内気な薄幸令嬢のはずなのに100tハンマーが装備できました
装備できる武器……それは、「武器の女神に愛されるかどうか」で決まる。
剣の女神に愛された者は、剣の装備が可能であるし、
弓の女神に愛された者は、弓を装備できる。
もちろん、その武器に愛されなくても、携帯すること自体はできる。
でも、才もないのにその武器を無理に扱おうとすると、身体が疲弊していき、怪我の危険性も高まる。
だから、自らが装備できる武器を見つけることは、冒険者が冒険者として生きていく上で必要不可欠なことだ。
そのような理由もあり、エリザが属する冒険者養成学校では、入学当初に、生徒一人ひとりの装備武器を見極めるための「儀式」がある。
教師から自らの名が呼ばれた時、エリザの肩は小さく跳ねた。
不安から、長袖のワンピースから見える細い手首を、もう片方の手でキュッと握りしめる。
瞬間、他の生徒がこそこそと陰口を言った。
「あの子はきっと『加護なし』よ。だって、女神様に愛される器を持っていなさそうだもの」
「確かに、なんつーか、陰気臭いし、服もみすぼらしいし。なんであんな弱弱しい娘が、養成学校に?」
「大魔法使いを数多く出している貴族の家出身らしいんだけど、あの子、魔法が全く使えないらしくてね。だから、魔法学校じゃなくてこちらの戦士養成学校に入れられたらしいわよ。魔法使いの護衛となれるように」
「護衛、と言えば聞こえがいいけれど、結局、『身代わり』や『捨て駒』になれるようにってことだよな」
さざめく言葉を聞こえないふりをして、エリザは一歩ずつ、魔法陣へと進んだ。
本当に、加護なしだったらどうしよう。そんな不安が身体の奥からせり上がる。
(もし、加護なしだったら、私は本当に、あの家を追い出される。
今までだって、魔法の才のない役立たずと散々罵倒されてきたのに、これで、装備できる武器も見つからなかったら、私は、生きていけない……)
いえ、きっと、大丈夫、大丈夫だ。
エリザは顔面蒼白のまま、心の中で何度も唱える。
小刻みに震える身体をなだめるように、一層強く手首を握る。
おそるおそる、魔法陣の中心に足を踏み入れた。
教師がまじないを唱えると、急に辺りが暗くなる。
他の生徒たちも一斉に口をつぐんだ。
そして、教師の詠唱と共に、魔法陣が徐々に光を帯びてくる。
「さぁ、エリザ・ラーヴェルを愛する武器の女神よ。その姿を、ここに現したまえ!!!」
瞬間、強烈な光が魔法陣から放たれ、エリザを包む。
彼女の遥か頭上に浮かび上がったのは、女神と呼ぶのをためらわれるくらいの、
筋肉隆々のいかつい神の姿だった。
一同が唖然とする。エリザ震えながらも、恐る恐る、天を仰ぐ。
武人のような姿の神を捉え、「へっ」と小さく声を上げた。
その女神は、にんまりとエリザに向かって微笑みかけると、そのまま姿を消した。
同時に、魔法陣からの光も消失し、辺りが再び明るくなる。
「……今のは?」
茫然とするエリザは、ふと、自分の目の前に、巨大なハンマーが置かれていることに気が付いた。
それは、持ち手のついた酒樽ともとれるほどの大きさだ。
その打撃部分には、100tと書かれている。
「こ、これの女神はまさしく……」
様子を眺めていた学長が、白く伸びる髭を揺らしながら、エリザの元へ駆け寄る。
「打撃武器の最高峰、『100tハンマーの女神』じゃああぁ‼」
その叫びを聞き、エリザも、他の生徒も教員も、目を丸くする。
「100tハンマーの女神? なにそれ、聞いたことないんだけど」
「女神っていうより、魔人みたいな姿だったよね?」
「っていうか、あんなか細い子が、100tのハンマーなんて持てるわけ」
そう生徒の一人が言いかけた時だった。
学長に促され、ハンマーの前に進み出たエリザは、その柄をつかむと、軽々と持ち上げた。
「持ち上げてるぅ!!!」
皆が驚愕の叫びを上げる中、一番困惑しているのは、その声の中心にいるエリザだった。
(うそ……なんでこのハンマーを、こんなに軽く感じるの?」
エリザは目をしばたたせる。
そんな彼女の肩に、学長がポンと手を置く。
「おまえさんは、100tハンマーの女神に愛された。これを振り回せば、敵も魔物も一撃で砕き、倒せるじゃろう。精進しなさい」
こうして、エリザの学校生活が始まった。
***
「エリザ、引いた方がいい! これは、お前らでは手に負えない魔物だ!」
初めての校外実習の日、教師はそう叫んだ。
エリザらは初心者向けの森で実習を行っていたが、
本来その森には生息していないはずの獰猛かつ危険な魔物に出くわしたのだ。
(先生がそう言うのだ。敵わないに決まっている。早く逃げなければ)
そう判断したエリザは、ハンマーを持ち、敵に背を向けた。
しかし、エリザはハンマーが扱えるだけで、その他の身体能力に秀でた点はない。
必死に走るエリザとターゲットとみなした魔物は、彼女に飛び掛かる。
「危ないっ!」
教師も彼女を助けようを駆けるが、間に合わない。
エリザはその声を聞き、思わず魔物に見返った。と、その時だった。
ゴンッ……
鈍い音と共に、「グワッ」とうめくような魔物の声が辺りに響く。
気が付くと魔物は、口から泡を吹いて倒れていた。
そこで初めてエリザは気が付く。振り返った瞬間にたまたまハンマーが魔物の頭部に当たり、
魔物を倒してしまったのだと。
(私が……倒したの?)
