商業の街ハンデル 中編III
さてさて、それでは宿を探しに行こう。
そんな気持ちで、宿泊街へと向かう。
周辺を見渡しながら歩いていく。
今いる通りは、昼間も通ったが、まるで別世界の様に違った良さが表に出ている。
街は夜を知らない様だ。
建物から漏れ出す光は、一つならなんて事ないが、寄り添う様に、街全体を照らし出し、決して眠りにつかせない。
そしてそこに住む人々も、そんな街の雰囲気に釣られる様に、どれだけ夜が更けようとも、喋っている。
本当に賑やかだ。
俺の生まれた村とはえらい違いだ。
あそこは夜になれば静まり返り、耳を澄ませば虫の音や、風に吹かれて擦れる草の音が聞こえる。
とまぁ、そんな調子で宿泊街を目指していたわけなんだが、よく考えたらまだ夕食を食べていないことに気付いた。
なので、先に食堂へと入ることにする。
今度は昼間の様に、路地へと入っていくのではなく、大通りに接する様な形で人気のありそうなところに入ってみようと思う。
周囲を見渡して、それらしいものがないか探す。
そして少し進んで、また探す。
そうやって10分ほどキョロキョロしていたところ、ようやく、「これだ!」となる食堂に出会えた。
“エルベ食堂“、木の看板に刻まれたその文字に釘付けになり、目が離せなくなった。
心が少しずつ昂る。
落ち着いた足取りは、気付けばスキップの様に、心の内を照らし出す様なものに変わっていた。
そのまま中へと入っていく。
入っていきなり、人々の活気と、涎が出てくる様な美味しそうな匂いにお出迎えされた。
7人か8人程のウェイトレスが休む間もなく料理を両手に、忙しそうに運んでいる。
俺の中でどんどん期待が膨らんでいく。
昼間に入ったあの食堂とは、真逆の雰囲気だ。
あそこも隠れ家的な良さがあったが、こちらは王道的な良さがあり、心がじんわりと熱くなる。
いくつもある丸テーブルに着こうかとも思ったが、丁度カウンター席が空いている様だったので、そちらに着く事とした。
目と鼻の先には、これだけの客に提供する食事を作る、いわば心臓部とでも言えるであろう厨房が広がっている。
そこには、白い服に身を包み、真剣な顔つきで、一つ一つの料理と向き合っている人物が数人いた。
どの顔をみても、その雰囲気に気圧されてしまいそうだった。
しかし、その瞬間、腹がなる。
俺はいきなり現実に引き戻された様な感覚を覚えた。
席の端に置かれたメニューへと手を伸ばす。
こちらも昼間の場所とは違い、厚みがある。
早速目を輝かせながらメニューを開く。
その瞬間、気になる料理の名前が、大量に流れ込んできた。
リュウモドキの素揚げ、リベル産バウムミミックのスープ、ケルピーのステーキや、ヘルフェスのサラダ、オムレイ、ハンヴァなどなど、どれも美味しそうな名前をしている。
それに、今日は沢山稼げたんだ。
初日くらいは食べたいものを食べても、バチは当たらないだろう。
そんなことを考えながら、どれにしようかと指でなぞりながら悩む。
あれもいいなぁ、これもいいなぁ、そんなふうに色んなものに目移りしながら、品定めをしていたが、俺はついに決めた。
1番気になっていたリュウモドキの素揚げを頼むことにしよう。
そこからは早かった。
軽く右手をあげ、「すみません」とウェイトレスへと声をかける。
すると、1番近くのテーブルを片付けていた1人の女性がこちらへと歩み寄ってきた。
「はいはーい。ご注文は、お決まりで?」
勿論答えは決まってる。
「あぁ、このリュウモドキの素揚げってのを頼めるか?」
すると彼女は、素早い手つきで、手に持っていた小さなメモ帳の様なものに、スラスラと書き、注文を繰り返したのちに、“それじゃあ、少し待っててね“と微笑みながら一言残して、厨房の方へと消えていった。
それから何度ウェイトレスが料理を持って近くを歩くたびに、「ついに来たか!」と焦らされたことだろう。
気がつけば、いよいよ自分の番へとなっていた。
目の前に置かれた素揚げは、パッと見かなりの大ぶりだ。
綺麗な黄金色をし、ほくほくと湯気が立ち込めている。
顔を近づければ、形容し難い香りがツンと鼻を刺し、食欲を思い切り引き出してくる。
リュウモドキという生き物がなんなのかはよくわからないが、美味いということだけは分かる。
心の中で食レポをしながら、ゆっくりとフォークで素揚げを刺し、口へと運ぶ。
“サクッ“
軽快な音が、小さく耳に入る。
かぶりついた瞬間、肉汁がジュワッと口の中へと広がり、気絶しそうになる。
あっつあつの油と肉汁は、口の中を容赦なく攻撃してくるが、その痛みすらも旨みの一部だと思えてしまうほどに素晴らしい。
やはりこれも故郷では食べたことがないものだ。
