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白金色の大猫に乗って



 ミレイユは、抱きしめていたセラを解放すると、そっと地面に横たえらせ、片手でグイッと涙を拭うと、馬車まで走り、扉を開け、中の人らにお願いして、必要な箱を渡してもらうと、その中から煎じ薬を取り出す。


 馬車の中の人らは全員怪我(けが)もなく、無事だった。

 ホッ、と安堵あんどする。


 急いで、セラの元へ駆け戻ると、抱き起こし、血を増やす煎じ薬を飲ませた。


 青白い顔で震えていたセラが、嚥下えんげした直後、みるみるという間に赤みを取り戻す。


 目蓋まぶたを閉じ、細く息を吐いたセラに、一瞬亡くなる前の母と重なり、ドキリとしたが、目蓋を持ち上げ、ミレイユを見ると、安心させるように微笑んだ。


 その表情に、ミレイユのに、やっと止まった涙が、また溢れてきた。


「セラ⋯っ!良かっ⋯た⋯」


 ぎゅ、っとセラの身体を抱きしめた。

 

 ちゃんと温かい。命の温かさにミレイユは、泣いた。


 煎じ薬を教えてくれた村人たちに、魔物の実を教えてゆずってくれた子供たちに、心から感謝した。



 その村人たちを助けなければ――。



 ひとしきり泣いたミレイユは、もう自分がなにをすれば良いか分かっていた。


 作法なんて知らない。


 でも、確信している。


 己がここにいる全員を、怪我をしている者たち全員を治せるということを――。 


 分からないけど、分かっている――ミレイユの願いを叶えてくれる存在が、それを教えてくれていた。


 

 ミレイユは、立ち上がると周囲を見渡す。


 倒れうめく者、助け起こす者、状況を確認する者。


 ミレイユは、全ての者を見渡した。そして、祈り、願った。



(どうか、ここにいる、全員の傷が綺麗に無くなりますように)



 ただ、それだけ――それだけを強く願った。


 


 ミレイユの猫の目のようにつり目気味の瞳が、その瞳を彩る形容しがたい色合いが――冴え冴えと輝いた。



 瞬間――。


「あれ?痛くない⋯」


「え⋯?どこも怪我してない」


 先程までの痛みが消えたことに、怪我を負った村人たちは不思議に思い、自分達の身体を確認した。


 村人たちに付き添い、避難経路を誘導していたライオネルの部下たちは、被害の状況を確認していたが、その様子に首をひねる。


 近くにいた村人の服をめくってもらい、確認すると、血の跡はあるのに、たしかに傷は消えていた。


 一瞬、上司のライオネルが来たのかと思って辺りを見渡したが、そうでもなかった。


 寒風が吹き、先程まで寒いと感じていた身体だったが、何故だか、今は暖かった。


「一体なんだ⋯?」訳がわからなかった。



 ミレイユは、その場にたたずみ、ただ、願う。


 それだけで、全ての望みが叶えてゆく。


 ミレイユは、振り向くと、その様子を座って眺めていたセラに


「セラ⋯、悪いのだけども動けるようになったら、私の煎じ薬を必要な人がいれば飲ませてあげて。血を増やす薬を馬車の中に置いているの」



 セラは、その呼びかけにゆっくりと立ち上がると、


「⋯承知、しました。あの、奥様は――⋯」


 セラから見る、ミレイユの落ち着きに、いつも違う雰囲気を感じ取る。


「私は行くわ――、ライオネル様の元へ」


 穏やかに微笑むミレイユ。



 何故だが不思議と温かい風が吹き、ミレイユのほどけた白金色の髪を揺らした。


 頬や服は、血にまみれ汚れていたが、その姿は、何故だか清らかで美しいと思わせた。

 


