするよ。これからよろしくな!」
もし少しでも続きを読みたいと思ったら、ブックマークなどをして頂けると嬉しいです。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみにお待ち下さい。




