ミレイユ、ライオネルのもとへ
ぐんぐん、速度を増す大猫。
ミレイユは、振り落とされないように、捕まるのに必死。
目なんて開けてられない。風を切るようにビュービューと耳に聞こえる音の速さ。
途中で、「猫ぉ!?」という声が聞こえた気がしたが、あっという間に小さくなった。
(足が速いってすごいのね⋯。こんなに速いのに、目を開けて走っているのかしら?)
しっかと掴まりながら、ミレイユは、ついそんなことを考えてしまった。
ライオネルに命じられて、回復魔法を使える王立騎士団の一人を助っ人に、ライオネルの部下ら数人は、避難経路の途中で被害を受けた可能性のある村民救助に向かっていた。
遠くから、なにか、白い物体が近付いてくるように見えた。
「なあ、なんか近付いてきてねぇか?」
「⋯ん?なんだ、ありゃあ」
「なんか、でかくね?」
白い動く物体を良く見ようと、全員が速度を緩め、目を凝らす。
動く物体の顔を認識して驚いた。
「猫ぉ!?」しかし、知ってる猫とは違う。大きさが。
「もしや、魔物か!」と王立騎士団の騎士が剣を抜いたが、慌てて静止させている間に、猫はあっという間に、即席の救助隊を走り抜けていってしまった。
「⋯猫ってあんなにでっかく育つんだな」
と、誰かが、ぽつりと呟いた。
どのくらい走っただろうか?
そんなに走ってはいない気がするが、猫がふわりと速度を緩め止まった。
大猫がそっと身体を伏せた感覚に、目的地に到着したのかと、察したミレイユは上体を起こそうとした、その身体に「ミレイユなのか?」と声が掛かった。
聞き間違いかと思うほど会いたかった人の声だった。
「え?」と思わず顔を上げる。
眼前に見下ろす、ライオネルがいた。
「え?」思わず上体を起こし、大猫が走ってきたと思われた道を振り返る。
あんなに頑張って歩いてきた道だったのに、もう目の前に、ライオネル。
「ライオネルさま⋯」
ミレイユは、呆然となりながら、うわ言のように愛しい人の名を口にした。
騎士団の一人から報告を受けたライオネルは、魔物の森の周辺で討伐をしていた。
魔物が放った攻撃で、避難するミレイユも含む領民に被害が出ているのでは、と聞いた時は、血が下がったのかと感じるほど目の前が暗くなった。
今すぐにでも駆けつけたかったが、指揮官が持ち場を離れるわけにはいかなかった。
救助は、部下らと王太子が遣わせた王立の騎士に向かわせた。
ライオネルは、雑念を振り払うように、剣を振るった。
目の端に白いものが、映る。
なんだ?と思い、魔物を斬り伏せた際、そちらを見遣った。
巨大な猫がいた。
しかも、上に少女がうつ伏せで倒れている。
流れるように緩く波打つ白金の髪、華奢な身体、まさかと思った。
「⋯⋯ミレイユなのか?」
思わず、うつ伏せの少女に声をかけた。
その声を聞いて、少女が顔を上げた。目が合う。
ミレイユだった。しかし、その顔には乾いてはいるが、血が付いている。
ミレイユが起こした上体にも、乾いて変色してはいたが、服に血がベッタリと付いているのを確認し、ライオネルは、驚きに目を剥いた。
来た道を振り返っているミレイユの怪我が気になる。
こちらを呼びかけるミレイユの声を無視して、思わずその身体を抱き上げた。
手についた擦り傷に触れて、治癒をする。
「ミレイユ、相当な血液が付いているが、君の血なのか?何があった、大怪我をしたのか?それにしては顔色が良いが」
ミレイユを抱き上げ、縦抱きにすると、矢継ぎ早に質問するライオネルにミレイユは、己の服に付いた血を確認すると、
「これは、セラのです。私を庇ってくれたセラが、大怪我をしてしまって⋯」
「⋯ッ、セラが!――それで、⋯セラは?」
(ここには、いないということはまさか⋯)
ライオネルの脳裏に、最悪な状態の奥方付きの侍女の姿が浮かび上がる。
「セラは、無事です⋯。私が、助けました」
「そうか、無事か⋯、え?助けた?助けたのか、ミレイユが?例の煎じ薬で、なのか⋯?」
効能のあらわれが異常に早い、ミレイユの煎じ薬。
しかし、ミレイユは首を横に振ると、
「いえ、⋯魔法で」
と、言うと恥じらうように、顔を赤らめた。
「⋯私が、魔法で⋯セラの傷を治したのですわ」
と、やや俯きに気味なると、そう答えた。
白金色の髪が揺れる。
「そう⋯なのか」
にわかに信じ難かった。
しかし、ちろりと横目に目をやる。
ミレイユを乗せてきた、この巨大な猫。
(召喚したのだろうか⋯ミレイユが)
情報量が多すぎて整理がつかない。
その時だった。
「いつまで夫婦の感動の再会をやっておるのじゃ。皆が迷惑しておるぞ」
声のする方を見ると、王太子。
王太子が乗る紅蓮の竜が火を吹きながら、魔物を塵と化す横で王立の魔道士が、延焼しないように消火活動をしていた。
王太子は、ライオネル達を見ながら呆れ顔。
「続くのなら向こうでせい」とテントを指さした。
「我も聖女に会いとうなってきたが、おばばがまだ会うことを許してはくれんからのう」
やれやれ、という様子でため息をこぼす王太子。
「我の聖女も今この瞬間、母になるため産みの苦しみと戦っておるのじゃ。夫である我も気張らねばのう。ほれ、皆の者、はよ、終わらすぞ」
王太子の言葉に(いや、暇つぶしに来た、と仰られてた)と、ライオネルの心の声が、王太子の揚げ足を取りにかかったが...、そう言いたい気分なのだろう、と、そっと胸にしまう。
紅蓮の竜をじっと見ていた大猫が、のそっ、と動きだすと
皆が戦う後ろ、紅蓮の竜から少し離れた所に座ると、ぬくぬくと暖をとりだした。
ライオネルは、その様子に(やはり、ただの巨大な猫なのでは⋯?)と思いながらミレイユを部下たちが休憩しているテントの椅子に座らせた。
「ミレイユ、君は危ない。ここにいてくれ。その内、頃合いを見て、部下に屋敷まで送り届けさせるから」
ライオネルの言葉に、ミレイユは反射的に立ち上がる。
「⋯っ!いえ!私、ライオネル様の御力になりたくて、ここに参りました!私でも活かせる力があれば、少しでもお役に立ちたいのです⋯っ!」
「なにを言ってるんだ、ミレイユ。気持ちが有り難いが、もし君が能力に目覚めたとしても、それは癒しの力。戦場で自分の身が守れないのなら、その能力は圧倒的に不利だ」
ライオネルは自身が少年時代に味わった悔しさもあってか、少し厳しい言葉が口に出てしまう。
「それでも、私は⋯っ!」
(皆の力に、ライオネル様をお助けしたいの⋯ッ!)
そう強く願った瞬間、備え付けていたテントが空へと吹き飛んだ。
椅子に座って休憩していた部下たちも勢いに飲まれ、後ろにひっくり返る。
ミレイユの、周りに一迅の風が吹いたかと思うと、空が突然、曇りだす。曇りだした黒い雲から稲光が鳴り響き、瞬間、地を這うように落雷が森の中へと降り注いだ。
凄まじい音と振動に、驚天動地の一同。
「⋯な、なにが起こった⋯?」
魔物の森と空へと舞い上がっていくテントを交互に見ながら、ライオネルは、ミレイユへと視線を移した――。