 ミレイユは、セラから視線をずらすと、


「どうか、みんなを守って――これ以上、危険な目に遭わせないように」


 セラは、避難を誘導していたライオネルの部下に頼んだのかと思い、後ろを振り向いた。


 人は、いなかった。


 白金色の大きな鳥や犬がいた。


「――え?」


 思わず、声を掛けたミレイユを振り返る。


「まあ、可愛らしい」


 ミレイユは、嬉しそうに微笑んだ。


「――奥様の御能力おちからなのですか⋯?」


 魔法を使う能力がない故に、『能無し』と言われていた白金色。


 だがそのおかげで、ライオネルの元に嫁いできたミレイユ――。


 能力が使えることは、この国にとって誉れのはずなのに――



 セラの言葉に、ミレイユは、困ったように表情で微笑むと、


「それが⋯、分からないの。でも、こうしたら良いよ、て多分、私にしか聞こえない声が、教えてくれているの」


 そう言いながら、うつむくと、しばらく逡巡しゅんじゅんした後、顔を上げてセラを見る。


「⋯私は、今ライオネル様の力になりたい。お役に立てるかは、分からないけど、それが私の望みであり、願いなの」


 一迅いちじんの風が吹く。だが、寒風ではない。


 温かい風が、ミレイユの頬を撫でるように、横に吹き上げる。 


 白金の髪がキラキラと舞う。

 ミレイユの何色にも見える虹彩こうさいが、力強くきらめく。


 だが、セラは何故か、王都でのミレイユと重なった。


 実母の墓前にしゃがむ頼りない後ろ姿が――


 母の後を追おうと自分を殺すことを何度も試した、と話したあの光景が――。


「奥様⋯っ、どうか、どうか、お母君様の墓前で旦那様と交わした約束を忘れないで頂きたく存じます⋯っ」

 

 ミレイユを繋ぎ止めるための、ライオネルの言葉――ミレイユは、覚えているだろうか。


“私は、お前のために生きるから、お前も私のために生き抜いてくれ”


(奥様は、あの時なんて答えたの⋯?思い出せない⋯)


 穏やかに、微笑むミレイユが力強いはずなのに儚くて、セラの頬に涙が伝う。


“奥様になにかあったら、私は奥様の後を追います”


 喉元まで出そうな言葉をセラは飲み込んだ。


 唇が戦慄わななく。


「どうか無茶だけは、なさいませぬように――。セラはここでご武運をお祈りしております」



 ミレイユは、セラを抱きしめると


「行ってくるわね」


と、それだけを言い残し。


 セラから離れると、なにもない風景に向かって一言。


「ライオネル様のところへ連れて行って」



 瞬間、現れたのは、白金色の大きな猫。



「⋯可愛い」


 ミレイユが手を出すと軽くスリと頬ずりをして、そのまま腰を低くして『乗って』の姿勢。


「⋯奥様、猫に乗ってお行きになるのですか?」


 セラはその光景を呆然と見つめたまま呟いた。


「そうみたい」というと、ミレイユは、大股おおまたでよいしょ、とまたがった。


 セラは驚き、急いで両裾りょうすそを正すと


「殿方の前では決して、そのように乗り降りをしてはなりませんよ。降りる際は必ず、旦那様をお呼びになってくださいね」


と、念を押す。


 畑仕事用の簡易的な衣装だったことに、セラは深く後悔した。


 外套に身を包んでいるが、風で頼りない裾が心配になった。


「奥様、猫は早う移動するものでございます。もっと御身おんみを低くして、そうです、そうです。身体をくっつけるように⋯」


「セラ⋯これでは前が見えないわ」

 

 ミレイユは、猫の首周りに巻き付くように腕を回し、上体を低くした状態で、そうセラに訴えたが、セラは聞く耳を持ってはくれなかった。


「ああ⋯、でも、猫の毛ってふわふわしてて気持ちいいのね」


 それになんだか良い匂い⋯、とミレイユは、ふかふかプヨプヨの猫の身体の感触にウットリする。


「じゃあ、もう行くわね、こんな格好でなんだか申し訳ないのだけど」


 というと、猫はやっとか、というように伸びをした。


「わわわっ!⋯大丈夫かしら!?すごく動くわ!」


 しっか、と猫に抱きつくミレイユに、セラはハラハラとする。


「本当に猫に乗られるのですか?もう少し、ああ⋯っ!!」


「きゃあ⋯ッ!!」


 猫はセラの声なんぞ聞かず、ターン!テテテっ!と疾風の如く速さで走り去ってしまった。


 あっという間に小さくなっていくミレイユを乗せた大きな猫を不安に見ながら「どうかご無事で⋯」とセラは、心から祈った。

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