緊張から解き放たれたエリザは、その場でへたり込む。
エリザの元へたどり着いた教師は、唖然としながらつぶやく。
「……こいつは、旅慣れた冒険者でも命がけで対峙しなければならない魔物なのだが」
エリザはその状況が呑み込めず、小さく口を開ける。
様子を見ていた生徒らは、最初こそ啞然としていた。
が、一人が遠慮気味に手を叩くと、もう一人、また一人とそれは広がった。
そして、大きな拍手の渦が、エリザの周囲を取り囲んだ。
(みんなが、私のために、拍手を?)
今まで他人に祝福されたことのないエリザは、その様子を呆然と眺めていた。
しかし、徐々に実感が沸き上がり、いつしかエリザの目には微かに涙が浮かんでいた。
(人に受け入れてもらえるって、こんなに嬉しいんだ……)
エリザは自然と、小さな微笑みを浮かべていた。
***
エリザの噂は、瞬く間に学校中に広がった。
多くの生徒がエリザに関心を持っていた。
だから、学内の晩餐会でも、多くの人に声をかけられた。
「君がエリザさん? 俺、剣使いのダン。どう? 一緒に踊らない?」
一人の者がダンスに誘うと、他の者もそれに追随する。
「おい、抜け駆けはよせよ、ダン! 俺が先に誘おうと思ってたのに!」
「待てよ、彼女はこういう場は苦手なんだ。
ねぇ、エリザさん、ちょっとバルコニーに出て、俺と話さない?」
複数の男性が、エリザに視線を向け、誘いの手を伸ばす。
このような未だかつてない事態に、エリザは困惑した。
そして、自分に言い聞かせる。
(この状況に慣れちゃダメ。
これはすべて、100tハンマーの女神様のおかげなんだから。
自分の力だと過信しちゃダメ)
そう思いながらも、
どうすれば、声をかけてくれた人全員を、失礼のないようにお断りできるのか、
逡巡していた時だった。
――オオオン、オオオン
会場の外から、雄たけびのような声が聞こえた。
と、同時に、地響きのような揺れを足元に感じる。
「なんだ、今のは? こんな近くに、魔物の声?」
男性の一人が声を上げた。
会場に集まる者全員がこの事態を感じ取ったようで、
音楽家は演奏を止め、ワルツを踊っていた生徒たちも皆足を止めた。
「まさか、結界の張られたここに、魔物が入り込めるわけ……」
一人が震える声で呟いた、その時だった。
――ガシャァァン
いきなり窓ガラスが割れる。
破片が室内に舞い散ると同時に、三つ目を持つ狼のような魔物が、集団で会場に飛び込んできた。
「キャァァァァ!!!」
辺りは瞬時に混乱の波に飲みこまれる。
人々は我先にと、正面玄関へと駆けた。
テーブルの料理やワインが音を立てて床へ落ちる。
逃げまどう人々の中、状況を呑み込めないエリザは唖然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
そんな中一人の男性が、魔物の方へ一歩踏み出す。
「見ていて、エリザさん。俺の華麗なる勇姿を!」
それは、先ほどエリザにダンスを誘った剣使いの男、ダンだった。
彼は腰に差した剣を抜くと、一人で魔物の群れに向かって駆けだした。
「おい、抜け駆けはずるいぞ!」
瞬間、エリザを取り囲んでいた他の男性も、一斉に魔物の方に走っていく。
ダンは手始めに、テーブルクロスを引きはがし、七面鳥にむしゃぶりついていた一匹の魔物を、
剣で一刀両断とした。
他の男性陣も、各々の武器で次々に魔物を仕留めていく。
これで何とかなるだろう、と、エリザは一瞬安堵した。
しかし、それは甘かった。
しかし。
「ぐわぁぁっ」
ダンが肩を押さえながら床にうずくまる。
白いシャツには血がにじみ出ていた。
どうやら、一瞬の隙を突かれ、魔物に肩を引っかかれたようだ。
魔物は血の匂いに敏感だ。
先ほどまで各々に散らばっていた魔物も、瞬間、ダンの方に顔を向ける。
やつらが彼を「餌」と認識した瞬間だった。
(危ないっ!!)
