覚醒
ライオネルは、その後ろ姿を見送ると、すぐに消化班に燃える木々を鎮火させた。
念の為、広範囲に水を降らせておく。
その時だった。
「メアリー!」
部下の一人が叫んだ。
見ると森に佇む女性に声を掛けている部下の姿が。
「いや、違うよな⋯、森から出てきてるんだし⋯、でも、メアリーに――⋯そっくりだ」
フラフラと近付く部下に、ライオネルは、目を座らせて、走り駆け寄ると、容赦なく森に佇む女を斬った。
やはり、迸る血と共に、次に聞こえたのは、鋭い咆哮。
「さっきの今だぞ!油断するな!」
森の中で姿を現す、全身真っ黒の二足歩行、口だけの魔物。
その魔物が、大きく口を開くと、先程、王太子が飛行する火の竜が出したものと同じ――炎線が放出された。
「――なっ!?」
ライオネルは、部下を突き飛ばし、寸前で避ける。
炎線は、地を駆け、明後日方向に飛んでいくと見えなくなった。
ライオネルは、素早く、剣を握り直すと森の中の魔物を見る。
しかし、既に姿はない。
「土使い!!森の中、見える範囲で良い!地面を極限まで隆起させてくれ!!」
呼ばれた土使いは、言われたまま素早く詠唱。
地面が急激に隆起すると共に、むき出しになった木々の根は、重みに耐えきれず、倒れだす。
「元の地面の高さに戻せ!平らにするんだ!」
無茶なライオネルの要求も、「えぇ!?」と言いつつ素早く唱える土魔法。
元に戻る地面。
倒れた木々の間に現れた黒い二足歩行の魔物。
「現れたぞ!魔物の足元!土を穿て!深くだ!!」
土魔法使いは、ライオネルの言われるがままに詠唱。
地面に突然、穴が開くと、二足歩行の魔物はドスン!と尻もちをつくように落ちた。
「土を寄せて固めろ!圧殺する気でやれ!!」
ライオネルは、そう命令すると、風魔法使いに首を巡らし、声を上げる。
「風使い!見えてる部分は胴体から首のみ!後は固定した!!切り刻め!!」
ライオネルの声に反応した風魔法使いが、言われたとおりに瞬時に切り刻んだ。
土の上でバラバラになっている魔物の焼却処分を、延焼しないように指示を出しているライオネルの所に、王立騎士団の一人が駆け寄ってくると
「シュトラール卿、先程の魔物が放った攻撃の方向、こちらに向かっている際に見掛けたのですが、避難移動していた貴殿の領民らの方向かと思われます。いかが致すかは貴殿に任せよ、と王太子様より――指示が⋯」
言い終わらぬ内に、騎士は、たじろいだ。
「――承知した」
と、一言そう言うとライオネルは、踵を返して部下の一人を呼んだ。
その頃、寒空の下。
散乱した荷物、逃げ惑い怪我を負って呻く領民達。
その中に一人の少女が、血だらけの人物を抱き寄せ必死に名を呼びかけていた。
「だめよ、いかないで、お願い⋯。目を開けて――セラ⋯っ」
必死で押さえる傷口が熱い。
セラの血の熱さが、まだ生きていることをミレイユに教えてくれるが、その熱が、どんどんミレイユの手から零れ落ちてゆく。
(⋯私が足が遅いから。私なんかを庇うから⋯)
これ以上、血液がセラの身体から零れ落ちないよう、必死でミレイユは両手で押さえた。
視界が涙で揺らめいては、はたはたと落ちて、視界を明瞭にしたかと思えば、また霞む。
落ちた涙が、セラを濡らす。
視界を滲ませ傷口を――状況を見えなくさせる自分の涙さえ苛立たしく思った。
ミレイユは、必死で祈った。願った。
(おねがい、おねがい――!血、止まって!傷なんて消えて!元のセラに返して!)
脳裏にセラの笑顔が浮かぶ。
失いたくなかった。
これ以上、大切な人の前で無力な自分が嫌だった――。
その時だった。
ミレイユの中でなにかが湧き上がった――。
「おくさま⋯」
目の前で、聞きたかった声が、ミレイユの耳を震わせた。
開いてほしかった瞳が、まっすぐに自分を見つめていた。
「――セラ!」
思わず、ミレイユは力の限り目の前の女性を抱きしめた。
血だらけの身体。
命を零していたその傷口は、跡形もなく消えていた――。




