その願いは、愛ゆえに
視線を移した先のミレイユ自身も大きな目を見開き、驚き固まっていた。
その様子を見て、ライオネルは「ふむ」というと、
「天候も悪化してきた。すぐに兵士に屋敷まで送らせよう」
と、ミレイユを安心させるかのように、抱き寄せ背中を撫でると、そう口にした。
休憩していた兵士たちは、起き上がるとすぐに散乱してしまった荷物を拾い集め、屋根のあるテントに移動させている。
ミレイユもひとまずテントに連れて行くと、片付けが終わり次第、ミレイユを屋敷に送り届けるように、と兵士らに命じて討伐へと戻っていってしまった。
「ライオネルさま⋯」
結局、ライオネルの了承をもらえずミレイユは、途方に暮れた。
消化班の水魔法使いに、先程の落雷の影響で、森が火事になる影響も考えて、局所的に魔物の森だけを全体に、雨を降らせてもらう。
雨が降り止む頃には、すっかり黒い雲は消えていた。
未だに楽しそうに紅蓮の竜に乗り、魔物を炎で蹴散らす、王太子。
王立の魔道士とミレイユを連れてきた大猫が、その後ろをついて回っていた。
(ミレイユを送り届ける際、あの巨大な猫はどうしようか⋯)
連れて帰るのか?放っておいて良いのか?悩むライオネル。
地響きと共にライオネルの元に戻ってきた王太子から、
「あの色無しの小娘、お主の奥方であろう?妙な業を使いよるが、あの娘は参戦せぬのかえ?」
と、言う言葉が降ってきた。
「⋯⋯は?妙なわざ⋯?」
(煎じ薬のことだろうか⋯王太子は召し上がっていないはず)
ライオネルは、考え巡らせていると、
王太子は、竜から降りると、ライオネルに近付き、
「察しの悪いやつよのう。まさかお主、“属性は一人ひとつまで”という考えに囚われすぎてはおらぬかえ?あれを禁忌を犯した件の娘、というのを忘れてはおるまいな?」
まあ、禁忌の内容は我にも打ち明けてはくれんのだがな、と付け加えた王太子。
王太子の言葉がライオネルの胸に渦巻く。
ミレイユの父親――禁術を手を出した結果、獄中死した男。
「まさか――」ライオネルは、先程、落雷が激しく降り注いだ森を見る。
(施したというのか――?ミレイユに⋯)
(禁術を施されたのが、ミレイユなら――ミレイユは⋯)
嫌な考えが、ライオネルの頭の中を巡る。
――そんな時だった。
「武勲を立てよ、ライオネル。――夫妻でじゃ。さすれば国に仇なす者、ではなく、国に貢献した者、となるぞ?国に貢献する意思があるならば、奥方もそうそう処刑はされまいて。あとの処理は我がどうとでもしようぞ。どうじゃ?まあ、お主に拒否権はないのじゃがな」
その言葉に、ライオネルは王太子をまじまじと見た。
微笑む王太子の真意は見えない。
しかし、王太子は知ってしまった。王太子だけが気付いてしまった。
次期国王――ミレイユの能力がたしかならば、最も知られてはならない人物。
「承知⋯しました」
ライオネルは、礼をするとミレイユの元へと急ぐのだった。
ミレイユの元へと駆けてくるライオネルを、ミレイユは自然と笑顔で迎えた。
「どうなさいましたの?そんなに慌てて」
「すまない、ミレイユ。事情が変わった。君も、君も一緒に討伐隊に加わることになった」
ライオネルの真剣な表情。
しかし、ミレイユはライオネルの心の声なんて聞こえない。
お役に立てる機会を得たのだと、ただ嬉しかった。
「嬉しい⋯!私、ライオネル様のためにお役に立てるよう頑張ります!」
無邪気にそう言い、はしゃぐミレイユ。
(王太子は、ああは言ったがミレイユの能力がどれほどのものか分からない⋯)
「ミレイユ、悪いが私とともに来てくれるか?」
ライオネルは、人の声が聞こえないところまでミレイユを連れて来ると、
「先程、森に雷が降り注いだろう?⋯あれは、ミレイユの仕業なのか?」
ライオネルの問いに首を傾げ、考える素振りを見せるミレイユは、「多分⋯」と答え、まるで他人事のよう。
(まだ、目覚めたばかりだからなのか⋯?)