エリザの身体が瞬時に動く。
晩餐会ということもあり、彼女は100tハンマーを持ち合わせてはいなかった。
しかし、そんなことを考えるより先に、エリザは傍にあった食事用の椅子の背もたれ部分を軽々と持ち上げ、魔物に向かって突進した。
「早く、ここを出ていきなさい!!」
ダンと魔物たちの間に割って入るエリザ。
そんな彼女も「餌」認定したのだろう。
魔物たちは息を揃えたかのように、一斉にエリザに飛び掛かる。
エリザは100tハンマーの女神の加護を受けてはいるが、
並外れた怪力以外の身体能力は並レベルだ。
そのため、魔物の動きを捉える動体視力も、身を躱すだけの反射神経もない。
だからエリザは、魔物に向かってただただ椅子を勢いよく振り回した。
それは一匹の魔物の頭蓋骨を砕いたようで、ゴッと鈍い音が辺りに響く。
(椅子だけじゃ心許ない!)
エリザはすぐさま、横にあったテーブルの脚をつかむ。
上に置かれていた料理も燭台も気にせずに、エリザはそれを魔物の群れに向けてぶん投げる。
キャン、と情けない声を上げた魔物たちは、文字通りしっぽを巻いて退散した。
肩で息をしていたエリザは思い出したかのように振り返り、ダンに手を伸ばす。
「大丈夫でしたか?! お怪我はありませんか?!」
「あぁ、なんとか軽傷だ。それより君は?」
ダンは肩を押さえながら、そっと顔を上げる。
「大丈夫です。私は。幸い怪我もありません」
そう言って微笑むエリザを見て、ダンは一瞬、硬直した。
エリザは目を細め、笑みを浮かべているものの、その顔とドレスは返り血と料理のソースでぐちゃぐちゃだ。
彼女がそれを気にするそぶりは、全くない。
「ご無事でよかったです」
「あ、ああ……」
ダンは顔をひきつらせながら、無理やり口角を上げた。
後から駆け寄ってきた男性たちも、エリザの「豪快すぎる姿」に、一歩引いている様子だった。
「この女、やっべー」
男性陣の一人が、微かに呟いた。
***
その日以降、エリザの周りからは少しずつ人が離れていった。
特に顕著だったのは男性陣だ。
彼らはエリザを「優秀で魅力的な女性」ではなく、「野蛮で危ない女性」と認識するようになったのだ。
エリザ自身も、向けられる視線からそのことを薄々感じ取るようになっていた。
(でも、仕方ないことよね。戦うことに夢中になりすぎていたのは私なのだから……)
昼休み、中庭を訪れたエリザは一人で、木陰に隠れながら昼食を食べていた。
先日の晩餐会のことを思い出しては、ため息を漏らす。
エリザの住む国では、淑女たる女性こそがもてはやされていた。
女性の戦士や魔法使いもいるにはいるが、彼女らに求められる役割は、主に「後方支援」。
男そっちのけで前衛に出ようとする女性は、「でしゃばり」「品がない」と揶揄される。
そのことを知っておきながら、エリザは前に出てしまったのだ。
今日、何度目かも分からないため息をつきながら、エリザは手に持ったサンドイッチをかじる。
なんとなく視線を上げた瞬間、遠くに一組の仲睦まじいカップルを捉えた。
先日自分が助けたダンと、弓使いの女子生徒だ。
エリザは思わず、顔を伏せる。
二人が通り過ぎたであろう頃、エリザはようやく頭を上げた。
(私も、弓や短剣の女神に愛されたら、少しは可愛げがあったのに……)
そんな考えが頭を過った瞬間、思いを取り消すように首を振る。
(いえ、そんな考えではいけないわ、エリザ。
100tハンマーの女神様は、こんな私にも加護を与えてくださったのだもの。
女神様のせいにするなんてとんでもない。これはすべて、私の立ち振る舞いの問題よ)
今後はもっと淑女らしく、大人しくあらねば、と、エリザは心の中で自らを諫めた。
***
「えっ、国の魔物討伐選抜に、私が……選ばれたのですか?」
