商業の街ハンデル 前編
第2話です。
予定よりも少し早めに投稿することにしました。これ以降はゆっくりと進めていきたいと思います。
前回は楽しんでいただけたでしょうか。
今回からは文字数が多くなるので、無理のない程度でゆっくりと読んでいただけるとありがたいです。
ハンデルへと辿り着くために、デメルングは家を出てから、すでに3日間ほど歩き続けていた。
その間、彼の驚きが絶える事はなかった。
かつては、緑色の草原の中に、土を軽く引いて茶色くした様な道しかなく、時には途絶えている事だってよくあった。
でもこの時代ではそんな事はない様なのだ。
道は、不恰好に四角く切り出された石を敷き詰め、どう歩けばいいのかを、迷う事なく示してくれる。
「変わったな……」
時々、過去に浸る様に、ポツンと言葉が漏れてしまっていた。
でも変わらないものもある。
それは風だ。
あの頃と同じ様に、少しだけ温かさを含んだ風は、程よい塩梅で肌を撫でている。
かつては仲間達と、そこらへんの草原に寝転がったりして旅が進まないなんてこともよくあった。
ただの一本道を歩いているだけなのに、いろんな出来事を思い出してしまう。
暫くして、ハンデルが見え始めてきた。
街は少し大きめの円を描いた城壁に守られている。
城門の前では、かなりの人々が露天を並べ、街に入る前からその活気の良さが伺える。
離れていても、少しだけ飛び交う言葉や、歌が聞こえてくる。
それらに近づくにつれ、果物の匂いや、パンの香りなども漂い始めてきた。
そして、門の前には街に入りたい人々でかなりの長蛇の列が作られていた。
自分の番まではかなり掛かるだろう。
気長に待つとした。
そして時間はあっという間に過ぎ去り、気がつけば門のすぐそこまでやってきた。
俺の番だ。
入り口の両隣には、装飾が施された甲冑を着た人物が二人立っており、門番の役割を担っている。
俺は彼らに尋ねる。
「街に入りたいんだ。ここ通っていいか?」
二人の騎士のうち、右側の人物が答えた。
「ギルドや行政機関が発行している身分証は持ってるか?
ないなら通行料で銀貨3枚だ。」
「銀貨3枚?」
俺は思わず聞き返してしまった。
すると門番は眉をひそめて喋り出す。
「なんだ?まさか相場も知らねぇでここまでやってきたのか?」
とても迷惑そうな声だった。
でも、俺の後ろにもまだまだ人は並んでいた。
俺もこれ以上揉め事を起こしたくないと思い、この場では、身分証と言えそうなものは持ってなかったので、村を出る時に親から貰った財布の中から銀貨を3枚取りし、門番に差し出した。
「銀貨3枚、これで丁度だろ?」
これに対して彼も、「あぁ、確かに銀貨3枚。通っていいぞ。」
と、少し事務的に答えた。
俺はそのまま、街中へと足を踏み入れる。
「わぁ……!」
思わず声が漏れる。
すごい活気だ。
かつてはここに立ち寄ったこともあったが、ここまでではなかった。
改めて、俺は200年という膨大な時間の経過をはっきりと認識することになった。
しかし、まさか街に入る為に銀貨が3枚も必要だとは思わなかった。
銀貨は銅貨10枚で1枚になり、金貨は銀貨10枚で1枚となる。
これ以上に白金貨や殊白金貨などもあるが、普通の庶民には、お目にかかる様な機会すらないだろう。
以前は銅貨7枚だったはずなのに。
「……物価も、ここまで変わるのか」
少しだけ複雑で気持ちが沈む。
そしてある課題にも気がついた。
金を稼がねばならない。
親から選別として、銀貨20枚、銅貨48枚を渡されたが、もしこの物価が世界共通なら、あっという間に一文無しだ。
他にも色々考えなきゃいけないこともある。
ひとまずはお腹も減っていたので、それと一緒に一度頭の中を整理する為、俺は少し苦い表情をしながら、手頃そうな食堂を探すことにした。
一瞬、以前立ち寄った食堂へと思い、立ち止まったがきっと残ってはないんだろう。
そんなふうに割り切って、敢えて人通りが少なめの路地へと足を進めた。
それでもさすが商業の街というだけあって、裏路地もそこそこに賑わいがある。
どこを歩いていても人の声が、取引が目に入り、聞こえてくる。
こんなところも昔から成長したんだと思う。
ここまで歩いてきたが、スラム街の様陰も見当たらない。
きっと、ずっと豊かになったのだろう。
その分物価の高さには驚かされる。
でも、少しだけあの旅の終着点に意味があったんだと感動した。
路地をずっと進むと、少し小柄だが趣のある食堂を見つけた。
俺は「ここだっ」と思い、ゆっくりと中へ入っていく。
中は想像していた通りほんのりと薄暗く、6、7はあるテーブルに対して、客は2、3人しかいない。
それでもほんのりと美味しそうな料理の香りが漂い、知る人ぞ知る穴場の様な雰囲気を作り上げていた。
