5.5
車内は狭く、エンジンの排気音が耳障りに聞こえる。
運転席に座る浅黒い肌の筋肉質な男が真剣な眼差しで、アクセルを踏み、ハンドルを強く握る。
「追われてるな」
そう呟く男の名はガラ。
彼はバックミラー越しに後ろから迫っている車両を確認する。
「振り切るぞ、ドーマつかまってろ」
ガラがアクセルを踏み込むと車が加速し、慣性で体がシートに引っ張られる。
夜の街を切り裂くように、ガラの車が疾走する。
追跡する車両もこちらが逃走するのを察したのか、サイレンを鳴らし迫ってくる。
「ヤタ、逃走ルートを出してくれ」
俺はイヤホン越しにもう一人の仲間に声をかけるが返答はない。
返答の代わりに車のカーナビに逃走ルートが表示される。
「ハハッ、また喧嘩したのか?今度は何をやらかしたんだ?」
運転に集中しながらも、彼は何があったのかを聞いてくる。
「ヤタのドローンを壊してしまったんだ」
申し訳なさそうに言う俺を見て、ガラは不思議そうな顔をする
「ん?お前が壊しただけなのか?俺にはお前がイラついてるように見えたんだが...」
彼の言葉を聞き、ふと先ほどのことを思い出す。
“RAVEN”...?
女子高生に言われた言葉が頭の中で反芻され、不愉快な気分になる。
先ほどまで沈黙を貫いていたイヤホンの向こうから突然声が聞こえる。
「チッ...不味いな...サツの車両の中に陰陽師がいやがるッ!」
ヤタがそういうと一瞬で場が凍り付く。
「マジかよッ!なんでこんな場所にいやがるんだ!」
ガラが目を見開き動揺する。
それもそのはず国家公認の式神使いは基本Y.O.K.A.I化した式神の対処にしか呼ばれない。
俺たちの様な小悪党の追跡に割り当てられることなど基本はないのだ。
「向こうが動くのなら俺が出る...」
そう言って後方の車両を俺は睨みつけた。
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ーーもう20年近く警察をやっているが、こんなこと初めてだ...
追跡対象はただのチンピラや反グレのような小規模犯罪者かと思っていたら、私の車内には国家公認の式神使いが座っている。
夜の車内でも目立つ白い服を着た青年は自分より二回りほど年齢が下に見える。
とはいえ、彼の権限の重みは、私の権限とは比べ物にならない。
「....R.Aの使用許可が降りた、もう少しスピードを出してくれるか?」
隣に座る彼が淡々と私に告げる。
「りょ...了解しましたッ!!」
ハンドルを握る手に汗がつたう、周りの警察車両に無線で道を開けてくれるように伝え、
アクセルを踏みこむ。
彼はどこからか黒い符を取り出すと、窓を開け、符を外に差し出す。
「術式起動、神将BASA-R.A」
黒い符が金属音を立て、青い稲妻の様な光を放ちながら起動する。
すると、窓際から犬の様な機械が突如現れ、走り出す。
本物の犬のように動くが、ありえないスピードで走るその姿に、私はただ驚嘆する。
陰陽師にのみ許された十二体の式神の一つ
神将BASA-R.A
陰陽師と任務を共にできるだけでなく、十二神将までお目にかかれるなんて...
私の人生で最も稀有な経験をしたと感じた。
この先、何が起ころうとも、今の光景は忘れられない――そう思ったのだが、次の瞬間、現実はさらに予想外の展開へと転がっていくことになる。
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俺は後方の車両の動きを確認する。
他の車両が道を開け一台の車両が追い上げてくる。
フロントガラス越しに見えるのは、運転席に警察官、助手席には白い服を着た青年。
「白い服、あいつが陰陽師だな」
ガラが運転をしながら後ろの状況を確認する。
青年が窓から手を出した瞬間、犬の様な機械が飛び出してくる。スピードは異常、すぐに追いつかれるだろう。
「クソッ、R.Aか!!ドーマ対応できるか?!」
ガラに頼まれ、車の扉を開け、車両の天井に飛び移る。
俺はすぐに右腕を掲げる。
「術式起動」
外套が流動し、先ほど術式抽出した触手の兵装へ変化する。機械的な触手が次々に伸び、犬の式神の進路をふさぐ。
しかし、犬の式神は脅威的な反応速度で攻撃を回避し、一向に速度を緩める様子がない。
「....仕方ない」
犬には攻撃が当たらないが、術者本人を足止めすれば式神も追跡をやめるだろう。
そう考え、俺は電柱を次々となぎ倒していく。
電線が切れ、火花が散り街灯が暗転し、夜の道路は闇に飲まれる。
「これで少しは時間をーー」
だがその瞬間。
犬の式神が金属音を響かせ、倒れた電柱を破壊しながら突っ込んできた。
しかも、後続の警察車両は全く減速することなく、破壊された電柱の間をすり抜けてくる。
「マジかよ?!あいつら正気じゃねぇぞ!!」
ガラがあまりのことに大声でこちらに話しかけてくる。
このままじゃ、確実に追いつかれる。
「ガラ、スピードを落としてくれ!」
「はぁ?!追われてんだぞッ!!」
「いいからやってくれ!」
どうにでもなりやがれ!!と舌打ちをしつつブレーキを踏む。急な減速に俺の体は前へもっていかれるが、天井に爪のように突き立てた触手が体を支える。
後方の犬の式神は、こちらとの距離が一気に縮まったことで勢いよく飛び掛かってくる。
「ーー今だ」
俺は触手を振るい、飛び込んでくる式神の進路を塞ぐように触手を網のように展開し切り離す。
金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡り、式神は弾かれるように道路を滑り、火花を散らす。
式神の対処が終わると同時に電柱を倒し、車両の追跡も防ぐ。
ガラに加速するように命じ、こちらは距離をとる。
警察車両は急ブレーキをかけ停止し、追跡を諦めたようだ。
助手席から白い服の青年がゆっくりと降りてきてこちらを睨みつけてくる。
街灯が消えた闇の中、その姿だけがやけに鮮明に見えた。
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――私はただ呆然と目の前の光景を見つめていた。
長くこの職に就いてきたが、こんな戦闘は一度たりとも見たことがない。
電柱は薙ぎ倒され、火花が散り、闇の中で式神と黒衣の男がぶつかり合った。
そして気づけば、追跡していたはずの車両は遠くへ消えていた。
「.....あれが、本当に人間の戦いなのか.....?」
無意識にそう呟く。
そのとき、助手席の青年が車を降り、暗闇に立ち尽くす。
彼はしばし沈黙したあと、悔しそうに低く言葉を吐き出す。
「.....ニセモノめ」
私は息を呑んだ。
その声音にはただの怒りではなく、長い因縁を抱えた者だけが持つ、重い響きがあった。
今日もしゃぶしゃぶでした