校長室に呼び出されたエリザは、震える声で尋ねた。
「あぁ、この前の晩餐会の一件を見込んでのことだ。これは、王立魔法学校や王国騎士団と合同で行うものだ。エリザ、お前にはこの学校を代表して出てもらう」
校長の言葉に、エリザは小さく息を止める。
選抜されたことは名誉なことではあるが、淑女たることを決意したエリザにとって、それは困惑の引き金ともなった。
(しかも、王立魔法学校と合同だなんて……)
自分をさげすんだ兄弟たちの顔が、脳裏を過る。
エリザの家は、代々大魔法使いを輩出する名家として知られてきた。
兄弟たちも当然のように魔法の才があり、魔法学校に進学している。
唯一才能のなかったエリザだけが、戦士養成学校に入れられた。
エリザは家族会うことを恐れていた。
魔法が仕えないエリザのことを、彼らは幼少期より蔑み、疎んじていた。
そのため養成学校に入って以降、エリザは一度も里帰りをしていない。
(で、でも、この討伐隊に、お兄様たちが参加するかどうかは分からないわけだし)
エリザは自分に何度もそう言い聞かせ、震える手をぎゅっと抑えた。
しかし、嫌な予感というものは、的中するものである。
「こんなところで会うとはな、エリザ。噂は聞いているよ。戦士養成学校ではひどく調子づいているそうじゃないか」
「魔法を使えない出来損ないの癖に、淑女らしさも失って。全く、同じ血を分けていることが恥ずかしい」
討伐隊出発の日、顔を合わせた長兄と次兄は、エリザに開口一番、そう言葉を投げかけた。
エリザは唇を噛みながら俯く。その時、「お前たち、後ろで何をやっている?」と隊長がこちらに叫んだ。
「なんでもありません。すぐに参ります」
二人は先ほどのエリザへの態度とは裏腹に、爽やかな笑みを浮かべながら返事をした。
しかし、移動する刹那、すれ違いざまに長兄が、エリザの耳元でボソッと呟く。
「分かってはいるだろうが、俺たちに恥をかかすようなことがあれば、承知しないからな」
エリザは瞬間凍り付く。過去に兄弟から受けた折檻の数々が、一気にフラッシュバックした。
青ざめながらもエリザは、心の内で何度も自分自身をなだめる。
(大丈夫、大丈夫。出しゃばりすぎず、淡々と自分の任務をこなせばいいのだから)
こうしてエリザは、今回の討伐対象が住まう場所、「毒苔の嘆き沼」へと向かった。
その沼は昔、囚人の遺体を投げ込む場所とされており、血の匂いに誘われた魔物たちが多く生息するようになった。
現在、領地の再開発のため、ここの魔物を一掃するようにと、王宮から命が下ったのだ。
沼へ近づくにつれ、紫色の怪しい霧が周囲に漂い始める。
木々はすべて枯れ果てており、枝だけの状態となっている。
足元も徐々にぬかるみはじめた。
最初は勇み足だった討伐隊一行も、警戒心からか、徐々に進む速度が遅くなる。
重々しい雰囲気の中、隊員の顔に、不安の陰が浮かび始めた頃だった。
突如、沼に茂った葦から、一匹の巨大なカエルが跳び出てきた。
一行の進路を塞いだ大型犬程度の大きさのそれは、皆が反応するよりも早く、口から緑の液体を噴射する。
ジュッ――
液体が当たった岩が、蒸気を上げ、溶ける。
「ヘルグローフロッグだ! 毒液には注意しろ! あと」
誰かが言い終わるより早く、エリザの後方から炎の矢が、魔物に向けて無数に放たれた。
瞬時の出来事で魔物の反応できなかったらしく、
それはグェェェと声を上げ、地面にドスンと横たわった。
周囲に泥が跳ね上がる。
「さすがです、兄さん!」
次兄が興奮した様子で長兄を称える。
そう、今の炎の矢は、エリザの長兄の魔法によるものだった。
しかし。
「なんてことを! ヘルグローフロッグは、先に喉をつぶしてから殺さないと!