「では、ミレイユ。直前になにを思った?覚えてることだけで良いんだ。私に話してくれるか?」
ライオネルの問いにミレイユは、
「私は、ただ皆様やライオネル様のお役に立ちたいと、お助けしたいと思いました」
「⋯それだけ?」
「はい」
(それだけなのか⋯?それだけで?⋯しかも無詠唱だった。目覚めたばかりで)
「⋯声が聞こえるのです。助けになるよ、と。だから、望みを言って、と」
ミレイユの言葉は、信じがたい。
ライオネルは、声を聞いたことがない。
その人が備えている属性の魔力を媒介に、こうしたい、と思う事に難しい業なら、必要な単語が頭に浮かび上がる。
それが向こうからの応えだからだ。それを言葉にして紡ぎ唱えるのが、この国の詠唱だ。
(だが、結びつきが強ければ強いほど無詠唱が可能だ。ミレイユは、それなのか――?)
低級の魔法なら無詠唱でも可能ではあるが、無詠唱自体、行使出来る者が稀なのだ。
「ミレイユ、ならば試したいことがある。――あそこにうちの部下がいるだろう?今、森から現れた魔物を討伐するところだ。ミレイユ、君はあれを討伐できるか?」
ライオネルが指さす方向に、二体の魔物。強さは中級程度。
先程の森に降らせた能力が、ミレイユの能力なら容易く倒せる相手だ。
「どうだ?ミレイユ、出来るか?」
「やってみます――」と、ミレイユは、手を組み、じっと魔物を見つめるが、しばらく経ってもなにも起こらない。
その内、部下たちが魔物を倒してしまった。
その様子に、ホッと息を吐くライオネル。
ミレイユの肩がビクリ、と震えた。
「あの⋯、私、嘘ではなく⋯」
ミレイユの言葉にライオネルは、自身が咄嗟に漏らしてしまった安堵の溜息が、彼女を傷つけたと気づく。
「あ、いや、違う。すまない、呆れの溜息ではない。君に能力が発現しなかったことに、安心してしまったのだ。すまない、君が、嘘をついてるとは思わない。ただ、あまりにも規格外で⋯」
「そうだな、わかった。ミレイユ、君はここから動かないように。私を見ていてくれ」
と、言うとライオネルは、魔物の森へと歩き出す。
「ライオネルさま⋯?」
近くにいる部下たちにも手を出さぬようにと命じ、ライオネルは、魔物の森から一定の距離を保ちながら佇んだ。
しばらくして、大岩を積み上げて人型に模したような魔物が出てきた。
ライオネルは、何もしない。ただ佇み、魔物を見据えるのみ。
魔物もそんなライオネルに間合いを取りながら、こちらが攻撃を仕掛けてこないとみるや、人で言うところの拳を振り上げてきた。
「だめーーーッ!!」
ミレイユの叫ぶ声とともに、一瞬の内に大岩の人形は、砂と化した。
サラサラと風と共に舞い上がる。
形なんてどこにもない。
「なんと――、」あまりにも規格外。
目の前の出来事に、ライオネルは二の句が継げなかった。
様子を見ていた部下たちも、王立の騎士達も、ただその様子が現実のものとは思えなかった。
含みのある笑い声だけが、かすかに聞こえた。
「なかなか面白い業を見せよるわ。我も出来ぬことをやってくれおる娘よ、その力はライオネルのためのものかえ?⋯ふむ、ライオネルを木に縛り付けるのも、また一興じゃのう」
と、王太子は本気なのか冗談とも付かぬ声音で、そんな事を言うと、ふふふ、と面白い遊びを見つけた子どものような表情で笑うのだった。