早速俺は、部屋の右端にあった丸テーブルへと腰を下ろし、メニューを開く。
ホーンラビットの甘辛焼き、ケリュミューのステーキ、ホルサススープやケルピーサラダなど、品数こそ少ないがどれも気になるものばかりで興味がそそられる。
特にケリュミューのステーキは、前世でも見たことがなかった。
そして俺は、このステーキに挑戦することに決め、早速注文する。
店の中をただ一人で回っているウェイトレスは、銀髪に銀色の瞳を持った整った容姿をしている。
その空間にマッチしたほんのりとクールな印象を受ける人物だった。
早速その女性に声を掛け、注文をする。
俺が言い終わると、何処か事務的で、あっさりとした、これまた最高なトーンで注文を繰り返し、彼女は厨房の方へと向かっていった。
さて、これで腹の方はいいだろう。
次は金銭面だ。
どうしたものか。
暫く顎に右手の人差し指と親指を添え、じっくりと考える。
かつて勇者だった頃は、国王が定期的に支援してくれていたため、こんな悩みを持つのは初めてだった。
うーん……、うーん……、と小さく唸る。
本当にどうしたらいいんだろう。
何も思い浮かばない。
困り果てていると、あのウェイトレスが声を掛けてきた。
やっぱり事務的で、まるで何も無い空間に対して話しかけている様な声だ。
「お待たせしました。ケリュミューのステーキです。熱いので気をつけてください。」
そうして、コトンとステーキが目の前に差し出された。
見た目はほんのりと赤みがかった、よくある牛や豚の肉に似ている。
そして、ジュージューと音を立てて、食欲をそそる様な肉々しい香りを放っている。
脳にガツンとくる程の良さだ。
正直に言おう。
かぶりつきたいッ!
ご丁寧にナイフとフォークも置かれたが、とにかくかぶりついてみたい。
悩み続けて疲れていた頭はすぐにそんな考えに支配され、何も考えなくなってしまった。
よだれが溢れてくる。
それでも理性はまだある。
マナーを守らなきゃ。
でも……でも!
結局、誘惑に負けた。
ナイフで思い切り、肉を突き刺しそのまま噛みちぎる様にかぶりつく。
塩味と肉本来の味が互いを高め合い、その旨味がほんのりと口の中に広がる。
一瞬、不思議な川が見えた様な気がした。
そしてその美味さに支配された俺は、まるで飢えた魔物の様に、兎に角その肉を貪り尽くした。
マナーなどそこにはなく、あるのはただ野蛮な一人の天才であった。
気がつけば皿は空になっていた。
腹には充分な満腹感と、何処か寂しい気持ちが浮き上がっていた。
気づけば視界がじんわりと滲んでいた。
これをあの時の仲間と食べれたらな……。
ファクテンはきっと冷静に分析をしだすんだろう。
ヴィーメは俺と一緒に馬鹿するかもしれない。
アビエンテはそんな俺らを呆れた様な目で見て、首でも振るんだろうな。
もう随分前のことなのに、今でもはっきりと想像できてしまう。
寂しい。
一人でも大丈夫だと思っていたのに……。
…………。
……………………。
…………………………………………。
結局はダメみたいだ。
考えていた問題も忘れて、暫く一人で静かに涙した。
ゆっくりとウェイトレスはこちらへと歩み寄り、静かに空になった皿を下げ、空になったグラスへと水を注ぐ。
きっとこういう場面を沢山見てきたんだろう。
それくらい手慣れていた。
彼女はそれ以上何かをするのでもなく、ただ静かに定位置へと戻っていった。
どれほど泣いたのだろう。
店にいた客はすっかりいなくなり、残ったのは目を腫らした青年だけだった。
ひとまずは出なければ。
少し長居しすぎた。
そう思い、ウェイトレスの方へと近づき、会計をする。
「ケリュミューのステーキを一つで、銀貨3枚と銅貨7枚になります。」
うッ。
仕方がない。
あれだけ美味かったんだ。
それに、色々なことを思い出させてくれた。
そう考えれば安い。
痛くない、痛くない……訳ない。
すっかり頭から抜け落ちていたが、金銭面をどうにかしなければ……。
ひとまずは何とか取り繕い、銅貨を取り出し彼女へと渡す。
「銀貨3枚と銅貨7枚、確かに受け取りました。またのご来店、楽しみにしております。」
相変わらず感情のない冷たい声だ。
そんなふうに感じながら店から出ようとした時、彼女に呼び止められた。
「すみません。もし、お金に困っているなら、ギルドにでも所属してみてください。そしたらこちらでも割引できますから。」
今度は少しだけ、心配する様な声だった。
きっと自分では取り繕えていたつもりでも、周囲から見たら、その陰気臭さがダダ漏れだったのだろう。
「教えてくれてありがとう。また来るよ。」
そう言って、俺は店を後にした。
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