美味と化した人間たち※【注意】ほんのり一部残酷描写あり
王太子の号令を聞いたライオネルの部下たちは、高々とした二足歩行であろう魔物を見上げながら
「殲滅あるのみ、って⋯どうやって倒すんだよ」
と、呟く。
「ん?なあ、魔物がなんか握ってんだが⋯」
部下の一人はその言葉に目を凝らす。
「あれ、人じゃね?良く見えんが、あの服装に顔立ち⋯隣国の奴か?」
その言葉に、部下たちは次々と巨大な魔物の手元を見る。
「げえ、あいつらこんなとこまで攻めてきやがってたのかよ」
「欲かいて魔物にとっ捕まってら」
「目ぇ、逸らせ逸らせ。次なにが起こるか察しろよ」
「閣下ー!どうします?」
呼ばれたライオネルは、魔物に目線を逸らさず、
「馬を呼べる者は、馬を呼んで退避!無駄だと思うが土使いは、所々、目一杯穴を掘るよう!土を隆起するよう伝えろ!足が引っかかるか分からんがな!」
と、命じた。
魔物が捕まえた人間で食事をしている隙に、なるべく遠くへ離れることにした。
抵抗する人間が魔物に食い荒らされる様子を、まじまじと見てしまった、王立の魔道士は、吐瀉物を地面へとぶちまける。
ライオネルは、ミレイユの作った煎じ薬の箱を片手に、ミレイユの元へと駆け寄る。
ミレイユは、現実味のない魔物の様子を、ただぼんやりと眺めていた。
ライオネルが片手でミレイユの目を覆うと
「ミレイユ、一緒に私の馬に乗るんだ」
と、努めて優しく声をかける。
その声に、ミレイユは白金色の大猫の姿が頭に浮かぶ。
「あ、私⋯」
首を巡らし、ライオネルの手の目隠しから目線を外したミレイユは、視線を合わせようとした。
その後ろに大猫。
「あ⋯」
ライオネルも、ミレイユの視線の先を辿り、大猫の姿を確認すると
「⋯ヒゲの先が片方、チリチリになっていないか」
と、呟いた。
「⋯⋯暖をとるのに王太子の竜に近寄りすぎだ」
と、次に大猫に注意をした。
「私、この子に連れて来てもらったのです。多分⋯また乗るように、ということなのかも」
ミレイユの言葉に、「そうか⋯」とライオネルは呟いたが、
「鐙も鞍も手綱も無く、どうやって乗るのだ?」
と、聞いてきたので、伏せた大猫にミレイユは大股で跨ると、セラに指導された乗り方をライオネルに披露した。
「えー⋯と、このように」という、ミレイユのその姿に、ライオネルは、ここに到着時にミレイユが巨大な猫の上に倒れていたのではなく、掴まっていたのだと、理解した。
ミレイユが、猫の身体にぎゅっと掴まったところで、猫が駆け出した。
「きゃあ!?」「ミレイユ!」
ただし、駆け出したのは、地面ではない。
大猫はミレイユを乗せると大空へと駆け出した。
その様子を呆然と眺めていたライオネルに
「陸も空もお手のものとは、便利な乗り物じゃのう」と声が掛かった。
背中の熱さで分かる。王太子だ。
振り向くといつの間にか、紅蓮の竜から燃える飛竜に乗り換えていた。
「しかし、あの魔物、よほど人間が美味しゅうてたまらんようじゃのう。ほれ次々と捕まえておるぞ。そのまま追いかけて隣国へと行けば良いのじゃがな」
王太子は、そう言うとふふ、と笑う。
「御冗談を。すぐに我々にも興味を示し、根こそぎ食おうとなさいますぞ」
ライオネルは、王太子の軽口に真面目に答えた。
「ふふ、固い男よの。どれ、我も高みの見物といこうかのう。あやつがこちら側に興味を持つようなことがあれば、視線誘導もせねばならぬのでな。あのデカブツ、捕食するのに手で捕まえようとするだけならば良いが、黒い不埒者のように模倣するようであればたまらぬ」
と言うと、フワリと舞い上がる。熱風がライオネルの頬を熱くかすめる。
ライオネルは、その姿を見届けると、馬を呼び駆け出した。
もう辺りに部下はいない。
ひと通り魔物の森沿いを走り、残された者がいないかの確認を終えるとライオネル森を背にして馬を走らせた。
珍しく魔物は出なかった。
(食われた人間の血に誘われたのだろうか)
走りながら、空を眺める。
(ミレイユを乗せた猫はどこにいる⋯)
王太子が進む先にミレイユは、⋯⋯いた。
(⋯変なことを吹き込まねば良いが)
突拍子もない王太子の言動に、一抹の不安を覚えるライオネルだが、手を伸ばしても届く場所にミレイユがいないのならどうすることも出来ない。
ただ、その事が歯痒かった。
「おい、娘」
猫の体毛に顔面を埋めたミレイユに、王太子の声がかかる。
そっと顔を離し、声のする方を見ると、王太子がどこか呆れたような顔をしてミレイユの姿を眺めていた。
「妙な格好で乗りこなす娘よのう。して娘よ、隣国の奴らが魔物にどんな目に合わせられようとも、お主は決して手を出すでないぞ。手を出したら最後、魔物はライオネルを襲うと思え。良いな?」
そう王太子は言い放った後に、猫にベッタリと貼り付くように抱きつくミレイユを見遣り、「まあ、その格好ならば何も見えぬじゃろうがな」
と、付け加えた。
「ふーむ、あのでかさ。どのようにして身を隠していたのかと思えば、人を食ろうて成長するのじゃな。成長期かのぉ、もうひと回りでかくなりおったわ」
王太子が一人で喋る姿を、ミレイユは片頬を猫の毛に埋もれさせながら、不思議そうに見ていた。
「しばし、ここで静観じゃな」
そう言うと、炎竜を撫でる王太子。
(熱くないのかしら?)と、その様子を眺めながらミレイユは思うのだった。




