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日が沈み影が濃くなる廃墟の前で、私たちは足を止めた。
「ねえ、ほんとに行くの?やっぱり帰らない?」
私が不安そうに口にすると、アカリはニヤリと笑って鞄の中から数枚の紙片を取り出した。
「だいじょーぶ!! 市販の式くらいなら持ってきたから!」
彼女の手のひらには、誰でも買える低級術式の符が数枚。
一枚は小さな怪我の治療に使える《回復式》。
もう一枚は光を灯すだけの《閃光式》。
「……お守りみたいなもんでしょ、それ」
ミナトが冷ややかにツッコむ。
「お守りじゃないもん! 見てて!」
アカリは得意げに一枚の《閃光式》を指先でつまむと--
「術式起動!」
声高らかにそういうと、
乾いた音とともに、符が淡い光を放ち、懐中電灯のように明るい光球が浮かびあがり周りの闇を打ち消していく。
「ね? 陰陽師じゃなくても、このくらいはできるんだよ!」
アカリは胸を張りながら、符を渡してくる
「・・・子どもの遊び道具みたいなもんだけどね」
ミナトは呆れ顔でやれやれと肩をすくめる。
私はアカリから渡された数枚の符を、ありがとう、と言い受け取り少しだけ安心感を覚える。
それでも、まだ胸騒ぎは消えなかった。
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フェンス越しに見える廃墟は、暗闇の中で一層不気味さを増していた。
「・・・入れないじゃん」
ミナトが冷めた声で言う。
確かに、廃墟の周囲は高さ二メートルほどの金網で囲まれていて、正面から入れる場所は見当たらない。
「こっち!こっち!」
周囲を探索していたアカリが大きな声で呼ぶ。
アカリのいるほうに行ってみるとフェンスの一角が無理やり破られたように大きく裂けていた。
「・・・フェンス壊したの?」
ミナトがアカリをギロリとにらみつける。
「ちがうってば!!ゴリラじゃないんだからこんな風に壊せないって!!」
最初から壊れていたんだよー、とアカリは不服そうに訴える。
破れたフェンスの先、そこには土の上に、何かのキャタピラの跡が続いている。
「・・・何かが、通った?」
私は思わず息をのむ。
「式神の・・・跡かな?」
ミナトが眉をひそめて言う。
「調査っぽくなってきたじゃん!!」
アカリが興奮気味にいう。
「バカ、遊びじゃないんだよ」
ミナトの声は冷たいけれど、どこか緊張を隠せていない。
私は改めてキャタピラの跡を見下ろす。
建物の暗がりの中へとまっすぐに続いていくそれが、私たちを手招いているように見えた。
「・・・行くしか、ないか」
自分の足がかすかに震えているのがわかった。
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廃墟の中に足を踏み入れると、湿った空気とカビの匂いがかすかに鼻孔を刺激する。
だが、外から見た廃墟と違い、目に映る廃墟の内部は、どこか不自然なほど整然としていた。
瓦礫が散乱しているはずの床は、埃ひとつ舞っていない。
壁のひび割れや剥がれた壁紙などはあるがそれ以外は綺麗に整えられている。
もともとは病院だったのではないかということがうかがえる。
「・・・なんで、こんなにきれいなの・・・?」
思わずつぶやく。
アカリも目を丸くして周囲を見渡す。
「うわー・・・廃墟なのに、変な感じぃ・・・」
ミナトは足元や壁を注意深く観察している。
「異常に整理されてる・・・まるで誰かが掃除してるみたい。」
そのとき、廃墟の奥のほうで何かが動くような音がした。
「・・・今の音、聞こえた?」
アカリが小声で私に耳打ちする。
音のする方に向かい奥の部屋をそーっと、覗き込むと一体の式神がいた。
--学校で見たことのある清掃用式神だ。
「キレイニシマス....キレイニシマス....」
なんども繰り返しながら床をモップ掛けしている。
どうしてこんなところに?
私の胸に、言い知れぬ違和感が走る。
「・・・あれって、学校で行方不明になったっていう清掃用式神じゃない?」
と思わず口にしたタイミングで私は気づいてしまう、アカリとミナトも同じものを見て目を見開いた。
式神が床をモップ掛けしている真下、そこに赤黒い液体があり、なにか大きな“モノ”を掃除しているということに。
アカリが小さく息を呑み、ささやく。
「・・・なんか、変だよ、ハル、一旦戻ろう。」
私は頷き慎重にその場を後にしようとする。
その時、アカリのスマホに通知が入ってしまう。
「ッっつ、、ヤバい!」
アカリがすぐに通知を切るがすでに遅い。
式神が手を止めこちらに向かって振り返る、赤い光を帯びた目がこちらを捉える。
「キレイニシマス....キレイニシマス....」
式神がこちらにむかい突っ込んでくる。
「危ないッ!!」
ミナトが声を荒げる、
その声で私は式神の攻撃に反応できたが、アカリはそうではなかった。
スマホの通知を切ろうとしていたため反応が遅れる。
気づいた瞬間、私はアカリの手を引く。
だがーー。
「っ!」
真横から伸びてきたミナトの腕が私とアカリを突き飛ばす。
次の瞬間、金属の腕がミナトの腹部に直撃する。
にぶい音ともに彼女の身体が宙を舞い、床に叩きつけられる。
「「ミナトっ!!」」
私たちはミナトに駆け寄る、ミナトは苦し気に息をしながら、こちらに向かって言う。
「.......早く、逃げて......」
ミナトが力のないかすれた声で言う、
腹部を押さえた彼女の指のすきまからは、血液がにじみ出ているのがわかる。
「置いていくなんて無理だよ!一緒に逃げなきゃ!!」
アカリがミナトに向かって言う、
しかし、それは無理な選択肢である。
あの式神からミナトを庇いながら逃げることは私たち二人ではまず不可能だ。
じゃあ、ミナトを見捨てる?
いや、そんな選択肢はない。
私たちを庇って倒れた親友を見捨てるなんてことはできない。
この状況を乗り切る唯一の方法はーー
「術式起動!」
アカリから貰った《閃光式》を式神の目の前に向かって投げる。
効くかはわからないが多少の目くらましにはなって欲しい。
震える体を押さえて、二人の前に躍り出る。
「このままじゃみんな、殺されちゃう!私が囮になるから、その間にアカリはミナトと安全なところまで逃げて!」
その言葉を聞いたアカリは泣きそうになりながらも、ミナトの顔をみて唇を噛み決意を固める。
「わかった....でも助けを呼んで必ず戻るから!絶対に死なないで、ハル!!」
アカリはミナトの肩を抱え、ふらつきながらも出口のほうに向かっていく。
その後ろ姿を見送った後、すぐに式神と対峙する。
ーー怖い。
全然怖い、カッコつけて囮になるなんて言ったものの普通に怖い。
心臓が高鳴り悲鳴をあげ、足が震える。
だが、ここで囮にならなければ二人の命があぶない。
「二人を助けるため」、そう思うと不思議と足の震えが収まる。
覚悟を決め、私は式神に向かって走り出す。
「術式起動!!」
ギリギリすんでのところで私は再び残っていた《閃光式》を発動する
式神の腕をかいくぐり二人が向かったのとは逆方向に走り抜ける。
式神に追いつかれないように、撒かないように
手元にある符は閃光式はもう無く、回復式1枚のみ、軽い負傷を一度だけ直せる、その程度である。
それでも、私は廃墟の奥へ、さらに奥へ向かうのだった。
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今日の夕飯はサバカレーでした




