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甲冑越しの温度



 降下する王太子を、ミレイユは首の筋が許す限界まで覗き込んだが殆ど見えない。


 

(王太子様、すごく乗り方が綺麗だったわ。私のように何も身に付けていないのに、どうやってあの竜を乗りこなしているの?)



 魔物は随分大きくなっていた。体毛はなく、目はギョロギョロ、歯はギチギチ生えていて、口の周りには血が付いている。


 その魔物が、辺りを見回していた。


(あんなに大きいと、粗相する時は、やはりそれなりの大きさなのかしら?⋯大変だわ)


 緊急の事態というのに、全く違う事にミレイユは興味を抱いていた。



 ミレイユがそんな事を考えているとは露ほど知らない王太子は、隣国から、シュトラール辺境伯領に首を巡らす巨大化した魔物に接近していた。


 首に向けてまずは一発。


 王太子は、当たると爆発する炎の玉を作り出すと魔物に向けて飛ばした。


 首筋に当たり炸裂すると、魔物は直後にぎゅるんッと首を巡らし、ギョロついた目が王太子を視認した。


 瞬間、王太子をはたき落とそうと魔物は片腕を振りかぶった。


 飛竜は、下に下がると、その腕を容易く避ける。


 避けた直後に、王太子は、もう一発を魔物の指の先へと炸裂させた。


 吹き飛ぶ魔物の爪。指の先。


「ふふ、まるで人間のような手をしておるの」



 捕まえる。握る。食べる。それに特化した魔物の放たれる攻撃は、どのようなものなのか、と王太子は、興味深げに眺めた。


 王太子は、隣国を背に、魔物を誘うように、目の前で浮遊を続けた。


(口から何も放たれる事もないようじゃな。あくまで此奴こやつは、食べることに特化した生物ということか)


 魔物から繰り出す捕まえようとする手の動きに、飛竜は、ひょいひょいと避けた。


「ふむ、つまらぬ」


 王太子は、その度の、指先に向けて爆裂させる。


 一本、二本と、弾け飛ぶ指。次の攻撃を仕掛けようとした王太子に対して、魔物は突然方向転換すると、シュトラール辺境伯領に向けて、四つ足で逃げ出した。


「あ、しまっ⋯」


 一瞬出遅れた王太子は、その後ろを飛竜に乗って追いかけた。




 突然の方向転換、四つ足で迫る魔物を背にライオネルたちは馬を操り追いつかれないように、駆け出す。


 ライオネルは隊の最後尾、しんがりを務めて距離を空けて走る。


 後ろを見遣ると、さすが巨大。猛烈な速さでもうライオネルへと迫ってきていた。


 ライオネルは、持っていた煎じ薬の箱を器用に開けると、残り数本の小瓶を素早く掴み、懐に入れた。


 片手で大剣を握る。


 ライオネルの手から離れ地面へと落ちた箱は、グシャリと音を立てて魔物に潰される。


 もう直後まで迫っていた。


 ライオネルは、「逃げ延びろよ」と、馬に一声かけると、その身を離して馬から翻る。重みが減った馬は、速度が上がり魔物との間が広がった。


 翻る我が身を掴もうとする魔物の手に、ライオネルは剣先を突き立てると素早く引き抜き、魔物の腕に着地すると、素早く駆け抜けた。


 大剣を刺され手負いとなった三本足で走る魔物の速度が緩まる。


 ライオネルは、行き着いた先の魔物の二の腕を二、三斬りつけた。


 完全に止まった魔物は、苛立たしげにライオネルを掴もうと反対の腕をライオネルに伸ばしてきた。


 直後に魔物の背に氷の刃が突き立つ。そして、爆裂音。


 揺れる巨体の二の腕に大剣を突き立て、ライオネルはそれに耐える。


 直後――、


「ライオネルさま!!」


 ミレイユの声に反射的に声のする方を見遣る。


 声は、すれども大猫の姿しかなかった。


 大猫がライオネルに近寄ってきたので、その背を見ると、相変わらず、ミレイユは顔面を猫の背に埋もれさせてしっかりと猫の首元に掴まるように抱きついていた。


「ミレイユ」


 ライオネルが声をかける。ミレイユはその声に顔を上げると、ライオネルは、微笑みかけ


「ありがとう、お陰で助かった」


と、声をかけた。


 その言葉に、ミレイユの猫のようなツリ目が、ふにゃりと嬉しそうに溶けるような笑顔になるのだった。



「この猫、私でも乗れるのだな」


 気絶したのか、絶命したのか、動かなくなった巨大な魔物の傍で、ライオネルは、大股で跨った。


(召喚獣は、呼び出したもの以外は、身体を触らせることすら許さない、と習うが、例外もあるのだな)


 片手で前を座るミレイユの腰に手をやる。


「私がしっかりと支えるからな」


 そう言うライオネルに、ミレイユは頷くと、ライオネルの胸に頭を預けて、グリグリとすり寄った。


「⋯⋯ちょっとの間だけ」


 そういうと、上目遣いで見遣るミレイユが嬉しそうに微笑んだ。


(甲冑なんて脱ぎ捨てておれば良かった)


 ミレイユの温度を感じなかったのが惜しい、と、思うライオネル。


 ミレイユに口づけしようと、前かがみになるライオネルの頭上に


「いつまで逢瀬おうせを続けるつもりなのじゃ」


と、王太子の声がかかった。


 見ると燃える飛竜に乗った王太子。


「おっと、すまぬ。“感動の再会”であったな」


 その言葉に、わざと二人の邪魔をしたことをライオネルは察する。

 

 素早くミレイユの唇を奪うと、ライオネルは


「そうですね、今終わらせました。ご配慮有り難く存じます」


と、返した。


「ふふ。お主、奥方が関わると途端に面白い男になるのじゃな。第二王子が其方そなた達を気に入ったのもそういうところかの」



と、思い出したくもないサライア王国の王子を引き合いに出されたライオネルは、げんなりとした表情になった。



 王太子は、可笑しそうに笑ったあと、


「先程はすまなかった。少々油断した」


と、王太子は素直に謝った。その言葉に、ライオネルは普段は飄々としている王太子を、珍しく焦らしたことを知る。


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