さすがは商業の街といったところだろう。
知らない素材が、知らない形で、幸せを運んでくる。
まだ、たったの数日。
旅は始まったばかりだ。
でもその中で、すでに俺は魔王との約束うんぬんとは別に、純粋に今この瞬間を、人生を楽しんでいた。
とてつもないボリュームの料理だったが、腹ペコな勇者の前では無力に等しい。
気付けば、目の前にあったはずの、黄金色の山は、空虚な平原へとなってしまっていた。
すんごく満足した。
今度からギルド帰りはここに寄ろうか……。
独り言を呟く。
会計を済ませよう。
ウェイトレスを呼び、会計をしてもらう。
「リュウモドキの素揚げですねぇ。えーと……お会計は、銀貨1枚です!」
なんだか、物価に驚かなくなり始めていた。
金額を聞いた俺は、潤った財布の中を探り、銀貨1枚を取り出し、彼女へと渡す。
「これでお願い」
すると彼女はにっこりと笑い、ありがとうございましたと元気に話した後、小走りでまた、元の仕事へと戻っていった。
忙しいんだなぁ。
そして、厨房に向かって「ご馳走様です〜」なんて言いながら、エルベ食堂を後にした。
外へと出ると、あいも変わらず活気が溢れている。
が、この賑わいだと大通りの宿じゃ、対して眠れそうにない。
どれも心地のいいものなはずなのに……。
何故か落ち着かない。
「静かな夜が恋しい……。」
なんというか、騒がしい中で寝るのはあまり慣れていないのだ。
これに関しては、前世で仲間と寝る時だって、ここまで騒がしかったことはない。
多少質が落ちてしまっても構わないから、なるべく大通りから離れた、静かな宿泊街を見つけることにしよう。
そうして、俺は横に伸びる、少し細い路地へと入っていった。
暫くはその賑わいが続いていたが、それもやがて、遠ざかっていく。
どんちゃん騒ぎは聞こえるが、もう騒音というほどでも無くなり、残響がほんのりと聞こえる様になった時、ついに宿泊街のひとつへと辿り着いた。
いくつもの宿屋が、規律よく立ち並び、美しさを醸し出している。
道も、気が付けば石レンガを押し並べたものへと変わり、あたりの雰囲気に溶け込んでいる。
街灯は静かに周辺を照らし、何だか全体的に大人びている様に見える。
周囲を見渡し、どこに泊まるべきかを考える。
一際大きなあそこに泊まるか、はたまた小柄だが高級感あふれるところに泊まるか……。
外は、昼間に比べたら冷えていたが、それでも緩く、ちょうど良い感じだ。
おかげで悩む時間ができた。
結局数分悩んで、何となく気になっていた、“鳥の宿屋“に入る事にした。
大きさは、周辺と比べると平均的…。
様式もこの国では有名でスタンダードなものだ。
ゆっくりと入り口をくぐる。
物静かで趣のある空間が、そこには広がっていた。
木の香りがほんのりと漂い、ここに立っているだけで心が癒されてしまう。
大当たりだ。
今回は目利きを間違えることもなかったらしい。
勇者をやっていた頃には、ぼったくられたり、質があり得ないほど悪かったり、荷物を盗まれそうになったりと、散々失敗してきた。
だからこそ、当たりを引いた時の喜びは人一倍大きい。
心を熱くしながら、俺は受付を済ませ、宿の奥へと進んでいった。
ほんの少しだけ続く短い通路抜けると、ひと回り広くなった奥へと続く空間が現れた。
長い壁には、等間隔でほんのりとした、優しい光を出す魔石?の様なものが菱形に加工され、嵌め込まれている。
そして、その間には少し大きめな扉が幾つも並んでいる。
俺の指定された部屋は、109号室…。
どうやら少しだけ、この趣ある作りを楽しめそうだ。
それにしても、時々気になってはいたんだが、この光っている魔石の様なものは何なのだろうか。
なんだか不思議と落ち着く光だ。
少なくとも勇者だった時にはこんなものは見たことがなかった。
それこそ、あの頃は蝋燭を使ったり、わざわざ町中の街頭に埋め込まれた特別な魔石に、光魔法の魔力を注ぐ仕事だってあったくらいだ。
見てみるに、きっと何処かに大きな供給源でもあるのだろう。
遥かに楽になった世界だなと思う。
ゆっくりと歩みを止める。
目の前には上の方に、少しくすんだ金色で“109“と記された扉が、静かに、そこに立ち尽くしている。
ゴクリと固唾を飲み、ドアノブに手をかけた。
少し硬い。
ドアノブは力を入れて、右に捻ねると、ついに扉が開いた。
滑らかで、変な音は一切せず、いかに手入れが行き届いているのかが、これだけでわかる。
小さな期待に胸を膨らませ、俺は部屋へと消えていった。
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