でなければ……」
最前線の剣士がそう叫んだ時だった。
紫の霧の向こうから、無数の影が揺れる。
それはいつの間にか、討伐隊一行をぐるりと取り囲んでいた。
「やはり、あの断末魔を聞いた仲間が」
影は徐々にこちらに近づき、やがて姿が浮き出てくる。
それは、先ほどの魔物の数十倍もの大きさがある、ヘルグローフロッグの大群だった。
「この魔物は、断末魔で周囲の仲間を呼び寄せるんだよ!
常識だろうが!」
剣士の怒声に、エリザの兄二人は固まる。しかし、すでに後の祭りだ。
一行を取り囲んだヘルダーフロッグは、
先ほど倒したものと比べ物にならないほど巨大だった。
人間の背をゆうに超えるそれらを見つめ、剣士はギリリと歯ぎしりする。
「中途半端に倒しても、そいつがまた断末魔で新たな仲間を呼ぶ!
声を出す間を与えないくらいの圧倒的パワーで即死させないと
勝ち目はないぞ!」
剣士が叫んだ時だった。
一匹のヘルダーフロッグが口から毒液を噴射する。
それを合図にしたかのように、他のフロッグたちも次々と飛び跳ね、
こちらに向けて毒液を噴射し出した。
一人の戦士が皆を守るように大きな盾を宙にかざした。
それは毒液を塞いだが、案の定、ジュッと音を立て、その表面が溶ける。
「これで防げるのも時間の問題だ。皆、早く!」
その言葉を号令のように、討伐隊は一斉に反撃に出た。
皆、狙うのはフロッグの喉。しかし奴らの皮膚は厚く、中々一撃では仕留められない。
皆が奮戦する後方で、エリザは一人、小刻みに震えていた。
(私も、前に出なければ。でも、一撃で仕留められるだろうか。
それに、男性陣の中で一人出しゃばり、結果、足を引っ張ってしまったとしたら)
今まで投げかけられてきた冷たい視線が、エリザの脳裏に過る。
前回の晩餐会では、「魔物を一人で殲滅する」という功績を遺したにもかかわらず、
周囲の目は厳しかった。
今回の魔物は、前回とは比べ物にならないほどの強敵だ。
皆を押しのけ前に出て戦ったとしても、確実に仕留められるかは分からない。
もし、失敗したら。
もしフロッグが、自分のせいで新たな仲間を呼ぶような事態になったら。
(私は……。もう居場所がなくなるかもしれない)
淑女らしく。一歩引いて。
大人しく、可憐であらねば。
そんな気持ちのせめぎ合いが、エリザをその場に留まらせた。
「ダメだ! あと数分しか盾は持たないぞ!」
「魔法使い! お前らは半端に魔法を使うな! ますます仲間を呼ばれる!」
「皮膚が厚い! 畜生、どうすれば……」
辺りから苦悶の声が漏れる。
戦況は圧倒的に悪い。間違いなく劣勢だ。
「うわぁぁっ!」
隊の一人が叫び声を上げる。
エリザが視線を向けると、そこには一人の戦士が、肘に手を当てうずくまっていた。
彼の腕から蒸気が上がる。皮膚はただれ、赤い肉が溶けた皮膚の間から覗いていた。
(駄目だ! このままでは……)
エリザは覚悟を決める。
もう、他人にどう思われてもいい。
戦闘に参加した結果、失敗して、今以上に孤立することになったとしても、いい。
(今の私にできることを、全力でするんだ……!)
エリザは100tハンマーを握りしめると、一歩ずつ泥の地面を踏みしめ、前方へと歩いて行った。
通り過ぎ様に次兄が、
「お前、何を……」
長兄が
「お前なんかが」
などと声をこぼした気がしたが、今のエリザは意に介さない。
そして、最前線で戦う剣士を塞ぐかのように、腕を広げた。
「皆さま……、少し下がっていただけますか?
