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死の淵で、願うもの【※注意】一部残酷描写あり



 ライオネルの目に、鮮血を散らして倒れゆくミレイユの瞳が映る。


 瞳は、輝きを失わない。


 ミレイユの唇が小さく動き、微かな声が漏れた。


「⋯⋯わたしが、守るの⋯、みんなを⋯」


 静かに漏れる息の白さ、ミレイユの身体から魔力が冷気へと変わり漏れ出し、辺りを凍らしてゆく。


 凍てつく冷気が、魔物の身体を凍らす。



 ライオネルは、魔物を。王太子は倒れるミレイユに向かう。



「うおおおおおおお!!!」


 ライオネルは、ミレイユを斬った自分と同じ姿を両断した。


「あああああ!!」


 離れたところで食いちぎったミレイユの片腕をバリバリと咀嚼する魔物の黒い頭を剣で叩き潰す。


 王太子の声がライオネルの背中に届く。


「ライオネル、かたきを討ったのならよう傷を塞がぬか。血を流しすぎておる。死ぬぞこの娘」


 見ると王太子が白い衣を鮮血に染め、その傍らで血だらけのミレイユが横たわっていた。



「ミレイユ⋯っ!」



 ライオネルは、急ぎミレイユの傷口に触れると、みるみるうちに傷が塞がってゆく。


 ブルブルと震える手、ライオネルは歯を食いしばり、己を叱咤した。


「ライオネル、奥方の腕を再生しようなどと考えるでないぞ。今は傷口を塞ぎ、止血することだけを考えるのじゃ」


 王太子の声すらうるさく感じた。


「そうら、お出ましよ。娘の血の匂いに誘われたようじゃな。お主が乞うから奥方の姿で参りよったぞ」


 ミレイユの肩から食いちぎられた傷口を塞ぎ、斬られた腹の傷を塞いだライオネルは、ゆらり、と静かに立ち上がった。


「⋯⋯」


 森の向こうから凍りかけのミレイユが数体、湧いて出てきた。


 ライオネルは、それを一体一体眺めてゆく。


 笑顔のミレイユ、悲哀の表情に満ちたミレイユ、寂しそうに微笑むミレイユ、ライオネルはそれをひとつひとつ観察する。



(今ならあの時、聖女に扮した魔物と対峙した王太子の気持ちが分かるな⋯こんなに不愉快なことはない)

 


 ライオネルは踏み込むと、舞うように次々とミレイユの器をした魔物を斬り倒してゆく。



「私の、妻を⋯馬鹿にするな⋯っ!!」


 最後の一体を斬り伏せた後、ライオネルは、ミレイユの傍へと駆け寄った。


「我が発した熱で温めておるが、血が足りぬ。ブルブルと先程から震えておる」


 その言葉に、ライオネルは、ミレイユから貰った小瓶を思い出す。


『これは、頭痛に効く薬――』

『これは、腹痛――』

『これは、血が増える――』


「⋯⋯あ」


 ライオネルは、慌てて甲冑を脱ぎ捨てると懐を探った。


 懐から小瓶を取り出し、貼られている文字を目で追う。


「ちがう」「これも違う」「これも⋯」


(頼む⋯!!残っていてくれ⋯っ!)


 文字を読み間違わぬように何度も目を凝らす。


 その中の一本――。


「――あ、⋯あった」


 ライオネルが手にしたのは、


 ミレイユの文字で『血が増える薬』と書かれた小瓶だった。


 震える手で、慎重に小瓶の蓋を開ける。

 一滴だって落とすことは許されない。


 王太子から、ミレイユを抱き寄せたライオネルは、


「⋯ミレイユ。さあ、君が作った薬だ⋯。さ、ミレイユ、ミレイユ⋯、口を開けておくれ」


 ライオネルは、優しくミレイユにそう囁く。


 囁くように言わないと、焦りのまま声が大きくなってしまいそうだったから――。


 喉元が引き絞られる。


 白く変色しつつあるミレイユの唇に小瓶を付けるが、反応がない。


 ミレイユを抱くライオネルの指に力が籠もる。


「⋯っ、頼む、ミレイユ。きみが作ったくすりだ⋯っ!お願いだから口を開けてくれ⋯ッ」



 我慢が出来ず、焦りは不安に――不安は声に。


 ライオネルの上ずった声が凍てつく、空気を震わした。


「そう焦るでない、ライオネル。大猫はまだここにおるのじゃ。嫁御は生きているし、意識も微かだが、まだある」


 ライオネルは、王太子の言葉に顔を上げ、大猫を見た。


「――なぜ、なぜお前はミレイユを助けなかった⋯。ミレイユから召喚されたのではないのか――?」


 行き場のない怒りが沸々と、こみ上がる。


 そんなライオネルを、王太子は溜息を一つ吐くと、いさめた。


「見苦しく猫にあたるでないわ。娘が言うておったぞ、“自分の力は他者のためのもの”だとな。わがのために使えぬのなら、その猫とて娘のために働きはせん、ということじゃ」



「耳は聞こえておる。傷も塞がっておる。血の匂いがしておるのに、魔物は来ない。お主が倒したということじゃ。奥方の身体は震えてはいるが、我の能力でお主も温かいであろう?」


 見ると、自分たちの周りだけ凍らずに済んでいる。


 ライオネルは、王太子を見る。


「焦るな、ライオネル。娘の耳は聞こえておる。泣いてもいが、声は欠かさず掛けるようにな」


 言われてライオネルは、意識をする。


 己が頬を濡らしていたことを。


「ミレイユ、ミレイユ⋯」



 ライオネルは、呼びかける。


 我が妻の名前を――。




 暗闇の中で声がする。


 自分を呼ぶ声だ――。


 知ってる声、愛しい声。この声を聞くと胸がときめく――。



(⋯⋯ライオネルさま⋯私、少しはお役に立てました⋯?)



 意識の底でミレイユは、夫であるライオネルにそう問いかけた。


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