15
薄暗い廊下を靴音が静かに響く。
資料室へと続く扉の前で、シン・イヌガミは短く息を吐いた。
彼の手元で光る端末には「鵺」との戦闘記録が並ぶ。
―――奴を取り逃がした。
表情を変えないまま、心の奥でその言葉を噛みしめる。
手を伸ばして資料室の扉を開くと、冷たい空調と微かな紙の匂いを感じる。
棚の間を抜け、目的のデータ端末へ向かう――がその前に声を掛けられた。
「やあ、奇遇だね、イヌガミくん」
耳障りに思うほどの軽薄な声。
―――デイヴィッド・シェパード・ドッグ。
男は緩い笑みを浮かべ、机に座ったままひらひらと手を振ってくる。
「お疲れさまです、デイヴィッドさん、珍しいですね」
(資料室なんてお前が来るような場所じゃないだろ...)
と内心では吐き捨てる。
「気になることがあってね、ちょっと調べものに来たんだ、イヌガミ君は反省会かい?」
「そんなところです、鵺との戦闘記録を確認しに来ました、それでは」
(こいつに絡まれると時間を無駄にしそうだな)
話をぶった切り、足早にその場を後にしようとする。
「待った待った!僕が何を調べに来たのか、気にならないの?」
「いえ、別に」
「こんなミステリアスひょうきんおじさんが資料室に来てるんだよ?!普通なにかあったなって思うでしょ?」
「いえ、別に」
「冷たいなぁ、僕らワンちゃん同盟じゃないか、イヌガミとシェパード・ドッグでさ!少しはおじさんと仲良くしようよ~」
「そんな同盟、初耳ですが」
それでもデイヴィッドは嬉しそうに笑う。
「で、聞かないかい?僕が何を調べに来たのか?」
「はぁ...じゃあ、なんで資料室に...?」
「フフ....仕方ない!そこまで言うなら教えてあげよう!」
(お前が聞けっていったんだろうが....)
デイヴィッドは手にしていた端末を軽く掲げた。
「ハル・ミカド君の周囲をね、少し調べていたんだ」
イヌガミの眉が僅かに動く。
「新人の...?」
「そう、友人関係に見覚えがあってね。調べてみたら面白い子たちだったよ」
端末の画面をスライドしながら続ける。
「一人はミナト・サメジマ。鮫島工業のご令嬢だよ。AIを一切使わない旧式の機械製品を作る今どき珍しい会社の娘さんさ、本人の学力もなかなかのものだね」
「....ほう」
「もう一人、アカリ・キサラギ。トーキョーの女子運動測定の記録保持者。突出した身体能力の持ち主さ」
「凄いですね、二人とも能力的にも陰陽師に選ばれてもおかしく無さそうですね」
二人のデータを見ながら自身の心に感嘆と同時に少しの嫉妬心を感じる。
「そうなんだよ、でもそんな個性が強い子たちが周りにいながら―――ハル・ミカドは特筆すべき点はない。なのにオラクルは彼女を選んだ。これはどういうことなんだろうねぇ...?」
答えを求めている、というより独り言のような調子の発言。
イヌガミは静かに目を細める。
(....分からない。だが選ばれたという事実がある以上、なにかあるはずだ)
訝し気な表情を浮かべるイヌガミを見てデイヴィッドはにやりと笑う。
「ね、気になるだろう?」
「....ええ、少しだけ」
「ま、もう少し気になる点もあるんだけどね、そっちはまだ調べ途中だからまた今度教えてあげるよ。僕はそろそろ次の任務があるから失礼するよ、それじゃあね」
デイヴィッドは入ってきた時と同じように手をひらひらさせ、部屋から出ていく。
―――分からないことが増えたが、目下での僕の目的は鵺だ。
奴を必ず捕らえる、それをもって名誉挽回してやる。
そしてRAVENについても奴から聞き出して見つけ出してやる。
僕を救った彼を
そして、僕を捨てた彼を。