今から武器を振り回します。危険ですので、どうぞ後方へ」
戦士たちは目を見開く。
「君、何を……。確かにその装備はすごいけれど、所詮女の子だろ?」
「そうだ、無謀だぞ!」
しかしエリザは、それらの意見を無視したまま、両手でそっと、ハンマーを構える。
(100tハンマーの女神様。どうか、私に力を)
瞼を閉じ、そう呟いた後、エリザは目を見開き一気にハンマーを振るった。
(私の戦闘技術はまだまだ未熟。だから、一撃で仕留められるとは思わない。
だけど、この圧倒的なパワープレイがあれば、『脳震盪』くらいには持ち込める……)
エリザは飛び上がると、力任せに一匹のヘルダーフロッグの脳天目掛けてハンマーを振り下ろす。
ドッ……という鈍い打撃音が辺りに響く。
と同時に、フロッグは体液をまき散らしながら、仰向けに倒れた。
「皆さん、それにとどめを!」
エリザは叫びながら、次の魔物に向けてハンマーを打ち付けた。
飛び散る体液。跳ね上がる泥。
エリザの衣服は瞬く間に、おどろおどろしい色に染まる。
が、そんなことはどうでもいい。
ただ、一心不乱に、エリザはハンマーを振り続けた。
そうして、どのくらいの時が過ぎただろう。
気が付くと、エリザの周囲はヘルダーフロッグの亡骸で埋め尽くされていた。
「君……」
エリザは呼吸を荒げたまま、ふと我に返り、振り返る。
そこには、唖然とした表情でこちらを見つめる隊員たちの姿があった。
(きっと皆、私の姿にひいているのだろう。
でも、仕方がない。それも覚悟の上……)
エリザは諦めたように、小さくため息を漏らした。
しかし、その時だった。
「君、すごいじゃないか! この力があれば、今すぐにでも王国騎士団に入れるぞ!」
その意外な賞賛の声に、エリザは目を丸くした。
「えっ……その……、皆さん、不快に思われないのですか?」
「不快? なんで?!」
一人の戦士が、エリザの方へ歩み寄る。
「えっ……だって、私、出しゃばりすぎて、淑女らしからぬ行為で……」
「そんなもの、戦闘の最前線では関係ないよ!
こちらは、命のやり取りをしているんだよ? なぁ?!」
戦士の問いかけに、皆が頷く。
最後方に佇んでいた二人の兄は、気まずそうに顔をそらした。
皆の思いがけない反応に、エリザはただ、立ち尽くした。
信じられないという気持ちで、上手く言葉を返すことすらできなかった。
***
こうしてエリザは、学内一の功績を遺したということもあり、
まだ初学年にもかかわらず、王宮への出入りを許される身分となった。
また、エリザを憧れ、慕う少女らが、こぞって戦士養成学校に入学する、という珍事も発生した。
ある日、エリザは、学校の裏庭にある小さな教会を訪れた。
そこには、数ある武器の女神たちが祭壇に祀られている。
誰もいない教会内で、エリザは祭壇の前に膝をついた。
「100tハンマーの女神様。この度は本当にありがとうございます。
私は、なぜあなたが、私のような人間を選んでくださったのか、
なんとなく分かったような気がしました」
そして、手を合わせたまま、そっと顔を上げる。
「女神様は私に、もっと胸を張り、堂々と生きろ、とおっしゃりたかったのですよね?」
エリザは、祭壇に掲げられた女神像を見上げる。
それは、微かに微笑んでいるようにも思えた。
「女神様、私は、これからも頑張ります。頑張って、いつか、王国一の戦士になってみせます」
エリザは凛とした声で、そう宣言する。
その瞬間、一人の女学生が教会の扉を開けた。
「こんなところにいた、エリザ様っ!
私たち後輩が煩わしいからって、こちらに逃げ込んでおられたのですねっ!」
その学生は、エリザの元に駆け寄ると、彼女の手を取る。
「さっ、早く食堂へ! エリザ様の武勇伝を聞きたい学生が集まっていますよ!」
「そんな、武勇伝だなんて……」
困り顔のエリザをよそに、女学生は引きずるようにエリザを教会の外に出した。
そんな光景を、そっと姿を現した100tハンマーの女神は、宙の上から目を細め、見守っていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
☆の評価や感想をいただければ大変励みになりますので、どうぞよろしくおねがいします。
なお、現在、不遇ヒロインが、ヒーローの献身的な愛情により自分を取り戻していく小説、
「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」を連載中ですので、
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こちらは、こちらは、架空の京都、大正時代を舞台とした、
頑張る女子と傷心軍人による、じれじれの両片思いな物語です。
くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。
最後までありがとうございました。




